灯と喧嘩の終わり
誤字報告ありがとうございます。
すごく、便利ですね……一章書いてる5年前にはこんなシステムなかった……。
かがくのちからってすげー!
赤い液体の採取の成功により、生活に格段の変化が起こった。
あの瘤から採取した液体を持ち帰ってから、色々と実験をした結果、光の色や強さに変化を起こすことに成功。
その結果、石造りの薄暗いかった我が部屋は人類の灯を再び宿し、植物に緑が戻った。
なんてあっさりとした説明をしているが、それなりにそこまでの道のりは長かった。
今でも自分でもなんで成功したのかはよくわかっていない。
とにかく様々なアプローチを行った結果の、偶然の産物だ。
具体的には、劣化ヒトモドキの体に持ち帰った液体を無理やり流し込むと劣化ヒトモドキが光りながらボコボコと膨れながら変化を始める。
恐らく良くない現象なのだろうが、クソ焦りながらBボタン連打もとい、変化の途中で殺してしまえば変化はキャンセル。
そのまま左手で完全に止めをさすと、腕が焼けるように痛むので中止。するとキラキラとした粒子の混ざった干からびたゲロが完成する。
その中から光る粒子だけより分けて取り出し、さらに次の劣化ヒトモドキへと投入すれば、粒子の数が増えた。
それを繰り返すことで、ネオンのように赤く光る粉が完成し、光は当初の液体の数倍は光度を上げた。
もともと、時間はいくらでもあった。
俺は記憶の底にある、煌々とした人類の英知の光の再現を目指した。
何故そうしたのかなんて、そうしなければ狂いそうだったからとしか言いようがない。
行き詰った環境で、唯一の希望は人らしい生活を求める事だった。
もちろん、ただそれだけをしていたわけではない。
外の粘筋を剥がしていくことで、粘筋に埋もれた人工物の発見に至ることに気づいた。(採掘と呼んでいる)
それほど大したものは見つからなかったが、これにより木材をゲットしたことで火を起こすことに成功。
時々金貨のような物なんかも拾う事もあったが、現状使い道が無さ過ぎて完全な外れ扱いだった。
森では失敗した火おこしにリベンジを果たし、火を手に入れた。出来上がった炭は、濾過装置に添加することで性能をあげた。
また、この火より、粘筋を煮出して油を取り出すことに成功した。
どす黒い、まるで石油のような油だ。
それでも、少量の油と薪による火では長時間の灯りを確保することは出来なかったが、焼く煮るいぶすなど、この熱により光る粉に対して行えるアプローチの種類が増えたわけだ。
それはもう、考えうる限りのアプローチを行った。
結果的に、光る粉に水分を混ぜて粘土状にしたところに植物の種を植えることで、急速に植物が成長するも禍々しい赤色の葉をつけ枯れてしまう結果に。
そして残ったのは、若干光量の落ちるもののまるで蛍光灯のように白く光る粉だったというわけだ。
火の下りはなんだったんだって?
火おこしにリベンジしたっていう報告だが?
こうしてできた光は、植物にはとても良い物だったらしい。
僅か数日で、白いもやし達が緑色の力強い茎と葉へ変化を始めた。
光合成万歳である。
その姿はまさに、引きこもりだったゲーム仲間の高梨が健康に目覚めて日サロに通って変化していく様を思い出させてくれた。
最終的に高梨シゲルと呼ばれたあの男は、あの後どうなったんだろうか。ガリガリなのに黒光りした暗黒髑髏のような見栄えは正直健康とは程遠い姿だった気がする。
何よりも、光は俺にとってもやはり良い物だった。
謎の光なんて、放射線とか混ざってないかなんて不安もあったけど、結局のところ光ってのは人の心も明るくしてくれる。
こんな糞のような場所で、生きる希望がブシャーッと湧いて来た。
何にも使えないような骨なんかは、筒状にして池で拾った髪を使ったロープで体に括り付けた。土を詰めてその中に茨の種等を入れられた。
短時間ながらも使えるようになった火で、育ちすぎた植物たちの炒め物を作れるようになったし、血の川から汲んできた水を煮出せば鉄分や塩分が微量ながらも手に入った。
綺麗な塩の結晶のみをひたすら手作業でより分けていく拷問としか思えない作業は、とにかく時間を忘れさせてくれたが二度とやりたいとは思わない。
得意料理は、若葉と粘筋の血塩炒め。正直粘筋入れない方がうまいっていう。
もちろん、緑にならない方が癖が無くておいしかった物も多かった。
食後は、髪の毛を束にした歯ブラシでの口腔ケアだ。ミント系の草が手に入ったおかげでお口はすっきり。
時々、髪の毛が口に残って気持ち悪いのが玉に瑕だ。
絶対人が生きていけないような場所だと思っていたところでも、案外人間生きていけるもんだ。
森での経験が、知識が、地球での記憶が、地獄の底に新しい風を吹き込んでいく。
生活が、どんどん快適になっていく。
それだけ、長くここの生活が続いているという事とイコールでもあった。
もはやすでに、日記を書ける紙すら底をつき、今現在が何日かなんて把握もできていなかった。
――ドサッ
その音は、ある時不意におとずれた。
目の前に存在するのは、一抱えもあろうかと言う巨大な骨の塊。
すぐ目の前、手を伸ばせばそれに触れられる。
――ギィィィエァァァァァァ!!!
