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ロジーナ小品集  作者: 岸野果絵
ちょっとした喧嘩
12/13

おまけ3

 カルロスは後輩の指導をしながら、チラリと視線を壁際に向けた。

今日もマックスとローラは床に座り、壁に寄りかかって、楽しそうにおしゃべりをしている。

時折、耳元で何かを囁き合ったり、お互いの指を絡めて見つめ合ったり、見ているこちらが恥ずかしくなるくらい仲が良い。


 マックスとローラは付き合っているのではないか。

そんな噂が流れはじめたのは、数ヶ月前のことだ。

好奇心旺盛なカルロスは、二人の動向に注視していた。

 はじめうちは、周りに遠慮してか、あからさまではなかった。

しかし、そのうちに、二人が堂々と手をつないで歩いている姿を、館の外だけではなく、中でも見かけるようになった。


 ある日、カルロスが師のクレメンスにつき従って、食堂に向かっていた時だった。

廊下の角を曲がったところで、クレメンスの足が止まった。

クレメンスの背後から、廊下の先を覗き見たカルロスは、思わず後退した。

 クレメンスの視線の先にはマックスとローラがいたのだ。

壁に寄りかかるローラと、壁に片手をついてその正面立っているマックス。

二人はお互いに見つめ合い、この世には二人きりな世界が展開されている。

 クレメンスはすーっとマックスの背後に忍び寄った。

うっとりとマックスを見つめていたローラの目が、驚きで見開かれる。

ローラの異変に気がつき振り返ったマックスの、すぐ目の前に、感情のないクレメンスの瞳があった。

「仲むつまじいのは結構なことだが、じゃらつきあうのは私の館を出てからにしてもらいたい」

クレメンスは静かだが凄味のある声でそう言うと、何事もなかったかのように、すたすたと行ってしまった。

カルロスは身震いすると、慌ててクレメンスの後を追った。


 これで二人は心を入れ替えるだろう。

カルロスはそう思ったが、それは大きな間違いだった。

確かに二人は、クレメンスに注意されてからしばらくは、神妙にしていた。

ところが、クレメンスのいない日が増えるにつれ、徐々に再びイチャつきはじめた。

近頃では、クレメンスが不在な日は、訓練そっちのけで、一日中あのようにイチャイチャしている。


 クレメンスに報告するべきなのだろうか。

カルロスは迷っていた。

二人は他の者の訓練を直接邪魔しているわけではない。

大声をだしているわけでも、修練場のど真ん中に居座ってるわけでもない。

ただ、ああやって修練場の隅でひそひそとイチャついているだけだ。

二人を無視していれば、どうということはない。

 だが、カルロスは不快に感じていた。

無視しようとは思っても、つい気になってしまうのだ。

他の者たちも同様に、チラチラと二人に視線を送っている。

気になって訓練に集中できない者もいるようだった。

 できれば告げ口のようなことはしたくない。

あとで、もう一度、それとなく注意してみよう。

それでもダメだった時には報告する。

カルロスはそう決めた。


 不意にクレメンスの魔力を感じたカルロスは、視線を動かした。

 いつの間にか、修練場の片隅に、ひっそりと佇むクレメンスの姿があった。

クレメンスは腕を組み、じっとマックスとローラを観察している。

 その様子にカルロスは息をのんだ。

今やクレメンスは完全に気配を殺している。

その証拠に、カルロス以外は誰もクレメンスがいることに気がついていない。

 クレメンスが完全に気配を消すことは、通常は有りえない。

魔術師が完全に気配を消す時。

それは臨戦態勢の時だ。

 半眼になったクレメンスの口元が、まるで楽しんでるかのように歪んだ。

 カルロスは湧き上がる恐怖に身を固くする。

その様子に気がついた後輩が、カルロスの視線の先を見ようと振り返り、そして凍りついた。


 弟子たちの視線を浴びながら、薄ら笑いを浮かべたクレメンスは、腕を組んだまま、静かにゆっくり進み、マックスとローラの真正面に立った。

 恋に夢中になっている二人は、全く気づいていない。

互いの指を絡め合い、うっとりと見つめ合う二人を見下ろしながら、クレメンスは自身の組んだ腕をゆっくりとほどいた。 


「ここは修練場だ。男女が愛を語らう場ではない」

 静かになった修練場に、クレメンスの低く厳しい声が響いた。

 何が起きたのかわからずにポカンとした二人の目が、みるみる驚愕と恐怖にに彩られ、ほんのりと桜色染まった顔は、一瞬のうちに真っ白になった。

 クレメンスは右手指をクイッと上に動かし、二人に「立て」と合図する。

 カルロスをはじめ、その場にいる者たちは、息をひそめ、その様子をじっと窺う。

こちら側に背を向けているので、クレメンスの顔は見えない。

しかし、二人が半泣き状態でわなわなと震えながら立ち上がる姿が、全てを物語っていた。


 クレメンスは二人の目の前に腕を突出し、両掌を上に向けた。

「マックス。ローラ。お前たちを破門する」

左右それぞれの掌の上に、紙が現れる。

「以後、我が敷地内に入ることを禁ずる」

感情のない声でそう言うと両手を軽く押し上げ、そして下した。

呆然と立ち尽くす、マックスとローラ、それぞれの足元に、紙がパサリと落ちる。


 クレメンスは二人に背を向けると、その場にいる弟子たちの姿を確認するかのように、ゆっくりと修練場内を見渡す。

弟子たちは視線を落とし、息を止めて、クレメンスの視線が通り過ぎるのを待っていた。

クレメンスは一通り確認した後、カルロスに視線を向けた。

意図を察知したカルロスは目礼をする。

クレメンスは目で軽く頷くと、無言のままその場から姿を消した。



 修練場内の緊張が一気に解けた。

皆がホッと息をつくと同時に、ローラが「わっ」と泣き崩れた。

マックスはヘナヘナとその場に座り込む。


 カルロスはそんな二人の元へ行き、床に落ちた『破門通知書』を拾い上げた。

「可哀想だが、俺にはどうしてやることもできねえ」

そう言いながら二人に通知書を渡そうとする。

マックスは虚ろな目をしながら、力なく受け取ったが、ローラはイヤイヤと首をふって受け取ろうとはしなかった。


「悪いことは言わねー。命が惜しいなら、大人しくこいつを持って、出て行った方がいい」

カルロスはそう言って、ローラに通知書を押し付けるが、ローラは頑として受け取らない。

「もたもたしているのを師匠に見つかったら、今度は確実に殺されるぞ。いや、あの師匠のことだ。そんな足がつくようなまねはしないか……」

空いた方の手で顎を撫でながら、カルロスは考えるように視線を斜め下に落とす。

「異空間に飛ばされる、とか?」

顔をあげたローラの顔をチラリとみる。

「おお怖っ」

わざとらしく身震いする。

 マックスは突然立ち上がると、慌てた様子で修練場を出て行った。

 その姿をぼーっと眺めていたローラも、ハッとしたように立ち上がる。

そして通告書をもぎ取ると、「待って」と言いながら、マックスの後を追いかけて行った。

 カルロスは「やれやれ」と肩をすくめた。



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