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原初の地  作者: 竜胆
2章:手血肉燐の都
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腕女


 遠くから、何か爆発音のような物が聞こえた気がした。

 腐れ坑道の中ではよく彷獄獣同士が争っているためさほど珍しくない音だったが、俺は何かを感じ取り足を速めた。


 そして聞こえたのは――


「――――」

「――――っ!!」


 言葉としては捉えられない、はるか遠くで叫ぶ人の声だった。


「まさか……!!」

「ラニャ! ネル!! みんな!!」


 少し遅れて二人も声に気づく。

 走り出そうとするかと思ったが、さすがにそんな短慮な行動をすることは無く安心した。


 ソワソワする二人を連れ、ようやく通路を抜けた先の体育館程の地下広場で見つけたのは、巨大な彷獄獣と戦う一団。


 その彷獄獣は、おそらくマズローが言っていた最後に立ちはだかる門番である王種なんだろう。


 長い……長い手は、人の体ほどもある大きさの生首から生えている。

 

 女の顔は、長い髪に覆われ目元は見えず顔は青白い。顔全体にしわが寄るほど歯をむき出しにし、口角に泡をため込んでいた。


 首から無数に生える腕が頭部を支えカサカサと動く姿は、ザトウムシという節足動物によく似ていた。

 さらに頭頂部から触角のように生えた2本の腕は、長く長く延々と伸び部屋の奥から外に伸び続けていた。


 腕女だ。


 その本体がこいつだ。ぞわっとあの時の恐怖を思い出し怖気たった。

 初めて出会ってから一年弱、とうとうその本体に出会ってしまった。



 最初に俺達に気づいたのは、ネルだった。


「なんダ、生きてタ。サボってないで早く手伝ウ」


 そっけなく声をかけるネルの声で、全員が俺達に気づき歓喜の声を上げた。


「うおおおお!! 本当に二人を連れて登ってきやがった!! マズローさんすげええええ!!」

「お嬢様!!」


 だが、今は巨大な彷獄獣――王種との戦闘中だ。


 ひどいありさまだ。

 何人もが倒れ、地に伏していたり片手片足を失い座り込んでいる奴が居る。彼らにルルは急いで治療を行った。


 ラニャだけが、戦闘から抜けてルルの下へと駆け寄り涙ながらに抱き着くと、陶器の瓶を投げ捲っていた。


 そっけない態度をとるネルも、全員満身創痍といった様相で、かなりの苦戦を強いられていたことが分かる。何人も死んだんだろう、人数も明らかに少なくなっていた。


「あー……ゲン」

「ん?」 

「ホントに……ほんとに合流しちまいやがって」


 装備はボロボロで、見る影もないイケメンが気まずそうに俺の隣に立っていた。

 そして俺の肩を、マズローが手の甲でポンと叩き、


「今まで、不甲斐なくてすまんかった……」

「お、おう……」

「待たせたな! お前ら!! さぼった分をこいつにぶつけてやるぜ!」


 小さくつぶやくと、気炎を上げながら走って行った。


 耳が真っ赤なおじさんなんて、誰得だろう。

 そう思ったが、ラニャに抱き着かれたルルが、後ろでニヨニヨしていた。

 うん、俺は何もみなかった。


「……ふぅぅぅぅ」


 ダメだとは思いながらもその場にへたり込む。

 そして、とげぞうを抱きかかえて持ってきたなけなしの干し肉を出す。


 本当に……本当に疲れた。

 堂々とすることだけに意識を置くことが、こんなに疲れるなんて。


 何でもない風に、二人の不安をあおらないようにまるで慣れてるように腐れ坑道を進んできたわけだけど……。


 何でもない訳ないだろ!

 なんだよ本当の獄夢(ヘルムメア)の住人て!!


 叫びたくても叫べない声を、心のうちで叫ぶ。

 堀に落ちてから此処まで、俺はほぼ何もしていない。


 罠を感知し、彷獄獣の気配を感じて進んだのは全てとげぞうだ。

 とげぞうさんにすべてを託したのだ。


 俺は唯、とげぞうの注意に従って見つけた罠を枯らしていただけ。とげぞうには、命にかかわる危険を察知する能力に長けている。とげぞう本人も何かを発見しているわけではない本能的な物のため、細かい場所まではわかっていないが。


 とげぞうが何かを見落とせば、それは死につながる。

 知らせてくれたものを見落とせば、それも即、死につながる。

 それでも、とげぞうを信じて突き進むことに賭けた。

 そのことを悟られないために、常に胸を張って前だけを見た。


 何かある。そう知らせて貰えてその周囲をよく観察すればいいだけなら何とか罠の対処は可能だった。特に、地球でのベトナム戦争なんかの罠を興味本位で調べていたこともあったし役に立った。何よりも、肉体の構造原理が参考になったので、なんとなく当たりはついた。 