耳をつんざくような、不快な悲鳴が周囲に鳴り響く。
体が震えた。
全身が、鳥肌を立てた。
鼓動が早くなり、急上昇した血圧が手の先の毛細血管を圧迫しているのがわかる。
迷っている暇は、なかった。
数十日……いや、数百日待ち続けたチャンス。
ぼやぼやしていたら、溶けて消える。
こんな目の前に都合よく落ちてくることなんて、これから先絶対にない。
気づいたら、俺はその骨の塊に手を伸ばしていた。
俺はすぐさま、その骨を抱きかかえると全力でその場を後にした。
後ろから、何かが迫っている音がする。
パキパキという嫌悪感を抱かせる不気味な音が。
――やばい、やばいやばいやばい。
あいつらの動きを見続けていた感じ、目で追えていたから絶対的なスピードで瞬殺されるようなことは無いと考えて居た。
パワーは計り知れないほどとてつもない物だったが、理解可能なスピードだった。
だけど――甘かった。遠くで見たトラックのスピードなんて図れるものじゃなかった。
抱える骨の重みを感じながら、後ろに視線を送る暇なんてなかった。
パキパキという乾いた音が迫る。
空気が変わり、背後にまるで死神の鎌を当てられているかのようなプレッシャーを感じる。
シュンッと、死神の鎌が振り下ろされるような音がした。
うおおおおお!! 来い!! 無視されて怒ってんだろ!?
ヤレ!!
――ギャアアアアアアアアアス!!
同時に鳴り響く轟音と、バキバキという何かが折れる音。
その瞬間、俺の首に当たっている死神の鎌が外れたように、プレッシャーから解放された。
一瞬、後ろを見る。
そこには骨樹に馬乗りになり枝葉に食らいつく人竜の姿があった。
もみ合うようにして二匹は転がり、優位になったほうが俺に向かうが、そのたびにお互いに足を引っ張り合っている。
俺は、一心不乱に走った。
普段は慎重に慎重を期すほどのスイツキも利用できない一人での帰り道だったが、粘筋マントをかぶりながら止まることなく走り抜ければ、後ろから迫る二匹の怪獣達に巻き込まれてヒトモドキ達は死んでいった。
抱えた骨は、おそらく骨樹の根の一部、しかも根元になる部位だったんだろう。骨樹は足のような根を一本失っていた。
抱えていくうちに左腕の力により溶けて消えていく。
最初は丸太のようだった骨は、ホームにたどり着くまでにその大きさを人の大腿骨程に変えていた。
……いつの間にか、背後に迫っていたはずの二匹を振り切っていた。
自分のスピードなんかで、アイツらを撒けるわけはない。おそらく何かのきっかけがあったんだろうけど、必死過ぎて全くなにがなんだかわからない。
もしかしたら、二匹は喧嘩の方を優先したのかもしれない。
――バタン
「はぁ……はぁ……はぁ……。はぁぁぁぁぁ…………」
心臓が、爆発しそうだ。
手が震える。走りすぎて、気持ち悪い。
うわ……骨の欠片が背中にブッ刺さってる……。
べたっと触った手が濡れる。かなり深い傷だった。抜けばジュッと音を立てて骨の欠片は消滅した。
「けど、生きてる。やった……やったぞ!! っぐぅ!」
ぐあああ、背中いてぇ。また数週間は寝込むコースだ……。
何回目だよもう……四肢が繋がってるのがほんと奇跡みたいだ。
骨を抱き枕になんてしたくないけど、動けねぇ。
家の中に滑り込んだ俺の手の中に残っていたのは、異様な存在感を示す真っ白な骨の塊だった。
まさかの、一発自摸。部位から残留物が手に入るなんて。
だけど、これじゃない。俺が欲しかった物は――
後日、傷が癒えるのを待って外に出る。
ほんと畑に生えた葉っぱに、薬草っぽいのがあってよかった。効果は劇的じゃないけど、化膿止めくらいにはなっている。
……ん?
