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原初の地  作者: 竜胆
2章:手血肉燐の都
79/144

終わらない生活。

少し長めです。

二つに分割するか悩みましたが、一本でいきます。

誤字報告ありがとうございます!


 ヘルニート歴83日目。


 誰がニートや。

 働く気あるっちゅうねん。

 ただ、この会社の面接要綱、頭がおかしい事と腕とか一杯生えてることっていう人類の規格を超越したスーパーブラック企業なもんで。


 二次試験の圧迫面接なんて、視線どころか焦点合わないまま物理的に圧迫してくるんやで?

 どの部署も引く手あまたで、腕を取った瞬間引き込まれてまう活気のある職場なんですが、僕にはちょっと耐えられそうにありません(物理的に)


 でも、そんなこと言ってる場合と違う。

 とうとう、水が底をついた。

 あとは少しずつ染み出してくる分だけだが、どう考えても一日の使用量に到底足りていない。

 湧き水に対して、使用量が間に合っていなかったのだからいつかこうなるとは思っていたんだが、これでも持った方か。

 

「まじ……か。使える物、あったかなぁ」


 んー……、一応この日が来ることを見越して加工していた石の筒が一つ。

 ひたすら毎日削ってきたわけだけど、まぁすることがないこの場所ではずいぶん作業が捗った。

 筒っていうよりは、底の抜けたボウルに近い形だけども。


「この石筒にー、ボロボロになった洋服の切れ端詰めて、石畳ひっくり返した土を詰めて……うまくいくかな?」


 出来れば、炭なんか入れてやりたかったんだけどな。

 出来上がった物に、外から汲んで来た血の川の水をダバダバダバー。

 しばらく待てば一丁上がりの、簡易ろ過装置で作った緊急水分だ。


「……ぶえっ」


 見るからに濾過しきれてない、薄くなっただけの血だ。

 とてもじゃないけど飲めるような代物じゃない。


 しかも、不純物が多すぎるせいか濾過のスピードが遅い。


「何度かろ過装置に通せば……いや、全然消費量に間に合わないな。何か根本的な改善しなきゃ……」


 一日二日はまぁ、なんとかこの水で持たなくもないけど、正直これはちょっと由々しき事態だ。

 ちょっとこれまでで一番ピンチかもしれない。

 そう考えると、余計喉が渇いて来た。



 

「どうしたもんか……と、そろそろ時間か」


 数本、無造作に畑からもやしモドキをもぎ取って口の中に放り込む。

 お口直しお口直し、うーん、うまい。家庭菜園も様になってきたな。

 ただただ、切り取ったカイワレをもう一度再生させるようなのを続けてるだけで一切育ってるわけではないのだが。

 死肉や血を発酵させて試験的に作ってる肥料モドキなんかは、今のところ悪臭を放つくらいしか効果がないし、どうにか種に力が残ってるうちに何とかしたいところだ。

 根本的に太陽光が無いとどうしようもないんだけどなぁ……。


 俺はしっかりと閉じた扉を開くと赤い霧の流れ込んでくる先へと足を踏み出した。

 相変わらずの嫌な臭いが、鼻を突く。


 引きこもりを辞めると決めてから約20日、ようやく俺は外に出ることが出来ている。

 今日は、そこで探索の続きを含めてろ過装置に使えるものを探すことにした。

 なんとか、多めの布綿とかそういう物に近い物を手に入れれないかなと思っている。


 何日も、何日も慎重に化け物たちの動向を探ってきた。

 自分がどうしたら、安全に地獄を歩き回れるかだけを考えて。

 ここまで平然と外に出られるようになるまで、正直扉を開いて一歩を踏み出すまでに通算60日以上かけてるわけだから自分のビビりっぷりに笑えて来る。

 しかし、それだけ時間をかけた成果は出ているんだからまぁいいだろ。


 しっかりと、開いた扉を締め直してから周囲を見渡す。

 辺りには何の気配もない。ただ、腕の花がこちらに手のひらを見せひらひらと手を振るようにして咲いているだけだ。


 こうやって落ち着いて街並みを見てみれば、本当に建物の並びだけは何となく街っぽいから感心してしまう。

 赤と黒ばっかりの世界なんだけど、どことなく街ってわかるっていう。

 逆にそれが不気味さを思いっきり増してるんだが。

 ちょっと遠くを見渡せば、天井から謎の巨大な足が降っているのが見えるあたり、全然街っぽくない。

 

