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原初の地  作者: 竜胆
2章:手血肉燐の都
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新しい力

二つに分けるべきか悩みましたが、中途半端だったので一つに。

少し長めです。



 二番街は、何といえばいいんだろう。

 量より質というのだろうか。三番街よりも彷獄獣の量が少なく感じる。

 だが、時折道を塞ぎ迂回せざるを得ない状況を作り出す兵種は、なるほど確かに纏っている雰囲気が違う。


 カマキリに変化した人のような彷獄獣の鎌は、でかすぎて通路では薙ぎ払えないのではと思ってしまうほど。


 尻尾にも人の頭があるトカゲのような彷獄獣は所かまわず火を噴き、歩く木に大量の頭が実ったような彷獄獣は苗木のような人の頭に芽がはえたような劣種をゾロゾロと連れて歩いていた。


 空を飛ぶのはデカい人の鼻。鼻息で飛んでいるように見える。

 人面魚の彷獄獣はただただ道を塞いでピチピチと跳ねている。

 ここら辺の意味がわからないあたりも、獄夢(ヘルムメア)と言う言葉がぴったりだ。


 ただしどれも、面と向かえば死ぬことしか思い浮かばないような恐ろしい雰囲気を纏っている。 

 

 それらを入り組んだ路地を利用して抜けて行けば、辿りついたのは二番街に来て初めての太い道だった。


 一見、粘筋に覆われただけの変哲のない100メートルほどの道。

 両脇に並ぶ6件の家は高さがバラバラで、全て扉が開ききって中を粘筋が覆っているようだ。


「今まで兵種に会わないルートを通ってきたが、此処だけは回避は無理だ。ゲンは下がってろ」


 そう言われて少し離れれば――


「ガアアアアアアアア!!!!」

「デカい!?」


 道の両脇にある家から、二匹の彷獄獣が飛び出してきた。


 俺は、一人細い通路に取り残された。

 そこから覗き込む光景に、ごくりと息を飲む。


 ……そう言えばこの世界に来て、本当の意味で戦いを見るのは初めてかもしれない。


 目が覚めたら獄夢(ヘルムメア)に一人で居た俺は、この世界の人間の戦いをまともに見ていない。


 此処に来る道中だって、ほとんどサーチアンドデストロイといった形のゲリラ戦法だったため戦闘と言うよりは狙撃や暗殺に近かった。

 それはつまり、ほとんど見ることもなく一瞬で決着がつくという事だから凄さが理解できない。


 遠目ながらも魔法を初めて見た時は興奮はしたが、その時も素直に感動できるような状況でもなかったので実は改めてこういう機会を待っていた。


 何が言いたいかと言うと、俺は今ものすごくワクワクしていた。


「兵種ジュガタ、ヒトガタか。ヒトガタを持つ! ネルはジュガタの牽制、一緒に魔法で止めろ! 手の空いた奴、援護を頼む!」

「もうやってるネ」


 扉の空きっぱなしだった家から飛び出したのは、大きさ三メートルはあろうかという彷獄獣達。

 出口の大きさとサイズが合っていないというのに、無理やり這い出てきた。

 マズローが言う通り、肋骨が開き口のように開閉している巨人のような彷獄獣に、人が絡み合い木のようになった彷獄獣の二匹。


 ネルがすぐにジュガタの伸ばそうとしていた根の部分を射抜き、壁へと縫い付ける。

 そのジュガタへは火の玉や岩が着弾し、さらには何も当たっていない場所からスパッと切り裂かれる。

 その隙を見て、マズローが剣を構えたままものすごい勢いでヒトガタへと飛び込んでいった。


 鳴り響く轟音、叫ぶ彷獄獣。


 一瞬で終わりに見えた。

 だが、すぐにそれは勘違いだとわかる。


 ネルがその場を飛び退けば、足元からジュガタの人の指のような根が生えてくる。

 ジュガタは煙の中から何事もなかったかのように這い出し、切り裂かれた部分は癒着した。

 マズローに至っては、飛び込んで腹を切り裂いたその体をカウンターで叩き落とされ足が千切れ飛んでいる。


「ラニャ! 三番瓶!」

「はいですの!」


 その姿を見て、ルルが動いた。

 ラニャは合図とともに何か陶器の瓶のようなものをマズローの方向へと投げる。

 その瓶がマズローの近くに転がると割れ、同時に杖を構えたルルの体が一瞬光った。


「助かる!」


 次の瞬間、マズローは何事もなかったかのよう生えて来た足で走りだしていた。

 回復魔法という奴だろうか。


 

