翌朝
朝からカルロスは気になっていた。
あの、ロジーナの持っている物体は何なんだろう。
ロジーナは表情に乏しい子供だ。
笑ったところを見たことがない。
しかし、よく注意して観察すれば、その瞳と様子から、ご機嫌かどうかが分かる。
今日のロジーナの大きな双眸はいつにも増して黒く輝き、てけてけと動き回る身体からは、ときどき魔力が溢れるようにこぼれるてくる。
すこぶるご機嫌のようだ。
「ロジーナ、それ、なんだ?」
カルロスはギギギギと音を立てながらテーブルの上をゆっくりと動く奇妙な物体を覗きこんだ。
「鶴人間」
まばたきもせずにその物体を凝視しながら、ロジーナは抑揚のない声でこたえた。
「ツルぅ? 人間? なんだそりゃ」
聞いたことがない名前にカルロスは首をひねりながら聞き返したが、ロジーナはまるでカルロスの言葉が聞こえていないかのように、その奇妙な物体--鶴人間を手に取ると、背中についたネジを巻きはじめる。
「どこで拾って来たんだ?」
ロジーナはチラリと横目でカルロスをみる。
「とってもらいました」
「どこで?」
「お祭りで」
ロジーナは、カルロスに氷のような冷たい視線を浴びせかけ、いつにも増して抑揚のない声で短く答えると、ネジを巻き終えた鶴人間をテーブルの上におく。
鶴人間は、不格好な大きな翼をゆらゆら揺らしながらギギギギギと歩き出した。
「誰に?」
ロジーナは鶴人間を凝視し、まるで「これ以上話しかけるな」とでも言いたそうな素振りだったが、カルロスはそんな小さなことには頓着しない性格だった。
「師匠に」
「師匠? 師匠に買ってもらったのか?」
カルロスは目を丸くして驚きの声を上げた。
師のクレメンスと、目の前の鶴人間が結び付かなかった。
カルロスは8歳の頃に入門し、13歳で内弟子となってからは、すぐ近くでずっとクレメンスを見てきている。
クレメンスはシンプルだがセンスのよい良質なモノを好む。
間違っても、ロジーナが今じっと見つめている、不格好な鶴人間を率先して買い与えるようなセンスの持ち主ではないはずだった。
「とってもらいました」
ロジーナは「とって」という言葉を強調した。
「とる? どこで?」
「射的屋で」
ロジーナは早口でこたえると、鶴人間を掴み、無言でそそくさと食堂から出て行ってしまった。
「逃げられちまった」
カルロスは舌をペロリと出すと立ち上がった。
廊下に出たカルロスは、前方からやってくるクレメンスに会釈した。
「カルロス。私の代理で後片付けに参加してくれぬか?」
毎年、祭りの翌日は町内総出で後片付けや掃除をする事になっている。
そういった町会行事に一切関わりをもたない魔術師は多かったが、クレメンスはわりと近所付き合いを大切にする性質で、できる限り協力をしていた。
自ら率先して行事に参加する事も多かったが、近頃は魔術師協会や政府の仕事でなかなか身体が空かず、代わりにカルロスがそういったことに参加しているのだ。
「かしこまりました」
「うむ。頼んだぞ」
クレメンスは頷くとゲートに向かって歩き出した。
「師匠」
カルロスは思わず呼び止めた。
「鶴人間。あれは一体何なんですか?」
振り向いたクレメンスに向かって疑問をぶつける。
「分からぬ」
クレメンスは小さく首を横に振った。
「へ?」
予想外のクレメンスの返答に、カルロスは思わず素に戻り、間抜けな声をあげた。
クレメンスはその魔力、技術、知識、全てにおいて群を抜いている。
まだ20代という若さであるにも関わらず、魔術師協会でも重要ポストに就き、行政にも深く関わっているくらいなのだ。
そんなクレメンスの口から「分からない」という単語が飛び出してこようとは、カルロスには思いもよらない事だった。
カルロスは、クレメンスは何でも知っていて、この世に分からいことなどない、と思っていた。
「私にはロジーナの感性は図りかねる。ただ、あの鶴人間が一番奇妙な形状をしていたことだけは確かだ」
「はぁ」
「子供というものは、実に面白いな」
クレメンスはそう言うと「フフフフフ」と楽しそうに笑いながら行ってしまった。
カルロスは狐につままれてような心持ちで、しばらく立ち尽くしていた。