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原初の地  作者: 竜胆
2章:手血肉燐の都
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死は始まり


 花咲き乱れ、赤い霧が天を覆い鎮座する灰教会が祝福の鐘を鳴らす。


 まるで天使と悪魔が飛び回る、ハルマゲドンのような世界だと思った。

 実際には、天使や悪魔どころかもっと醜悪なヒキガエルと人間を足して割ったような彷獄獣達が時折結界にへばり付いているのだが。


 そんな広場にてマズローの酒は、全員に少量ずつ配られると乾杯の一言で一瞬で消費された。

 天上の甘露でも飲むかのようにとろけた顔で味わう男達と対比して、絶望の顔を浮かべるマズローが印象的だ。


 人間ってあんなに表情が消えるんだなって素直に恐怖した。


 俺はと言えば、酒は要らんからと干し肉やその他雑穀や豆のごった煮なんかをいただいた。

 山羊乳で煮込んだ豆のスープはしっかりと温められて湯気だっている。マイルドなミルク味と、干し肉の塩味が最高にマッチしていていくらでも食べられそうだった。


 久しぶりの人らしい食い物に体が震えるほど感動したわけだが、とげぞうさんに干し肉の8割持っていかれた辺りでマズローと同じ表情になってしまった。


 人を呪わば穴二つってこういう事か?


 人々は、疲れと絶望の中ほんの少しだけ正気を取り戻したかのように、出兵者達に檄を飛ばしていた。


 うまい飯に、人とのやり取り、とげぞうが居て、生命の危険も無い。

 あぁ……なんてささやかな幸せなんだろうか。

 こうして、人と穏やかな心で接する日がくるなんて思わなかった。


 ――そんな時間は、すぐに終わりを迎えたわけだが。


「どう? お口に合ったかしら?」

「めちゃくちゃうまい。ルルとおっさんもどうだ?」

「そう。よかった。……折角だけど遠慮しておくわ。この教会の食糧は、あと3日で尽きるから少しでも節約しとかないと」

「……え?」


 ルルの言葉に、俺の手から木で出来た匙がこぼれ落ち乾いた音を立てた。

 3日? え? 俺、2回もおかわりしたんだが?


「一週間ほど前のことだ。突如現れた王種によってレイヴァオール教会は壊滅的な被害を受けた。圧倒的な力で外郭結界は破壊され何人も死んだ。一方的な蹂躙により一気に生存圏を奪われたんだ。なんとかお嬢が結界を教会の周囲に張り直したおかげで全滅は免れたが、全ての井戸や畑はご覧のありさまだ」


 マズローが指差した先は、教会を中心とした結界外の広場。

 彷獄獣達が集るこの広場全てが、以前は結界の内部であり畑や家畜の飼育場だったらしい。


「もうダメだこれまでかって、特攻や自死の案だって出ていたところであなたがやってきた時は、神に感謝したわ。だからこそ、その勢いを消してしまう前に一気に叩くつもりよ」

「もちろん、お前も一緒だが行けるよな? どうせ此処に居たって死ぬだけだ。さっき説明した通り、お前がいるだけで俺達の保険になり得るんだから期待してるぞ」

「あ……あぁ、もちろん足を引っ張らないよう頑張るよ……」


 二足歩行のトカゲや竜のような彷獄獣。

 その王種と呼ばれる彷獄獣の容姿を聞いた俺は、背中から汗が止まらなかった。

 思い出されるのは、スラム化した大聖堂の荒れ果てた様子。

 あれ、この状況の原因ってまさか――。


 なにか、何か話題を変えなければ。

 そう思って出た疑問は、ずっと気になっていた物だ。


「なぁ、ルル。そういえば魔石ってのは――」

「ちゃんと持ってるわよね? そのバッグに入ってる緑色の宝石は、晶の魂その物なんだから大事にしなさいよ」

 

 ……聞くんじゃなかった。

 地雷を避けようとした先にさらに地雷が埋まってやがった。

 やっぱり、あの宝石かよ。何が入っているっておっさんが聞いてきたのは、一般的に魔石には何かを封じ込める力があるってことなんだろうか。

 マジか、肉団子の広場まで戻らないとだめなのか……?


 持ってるとしたら、あのおっさんの死体だよな。取りに行けるか?

 もう、背中だけじゃなくて全身が汗でびちゃびちゃなんだが。


「その顔、まさか無くしたの? もしかして、解放――は、この感じならしてないか」

「解放ってのがわからんけど、さっき話したおっさんに奪われた。その直後に、おっさんは腕女に殺されて肉団子にされたから多分場所はわかるんだけど」

「……ほんと馬鹿! なんで大事なものに限っていつも無くすのよ!」

「いつもって初めてだろ!? それにそんな大事な物だなんて知らなかったんだよ!」


 会ったばかりの奴にレッテル張ってんじゃねぇよ。

 そういうのを誹謗中傷っていうんだぞ。

 そりゃ、結構無くし物は多い方だけど、絶対知らないだろお前。


「受験票だって、家の実印だって、パスポートだって無くしたじゃないの!」

「そんなところで、晶の記憶使ってんじゃねー!」


 くそ、こいつ晶の記憶持ってるんだった。

 ルルは、ハーっと大きくため息を吐くと目を閉じて考え込んだ。


「……封印の部屋を出た今なら大体の方角と距離を図れるわ。ただ、取りに行くような時間は無いわよ。獄夢(ヘルムメア)が終わって崩壊が始まったところで――え?」

「ど、どうした? 見つからないのか?」

「いえ、魔石はこっちの方角……およそ5キロ先なんだけど……そういう事?」

「一人で納得しないでくれ。何がどうしたんだ? 晶は無事なのか?」


「確か、大きな赤ん坊に追いかけられたって言ってたわよね? それは、落し児って言って特殊な彷獄獣で、生まれるとすぐに眠れる主へ向かうって言われてるわ。で、あっちが王城」

