おまけ3
カルロスは後輩の指導をしながら、チラリと視線を壁際に向けた。
今日もマックスとローラは床に座り、壁に寄りかかって、楽しそうにおしゃべりをしている。
時折、耳元で何かを囁き合ったり、お互いの指を絡めて見つめ合ったり、見ているこちらが恥ずかしくなるくらい仲が良い。
マックスとローラは付き合っているのではないか。
そんな噂が流れはじめたのは、数ヶ月前のことだ。
好奇心旺盛なカルロスは、二人の動向に注視していた。
はじめうちは、周りに遠慮してか、あからさまではなかった。
しかし、そのうちに、二人が堂々と手をつないで歩いている姿を、館の外だけではなく、中でも見かけるようになった。
ある日、カルロスが師のクレメンスにつき従って、食堂に向かっていた時だった。
廊下の角を曲がったところで、クレメンスの足が止まった。
クレメンスの背後から、廊下の先を覗き見たカルロスは、思わず後退した。
クレメンスの視線の先にはマックスとローラがいたのだ。
壁に寄りかかるローラと、壁に片手をついてその正面立っているマックス。
二人はお互いに見つめ合い、この世には二人きりな世界が展開されている。
クレメンスはすーっとマックスの背後に忍び寄った。
うっとりとマックスを見つめていたローラの目が、驚きで見開かれる。
ローラの異変に気がつき振り返ったマックスの、すぐ目の前に、感情のないクレメンスの瞳があった。
「仲むつまじいのは結構なことだが、じゃらつきあうのは私の館を出てからにしてもらいたい」
クレメンスは静かだが凄味のある声でそう言うと、何事もなかったかのように、すたすたと行ってしまった。
カルロスは身震いすると、慌ててクレメンスの後を追った。
これで二人は心を入れ替えるだろう。
カルロスはそう思ったが、それは大きな間違いだった。
確かに二人は、クレメンスに注意されてからしばらくは、神妙にしていた。
ところが、クレメンスのいない日が増えるにつれ、徐々に再びイチャつきはじめた。
近頃では、クレメンスが不在な日は、訓練そっちのけで、一日中あのようにイチャイチャしている。
クレメンスに報告するべきなのだろうか。
カルロスは迷っていた。
二人は他の者の訓練を直接邪魔しているわけではない。
大声をだしているわけでも、修練場のど真ん中に居座ってるわけでもない。
ただ、ああやって修練場の隅でひそひそとイチャついているだけだ。
二人を無視していれば、どうということはない。
だが、カルロスは不快に感じていた。
無視しようとは思っても、つい気になってしまうのだ。
他の者たちも同様に、チラチラと二人に視線を送っている。
気になって訓練に集中できない者もいるようだった。
できれば告げ口のようなことはしたくない。
あとで、もう一度、それとなく注意してみよう。
それでもダメだった時には報告する。
カルロスはそう決めた。
不意にクレメンスの魔力を感じたカルロスは、視線を動かした。
いつの間にか、修練場の片隅に、ひっそりと佇むクレメンスの姿があった。
クレメンスは腕を組み、じっとマックスとローラを観察している。
その様子にカルロスは息をのんだ。
今やクレメンスは完全に気配を殺している。
その証拠に、カルロス以外は誰もクレメンスがいることに気がついていない。
クレメンスが完全に気配を消すことは、通常は有りえない。
魔術師が完全に気配を消す時。
それは臨戦態勢の時だ。
半眼になったクレメンスの口元が、まるで楽しんでるかのように歪んだ。
カルロスは湧き上がる恐怖に身を固くする。
その様子に気がついた後輩が、カルロスの視線の先を見ようと振り返り、そして凍りついた。
弟子たちの視線を浴びながら、薄ら笑いを浮かべたクレメンスは、腕を組んだまま、静かにゆっくり進み、マックスとローラの真正面に立った。
恋に夢中になっている二人は、全く気づいていない。
互いの指を絡め合い、うっとりと見つめ合う二人を見下ろしながら、クレメンスは自身の組んだ腕をゆっくりとほどいた。
「ここは修練場だ。男女が愛を語らう場ではない」
静かになった修練場に、クレメンスの低く厳しい声が響いた。
何が起きたのかわからずにポカンとした二人の目が、みるみる驚愕と恐怖にに彩られ、ほんのりと桜色染まった顔は、一瞬のうちに真っ白になった。
クレメンスは右手指をクイッと上に動かし、二人に「立て」と合図する。
カルロスをはじめ、その場にいる者たちは、息をひそめ、その様子をじっと窺う。
こちら側に背を向けているので、クレメンスの顔は見えない。
しかし、二人が半泣き状態でわなわなと震えながら立ち上がる姿が、全てを物語っていた。
クレメンスは二人の目の前に腕を突出し、両掌を上に向けた。
「マックス。ローラ。お前たちを破門する」
左右それぞれの掌の上に、紙が現れる。
「以後、我が敷地内に入ることを禁ずる」
感情のない声でそう言うと両手を軽く押し上げ、そして下した。
呆然と立ち尽くす、マックスとローラ、それぞれの足元に、紙がパサリと落ちる。
クレメンスは二人に背を向けると、その場にいる弟子たちの姿を確認するかのように、ゆっくりと修練場内を見渡す。
弟子たちは視線を落とし、息を止めて、クレメンスの視線が通り過ぎるのを待っていた。
クレメンスは一通り確認した後、カルロスに視線を向けた。
意図を察知したカルロスは目礼をする。
クレメンスは目で軽く頷くと、無言のままその場から姿を消した。
修練場内の緊張が一気に解けた。
皆がホッと息をつくと同時に、ローラが「わっ」と泣き崩れた。
マックスはヘナヘナとその場に座り込む。
カルロスはそんな二人の元へ行き、床に落ちた『破門通知書』を拾い上げた。
「可哀想だが、俺にはどうしてやることもできねえ」
そう言いながら二人に通知書を渡そうとする。
マックスは虚ろな目をしながら、力なく受け取ったが、ローラはイヤイヤと首をふって受け取ろうとはしなかった。
「悪いことは言わねー。命が惜しいなら、大人しくこいつを持って、出て行った方がいい」
カルロスはそう言って、ローラに通知書を押し付けるが、ローラは頑として受け取らない。
「もたもたしているのを師匠に見つかったら、今度は確実に殺されるぞ。いや、あの師匠のことだ。そんな足がつくようなまねはしないか……」
空いた方の手で顎を撫でながら、カルロスは考えるように視線を斜め下に落とす。
「異空間に飛ばされる、とか?」
顔をあげたローラの顔をチラリとみる。
「おお怖っ」
わざとらしく身震いする。
マックスは突然立ち上がると、慌てた様子で修練場を出て行った。
その姿をぼーっと眺めていたローラも、ハッとしたように立ち上がる。
そして通告書をもぎ取ると、「待って」と言いながら、マックスの後を追いかけて行った。
カルロスは「やれやれ」と肩をすくめた。




