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ロジーナ小品集  作者: 岸野果絵
ちょっとした喧嘩
10/13

カルロス、慌てる

 カルロスは上級者用の修練場で、後輩の訓練を見てやっていた。

「カルロス先輩」

ハンスが慌てた様子で駆け込んでくる。

「ん? どうした?」

「ロジーナが……」

ハンスは息を整えながら言った。

「また暴れてんのか」

ハンスは神妙な表情で頷く。

カルロスは軽い脱力感に襲われる。


今日は師であるクレメンスが不在だった。

そのため、カルロスが後輩達の訓練を一手に任されていたのだ。

後輩達のいざこざもカルロスが処理しなければならない。


「まいったなぁ~」

カルロスはぼやきながらも急ぎ足で、低級者用の修練場へと向かった。


 カルロスは修練場の中に入ると、その不穏な空気に目をむいた。

「おい、おめーら止め……」

止めようとしたカルロスの目の前で、ロジーナに向かって大量の魔弾が一斉に撃ち込まれた。


「あっちゃー。間に合わなかったか」

カルロスは額に手を当ててつぶやいた。


修練場内は、一気に炸裂する大量の魔弾の光に包まれる。

まぶしさに視界がぼやける。

爆風に髪や衣服がなびいた。


光と爆風がおさまった。

カルロスはすぐさまロジーナの状況を確認しようと、ロジーナのいた方へ走りよろうとしたが、足を止めた。


視線の先に、魔力を解放し、悠然とたたずむロジーナの姿があった。

風もないのに、艶やかな黒髪がなびいている。

ロジーナはかすり傷ひとつ負っていないようだ。

だが、その顔は無表情で、どこか遠くを見ているようだった。

完全に目が据わっていた。

揺れる前髪の間から、額に施された封印の百合の花を思わせる花鈿が淡い光を帯びているのがみえる。


「やっべぇ」

カルロスは慌てて他の者たちをかばうようにロジーナの前に立った。


ロジーナはその華奢な見てくれからは想像もできないくらい強大な魔力を秘めている。

今は封印が効いているが、彼女の感情が爆発すれば、封印は解け、魔力は暴走する。

そうなってしまえば、もはやカルロスにはどうすることもできない。


「おい、ロジーナ、落ち着け」

カルロスは出来るだけ穏やかに優しい声で、両手をいなすように上下にゆらす。


ロジーナは凝らすように目を細める。

しかし、その瞳にはカルロスの姿は映ってないようだった。


「リンダ、6発」

突然、ロジーナが抑揚のない冷えた声で言った。

ロジーナの頭上に6個の魔弾が現れる。

「ウリヤーン、13発、キャプシーヌ ……」

更に13個の魔弾が現れる。

一瞬、カルロスは、ロジーナの言葉の意味が分からなかったが、すぐにロジーナが自分に撃ち込まれた魔弾の数を言っているのだと悟る。


カルロスはゾクリとした。

あの状況のなかで、ロジーナは誰が何発撃ったのかを正確に把握していたのだ。

やはりロジーナは他の者たちとは全然違う。

その能力も執念深さも……。


こうなってしまった以上、ロジーナは反撃をしないでは気が済まないだろう。

とりあえず、最悪の事態を避けなければならない。


カルロスはロジーナをじっと見据えながら、後ろ手で後輩たちに避難するように指示をだした。

ロジーナの変わりように恐れをなしたのか、皆そそくさと静かに、だが急いで避難していく。

その気配を感じながら、カルロスは魔力を練りシールドをつくる。


「……24発。マリアンヌ31発」

ロジーナはまるで文書でも読み上げるかのように淡々とつづけている。

ロジーナの周りにはたくさんの魔弾が浮かび、ゆらゆらと揺れていた。

「どんだけ撃ち込んだんだよ……」

次々と現れるロジーナの魔弾を眺めながら、カルロスは苦笑いする。


現時点で魔弾の数は100を超えていた。

上級魔術師でもここまでの数を作り出すことは難しい。

それをロジーナはやすやすとやってのけている。

その上、ロジーナの魔弾は、大きさはまちまちであるが、ブルーノやマリアンヌたちとは比べ物にならないほど密度が濃い。

かなりの破壊力があるだろう。


カルロスは、数十くらいの数であれば、自身のシールドで簡単に防げる自信はあった。

だが、これだけの数になると、はたして自分のシールドが持ちこたえられるかどうか、微妙なところだ。

負傷する可能性は十分考えられた。

一歩間違えれば、大けがを負ってしまうかもしれない。

カルロスはゴクリと唾をのみこんだ。

逃げるわけには行かなかった。

カルロスが目の前からいなくなれば、ロジーナは標的を探し求め、修練場を飛び出すかもしれない。


一見、静かに佇んでいるようにも見えるが、ロジーナは完全に逆上している。

ロジーナの白い肌は青みを帯び、まるで冷たい海を漂う流氷のようだ。

すさまじい怒りが、強烈な圧迫感と冷気を帯びて修練場内に渦巻いている。

カルロスの背筋を冷たい汗が伝った。


「ブルーノ、34発」

ロジーナは目の前にいるカルロスを、感情のない瞳でじっと見つめる。

カルロスも息を凝らしながら、ロジーナを見つめる。

二人はまばたきもせずにしばらくそのまま動かなかった。


ロジーナの右手がゆっくりとあがる。

魔力が一気に輝く。


来る。

カルロスはシールドに魔力を籠めた。


刹那、背後からクレメンスの魔力を感じた。

クレメンスの魔力は投網のように広がり、こちらに向かって飛んでくるロジーナの魔弾を包みこむ。

全ての魔弾を捕らえると、静かにゆっくりとしぼむように小さくなっていき、ついには消えた。


静寂が訪れた。


クレメンスがつかつかと歩いてきて、ロジーナの目の前にたった。

「ロジーナ。魔弾の大きさにばらつきがある。個数より大きさをそろえることに集中しなさい」

茫然としているロジーナに向かってそう言うと、カルロスの方に向き直った。


「カルロス。お前のシールドには穴がある」

カルロスに近づくと、シールドの一点を指し示す。

クレメンスは怪訝な顔をするカルロスの顔をチラリととみた後、その指先から魔力を出す。

魔力がシールドに当たった途端、カルロスのシールドがはじけるように消えた。


「なっ……」

目を丸くするカルロスをみて、クレメンスは楽しそうに目を細め、ニヤリとした。

「まだまだ師範への道のりは遠いな」

そう言うと「フフフフ」と嗤いながら修練場から出て行った。


「くそっ」

カルロスは舌打ちをすると、なにげなくロジーナの方を見る。

ロジーナは眉間に皺をよせ、難しい表情で何やらぶつぶつと呟きながら、周りに複数の魔弾が出現させると、首を捻り、今度はそれを消し、また出現させ、また消すを繰り返している。

そんなロジーナの様子を眺めながら、カルロスは軽く肩をすくめた。


「ったく、いい気なもんだよな」

そう呟きながら、カルロスは後輩たちのいる場所に向かった。

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