 俺はゴクリと息をのむと、赤い霧の奥へと足を踏み入れる。


 少し歩けば、肉壁にはいくつもの人の苦悶の顔が浮かび上がり、時々上半身まで肉壁から体が出てきたと思えば破裂してまた顔が浮かび上がる。

 腫瘍のような肉塊が壁や地面のあちこちに憑りつき、ドロドロとした粘液を噴き出している。

 ある壁には集中して目だけが貼り付きこちらを凝視し、水路へ真っ赤な涙を垂れ流す。花壇には鼻が咲き、耳の葉が生い茂る街路樹には眼の実が実る。

 所々壁に蔓延っているのは、腸の蔦だろうか。


 ちょっとでも近づけば、苦悶の反応や敵対を露わにするそれらを一つ一つ避けて歩いてく。

 ギョロギョロと視線を彷徨わせている目玉なんかは、出来るだけ視界から外れるようにした。

 少なくともそれらに触れるほど近づきさえしなければ何かが起こるようなことは無かった。おそらく近づいたら命の保証はないだろうが。

 

 扉を出れば大通りに面しており、道は大きくカーブしながら続いている。

 建物は数件が繋がるようにして建っており、しばらく進めばブロックごとに区切られた路地が存在していた。

 奴らは、この通路を定期的に徘徊している。


 ヒトモドキ達は、そこまで感覚が鋭いわけではない。

 いや、知能が低いと言ったほうが良いだろうか。

 すぐ後ろに居ても、視界に入らなければ奴らは反応しない事もあるほど。

 もちろん、感覚の鋭い奴もいる事には居るのだが、それもある一点に特化したようなやつらだ。

 例えば腕の花など、奴らは触れることでしかこちらに反応してこない。


――チィース……チィース……


 舌打ちのような、奇妙な音が聞こえてくる。

 俺が待っていたのは、この音だ。

 物陰に隠れて、ヒトモドキがやってくるのを待つ。

 やがて現れたのは、妊婦の数倍は腹だけが脹れた男のヒトモドキ。

 男と称したのは、胸が無いからだ。奴に顔は存在しない。その代りにそこにあるのは、長くなった首にそのままジョークグッズの付け唇のようなものがくっついている。

 その長い唇を、まるで昆虫の触角のように壁に当てながら進んでいた。


 俺もずいぶん此処に慣れたもんだ。

 こんな化物、日本に居た頃に見かけてたら発狂してるぞ。


 こいつは、食いしん坊だ。

 床や壁に口づけしながら音に反応し、そこに存在するものが死肉以外の何かなら即座に反応して丸呑みにする。

 ヤンキーの挨拶のような声は、口づけをして何かを判断している音なんだろう。

 奴は音に反応し唇で判断したら最後、まるで突然目が見えだしたかのように例えヒトモドキであろうともその相手を飲み込むまで止まらない。


 スイツキと名付けたそいつは、この辺でも飛び切り危険でクレイジーな奴だ。

 だからこそ、こいつを待っていた。

 こいつは、敵味方の区別がない。

 とにかく、粘筋以外の唇に触れた物全てが食い物。

 逆に言えば、こいつの唇にさえ触れなければいい。


 こんな性質を持つスイツキだからこそ、他のヒトモドキたちはこいつに近寄らない。

 嫌われ者のボッチさんなわけだ。

 そんな寂しいスイツキ先輩に、俺は付き従う。

 とにかく後ろを追っていきながら、スイツキ先輩の徘徊に便乗して俺も探索をするわけだ。


 もちろん、そんなことだけでこの地獄のような場所を歩ける訳はない。

 俺の背中には、身の安全を守るためにある物が備わっている。

 ジュクジュクと気持ち悪い音を立てるそれは、死肉のマントだ。

 薄く剥がした粘筋をマントのようにして羽織り、危険を感じるとこのマントをかぶって死肉に擬態する。

 これが案外うまくいっている。太古の森で、匂いや視界の対策を講じた経験が生きている。

 万が一音に反応してしまって警戒しているスイツキでも、これでなんとか誤魔化せる。


 ゾンビ程度の、弱そうなやつくらいならこれで近づいて不意打ちで終わることもある。

 打ち漏らしたら一発アウトなのでほとんどやることは無いが、よっぽど弱いとわかってる奴なら可能だ。

 

 ちょっと油断して放置してると俺の体ごと壁に癒着しようとするので定期的に引きはがしてやる必要があるが、簡易ステルススーツのような役割を果たしてくれるのだ。

 ある意味、俺の出勤スタイルだな。

 会社支給の肉マント。うん。なんかパワーがありそうでなさそうなワードだ。一文字違ったら超絶パワーを得そうなワードでもある。


 