 切りかかるマズローに彷獄獣の胸の口が開き、肋骨の歯が伸び襲い掛かる。

 それを剣で弾きながら、ヒトガタの足元へと潜り込んだ。


 一閃。


 ヒトガタのバランスが崩れる。

 片足を失ったヒトガタは、伸びた肋骨の歯で自分を支えた。


「っち。援護! まだか!?」

「ジュガタ止まりません!!」 

「ポール、こっちは任せて援護ニ! シンクはウォールでジュガタを囲ム! テッドは上から圧縮ヲ!」


 ネルが叫ぶと、後衛の二人が何かを唱える。


「ロックダウンウォール」

「エアプレッシャー」


 生えてくる根を場所を素早く変えて避けながらネルがジュガタの注意を引いている間に、突然岩の箱がジュガタを取り囲んだ。

 おぉ、魔法すげぇ!


「四面ウォールとは奮発したネ! それじゃ私も頑張ル」


 ネルはそれを見て真上に向かって弓を連射する。

 何本もの矢が正確に岩の箱へと真上から着弾し、中から悲鳴が上がった。

 

「ポール、アイツの顔を焼けるか!?」

「はいっ! バーストフレイム!」


 振り回された腕を回避しながら、マズローが指示を飛ばす。

 数秒後、ヒトガタの顔が炎に覆われた。


「……なんかもう、映画を見てるとしか思えない」


 世界が違いすぎる。

 なんだよこの動き、遠目で見てるからまだ追えているけど重力仕事しろよ。

 この世界の人ってこんな動きが出来るのかよ。

 俺も、アウラって奴をもう一度吸っていけばあんな風に動けるようになるのか!?


 目の前で、40代の男がすさまじい勢いで巨人の顔の高さまで飛び上がる。

 炎に巻かれた彷獄獣は、マズローの姿を見失っていた。

 

「はぁっ!!」


 一瞬肥大化した腕による横なぎの一撃が、首をとらえた。

 マズローと共に落ちてきたのは、ヒトガタの頭。


 さらに向こうでは、岩の箱が解除され中には氷漬けのジュガタが身動きを取れなくなっていた。


 最後には、余裕をもって歩いていくマズローが氷漬けのジュガタを砕いて終わりだった。


「すげぇ……すげぇすげぇ! あの人ら世界がどんな風に見えてんだ!?」


 まじであの化けものぶっ殺しやがった!

 しかもあれ、兵種だろ? ってことは、主以外で上から二番目の強さってことだ。

 それをあんなにあっさりと。


 あの最後の腕の肥大化……なんか普通じゃなかったよな。なんか特殊な力でも持ってるのか?


 もしかして、今まではダメでも今回ならいけるんじゃ……?


「お疲れ!! すげぇじゃんか!」

「おう。ゲン、念のため彷獄獣を殺しておいてくれ。ここから先は進行のスピードが落ちるせいで挟み撃ちの危険がある」







裏返りの技術(リバーススキル)……」

「面白いもんだぞ。新しい力ってのは」


 戻ってきたルルたちに話を聞けば、やはりマズローの最後の動きは特殊な能力によるものだったらしい。

 粘躯体になることで芽生えた新しい力だ。

 一瞬、彷獄獣の力を肉体から引き出せるらしい。


「あんまりにも力を引きずりだし過ぎれば、彷獄獣に堕ちるけどな。ある意味、限定的な彷獄獣化のようなものだ」


 とは、マズローの言。

 このスキルの習得時に、何人もの探索者が彷獄獣堕ちしたようだ。


「俺の力は、【ザ・マッスル】。見た通り一瞬肉体の性能を爆発的に上げることができる」

「ワタシのハ、【魔血の射手】だヨ。血を通す事で自在に矢を曲げれル」


 そう言うと、ネルは吊るされた心臓の街灯を縫うようにジグザグに矢を放って見せ、裸で痙攣している柱の男に命中させた。

 おぉ……魔法なんかで最近ファンタジーしてるなと思ったけどこれまた中々、見事なファンタジーだ。


「くっくっく。この能力を持って外に出てみろ? 間違いなく俺達は英雄になれるぞ」

「出れればネ」

「取らぬゴリラの皮算用ですの」


 スキルなんてものが存在すると聞いたことは無いので、おそらく外に出ることが出来れば大きなアドバンテージになることは間違いないだろう。ワクワクするのも分かる気がする。

 特殊な能力を手に入れるとか、素直に羨ましい。

 ところでゴリラの皮って何に使うん?


