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原初の地  作者: 竜胆
2章:手血肉燐の都
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覚醒

レビューをいただきました。

あまりにも長くなるといけないので、お礼は活動報告出させていただきますが、本当にありがとうございます。


 天井が落ちて来た瞬間、王種はその喧しい悲鳴を止めた。暴れ狂うはずだった、マズローの身長程もある太さの腕は、脱力し転がっている。


――終わったのか? 


 針に打たれ穴だらけになった挙句真っ二つになった不気味な生首を見て、マズローは安心しかけた。だが――


「いそグ!! 早く粘筋ヲ!」


 ネルと数名が焦り、粘筋に向かって攻撃を仕掛けているではないか。


「落し児が追い付いてタ!! あっちに3人しかいなイ!」

「どういうことだ!?」


 聞けば、粘筋が落ちた向こう側にルル、ラニャ、ゲンの三人が隔離されてしまっているらしい。さらに、通路から落し児が現れていたと言うではないか。


「なんでこんなタイミングで!!」

「一度殺したのが、蘇って来タ」

「何!?」

「詳しい話ハ、あとですル。とにかく今は向こうヲ」


 焦ったマズロー達と一匹は、全力で壁へと向かった。

 魔術師たちが必死に魔法を放ち、傷ついた箇所をさらに剣で削り、弓で射る。

 だが、分厚い肉壁は多少の傷程度ならすぐに治ってしまう。

 全員で攻撃して、ようやく少しずつ削れてくる程度だった。少しでも手を休めようものなら、すぐに元に戻ってしまうだろう。


 くそっ!!

 どうしてもルルの守りをできる奴が足りないとわかってたのに!!

 苦肉の策でラニャを守りに置いていたが、アレもただの時間稼ぎしか――だからといって、他の奴らじゃ時間稼ぎにすらならねぇ。


 苛立ちと焦りから、時間の感覚が失われていたが数分以上は経っていただろう。

 あの特殊王種の赤子を相手に、あの三人でこんなに長時間耐えられるとは考えられなかった。

 もしや、粘躰の術が解けてないだけで既に向こうでは全てが終わってしまっているんじゃないのか。

 

 諦めて手が止まりかけるが、聖獣はまるで諦めていないようでその動きに釣られてマズローも手を進めた。


 ……頼む、抜けてくれ!!

 生きていてくれ! 俺は絶対に獄夢(ヘルムメア)を終わらせなきゃならねぇんだ。じゃなきゃ、俺がやってきたことは一体……!

 生きていてくれるならなんだってする! だから頼む――っ!!


「抜けろおぉぉぉぉぉ!!!!」


 少しずつ削っていた肉壁は、ある部分まで来ると突然強度を失った。

 ボロボロと崩れた場所を、一気に削る。


 そして見えた先の光景に、マズローは歓喜と驚愕を抱いた。


「っく、そぉぉぉ!」


 そこに立っていたのは、戦っていたのは、つい数時間前まで自分が役立たずだと決めつけ疎んでいた存在。

 ゲンが、今までに見せたことも無い速度で走り回り、赤ん坊と戦っているではないか。


 マズローの背中に、鳥肌が立った。

 知らず知らずのうちに、自分の表情に変化が表れていることにその時になってやっと気が付いた。


 おいおいおいおい、嘘だろ。

 此処に来て、この材料だと?


 最初は、ただのガキだったんだぞ? 居れば、それでいいってだけの置物のはずだったんだ。それが、蓋を開けてみれば獄夢(ヘルムメア)の事知り尽くしたガイドみたいなことをし出したと思ったら、今度は戦えるようになっただと?