 こうやってこいつを盾にしながら、スイツキ先輩が取りこぼした肉片や謎の物体なんかを持ち帰って活用している。

 今、目の前にある赤い瘤なんかもそうだ。


「おぉ……久しぶりにこの瘤見つけたな」


 それは死肉の壁にまるで腫瘍のように生えている瘤。

 ドクンドクンと脈打つそれは、数十秒間隔で大きく膨らみ赤い霧を周囲にまき散らす。

 この獄夢に存在する赤い霧の発生源がこの瘤なんじゃないかと思う。

 飛び切り濃い霧が、瘤から噴き出した。


「この中には何もないんだよな。霧になるんだから液体が入ってるかと思ったんだけど」


 前回は、左手を使って分解したのが悪かった。

 まさかこれがそんなにレアな物だとも思ってなかったしな。

 俺はその瘤に皮袋を押し付ける。

 これは、スイツキが食い散らかした彷獄獣の残骸から得た、皮膚の残留物だ。


 んー、スイツキ先輩止まってくれないからな。時間的に一回の噴出が限界かな……。


 ボシューっと、大きく呼吸をするように瘤から赤い霧が噴き出す。

 皮袋でそれを受け止めてやれば、袋の中がじっとりと赤く光りだした。手の平に懐中電灯の光を押し当てたような感じで光って見える。

 この液体があれば、少し弱いけど光源として利用できそうだ。


――チィース……


 あわわ、待ってスイツキ先輩。置いてかないで。


 しばらく進む、スイツキ先輩の職場案内。

 そこは、俺の家からどのルートを通ってもたどり着く公園のような広場だった。

 裏路地を通っても結局はこの広場に辿りつくように出来ているあたり、おそらく防衛上の関係で敵を迎え撃つような場所だったんだろう。

 その場所に、轟音が鳴り響く。


――グェェェアアアアア!!

――ズゥイィィィィッバァァァァ!!


 巨大な、6~8メートルは在ろうかと言うヒトモドキ二体が、争いをしていた。

 人の肉が大量に集まり、絡まって出来た人の頭を持つ恐竜の彷獄獣。

 そしてその相手をしているのは、巨大な骨の木だ。

 人間の骨だけでできた木が、パキパキと音を立てながら人竜と戦っている。

 怪獣大決戦だ。 


 ビリビリと、轟音が肌を震わせる。


――チィース……


 そんな血が降り注ぎ骨が散る争いの場に、ボッチ先輩が空気読まずに突っ込んでいく。

 ほんと、そういうところだよ。だからボッチなんだよ先輩は。

 

――チ――


 二匹の争いの場に、空気を読まずに突っ込んでいったスイツキさんは、何の断末魔も上げることなく人竜の尻尾一発で壁のシミになった。

 スイツキさんは、同格の彷獄獣なら一方的に吸い込んで殺してしまえるほどの圧倒的に危ない奴だ。

 そんなスイツキが、一瞬でやられるほどこの二匹の彷獄獣は存在の格が違う。

 そして、この二匹の彷獄獣はその格がほぼ同じなのだ。


 人竜が骨樹に向かって体当たりを入れるが、骨樹の根? に絡めとられてひっくり返されてしまう。

 だが、ひっくり返された人竜は尻尾を振り回し、骨樹は攻めあぐねる。

 そうこうしているうちに、人竜の口から大量の血のような物が噴き出してその勢いで体を反転させた。

 勢い余って、骨樹の上にのしかかり人竜の足が骨樹をスタンプしていく。

 骨樹は踏みつけられながらも骨の根を人竜に絡みつかせていき、終いには背中に貼りついた。


 こうなると、いつものパターンだ。

 絡みつかれた人竜が骨樹を振り落とそうとその場を暴れまわる。

 骨樹は振り落とされまいとしがみ付いているのだが、周囲には骨樹に生っている髑髏の実をばら撒き続ける。

 髑髏は地面に落ちると爆発して細かい骨の破片がすごい勢いで突き刺さる超危険地帯になってしまうわけだ。


 奴らは、延々とこの争いを続けている。

 それこそ、俺が初めて此処に来てからこれまでずっと、休むことなく。

 永遠のライバルというのか、何がそこまで気に食わないのか、二匹の戦いは続く。

 傷ついてもすぐに粘筋の力で回復し、腕が飛んでもしばらくすると粘筋に溶けて粘筋の力によって再生する。

 この均衡が崩れない限り、終わることのない戦い。

 

「こいつらのせいで、この先に行けない……」


 すべての道が、この道に集約されている。

 俺が、外に出てから20日以上いまだにあの家で生活している原因が、この広場だった。


「……今日も収穫はなし……か」


 いつまで、ここの状況の変化を待たなければいけないんだろうか。

 ただ、帰りに見つけた、髪の池で大量の髪の毛を拾えたのは一応収穫だったのかもしれない。

 これでろ過装置の性能は上げられるだろう。


応援ありがとうございます。

日に日にpv減ってるのでドキドキしてますが、楽しんで書いてますので皆さんも頑張って読んでください。

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