チャンピオン
「ま、劣種程度ならこんなもんだ。兵種までの制約は解除済みだからな。ゲン、ここらはどうせ復活前に抜けるから放置しとけ。いいか? 俺達が今居る場所は三番街の中央広場の脇。これから進むのは二番街、そして一番街へ抜けてから王城へ向かう。その辺りになったらお前の出番だな」
「もうすでに先行部隊が一番街の入口で待機しているはずだヨ。そこに合流してから一気に王城に抜けるネ」
俺の前を歩いて喋っているのは、探索者であるマズローとネルの二人。
俺とルルの護衛として、俺達のグループは教会でも上位のメンバーで組まれたらしい。
ネルという男は、俺達の班に組み込まれた細目の男だ。浅黒い肌に長身長髪で軽い毒舌と語尾に若干の訛りがあるのが特徴で、弓を構えながら周囲を警戒している。
周囲には、さらに武器を常に構えた探索者達が警護する隊形だ。
そして、俺の後ろには――
「大丈夫よ。彼らに任せておけば間違いないわ。それとも、手でも握っててあげようか?」
「いらんわ。あほか」
「それでは失礼しますの」
「なんでラニャが握るのよ!?」
ルルは銀色の髪を両サイドでまとめ戦闘用法衣と言えばいいのだろうか、ワンポイントに蝶のブローチの付いた、白を基調とした丈の短いローブに、青いラインが入りまるでアニメで見るかのような身軽かつ清楚なジャケットを羽織ったような格好に着替えている。
背には、ねじれた角のような杖を背負っていた。
物珍しく見つめていた俺に、何を勘違いしたのかスカートをひらひらとさせて見せて来た。
「どう? 可愛いでしょ」
「パンツ見えてるぞ」
「っ!?」
殴られた。
ラニャは俺の知っているメイド服によく似たものを着た、金髪赤目の少女だ。髪をルルと同じく両サイドでまとめ、まるで姉妹のように手をつないでいる。
……なんで俺に言われたのに君が手握ってるん?
「……あんたら、よくそんなに平気そうでいられるな」
まだ出発したばかりとは言え、まるで普段の街中を歩くように堂々と獄夢の中を歩く四人を見て俺は信じられなかった。
さすがに、俺達の周囲を囲んでいる探索者グループは警戒を解くことなく進んでいるが、それにしても気を抜きすぎだろう。
少し先から戦闘音のような物が聞こえているあたり露払いはされているのだとはおもうが、あまり先に行かれ過ぎても彷獄獣が復活してしまうんだから結構近いはずだ。
ルルなんか「堅苦しいのも飽きちゃった」とかで、普通に話しかけてくるし、意味わからん。普通の精神を持っていたらこんな場所を歩くなんて気が滅入りそうなものだ。
いつ飛び出してくるかわからない彷獄獣は、空からだって注意しなければならないし、粘筋にだって腕の花などの恐ろしい【罠】と呼ばれるものも点在している。
……メイドはよくわからん。ってかこの人も探索者なのか?
「ここら辺は庭のようなもんだし、慣れもあるんだけどな。そもそも俺達は心が壊れちまってるのさ。正気でこんな場所に長いこと居られねぇよ」
「そうだネ。それでいうなら、ゲンの方がよっぽどおかしイ。私たちも最初のうちはおしっこちびりそうなくらいガクガクだったからネ。来たばっかりの癖に普通に歩けてるゲンも心壊れてると思うヨ」
「ほんとよね。ゲンの心臓はおかしいわ」
「お前は性格がおかしいネ」
「その通りですの」
「私の扱いひどくない?」
「私聖女よね?」と首をかしげるルルを尻目にネルはラニャとケタケタと笑いながら、遠くに飛んでいた彷獄獣を射落とした。
ルルのキャラが分からんと思っていたが、よく考えたら最初に会った時点でこんな感じだった。
なんだろう、この時々残念になる感じ。
真剣に話してた時が、逆に無理してたんだろうか。
やはりというか、この教会の探索者達は恐ろしい手練れたちだ。
もともと、獄夢を攻略しようなんて腕に自信が無ければ思いもしないだろう。
それに加えて、何度でも死ねるというアドバンテージを生かしてこの彷獄獣で鍛え上げられた技術。
彷獄獣からアウラを吸えないと言っても、元々のポテンシャルもものすごく高いのだろう。
俺はただ彼らに着いていくだけでよさそうだと、少し安心したおかげで、会話をする余裕が出てきた。
「まぁ……1年近くもこんなところで一人で生活してたんだからな。そりゃちょっとは慣れたよ」
「……は?」
俺だって最初はゲロ吐いて泣き散らかしたわけだし、と言おうとしたところで全員が固まってこちらを見ていることに気づいた。
なんで隊列まで止まってこっち見てるんだよ? マジで余裕だなあんたら……。
俺なんてつい数時間前まで地面這いつくばって死にもの狂いで逃げ回ってたんだぞ?