 何て成長速度……ちがう、覚醒だ。

 見ろ、完全に体が振り回されてる。今まで戦える事を隠してたんじゃない。どう見ても今戦えるようになったんだ。

 急な覚醒に、体が追い付いてねぇ。


 だが、あれなら――


 足りなかったもんが……欲しくてもどうしようもなかったもんが、……今埋まりやがった。


「はは……なんてこった……」


 背中が、ゾクゾクして今すぐにでも叫びだしたかった。


 ……あのレベルなら、使い物になる。


 アウラを吸えない現状、あのレベルまで肉体強化された前衛は貴重な存在だ。純粋な前衛という存在は、昨今の探索者事情により実はそれほど多くは無い。


 力を見た途端手のひらを反す自分の浅ましさを認識しながらも、マズローは神に祈っていた。

 マズローの中で、ゲンに対する認識が180度切り替わった瞬間だった。


「いかん!」


 色々考えにふけってしまったが、呆けてしまったのは一瞬の事。マズローはすぐに正気に戻って、ゲンの助けに入ろうとして走り出した。瞬間。


「待ってたぞ!! とげぞう!! 口だ!!」

「フシュッ!!」

「伏せろー!」


 ゲンの合図で、とげぞうの針が赤子の口元へと突き刺さるのが見えた。

 同時に、赤子の顔に水泡がブクブクと湧き上がり――

 嫌な予感がしたマズローに降り注いだのは、


「ぱギャッ」


 赤ん坊の何とも知れない断末魔と、吹き飛んだ脳漿の洪水だった。






 ルルに手を包まれ、何か光の帯のような物が左腕から一枚剥がれ落ちた瞬間だった。


「うぉぉぉぉ!?」


 ドクンと、心臓が脈打ち火山が爆発するかのような湧きあがる衝動が体を突き抜ける。


 そして思い出す――超人感覚。


 目論見は、うまくいった。


 一気に流れ込んできた魔素を、いつもの感覚で出来るだけ体の全体に流し込む。

 そして、受け流しきれなかった大きな塊を好きに暴れさせれば体が沸騰し始めるが、出口を見つけた魔素は胃の辺りにスポンジが水を吸い込むように流れていった。


 大きな流れが一度落ち着いてしまえば、あとは自然に任せるだけで大丈夫だった。

 今までの体の魔素不足が解消され、力が体にあふれ出した。


 超人的な肉体を得た俺は、短槍を手に赤子と戦った。

 コマ送りのように、動きが見える。

 羽が生えたように、飛べば届く。

 体の神経が全てむき出しになったように、感覚が研ぎ澄まされた。


 だが、やはり転生に相当量のアウラを消費していた俺に、赤子を殺せるだけの力は無かった。


「とんでもない事考えル」


 のちに、ネルに呆れられたようにこう言われた。

 苦し紛れに使用したのは、魔結晶のライトだ。

 劇物だと教えられていたそれを、何とか赤子に食わせてみたものの、おしゃぶりのように舐りだしたときは焦った。


 最終的に、とげぞうが来てくれて最後に口の中の骨筒を壊してくれてあの結果だ。

 思っていたよりも大きく爆発したものだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「っきゅー!」

「ギリギリだったネ!」


 広場には歓喜の声が響き渡り、ルルは泣きながらラニャの治療を施した。

 とげぞうが俺の体を駆け上り、安心したとばかりに頬を寄せて来る。


 俺は、ゆっくりと息を吐き生きていることを噛みしめていた。

 

 ……生き延びた。

 マジで、死ぬかと思った。

 成功しなければ、賭けに勝たなければ本当に終わっていた。


「ゲン!」

「お、おう……」

「どうしたの? どこか怪我を!?」


 一息つけば、胃の中が盛大に暴れている。

 ルルが心配そうに俺に近寄ってきたが、今こっちへ来るのちょっとやめてくれないかな。


「ゲン……? ちょっと顔色が」

「やめ、こっち来る……。おろろろろろろろろろ」 


 覗き込んだルルの顔に、蠢く血管の塊が降り注ぐ。

 スパゲッティーのようなそいつは、もじゃもじゃとルルの顔に降り注ぐとズルリと地面に落ち、そのまま陸地に釣り上げられたタコのように這い去っていった。


「きゅ!?」


 これ、とげぞう。それはおもちゃじゃありません。

 追いかけてパンチパンチじゃない。


「…………」

「あー、すっきりした」


 やっぱ、実験体を作り出した時に体内で動かしてたのって魔素だったんだな。多すぎる魔素で体が爆発するっつってたから、溢れた魔素の吸収素材に枯らした粘筋食っといてよかった。


 ん、なにプルプルしてんだルルは?


「…………」

「ところでさ、これ……なに?」


 手を開いて意識してみれば、手の平から白く蠢く触手のような物が無数に生えて来た。

 うおおおお、実際に出してみると気持ち悪いっ!!

 思い通りに動くから悪い物じゃない気がするけど、粘筋枯らすときに多分動いてた奴だ。


 体内の魔素の流れが正常になった途端、なんとなくこれの使い方を理解できた。


 粘筋を掴んだ場所にしか出てなかったから気づかなかったんだけど、多分この触手が、今まで魔素を吸収して粘筋を枯らしていたんだろう。


 つーかこれ……どこかで見たことあるような気がするんだけど。


 ウゴウゴと触手を動かしてみれば、とうとうルルの感情の堤防が決壊した。


「……きゃあああああああああ!! 気持ち悪い!!」

「否定はしないっ! これどうしたらいいの!? ねぇ!?」

「近寄るなぁぁぁぁ! ばかぁぁぁぁ!!」


 いや、逃げないで。ほら、俺だよ! たった今ピンチを救ったヒーローだよ?

 そんなジャングルの奥地で生理的に受け付けない虫を見つけたような目で見ないでくれよ。

 ちょっと口から蠢くスパゲッティー出産して、腕から触手が生えてるだけの人間だよ?


 俺だったらそんな奴に出会った瞬間、速攻で火炎放射で汚物は消毒してるけど。


「ラニャ!?」

「近寄らないで触手野郎ですの」

「ネル!?」

「ゲロキモ」


 み、みんな!? 

 助けを求めて振り返れば、全員が全員汚物を見る目で俺を見ており、近寄ればズザザっと空間が出来た。

 ……泣くよ?


 くそ、こうなったら頼れる奴は――


「マズロー! ちょっと皆になんか言ってやってくれ! この手のおかげでみんな助かったのに――?」

「おぉ……ゲン……。俺が待ってたのはお前だったのか」


 脳漿にまみれたままフラフラと近寄ってきたヒューズは、涙を流しながら俺の左腕に縋りついた。


「げんんん……!」

「ひぃぃぃ! なんかもっと気持ち悪い奴が居たぁぁぁぁ!?」


 とにかく、俺達は無事に腐れ坑道を抜けられたらしい。




100話到達です。

おかげさまで100話です。ここまで読んでくださりありがとうございます。

もしよかったら、100話記念の評価をお願いします!


日刊総合ランキングに乗れたら、章の完結まで一気に突っ走ろうと思います。

乗れなかったら、まだまだ精進が足りなかったということで、がんばります。

これからも、よろしくおねがいします。

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[一言] > 俺だったらそんな奴に出会った瞬間、 速攻で火炎放射で汚物は消毒してるけど。 ハハハ・・もう全部まるっと消毒しちゃってください。 まあ、消毒されても消滅はしないんでしょうからお話は 続い…
[良い点] 100話おめでとうございます いつも楽しく読ませていただいております 原初の地は1部のときから読ませていただいていてもう更新されないと思っていたので嬉しいです 頑張ってください
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