階級
「とりあえず、二番街に入るまでは俺達に任せとけ。どうせなら道すがら彷獄獣の種類の説明でもするか?」
「あー、なんか本当に余裕あるみたいだしお願いするかな? いろんなヒトモドキ……彷獄獣は見て来たけど、そういう情報って全然ないから話について行きづらいんだよな」
途中、路地に数匹居た彷獄獣は俺達に気づくと恐ろしいスピードで襲ってきたが、俺達を守るための前方の部隊が鎮圧した。
彷獄獣を抑えつけた男が仲間の魔法で彷獄獣ごと爆散したのを見た時は衝撃だったが、なるほど確かに生き返れるのなら一番効率がいいのかもしれない。
ただ、見ていて気持ちいいものではなかった。
粘筋で覆われた路地は、普通よりもさらに細く感じ5人が通るには縦二列に並ばなければならない。
前後を守る部隊も同じような隊列になるため、ゾロゾロと長い隊列になってしまっている。
「それで、彷獄獣の種類だっけ?」
「あぁ。軽く話した通り、彷獄獣には大まかに分けて、屑種、劣種、凡種、兵種、王種の5種類が居る。こいつらを何故分類しているかと言うと、明確に奴らにも指揮系統が存在するからだ」
「指揮系統……か」
「みんなバラバラに見えて、劣種は凡種のいう事聞くネ。絶対服従。群になってるときは、特にそういう組み合わせで動いてることが多いヨ」
「へー。その見分け方は?」
「基本的には大きさだな。階級が上になるほど大きい。あとは劣種で言えばどこかが劣化していたり欠損していたりする。凡種なら劣化や欠損が無い状態、兵種だと部位の肥大化や変化。王種に至っては見たらすぐわかる。完全に大型の化物だ」
あとは、屑種と呼ばれる鼻や手の部位だけで存在する虫けらのようなやつが自由に動き回ってるとかなんとか。
実験体たちも、屑種ということだろう。
話を聞いていると、マズローが途中で襲って来た彷獄獣の死体を見せてくれた。
「とまぁ、こいつが劣種ムガタだな。大まかな見た目の特徴で分かりやすく呼んでいる。まるでバッタ人みたいだろ? 皮膚がなくてゾンビのようだからこいつは劣種だ」
筋がむき出しで逆方向に折れ曲がった奇妙な足を、ヒューズが蹴飛ばしてきたがすぐに粘筋に溶けていった。
蟲っぽければムガタ、魚っぽければギョガタ、人のままだとヒトガタとなるらしい。
彷獄獣のそれぞれの個性が強いため、大まかな種類以外に分類が難しいせいでこういう呼び方になったのだそうだ。
ただし、基本的にこの獄夢は人の体をベースとした変化がほとんどのようで今の彷獄獣もムガタとは言いながら人の体にバッタの足がついたような気持ちの悪い奴だ。
王種ともなると、それぞれの個体に名前を付けることはあるらしい。
マズローは、たった今劣種ムガタを殺した剣を血のりを飛ばすように振るとそれを見ていた俺に気づいて見せて来た。
それは、金属ではない白っぽい骨のような物で出来た両刃の片手剣だった。
「良い剣だろ? 兵種の残滓で出来た名剣だぜ? 1000匹はぶっ殺してようやくだ。彷獄獣には獄夢で作った武器以外じゃダメージが通らないからな。魔法かこれでしか戦えない。劣種や凡種程度じゃ小さなナイフくらいしか作れないから苦労したぜ」
やっぱり俺の検証は正しかったようで、どうやら彷獄獣の残留物は貴重な武器の材料になっているようだ。
それらは残滓と呼ばれ、やはりその場に残る確率は相当に低いらしい。
ネルの矢尻にもそれらを使用しているらしく、数年間かけて手に入れた骨屑なんかを矢としているのだがその分威力は相当なもののようだ。
俺の短槍が丁度ネルの矢と同じくらいだろうか。一応貴重な物なんだろうけど恥ずかしくて見せられないな。
それで言ったら、王種の骨らしきあれのレア度は相当な物だったんだろうけど、俺の身代わりに取られちゃったからなぁ。
路地の中頃で、隊列が一度止まった。
「?」
「そこの壁に、罠があるネ。今まであったのと同じ口がたくさんあるけど、目とセットになっているアレは注意ネ」
「あぁ……あれか」
そう指をさされた場所を見れば、確かに一つだけ口の上に閉じられた目のようなものがある箇所が。
注意されなければ少しだけ間隔があいて並んでいる口にしか見えないが、俺はこの罠を知っている。
「あの目を先に潰さないと、全ての口から叫び声が上がって彷獄獣が大量に押し寄せてくる。俺達は初めて来た時、7割がココで死んだ」
「この通路で……」
「わかってればなんてない罠だけどな。転生陣の死学習が無ければ生体罠なんて普通の技術じゃなかなか見抜けねぇ。獄夢の攻略の一番の難しさはそういう初見殺しだからな」
ゲーム以外で、初見殺しなんて初めて聞いた。
晶の知識を持ってるルルが広めた単語だな?
