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原初の地  作者: 竜胆
2章:手血肉燐の都
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プリズン一歩ブレイク


 ぴちゃ……ぴちゃ……

 薄暗い空間に、何かの液体が滴る音が響く。


 頭上からぐちゃぐちゃと、何か柔らかい物を咀嚼する音が降り注ぎつづける。

 男たちは、うずくまり俺を取り囲んでいた。


 鷲掴みにした赤い肉を、俺の顔の上で男が歯をむき出しにしながらうまそうにかじる。

 血がしたたり落ち、俺の顔にぺろぺろ(・・・・)と絶え間なく落ちて来た。

 あぁ、あれが俺のハラミか……ん? ぺろぺろ?


 そんな事を考えながら目を覚ますと、顔をぺろぺろと舐めまわすとげぞうの姿が。


 ……とげぞうさん。

 いや、君が居るのは目覚めとしては最高の目覚めなんだけどな。


「ん……とげぞうおはよう」

「っきゅ!」


 あぁ、本当に目の前にとげぞうがいる。

 なんて可愛い顔してるんだ。寝たまま両手で抱き上げ顔を付きあわせて挨拶をすると、もう一度鼻先をペロッと舐めてくれた。


 なんだよこのもぞもぞと動くとげとげの物体は。誰も近寄らせないほど尖ってるくせになんでそんな可愛い顔してんだよ。世界一かよお前。


 元気にやってたのか? 体調はもういいんだよな? うん、針にも毛並にも艶があるし、なんならちょっと太った?

 ん? 額のところの針の分け目に赤いおできみたいなのがある? 前からだっけ? あぁごめん、そろそろ降ろせって?

 もう一生こうしてるだけで幸せだよと思うけど、いつまでもこうしてるわけにもいかないんだよなぁ。


「そうか、どこかと思えばここは牢屋か」


 おろしてーと、バタバタと暴れるとげぞうを降ろして見渡せば、そこは小窓すらない黄ばんだ棒が格子として立ち並ぶ石造りの簡素な牢屋だった。

 あの後、マズローとかいうあの金髪のおっさんに連れられて牢屋に入れられたんだった。

 大人しくとりあえず牢屋に入れられてみたのはいいものの、あまりの疲労からすぐに寝てしまったのか。


「食われるかもしれないってときにまぁ、良くぐっすり眠れたな。とげぞうが居れば何とかなるかと思ってた部分もあるけど……」

「きゅ?」


 とげぞうが居れば何かあれば起こしてくれるだろうなって安心感あったし、なんならとげぞうがあんなおっさんたち蹴散らしてしまいそうだ。

 おかげで手の黒ずみもほとんど良くなってるし、疲れも大分取れた。


「とげぞうは、なんで聖獣なんて呼ばれてるんだ?」

「きゅ? きゅっきゅ! きゅー?」

「照れるな。俺も大好きだぞ」

「きゅ!?」


 うん、何か伝えようとしてるんだろうけどさっぱりわからん。

 ってか、そんな風に何かしら反応あると思わんかったよ。君ちょっとなんか前より頭良くなった?

 そんなとげぞうの愛らしい姿に見とれながら、状況を考えてみる。


 これは、どういう状況なんだ?

 教会に来れば、人が居ると聞いてやってきたわけだが、実際人には会えた。

 だけど、どうしたことか。実際には「お前を食わせろ」と言われ牢屋に放り込まれている。


 ここは、カニバリズムを崇拝する邪教徒の教会? 逃げてくるところ間違えた?

 確かに、碌に食べ物の無いこの場所であれだけの人数の食糧がまともにあるとは考えにくい。


 俺を食わせろと言って来たおっさんたちには、どう見ても敵意に近いものがあったからあいつらは少なくとも俺の味方じゃない。

 かといって、ルルが来た時は敵意は見られなかった。明らかに食料として俺を見てるかんじじゃなかった。

 

 ……ルルか。

 なんかずっと騒いでたけど、あの時はほんとに何言ってるのかいまいち理解出来んかったな。

 遅いとか、みんな死んじゃったとかなんとか……まぁ、苦労話の類だろうからどうせまた聞かされるだろう。

 

「晶の助け方、聞きだすの忘れてた。そういや、ばぁさんはどこだ? この教会に居るはずだからどっちにしろ会いに行かなきゃならんか」


 ルルの祖母である、あのエレナばぁさんが全てを知ってるはずだ。

 よし、ある程度方向性は決まった。


 とりあえず、ココを脱出してばぁさんを探そう。ルルが居るってことは、ばぁさんも此処にいるだろ。

 晶の助け方さえ聞ければ、あとはまぁとげぞうが居れば元の拠点に帰ってそれから今後のことは考えてもいいだろう。


 ついでに、食料も慰謝料として出来る限り頂いていくか。

 少なくとも、この場所に居れば助かるとか助けてもらえるってわけじゃなさそうだ。

 

「よし、とりあえずこの小汚い牢屋から出よう。さっきからそこの隅の水たまりがくせぇんだよね。……小便じゃないよね?」

「きゅー……」


 とげぞうくん、なんでちょっと申し訳なさそうにするの?

