表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
原初の地  作者: 竜胆
2章:手血肉燐の都
98/144

新たな刃

無事にラスボス(台風10号)を倒すことが出来ました。

凱旋パレードに忙しいため、更新速度はこのまま不定期だと思われます。



「彷獄獣堕ち寸前の奴の特徴はな、他者に対する強烈な嫉妬心や対抗心の現れ、話が通じなくなり思い込みが激しくなる事なんかが挙げられる」


 マズローが、寂しそうにそう俺に教えてくれた。

 ヒューズが彷獄獣堕ちしてしばらくしてのことだ。

 彼は、ルルに目を治してもらった途端に発狂しだして暴れた後、霧の彼方へと消えてしまった。


「私たちが堀に落ちる原因になったのが、よっぽど心の負担になったみたいね……」


 どうやら、マズローが近寄った時に俺に任せようとしたのは思いを放出させて少しでも彷獄獣堕ちを回避したいという考えだったらしい。

 ただ、残念ながらそうやっても今までそこから回避した人間はいなかったらしく、今回もやはりダメだった。


「みんな……居なくなっていく」

「悔やんでも仕方ないっテ、さっき答えを出したばかリ」


 そうだ、こんなところで立ち止まるわけには行かない。

 この広場を抜ければ、もう王城へと突入できるのだから。


 もうすぐだ、もうすぐお前を助けることが出来るぞ晶。待ってろよ。お前を救い出して、みんなでこの糞のような地獄の底から抜け出すんだ。おいしい物一杯食べて、不思議な物を一杯見て、綺麗な空気を吸うんだ。魔法の練習をしたっていい、軽い冒険したって良い、とげぞうと、俺と、お前で平和に生きるんだ。


「聖女様、そろそろ出発しなければ王種が復活すると思われます」


 そう進言してきたのは、先行組のリーダーであるトンプソンだった。細身で神経質そうな彼と数人は、ルルに話しかけた後、俺を一瞥すると声をかけて来た。


「……ゲン、これを」


 そう言って渡してきたのは、大振りの肌色をしたナイフだった。小さな口が刃の腹に大量についており、武器と言うよりも呪物のような感じだ。

 なんでも、ついさっき王種が落とした残滓を急いで加工したらしい。

 肌のように妙になまめかしくも、刃先はしっかりと光沢をもった不思議なナイフだった。


 都合よく残滓なんて落ちるもんなんだと思ったが、どうやら階級が上がるごとにドロップ率は高くなる傾向にあったから、王種となれば一発で落とすのもおかしくないそうだ。


「使う事は無いと思うが、残滓は質量を犠牲にすることで魔法のような効果を出すことも出来る。うまく使って聖女様を守ってくれ。ここから先は、どうやらお前の案内が必要なようだ」


 魔法のような効果……だと?

 ってことはあれか? もしかして俺、とうとう魔法が使えるかもしれないと……?


「あ……ありがとう。使い方は――」

「トップ! 使い方はこっちで教えるからまだ教えないで」

「なんでさ!?」

「絶対試しに使いたくなるでしょ? 勿体ないからダメよ」


 さもありなん。

 ぐぬぬぬぬ、さもありなん。

 くやしいけど、さもはんきんぽー。

 正論過ぎてぐうの音も出ねぇわ。


「ネル、新しい武器貰ったんだけどこの短槍の矢尻使う?」

「加工する時間が無いかラ、ゲンが持っておケ。そレ、小さい火になるヨ」


 おぉ、マジか。このちっちゃい奴も魔法みたいな効果もってるのか。

 残念ながら使い方は教えてくれなかったが。そんなに信用ないか? 確かに、ライター感覚で使いそうだけど。


「俺達は此処に残って、こっから入ってくる彷獄獣を止めとくからよ。くー、俺達も眠れる主の野郎に一発かましてやりたかったぜ!」

「私たちの代わりに、頼んだぞ!」


 どうやら彼らは、俺が止めを刺す前に溶けて消えた王種が復活するのを見越して、ココで足止めをするつもりらしい。復活したのを一緒に殺そうと言ったのだが、無駄に消費をするより先に行けと言われてしまった。


 マズローが、俺の正確な情報を共有したことにより俺の立ち位置が案内人に変わってしまったらしい。

 俺達のグループに加え、残りは11人。

 そのうちの4人が、この場に残り足止めを行う作戦になった。


「教会で、獄夢(ヘルムメア)の終わりを皆と待ってます」

「絶対、絶対に獄夢(ヘルムメア)を終わらせて来るから。朝食の事だけ考えてなさい!」

「お嬢……いや、何でもない。行くぞ!! 出発だ!」


 王城へ続く階段へと、俺達は踏み出した。






 段々に人がうつぶせに並ぶ形の悪趣味極まりない階段は、時々仰向けに眠っている段がある。

 あからさまに、妖しい。


 不用意にまた越そうとしたケルトという男の足を、男のアレが槍のように伸びて貫くというトラブルが発生した。

 

