無双2
すみません、昨日は間に合いませんでしたのでこの時間に不意打ち
「いやいや、おかしいだろ! なんでそんなに的確に罠の位置が分かる!? いや、それ以前に何故対処の仕方を知っている?」
明らかにおかしい。
異常と言えるペースで進行が進む。
これまで、流石に彷獄獣は時間をかけて回避し、どうしても回避できない相手はマズローに投げられた。
確かに、彷獄獣と戦う力が無いというのは本当だった。
しかしそれを除けば、ゲンの進むペースは既に攻略が完成したルートを進むのとそう大差が無いように感じる。
あまりの異常に、マズローはゲンが獄夢に通じる化け物なのではないかと疑いだしていた。
彷獄獣と戦えないというのも、戦う力が無いのではなく同士討ちが出来ないという意味では――
無意識に、手が腰の辺りに動く。
それを感じ取ったルルが、小さくつぶやいた。
「ゲンはきっと、危機察知の能力がずば抜けてるんだわ。森での暮らし、異界での知識、1年に渡る獄夢での生活……それらがすべて結びついて、彼の生存本能を最大限に伸ばしてるんだと思う」
「マジかよ……」
「見て、最初から場所が分かってるんじゃなくて、一定の手順で危険の判断をしてるのよ。ある程度パターンを絞ってるんじゃないかしら」
マズローが、腰から手を離し天を仰ぎ見た。
「……とんでもない奴だな。1年も暮らしてたなんて半分ホラだと思ってたってのに。本当の住人になってやがったのか」
それを証明するかのように、その後もゲンの異常な行動は続いた。
皮袋の水が無くなれば、ゲンは粘筋を剥がし地面から砂利を取り出すとろ過装置を作り出した。
更にボタンを引きちぎりこれを舐めてろと言う。驚いたことに唾液で喉の渇きがかなり薄れた。
「いやいやいやいや、待て! スッとやりやがったけど今のなんだ!? なんで粘筋がそんな風になる!? 獄夢で飲み水が手に入る!? 聞いた事ねぇぞ!!」
「……ずっとツッコまなかったけど、そもそもその背中の薄気味悪いのって粘筋っぽい物じゃなくて粘筋よね? もしかして罠の対応も?」
どうやら、ルルも何かを理解しないまお互いにスルーしてしまっていたようだ。
常識を超えた行動は堂々と行われ過ぎると、時に人につっこまれにくいらしい。
「ん? 左手でぎゅーってすりゃ、なんかこうなったけど? これがルルの言ってた左腕の力じゃ? 死肉枯らす程度のもんだよ」
「……そんな事おばぁさまはは言ってなかった。そもそも、彷獄獣の殺し方だってなんだか……本来なら、あんな風にドロドロになることは無いはずよ」
本来、ルルの知っている左腕の力は彷獄獣の死体から人には触れられない核を抜き出し粘筋に戻すという物だ。あんな風に無造作に掴んでドロドロに溶かすようなものではなかった。
そして、粘筋に至っては同じ性質を持つというだけであんな干渉を行えるなど想定していない。
ましてや、罠を潰したりこんな風に活用するなど、出来ることを知っていればゲンに頼める仕事もたくさんあったはずだ。
「おい、どういうことだルル?」
「わからない……」
何か、想定外のことが起こっている。
そのことだけは、理解できた。
その後、しばらく進めば霧が濃くなり視界がほとんど見えなくなってきた。
彷獄獣との戦闘は両手では足りない程行われ、マズローの顔に疲労が浮かぶ。
それでも、マズローが無事に戦えたのはゲンが霧に紛れて粘筋のマントで隠れ背後を取ることに成功していたからだ。もはやマズローはゲンが何をしても呆れの方が先に来るようになっていた。
ふと、ゲンの足が止まった。
何事かと口を開こうとすると、音を出すなとのサインが。ゲンが指差す先には、目を凝らせば何かヒダのような物が大量に存在した。
耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳。
耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳。
耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳耳。
見渡す限りの、耳だ。
耳で出来た道が、どこまでも続いている。
明らかに、殺意の感じるタイプの罠だ。この手の分かりやすい罠は何か一つミスを侵せば容赦なく牙をむいてくるだろう。
ゲンは小さく息を吐くと、この場所ですら冷静に対処して見せた。
音が出せないと判断したゲンが用いたのは、光る筒。
拠点で作った光の粉を骨の筒に纏めて作ったライトだ。
視界の悪い場所でのハンドサインを諦め、光の信号で進む、止まるなどの簡単な指示を出していく。
ルルにしてみれば、モールス信号という物に近い物だと理解できた。
幸いにも、音さえ出さなければ彷獄獣も居ない平坦な道が続いた。
「これは……嘘でしょ? どこでこれを?」
耳のエリアを抜けて、興味深そうにライトを覗き込んだルルが驚愕の声を上げた。
得意そうに、ゲンが作り方を説明するもルルは恐る恐ると言った様子でライトを突き返す。
「その光る粉は、魔晶石っていう魔素の塊の素よ。人体にはとてつもない有害だから絶対にそこから出しちゃだめよ」
「え、マジで? やばい奴?」
「少量の魔素は、人体に有益な力をもたらすけど、多すぎる魔素は毒でしかないわ。それだけの量だと体が耐え切れず、爆発するんじゃないかしら」
「こわっ」
実験時に起こった変化は、そういう事だったのか。
身震いしながら、ゲンはふと思い出す。
そう言えば、マズローには妻子が居たなと。
「どのくらいが致死量なんだ?」
「少しでも辞めとくのが賢明ね。間違ってもマズローに盛ったりしないように」
「爆発……リア充……」
「おい! なんだその目は!? 止めろよ!? 振りじゃないからな!? おい!!」
焦るマズローをからかいながら、ゲンが残念そうにライトを仕舞う。
(あれは……?)
ライトを持つゲンの手の平に、何か白い物が見えた気がした。だが、バッグから抜けた手には何もなく、気のせいだったかとルルは首をかしげるのだった。