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原初の地  作者: 竜胆
1章
9/144

ありのすとさくせん

大改稿中


 俺が振り向くといつの間に部屋に入ってきたのだろうか、真っ黒なアリがこちらをじっと見つめている。


 親アリか? いや、アリは女王アリが子どもを産むはずだから……世話役のアリだろうか?


 一瞬そんなことを考えていた俺は、大事なことを失念していた。

 すなわち、こいつが一体誰の世話をしに来たのかということを。


 俺がようやくその答えにたどり着いた瞬間だった。世話役のアリが顎を大きく開いた。


 襲ってくるのかと思い、身構える――がそうではなかった。


 ――ヒィィィィィィン……


 耳が痛くなるほどの高音がアリの口から発せられ、俺は思わず耳を押さえた。


 その音は数秒で収まると、アリが俺をめがけて突進してくる。くそ、やっぱり襲ってきやがった!

 俺は慌ててその突進を避けると、がら空きの背中に向かって杖を振り下ろした。


「――っつ! かってぇ!」


 ゴンという鈍い音を響かせながら杖がクリーンヒットしたが、あまりの硬さに俺の手の方がしびれてしまった。

 まるで鉄の塊でも殴ったかのような感触だ。


 やはりさっきの白いアリは羽化したてで特別柔らかかったらしい。


 アリはすぐに後ろを振り向くと、もう一度俺に向かって突進しようとしてくる。

 完全にアリを怒らせてしまった。俺を許してくれる気はないらしい。


 そこまで動きが素早くないことだけが救いだが、あの顎に挟まれてしまったら今度は簡単に肉をえぐられてしまうだろう。


 ふと脳裏に小動物を引っ張り合いして遊んでいたアリの姿が浮かぶ。


「い、いやだ。ミンチになんてなりたくない」


 ここでアリに捕まるのはまずい。かといってこの硬さだ、倒せる気がしない。


 俺が隙をついて部屋の外へ出ようと入り口に注意を払っていると、入り口から他のアリ達がぞろぞろと入ってきた。


「しまった!」


 どうやら先ほどの高音は、アリの警報だったのだろう。

 入り口はふさがれてしまった。


「他に! 他に出口は!?」


 俺は増援のアリ達に囲まれる前に、部屋の奥へと走っていくしかなかった。


 アリ達はどんどん数を増やしていき、部屋の中へと押し寄せてくる。巣の中は蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。


「しめたっ! 出口がある!」


 どうやら暗くて見えなかった部屋の奥にはもう一つ入り口があるようだ。俺はその入り口から通路へと飛び出した。


 幸いこちらの通路からはアリが来ていない。さらに後ろを振り向くと、狭い通路に入ったため入り口周辺でアリ達が詰まっている。


 俺は空気の流れを感じながら地上に通じていると思われる道を選んでとにかく走った。


 後ろからは人ごみならぬアリごみを抜けだしたアリ達が、順番に追ってきている。もし袋小路や小部屋に入ってしまったら、瞬く間にあの黒い濁流に飲み込まれて骨も残らないだろう。


「やっば!」


 しばらく走り続けていると、前方をアリが歩いているのが見えた。こちらにはまだ気づいていないらしい。


 くそっ、どうしよう? このままでは挟まれてしまう。


 前方にいるのは一匹だけだ。このまま一気に駆け抜けて振り切ってしまった方がいいのだろうか。


 一瞬踏鞴を踏み考えるが、後ろを振り向くと大量のアリ達が迫っていた。


 俺はそのまま全力で走り出し、飛び込むように前方にいるアリの脇をすり抜けようと試みる。


 南無三っ!


 ……アリは俺に反応することなく、歩き続けている。


 ここら辺まで警報が届いてないのだろうか?


 だが、今すり抜けたアリは俺が通り過ぎた後、後続のアリ達に遭うとその流れに合流して俺を追い始めた。


 このままでは、ネズミ算式に俺を追いかけるアリ達が増えてしまう。


 暗くて見えない上に曲がりくねった道のため未知数だが、おそらく俺の後ろには中国人も真っ青の大渋滞ができていることだろう。





 その後何匹ものアリ達をすり抜けながら走り続けた俺は、ようやく見知った場所に出ることができた。


 その部屋には木の根を張り巡らされた柵があり、中に小動物が捕えられている。

 来るときに見た、アリが喧嘩をしていた部屋だった。


「はぁ……はぁ……この部屋は……!!」


 この部屋を見た瞬間、俺の脳裏にある作戦が思い浮かんだ。


 どうやら俺が入ってきたのは、さっき入った時とは別の入り口のようだ。一本の通路の真ん中が膨らんだ状態になった部屋といったらわかりやすいだろうか。先ほど喧嘩していた2匹のアリはどこにも見当たらない。


 その部屋を急いで駆け抜け、反対側の出口からY字路を左に曲がった。確か右に行くと地下へと降りていくはずだ。


 そのまま走り続ける俺は、再び分かれ道へと差し掛かる。


「ハァハァハァ、どっちだ!? どっちが地上だった? おもいだせ……」


 この分かれ道は覚えている。確か両方の道を確かめたはずだ。


 どっちかが地上に通じていて、どっちかが……貯水池に通じている部屋だ。ここは絶対に外すわけにいかない。


 くそっ、思い出せない。どっちだ!?