いつもの時間、いつものタイミングに、スイツキが現れない。
「おかしいな……パターンが変わったか?」
いや、まさか……。
初めての事だが、仕方なしに警戒しながら広場へと向かった。
時に、隠れる場所が無く久しぶりに粘筋のマントをかぶりながら進んだ。
「……は……はは!」
想像以上だ。想像以上にうまくいった。
骨の残留物なんて、おまけでしかない。狙ったのはそれじゃないんだ。
死にもの狂いでたどり着いた広場は、静かな物だった。
小さなヒトモドキがうろついているだけの、静寂ともいえるほど平和な空間。
祭りの後の神社、兵どもが夢のあと。
俺は、武器代わりに持っている、太い棍棒のような骨をぎゅっと握りしめた。
俺の奪ったこの足の骨が、均衡した力のバランスを崩し、二匹のライバル争いは誰にも知られることもなく幕を閉じていた。
赤く渦巻く煙のように濃い霧が、はるか上空を漂っている。
しかし、その煙は辺りを覆う透明の膜のような物に遮られ下には降りて来られない。
さながら、赤い絵の具を混ぜたばかりの斑な水をガラスの器の外から眺めているかのようだった。
いや――器の中からと言ったほうが正しいか。
その器の中にそびえ立っていた、古い塔の扉がゆっくりと開いていく。
中から現れたのは、一人の男。
「……ぐふっ」
丹精な顔つきをした男の口が、醜くゆがんだ。
「あかとくろのせかいはひろくせまくまっかなおくちはあたたかいくろいひととてがいっぱいでめがたくさんみつめてるこわいこわいこわいこわい…………ママぁ? どこォ? 許して。許してゆルしてユるしテテテテテテェェエェェェ。……おっぱい。オッパイイィィィィィ!!!!! ひゃははははは! ぎゃははハハハハハハ!」
男は扉の中から飛び出し、狂ったように笑いながら全裸のまま走っていった。
少女の目の前には、彼女を守ろうとする人垣があり、声しか聞こえないが彼がどれだけの怨念の籠った顔で叫びまわっているのか容易に想像がついた。
「……壊れたか」
人垣を作る中から、小さくぽつりと聞こえた。
すでに全裸の男は、復活の塔と呼ばれる場所から脱出を図り狂ったまま野に帰っている。
男たちは警戒を解きながら、落胆の言葉を次々にこぼし始めた。
「いつまで続けるんだよ……」
「お、俺はもう嫌だ! もう限界なんだ。彷獄獣になんてなりたくない!!」
「あんな風になるために死に続けるなんて俺はごめんだぞ!」
一人が口を開けば、あとは脆かった。
男たちが、堰を切ったかのように次々に弱音を吐きだしていく。
「安心しろ。約束通り、プロトタイプの捜索は打ちきりだ」
やがて、リーダー格の金髪の男が口を開いた。
その言葉を聞き、少女の噛みしめた口からギリッと小さな音が鳴る。
「わかってくれ。王都が獄夢に覆われて5か月だぞ? どうしても必要だと言うから探してきたが……さすがにもうこれ以上手間を掛けられん」
「彼が……彼が居れば攻略は確実な物になるわ」
「俺達だけでも、時間を掛ければ攻略は可能だ。既にある程度の攻略ルートはめどが立っているだろ? それに、それだけ強いなら俺達が迎えに行かずとも自力で来れるはずだ」
「何度も言ってるでしょ!? 彼はきっと転生に失敗してる。絶対に此処まで来れるわけがないわ。水も食料も無いのよ!?」
「ならなおさらだ。即戦力じゃない人間なんて、この場には必要ない」
なおも少女は食い下がろうとするが、男は全く取り付くしまをみせなかった。
「確かに、懸念されていた階級による支配は存在したし、一時期はプロトタイプの力が必要だというのも理解は出来た。だが、そのハードルだって彷獄獣を狩り続けることで越えられることが分かった以上、支配から逃れられる程度の利点を求めてどこにいるのかもわからないそいつの捜索に当たるのはリターンが少なすぎる」
男の号令で、少女を残して周りの人間は建物の中へと戻っていく。
「ユピテルだって、一人で頑張ってる……」
「その姉弟子だったか? 会ったことも無い手紙だけのやりとりの相手なんだろ?」
「だから何よ! 私は彼女を助けるって約束したのよ!?」
「……諦めろ」
少女は何も言うことが出来ず、ただぎゅっとローブの裾に付いているブローチを握りしめる事しかできなかった。