 何を言いたいかと言えば、どれだけ俺の相棒はすごいかって話だ。語ろうと思えば一晩中でも語り続けられるのだが戦闘中なのでやめておこう。


 たった今、目の前であぐあぐと鼻にしわを寄せながら肉にかじりついているとげぞうは、どこか誇らしげにお尻を振りふりとしている。


 うますぎるーっと、お肉をかじりながらコテンと転がる姿とか、かわいすぎるーってコテンと気絶しちゃうレベルですわ。


 可愛すぎる。もう、俺の嫁さんはとげぞうでいいんじゃないかな? いや、とげぞうを女にするなんてかわいそうだから、俺が嫁になる? ふむ、そうなると俺はちんちんとさようならしなきゃならないわけだが……。


「ふしゅっ」

「いてぇ」


 血迷ったことを考えていたら、不穏な空気を感じたのか針が飛んできた。正気に戻れという事らしい。


 よし、決めた。俺が嫁さんになれないのならとげぞうに世界一の嫁さんを探してやる。

 そして、とげぞうテーマパークを作ってとげぞう一家をこの世界で一番有名なネズミにしてやる。後から他のネズミが入り込む余地が無いほどの世界的ネズミーランドを作ってやるぞ!


「なんかニヤニヤしてて気持ち悪いところ悪いんだけど」

「とげぞうのことを考えていて気持ち悪いと言われるのなら甘んじて受け入れる事もやぶさかではない」

「きもちわるっ」


 とげぞうへの愛は他者に理解される必要はない。

 なぜなら俺の愛は他者に理解されるほど浅い物じゃないからだ。


 そんなアホなやり取りが出来るのも、王種との戦闘が優勢に進んでいるからた。


 もともと、ボロボロになるほど長時間の戦闘が行われていたという事はそれなりに戦いは拮抗していたのだろう。

 そんな中に、エースのマズローとリタイアした人間をもう一度送り込めるルルが合流したのなら、形勢が一気に逆転するのは当たり前の事だった。


 そういえば、全員ちゃんと王種と戦える体を手に入れたようだ。


 俺の目には見えない程の速さで振り回されている腕女の腕だったが、気づけば本数が明らかに減っている。

 やはり、マズローの参加がかなり大きかったんだろう。体を支える手の本数が足りなくなり女の顔に苦悶が浮かぶように見えた。


「で? 何?」

「その左手なんだけど、今のうちによく見せてもらえないかしら。もしかしたら、あなたの左腕には――」


 ルルが、俺に手を伸ばそうとした時だった。



 

――キャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!



 耳をつんざくような、女の叫び声が周囲に響いた。

 ハッとなり目を離していた腕女の方へと目を向ければ、腕をすべて切り落とされ床に顔が落ちている。


 残っているのは、頭頂部から部屋外に伸びた2本の腕のみ。高くて届かなかったその2本に、マズローが駆け寄って切り裂こうとしていたところだった。


 断末魔って奴か――


「――っ!!」


 超音波のようなあまりに不快な叫び声に、全員が思わず顔を顰める。

 音が、何も聞こえない。全員が足を止め、耳を塞いでいた。


 とげぞうが、とげぞうだけが何か音以外の物を感じ取り駈け出していた。


 とげぞうの駆ける先を見れば、全てを理解した。

 腕女の主腕が、部屋へと戻ってきている。

 ぐるりと、長すぎる腕はどこかを経由しているんだろう。広場の両側に向かい合う小窓のようなところから、一本ずつ覗き込んだ腕が、その先から急激に太くなっている。


 まるで、数キロ先まで伸びるほど長かった腕の体積を太さに変えたかのように。一瞬で全高2メートルはあろうかと言う手に膨れ上がった。


 とげぞうは、本体へと針を飛ばすために近くに寄っている。何人かが腕に気づき対処をしようとするが恐らく腕への対応は不正解だ。


 腕は小さな切り傷や火傷など意に介さずに天井付近まで振りあげられた。


――まずい! まだ、ほとんどの人間が腕に気づいて居ない!!


 周りを見渡せば本体を見て居る奴、後ろを向いて口をパクパクさせてる奴、腕に気づいて魔法を構えている奴と、全員音が邪魔をして連携を取れていない。


 珍しくネルが俺達の方に向いて何かを叫んでいるように見えた。俺が上を指さして叫んでも気づかない程に目を見開いて。


 意思の疎通ができない。

 ネルが、俺達の方に走り出そうとした時だ。


 主腕は、天井の粘筋を掴む。

 その動きに、汗が止まらなかった。

 細く、妖しく美しかった腕が見る影もないほど筋肉の塊に覆われた。


 そして次の瞬間――


 天井が、降ってきた。

 


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