「皮肉な物よね、彷獄獣と戦うために絶対に必要な不死の能力もリバーススキルも手に入れたがために王種に絶対服従で手を出せなくなってたんだから」


 力の代償は……この人たちの時間か。

 そりゃ、確かにこのルールさえ何とかすればってがむしゃらにもなるわ。


「どうだ! 美しい肉体だろう!」

「やめろ暑苦しい!」

「ふしゅっ」

「ふぅぁ!?」


 俺に能力の自慢をしたかったんだろう。

 ボディービルダーよろしく、マッチョなポーズで俺の前に現れたマズローはとげぞうに針を飛ばされて悶絶した。

 いいぞとげぞう、やってまえ。


「ご覧ください。ムキムキのマズローの顔がゲンのアソコに被ってますの」

「スキル名ホモローにするかしら?」


 代償にした時間が長すぎて、腐ってやがる。

 



「おい! どうなってんのこれ!?」

「知らないわよ! 初めて来るんだから私が知るわけないでしょ!!」

「初めて!? お前此処まで来んの初めてなの!? あんなに偉そうに語ってたのに!?」


「ギャアアアアアアアアス!!」


 悲鳴に近い俺達の叫び声は、膨大な彷獄獣の声に掻き消された。 


 二番街もそろそろ終わりだというマズローの言葉にホッと一息ついたのもつかの間だった。


 出会ったのは、大量の彷獄獣の群れ。

 その道に居るはずのない、数えきれないほどの兵種と凡種、劣種の混在した群だった。


 油断はしていなかったものの、完全に不意を突かれた形で出会ってしまった彷獄獣の群れとの邂逅に、中央突破という今まで避けて来た最悪の手段しか取れなかった。 


「ルル! 乗れ! ゲンはネルに!」


 俺はネルに、ルルはマズローに背負われる形で、とにかく走った。罠はもちろん存在するが、うまく避けて走っているんだろう。どうしても避けれない場所は、男たちが率先して犠牲になりその上を飛び越えて行った。


 驚くべきは、ラニャだ。彼女はナイフのような何かを投げながら自力で走っている。彼女も探索者だったんだろう。


 先頭を走る男たちが魔法やスキルで罠や彷獄獣を吹き飛ばし、少なくなった彷獄獣を躱しながら無理やり進んだ。


 すでに俺達のグループ以外の人間は、5人まで減っていた。

 俺もいくつか、カバンから使えそうな植物を投げ込んでみたりしたが、絡みつく茨なども所詮は焼け石に水。


「スタンリー!!」


 そう呼ばれた灰色をした髪の男は、もはや逃げ切れないと判断したのだろう。立ちどまるとその場で武器を構えた。


 更に殿を務めていたテッドが、踵を返し彷獄獣の群れへと飛び込んだ。

 唱えていた魔法が周囲の彷獄獣を風圧で吹き飛ばす。


 その稼いだ空間で、スタンリーが膨れ上がった。


「ウオオオオオ!!」


 恐らく、彼のスキルなんだろう。


 現れた巨人は、周囲の彷獄獣達を吹き飛ばすもすぐに兵種へと捕まり、次々と押し寄せてくる彷獄獣の波へと飲まれつつも、暴れ狂い最後には沈黙した。


 それでもなお追ってくる彷獄獣達から必死に逃げ続ける。

 切りがない。どこかで対処しないと――

 そう思っていると、突如として視界が開けた。


 目の前に建物は無く、数メートルから先は一本の道を除いて切り取られたように地面が無くなっている。

 そこは、堀に架かった一本のアーチ状の橋の麓だった。


「……抜けた!!」

「散!!」

「ってぇ!!」


 橋の上で俺達を待っていたのは、20人以上の先行部隊。


 待ち構えていた人垣の射線上から逃れるように分かれた俺達の脇を、大量の魔法や弓矢が抜けていく。

 轟音が鳴り響き、爆炎が立ち上る。

 さらに、壁を作るように岩のつぶてを撃ち続けた。


 一瞬の沈黙。

 中から抜けてくる彷獄獣はおらず、炎が消えるとそこに道はなかった。


 ネルから降ろされ、へなへなと力が抜ける。

 助かった――


「ティーバこの野郎! 全部引っ張りやがったな!? 死ぬところだっただろうが!」

「ははは、すいませんマズローさん。ヤバいと思って構えてて正解でしたー!」


 立っていた場所が悪かった。

 橋の麓に立っていたマズローとルルは、完全に彷獄獣が沈黙したと思って先発隊に向かって怒鳴りつけた。


「ブロォォォォォ!」


 次の瞬間、瓦礫から一匹の兵種が飛び出し――

 

「マズロー!! ルル!!」

「うわあああああ!!」


 それを阻止しようと思わず手を出した俺もろとも、堀へと落とされた。



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