お誕生会
カルロスが自習室へ入ると、ロジーナの傍らにはクセのある栗毛の女性がいた。
魔術師協会事務局のお局様・タチアナだ。
タチアナはクレメンスの姉弟子でもある。
タチアナはロジーナがきてから、度々この館を訪れ、あれやこれやとロジーナの世話をやいてくれていた。
人見知りの激しいロジーナも、タチアナには懐いている。
「準備できた?」
タチアナの問いかけにカルロスは大きくうなずく。
3人は食堂へと向かった。
「ロジちゃん、おめめつぶってね」
食堂のドアの前で、タチアナはそう指示した。
ロジーナは不思議そうにタチアナを見上げたが、「はい」と返事をすると、目を瞑った。
この1年でロジーナは挨拶と返事はきちんと出来るようになっていた。
タチアナは後ろからロジーナの両肩に手を添えて食堂内へ誘導し、ロジーナを着席させた。
テーブルの上には料理が並べられ、ロジーナの席には蝋燭が飾られたデコレーションケーキが置かれている。
「まだ開けちゃダメよ」
タチアナはそう言うと、クレメンスに目で合図を送り、ロジーナの隣に着席した。
カルロスもに着席する。
クレメンスが軽く手を動かすと、食堂の灯りが消え、蝋燭が点火した。
蝋燭の炎がロジーナの陶器のような白い顔をだいだい色に照らす。
「目を開けていいわよ」
タチアナの声にロジーナはゆっくりと目を開けた。
黒々とした瞳にゆらゆらと揺れる蝋燭の炎が映る。
ロジーナは驚いたように目を見開き、瞬きもせずにケーキを凝視した後、辺りをキョロキョロと見回した。
「ロジーナ。今日はお前の誕生日だ」
「誕生日……」
ロジーナは眉間にシワを寄せて、考え込むかのように俯いた。
「ロジちゃんが生まれた日よ」
タチアナはロジーナの顔を覗き込む。
「生まれた日……」
「残念ながら正確な日付は分からんがな」
ロジーナは顔を上げる。
「今日は魔術師のロジちゃんが誕生した日」
タチアナが補足するように言う。
「誕生した日……。誕生日……」
ロジーナは確認するかのようにクレメンスの顔をみる。
クレメンスは大きくうなずく。
「そうだ。ロジーナ。誕生日、おめでとう」
クレメンスはそう言うと、ロジーナにニッコリと微笑みかける。
「さ、ロジちゃん。蝋燭をふーふーして火を消してね」
「はい」
ロジーナは大きく息を吸うと、一気に息を吹きかける。
最後の1本がなかなか消えなかったが、なんとか火を吹き消すことに成功した。
「おめでとう」
3人は手を叩きながら口々にそう言った。
部屋の灯りがパッとついた。
「おチビちゃん。おめでとぉ~」
ロジーナがビクっと後ろを振り返る。
いつの間にかロジーナの背後に薄汚れた格好の男が立っていた。
男ーーニコラスはロジーナと目が合うと、ニタァっと気持ちの悪い笑みを浮かべた。
ロジーナはそんなニコラスの顔を凝視する。
「師匠ぉぉ。開けてください~」
ドアの向こうから、間延びしたゆるい声がした。
カルロスは素早く立ち上がり、ドアを開けた。
大きなプレゼントボックスを抱えた人が入ってる。
箱が大きすぎて上半身が見えない。
「ロジーナさん。お誕生日おめでとうございます」
まるで箱がしゃべっているようだ。
「ダニエル。ホントに君はトロいね」
ニコラスは弟子のダニエルから箱を奪い取ると、ロジーナの横にドンと置いた。
「みんなからのプレゼントだよぉ」
ロジーナはしばらく箱を凝視していたが、ゆっくりと頭を動かし、クレメンスの顔を伺うように見た。
「開けてみなさい」
「はい」
ロジーナは立ち上がると、箱にかけられた大きなリボンの端を引いた。
途端にパッと箱が光る。
ロジーナは大きく目を見開き硬直した。
箱は消え、そこには首にリボンがついた大きなぬいぐるみが座っていた。
ロジーナはぬいぐるみをしばらく凝視した後、振り返ってクレメンスの顔を見る。
クレメンスは微笑みながら大きく頷いた。
ロジーナはぬいぐるみに向き直ると、その手におそるおそる触れた。
ゆっくりと確認するかのように、ぬいぐるみの手をもふもふと握る。
みなはその様子をニコニコしながら眺めていた。
ロジーナの誕生日会は和やかな雰囲気で続いた。