「なんで今赤ん坊? ……まさか?」

「ええ……。ゲン、攻略に全力を出さないといけなくなったわね」


 ニッコリとルルが微笑んだ。


 なんてこった。

 魔石はどうやら、おっさんから生まれた赤ん坊に取り込まれているらしい。





 鎧に身を包んだ男たちが、物々しい雰囲気で集う。

 その中に無理やり混ぜられてしまって居心地が悪い。


「聞け!! 王種の因子はゲンによってもたらされた! 絶望を迎え終わりを待つだけだったはずの、このタイミングでだ!! 偶然か? いいや、これは天啓だ」


 マズローが、全員の顔を見渡した。


「明けない夜は無い。覚めない夢は無い。ベッドで震える子どものように悪夢に怯える時間は、もう終わりだ」


 一度、何かを考えるように閉じられたあと。

 決意の目が、開かれた。


「お前ら! 朝飯は何がいいか決めとけよ?」


「うおおおおおお!!」


「出陣!」


 決意の叫びに、鳥肌が立った。





 一歩、足を踏み出す。

 薄い膜を超えるような感覚と、即座に足の裏に感じる何か柔らかいものを踏みつける感覚。

 呼吸をすれば、赤い霧が俺の口の中にゾロゾロと入り込んでくるような不快感。


 見上げれば少し先を、鼻の異様にでかいトカゲと人が入り混じったような彷獄獣が壁をカサカサと駆けあがっていった。


 ……戻ってきてしまった。

 あの、恐ろしい地獄のような風景へと。


 ただ、以前とは似ているようで決定的に違う光景が目の前に広がっていた。

 俺の前には、皮の鎧やコートを着た武器を構える屈強な男たちが隊列を組んで歩いている。


「いいか、俺達より絶対に前に出るな。俺達は何度でも生き返ることが出来るが、お前やお嬢は一度死ねば終わりだ。そして、それは俺達の終わりも意味するんだからな」

「……何度も聞くけど、本当に生き返れるのか?」


 隊列を組む中、マズローが俺の隣でそう語りかけた。

 何度でも生き返ることが出来る。その眉唾な言葉を初めて聞かされたのは、たった数分で終わった酒の席の後の事だ。

 勝算を聞いた俺に答えたのは、マズローだった。


『俺達は、死なない――いや、死ねない。獄夢(ヘルムメア)をぶっ壊すまで、俺達は何度でも蘇ることが出来る。勝つまで何度だってやってやる。だから勝率は100%だ』

 

 ――粘躰化(ねんくか)

 

 彼らは、なんと教会とその魂をつなぐことで粘筋を利用した肉体『粘躯』によって何度でも生き返ることが出来る秘術を使っているらしい。

 それは、晶の復活にも使われる技術らしく、当人たちですら最初は信じていなかったそうだ。

 その秘術こそが、この獄夢(ヘルムメア)の中に潜伏攻略するための要だったんだろう。


 もちろん、無制限の無敵の術と言うわけではない。

 復活は教会で行われるため、死ねばその場からはリタイアせざるを得ない。

 術者であるルルにはもちろん使えないし、復活時に心が壊れた者は彷獄獣へと堕ちる。俺に至っては、粘躯化すれば何の取柄もなくなったただの子どもに成り下がるそうだ。


 おそらく粘筋を枯らせる能力や、彷獄獣を殺せる力が無くなるって事だろう。

 そして、最大の制約。それは、粘躯に彷獄獣のルールが適用されるという事。


「もう、何百回と死んだ。それでもここから出ることが出来ない。あいつらを出してやることが出来ないんだから、情けねぇよ」


 そう言ったマズローの横顔は、後悔と自らへの侮蔑の念で塗れていた。

 この世界の人間は、強化された強さを持っている。体長数メートルの化け物を生身で倒し、岩を砕くほどの強さを誇る。

 そんな彼らが、数百回殺され、数年間挑み続けても攻略の糸口が見えないほどの化物……か。


「実力自体が劣っていたわけじゃないのよ。未だ深淵を覗いたわけじゃないけど、絶対に勝てない戦いを続けていたはずじゃなかったんだけど……」

「階級と制約って奴か……。基本的に、デカい奴ほど階級が上になるって考えていいって事だよな?」

 

 俺はふと、地面に転がった肉塊に目を向ける。

 人の形に似た何かが、無残にもミンチになって転がっていた。


 殺されたばかりの、彷獄獣の残骸だ。

 その階級は、下から2番目の『劣種』。


 その飛び散ったピンク色の肉片を見て、思わず身震いした。

 なまじ人に似ているだけに転がっている指や歯の欠片などが生々しいが、大きな塊を握りしめてやればすぐにドロドロに溶けていった。


「ほぉ……」


 本当に彷獄獣を殺せるのかと、周囲でざわつきが起きていた。

日刊 今回のとげぞう


久しぶりのゲンの頭で寝て居たら、いい匂いがしたので全力を出したらしい。

肉最高。

満腹になったとげぞうは、そのあとピンク色の脚を放り出し腹這いになって眠っていた。

少し太ったおかげか、時々頭の上からずりおちてフードにストンと落ち込んでしまう。

外に出てからも、ずっとフードの中で寝てた。中でウンコしてた。

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