確かに死んで覚えれる以外に極限まで緊張感の高まった場所ですべてに注意を払うなんて無理だろう。
しかも痕跡があるような人の仕掛けた罠ではなく、見たこともないようなその場で生えてくる罠のような生物。
普通なら戦いにすらならない虐殺されるだけの罠を死んで覚えれるとなれば、確かにそれだけでものすごいアドバンテージを得られたと思えるわけだ。
ちなみに俺の場合は、突如上がった声にビビって速攻でその場で粘筋のマントをかぶって隠れたら、その場に大量の彷獄獣が集結して死を覚悟した経験がある。
よく俺、生きてられたなぁ。
遠くを見つめる俺を見たからだろうか、マズローが口を開く。
「ここが獄夢と呼ばれる理由はな、何も見た目だけの話じゃない」
「というと?」
「まるで夢の出来事のように、獄夢から外へ出るとだんだんと中での記憶がおぼろげになってくる。しかも、それを踏まえて忘れまいと獄夢内でメモを取ろうとすれば取ったはずのメモが外で読んでも意味不明だったり、書いたはずのないものに置き換わって居たりな。それこそが獄夢の攻略を阻んでいる一番の原因だ」
「毎回、初めて入るのとほとんどかわらないってことか」
思ってた以上に悪辣な構造だ。
そりゃ、死ねるアドバンテージが無ければ攻略しようなんて思わないわ。
何度でも生きてさえ戻れれば、少しずつ後進たちに託していき継承していくのが人間だ。
その人間の一番強い部分を奪われるというのは、悪夢以外の何物でもないだろう。
だからこそ、彼らは外からの攻略ではなく中に住み着いて攻略を続けているわけだ。
恐らく俺の日記も外に出れば文章の体を成していないのだろう。
細い路地をいくつか曲がり、抜ける手前で一度止まる。
「さて、ここだけは気を付けろ。どうしても大通りを横切らなきゃならん。大通りは劣種と凡種のたまり場になってるから作戦通り抜けないと物量に押しつぶされるぞ」
「ゲン、私たちは何度でも生き返れル。だから何があっても動揺したらだめヨ。合図したらついてきてネ」
「……うん?」
そういうと、ヒューズが手を上げて合図をした。
すると、前に居た部隊が路地から走り出し大通りへと飛び出していく。
「おら!! お前らこっちだぁぁぁ!!」
「ゴ?」
「ガッ!? グラァァァァァァァァ!!!」
その後ろ姿は、すぐに押し寄せるゾンビのような彷獄獣たちの姿で見えなくなった。
なるほど、こうして後ろから挟み撃ちを――
「ゲン、こっちだ」
「え?」
呼ばれて視線を戻せば、皆が少し前にあった曲がり角まで引き返している。
「え? あっちじゃないの?」
「アレは囮だ。俺達はこっちから抜けて一本向こう側の通路から彷獄獣がおびき出されて手薄になったところを抜ける」
「じゃああの人たちは……」
「死に戻りネ。これが一番被害が少なくて済むヨ」
……そんな。こんなあっさりと切り捨てるのか。
遠くから、彷獄獣の鳴き声や悲鳴が響く。
恐らくただ走り抜けるだけじゃなくて出来る限り彷獄獣をおびき寄せるために派手に暴れているんだろう。
「そんな顔をするな。言っただろ? 俺達は何度でも生き返れるんだ」
「その通りですの。彼らは毎回ここで囮になることを仕事としているプロですのよ。ご心配なさらないでも大丈夫」
それは、分かる。
それこそ彼らは何十回何百回と同じことを繰り返し、作業としてこなしてきたんだろう。
俺だって、ゲームだったら同じように何度も何度もコンテニューして仲間だって切り捨ててきた。
だけど――
「死ぬって……慣れるもんなのか?」
思わず出た言葉だった。
これは、ゲームじゃない現実だ。
その言葉に、今まで黙っていたルルが少しだけびくっと震え、ネルは細い目を鋭く見開いた。
「……あぁ。そのうち何も感じなくなる。だから気にするな」
……だったら、あの悲鳴は何なんだよ。
遠くから爆音とともに、微かに聞こえる音を俺の耳は拾っている。
「ぎゃああああ!!」
「ひぃぃぃぃ!! 早く殺してくれ! 殺してくれえええええ!!」
俺達は無言のまま、彷獄獣の居なくなった大通りを一気に駆け抜けた。
日刊今回のとげぞう
フードの中で、寝がえりを3回打った。