「ん? なに?」
「いや……一年近くってのは、どういうことだ?」
「どういうことって……あれ? 言わなかったっけ?」
教会に来てすぐ、喚き散らかすように言ったから記憶が定かじゃないけど、死肉とか食って生きてた話したような……あれ? 期間の話はしてない?
水と食い物があれば何とかなるもんだと言えば、なんか尋常じゃないものを見る目で見られてしまった。
「一年近くって……いや、嘘だろ?」
「嘘なんてついてどうするんだよ。まじで地獄のような1年だったぞ? も一回説明してやろうか? 何の事前知識もないまま獄夢に放り出されたんだぞ。粘筋の味知ってるか?」
「ゲン知ってる? 1年っていうのは365回太陽と月が回った時間っていう意味なのよ?」
歯周病のおっさんの息を固めたような味なんだからな?
そしてルル、俺を1年も知らないかわいそうな子として扱うのやめろ。
ってか、地球の周期と一緒なのかよ。そういえばそこんとこ意識してなかったな。
「死肉って……粘筋の事だったのか。これを食うとか正気か? いや、それにしてもそんな事が可能なのか……? どうなってるんだお嬢、ゲンは転生に失敗して戦う能力をほとんど失ってるんじゃなかったのか?」
「ゲンが自分で左腕以外に力なんてないから何もできないぞって言ったのよ? 転生に成功してるんだったらそれなりの力が残ってるはずだったから期待してたんだけど……」
「いや、だから戦ってないし。ずっと逃げ回ってただサバイバルしてただけだって」
ちらりと、実は戦えたのか? という視線を投げて来たルルに慌てて首を振った。
ほんと、苦労はしたけど大したことしてないよ?
「「それが出来るような場所じゃないからおかしいって言ってんの(だ)!」」
めっちゃキレられた。
殆どの時間引きこもってただけだし、何も自慢できることじゃないからもう何も言わないわい。
「なんでキョトンとしてんだよ……。ただ目覚めて教会に自力でたどり着けたってだけで俺はそれなりに評価してたってのに。俺達ですら、外に居た時間が長い奴ほど偉いみたいな風潮があるんだぞ。一年も外に居続けたならお前がチャンピオンだよ……」
「私に間違いなかっタ。ゲンはどう考えてもおかしイ。本当に人カ?」
「化け物ですの?」
「チャンピオンだが?」
必死に生き抜いて、化け物認定ひどくない?
いや、そりゃ俺だってなんで生きてるのか不思議なくらいだけども。
そんな俺を見て、ルルはうーんと首を傾げた。
「……ゲンには自分じゃ気づかない特殊な何かがあるのかもしれないわね」
「おぉ? なに? なんか特殊能力に目覚めたって事?」
おおおお、此処にきてまさかの特殊な能力情報!?
腐った肉を干からびさせる以外に何かあったの!?
何気に、ココから出たら干し肉屋さんやれるくらいしかないんじゃないかなとか不安だったんだよ。
気づかないだけで実は未来を見通せてたとか、特殊なパワーで攻撃をはじいていたとか!?
「……無いわね」
おい、俺の顔見て判断するのやめろ。
ワクワクを返せよ。
日刊今回のとげぞう
ずっとフードの中で寝てた