 この人ら、不死身の体を得た時点で警戒心が本当に緩み切っていると思う。何度でもやり直せると思ってるからこんな簡単に不用意な一歩を踏み出すんだ。


 ケルトの傷は浅かったが、嫌な予感がしたので貫かれた足を切り落とせば、中から大量の白いオタマジャクシのような物が食い破って来た。


 彼の男としての傷はとても深そうだ。治療中、とげぞうが前足でポンポンと慰めてあげてたので元気を出してほしい。


 階段を昇った先は、人一人が何とか抜けれるほどの狭さの出口があり、そこを抜けると奇怪な部屋だった。


「ここが、王の間? なんか、すげぇ気持ち悪いんだけど。主らしき奴は……あれじゃないよな?」

「よかったネ。ゲンが大好きなのに囲まれてるヨ」

「……否定はしないが、ここまでびっしりあると恐怖しか感じない」


 ――ハッ。


 後ろを振り向けば、先ほどの俺の腕を見るよりも冷たい視線が俺に向いていた。

 っく、ネルめ嵌めやがったな。


「ふーん、ほーん……。ゲンはおっぱいが好きと」

「聖女様、世の殿方はみんなそうですの! でも、おっぱいは大きさではありませんの! 形ですの」

「形……」

「無形物の形……禅問答かなにか?」

「ぶっころ」


 聖女らしからぬ声が聞こえた。

 

 目の前にひろがるのは、壁一面に存在する乳乳乳乳。

 人の背ほどもある巨大で紫色の乳房が所狭しと並び、他の物は何もない。

 まさかこの部屋が元王の間だなんて誰が想像できるだろうか。


「馬鹿話もそこまでだ。起きるぞ……!」


 マズローの言葉に、乳房の陰に隠れていた全員が黙る。

 王の間改め乳の間の中心に寝ていた物が、目を覚ましたらしい。


「ダァァァァァ」


 そこに寝ていたのは、落し児だった。


 俺達が倒した物よりも一回り大きく、丸々としている。

 まさかあれが眠れる王種なのかと考えたが、おそらくあの赤子は胎道を通ってこの場所に来たあの赤子の先輩なのだろう。


 晶の魔石を持っているかもと思ったが、ルルは首を横に振った。

 ここはどうやら、落し児の休憩室とでも言える部屋だったらしい。



 獄夢(ヘルムメア)の終点は、まだ見えない。


 部屋を出れば、一面にびっしりと顔の生えた廊下が続く。

 苦悶の表情をしたそれらはまるで意思があるかのように俺達を見つめてくるが、罠と言うわけではなくただそこにあるだけだ。

 マズローの顔色が青ざめていたので聞いてみると、見知った顔に似た顔があったようだ。


「うぅ……あ、あ、……たす……げは」

「メルセイユ……」

「……まさか、ずっとここに埋め込まれて生かされている?」

「考えたくはないが……、大臣と他人の空似の顔だなんて楽観視できる状況でもないな。お前、ずっとここに居たのか……」


 全員が、ごくりと息をのんだ。

 

 道の先には、手を鎌にした女の彷獄獣が、ケタケタと笑いながら壁を切り裂き剥ぎ取り、うずくまってはぐちゃぐちゃと音を立てながら咀嚼していた。

 千切り潰された顔はすぐに壁に再生され、再び苦悶の表情を浮かべ、終わりのない絶望に正気を失えばまた彷獄獣に剥ぎ取られていた。


 青白い顔は口元だけが赤く染まり、ゆっくりと俺達を見た彼女は、全身をばねのようにして襲い掛かって来た。




「静かだネ」

「不思議なもんだ、あの華々しい王城がこんだけ静まり返ってるなんてな……」

「いやいや、現実逃避すんなよ。めっちゃうめき声聞こえてるけど」


 そこら中から、壁に埋め込まれた人や口罠の罵詈雑言が響き渡っている。


 様々な調度品など、元々王城にあった物が粘筋に覆われたと思われる不気味な肉塊が、絶えず挙げている悲鳴。

 通路の両側に立ち並ぶ彫像であっただろうものに粘筋が纏わりつき、まるで受肉し整列をする兵士のように変化しているが、どれもこれも首が無い。

 額縁のような粘筋の中には、絵のような目玉がギュリギュリと動き回る。


 シャンデリアであっただろう物には、百舌鳥のハヤ贄のように手や足、性器などの部位がぶら下がる。

 こんな場所に長時間いれば、頭がおかしくなりそうだ。

 軽口でも叩いてないと、狂気に飲まれてしまう。


「そういうこっちゃねぇよ。彷獄獣が少なすぎるってことだ」

「あぁ確かに……結構な数と戦っては来たけど、思ったよりは少ないよな。下手したら溢れるほどひしめいてるかも何て言ってたし」


 時折、兵種のような彷獄獣がウロウロとしているが、思っていたよりも少ないし王種らしき彷獄獣も存在しないし罠もあまりない。

 ある意味、ココは外敵が訪れる想定をされていない居住区エリアなのかもしれない。


 ルルの感覚に従って進む。

 俺達は、晶の魔石のあるであろう方角を目指していた。


 かなり長い階段を下った先は、独特な雰囲気のある場所だった。


「ここは……分かりにくいが、牢屋か?」


 格子に肉が蔓延り癒着寸前にまで太くなった隙間から、奥の小部屋が見える。

 いくつもの牢屋が、通路の両脇にずらりと並んでいる場所らしい。


 牢屋ねぇ……。もはや嫌な予感しかしない。


「フシュッ」

「……やっぱこうなる?」

「もうこのまま、眠れる主の元まで行ければと思ったんだがな……そうは問屋が卸してくれないか」


 あからさまに、この一角には化物の気配が濃すぎた。

 中から反響するうめき声のような唸り声は、一瞬だけ静かになり――


――ギィィィ


 軋むような音を立てながら、通路に並ぶ牢屋のいくつかの扉が開いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