 え、君の小便なの? いや、口から出した泡、針に塗りたくって誤魔化さないでくれない?


「この格子、思ったより固そうだな。とげぞうこれ壊せる?」

「きゅっ! フシュッ!」


 気まずくなってコンコンと格子を叩きながら適当なこと言ってみれば、あっさりととげぞうは針を飛ばして格子をぶっ壊した。

 警備ざる過ぎ。って、まぁ普通はこんな固い金属ちっくな棒壊すなんて無理か……。


「さすがとげぞう。可愛いのに強いとか合わさって最強にしか見えないな」

「きゅ!」

「はっはっは、お世辞だから本気にするな」

「っきゅ!?」


 やっちゃったーって感じで顔を押さえて照れるとげぞうが、もはや神にしか見えない。

 え、まじで何なのこのかわいい子は。

 うちの子は世界一だよ。間違いない。ほーら、ご褒美におなかわしゃわしゃだー。むっほっほ。


「……何してるのかしら?」


 とげぞうを愛でることに夢中になりすぎた。

 普通に脱走一歩目で見つかってしまったわけだけど、慌てるまでもなく振り向けばそこにはルルが立っていた。


「おぉ、見てくれ牢屋が勝手に壊れたんだ。不思議なこともあるもんだ。メンテナンスはちゃんとしたほうが良いぞ? なー、とげぞう」

「きゅ?」


 とげぞうさん、まだ足バタバタしてたの? とっくにわしゃわしゃ終わってたよ?

 彼女は壊れた格子を見てある程度事情を察したのか、呆れた顔でそのまま話をつづける。


「はぁ……寝起きの気分はいかがかしら?」

「さっきまでは最高だったんだけどな、今は最低だよ」


 皮肉で返せば、ルルはムッとした表情になりながらも「そう」とだけ答えた。

 あれ? もっとギャーギャー騒ぐと思ったんだけど。

 落ち着いたらこんなもんか?


「一歩遅かったみたいで申し訳ないんだけど、助けに来たわ。そこから出してあげるから、付いてきて」

「牢屋は勝手に壊れたんだけどな。助けに来てくれたって、どういう風の吹きまわしだ? ってか、俺って本当に食われるところだったのか?」

「それは……本当に、ごめんなさい。あれは完全な誤解なの。まさかあの人たちがこんな行動に出るなんて思ってなくて……」


 ごめんで済んだら警察いらねぇんだよってイキってやるのが礼儀かと思ったけどどうもそういう感じじゃないらしい。

 なんか普通に謝られたし、まぁいいや。とりあえず探す手間が省けた。


「ってことは、誤解された上とはいえ本当に食われるかもしれなかったと。恐ろしい教会だなここは」

「彼らも追い詰められてたのよ……そこらへんも、アキラのことも含めて全部説明させてもらうから、一緒に来てくれない? そのあとは、好きにして構わないから」


 おぉ、やった。願ったりかなったりだよ。

 聞くまでもなく晶のことまで説明してくれるらしい。

 俺だって、ただ本当に食糧として見られてただけなのか気になってたし。

 ……これでホイホイついていってチャーハンにして食べられるとかないよね?


 そんな事を思いながら、俺はルルの後について暗い石造りの廊下を歩いていった。


 

 薄暗い廊下は、しばらくすると階段に変わった。

 走るのに飽きたらしいとげぞうが、俺の肩に乗っかりだらけている。

 久しぶりの重みだ。


「……おばぁ様は、彷獄獣との戦いの中亡くなったわ。だから、今の実質的な責任者は私よ」

「歳だったからなぁ……」

「最後まで、あなたの事とアキラのことを気にしていたわ」

「そっか」


 会ったことないけど、こういう時素直にお悔やみ申し上げますとか言えるほど人生経験詰んでいない。

 ばぁさんからは引き継ぎで、全てのことを託されたそうだ。

 それ以上、話は盛り上がることもなく。


 その後も、沈黙が続いた。



ホイホイチャーハン?

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