 焦れば焦るほど記憶があやふやになってきて、どちらも地上へ通じる道に思えてきた。


 悩んでいる間に、アリ達が追いついて来ている。


「えぇい! こっちだ!」


 俺は自分の勘を頼りに、左の道を選んだ。

 なんとなく空気が冷たく感じた道だったという理由だけだ。


 焦った頭ではそれ以上のことなど考えられなかった。


 そして、俺は――


 貯水池の前に立っていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 呼吸が乱れて何も考えられず、茫然と貯水池を見つめていた。


「ははは……」


 未だ呼吸の落ち着かない俺の口から、乾いた笑いが漏れる。

 後ろには、アリ達が追いつき入り口を埋め尽くしていた。


「……はは……はははは! アリども! 俺の勝ちだ!!」


 だんだんと呼吸が整いテンションの上がった俺は、笑いをこらえきれずにアリの方を振り向きながら大声で叫んだ。


 そう、俺が目指していたのは地上ではない。

 この貯水池だったのだ。


 俺は逃げながら考えていた。このまま地上へ逃げ切っても、おそらくアリ達はそこで諦めることは無いだろう。


 むしろ、広い森の中こそ数の暴力が生きる場所だ。このまま地上に出てしまうのはまずい。

 なんとかアリの追従を振り切る必要があった。


 俺は貯水池の堰に向かって、杖を思い切り突いた。

 食らえアリども!


 ――ドン!


 すると――


 ……何も反応がない。

 俺は続けざまに杖を突く。


 ――ドン! ドン!


 ……あれ?

 おかしい、こんなはずでは……


 アリ達はそんな俺の様子など気にすることなくじわじわと距離を詰めてくる。


 どうやら勝手に獲物に攻撃するというわけにはいかないようだ。号令役のリーダーの到達を待っているのかもしれない。


 ――ドン! ドンドンドン!


「なんで……なんでだよ!? こんなにボロボロなのに!」


 貯水池の堰は、今にも崩れそうなほどボロボロで俺が衝撃を与えたら一気に崩れて大洪水を起こす……はずだった。


 現にこの地底ダムはそこら中から水が漏れ出ており、今俺が立っている地面はべちゃべちゃだ。


 だが、それでもこの地底ダムの堰は人一人が小突く程度で壊れるほど限界には達していなかった。


 俺の思い付きの作戦は、もろくも崩れ去ってしまった。


「そんな……」


 アリ達はじりじりとその距離を詰めていく。


 後ろには巨大な地底ダム、そして目の前は真っ黒なアリの津波に挟まれてしまっていた。


「や……やめろ、来るな! 来るな!!」


 目論見が外れ、パニックになった俺はダムの堰に背中を預けながらむやみやたらに棒を振り回すしかできなかった。


 このままでは俺は解体されて、あの肉のアリ塚へと塗り固められてしまう。


 それだけは絶対に嫌だ! 死ぬなら人としてまっとうな死に方をしたい。ミンチになんてなってたまるか!!


 アリ達は俺の数メートル手前で止まり、顎をカチカチと鳴らしながら威嚇を続けている。


 やがて、目の前の黒い津波が二つに分かれると、中央を一際顎の大きなアリが歩いてきた。

 こいつが指揮官なのだろう。


 ――キィィィィィン


 指揮官アリの口から、先ほどの警報とは違う種類の高音が発せられる。

 その音を聞いた兵隊アリ達が、一斉に前進をはじめた。


「う……うわあぁぁぁ!!!」


 一気に押し寄せる黒い波。


 俺は無様な格好でドロドロになりながら堰をよじ上り、ダムの中に飛び込むしかなかった。 


 洋服で包んだ果物を浮き輪代わりにひたすら水を掻く。


 後ろを振り向くと、アリ達はどんどん俺を追いかけて堰を上っては、水の中に入ってくるのが見えた。見る見るうちにダムが黒に浸食されていく。


 ダメか……! いや、まだだ! 


 諦めかける心を叱咤しつつ、俺は無我夢中で水を掻きつづけた。


 苦しい……息が続かない。


 浮き輪代わりの果物は背中に背負っているため、気を抜くと顔が半分水に浸かってしまう。


 こんなことならしっかり水泳の授業受けておくんだった。授業中勃起するのが怖くてずっとさぼりまくってたツケを、こんなところで払わないといけないなんてあんまりだろう。ガチムチの体育教師はちくびの長毛を恥ずかしげもなく晒して、俺たちにしっかり泳ぎ方を教えてくれていたというのに……。


 ごめんよ先生……ってあれ?


「な……なんだ!?」


 暫く必死に水を掻いていたが、どうもおかしい。前に進んでいる気がしない。


 いや、むしろ後ろに下がっているような……。


「うお!?」


 妙な現象に気を取られていた瞬間だった。突然体がものすごい勢いで後ろに引っ張られていく。


 いったい何が!?


 そう思って流されながら見た後ろには――白波立つ濁流ができていた。


「うおおおおおおおお!?」


 俺の体は濁流にどんどん吸い込まれていく。なんとか飲み込まれまいと必死で流れに逆らい泳ごうとするが、無駄な努力だった。


 一気に持っていかれた俺の体は、ものすごい勢いで洞窟の奥へと吸い込まれていったのだった。



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