ルールの解明はトライ&エラー
日記形式が続くと言ったな!
あれは嘘だ!
目の前には、お世辞にも立派とは言い難い、くたびれた木の扉が鎮座している。
俺はそっと目の前の扉を押した。
グッと抵抗があり、一日で粘筋が癒着しているのが分かる。
それらを左手でむしり取れば、ムワッと、赤い光や腹の底に響くような重低音と共に強烈な臭気が鼻を突いた。
いつまでたっても慣れない腐敗臭。
いつまでも、籠ってるわけにはいかない。
そう思いながら、いつも扉の外をこの隙間から眺めるだけの毎日だった。
少しだけ、少しだけでも周囲の探索をしなければ、いつまでたっても先に進めない。
そう思って数歩だけ地獄の中へ足を踏み入れると、腕の花が一斉にこっちに手のひらを向けた気がした。
汗が吹き出しながら、周囲を必死に見渡しながら踏みしめる肉の感触が気持ち悪い。
―――ギャアアアアア!!
「うおおおおお!!」
ダダダダッと扉に駆け込み思わず叫びながらズザーっと滑り込んだ後バタンと扉を閉める。
何!? 何の声だったの!?
ビビりすぎて、何の収穫も無いまま戻って来てしまった。
68日目。
ヒトモドキの生態というものが、それなりにわかってきた。
いや、それはこの場所のルールとでもいうべきものだろうか。
俺の眼下で、一匹の劣化ヒトモドキが荒ぶっている。
実験体第13号と名付けたこの心臓に10本の指が生えたヒトモドキは、その指を使って部屋の中に作られた一角を走り回る。
この一角は、俺が切り出してきた死肉を敷いてある場所であり、ヒトモドキにとってはここから出ることが叶わない檻だ。
「その手のマニアにはなんて言うか堪らないフォルムなんだろうけどな」
蜘蛛のように走る心臓とか、なんかパンク系の人が好きそうなペットだこと。
俺には全く理解できないどころか俺の中からこいつが生まれて来たことに卒倒しそうなんだが。
俺はその心臓蜘蛛、13号蜘蛛臓に向かって石を振り下ろす。
蜘蛛臓よりも大きなその石は、走り回る蜘蛛臓に命中しその命を奪い取る――ことは無かった。
石は蜘蛛臓に命中する押しつぶしたと思ったのだが、這い出て来た蜘蛛臓は何事もなかったかのように平然と死肉の上を走り回る。
なんと、ヒトモドキは通常の攻撃を受け付けない。
こちらをおちょくるかのように、蜘蛛臓はキシャーと前指を振りあげ威嚇してきやがった。
ただし、ヒトモドキにめずらしくこいつには戦闘能力が無く危険はない。
以前現れた胃の固まりみたいな奴なんて生まれた直後に吹きかけて来た胃液で、部屋の石が溶けたから生まれてすぐ蒸発させてやったりしたのだが、それに比べれば可愛い物だ。
ただそれでも腹が立ったので、デコピンをしてやれば蜘蛛臓はビクンと痛みを感じたような動きを見せ死肉の隅へと逃げていった。
不整脈かな?
「武器による物理攻撃無効……素手によるダメージは可。相変わらず自ら死肉から離れようとはしない……これでどうだ?」
俺は別の死肉マットの上に置いておいた棒を手に取ると、銛を突くように構え蜘蛛臓に突き刺した。
ギエェェァアアアアという奇妙な叫び声と共に、血を噴出しながら暴れる蜘蛛臓はその動きを止めてぐったりとしてしまった。
「やっぱり、ヒトモドキの死体を使った武器には効果あり。普通にダメージは通るけど……」
棒の先に付いているのは、ヒトモドキから採取することに成功した骨を削りだした物だ。
実験体第6号……7号だっけ? を殺した際に、偶然手にはいったもの。
というのも――
「蜘蛛臓の消失を確認。残留物は無し……と」
メモに実験結果を書きこむ。
ヒトモドキは、行動不能に陥ることでその体を死肉へと溶かしてしまう。
その際、何故かごくまれに死体が一部残ることを俺は残留物と呼んでいる。
なんと、この残留物なら他の物質と違いヒトモドキに触れることが出来るため、この素材を使いさえすれば武器を作れるだろう。
所謂、ドロップアイテムって奴だ。
残念ながらゲームのように金品やら武器やらと言ったものが直接残ることは無いようだが、武器を作るめどが立ったというのは大きな進歩だ。
しかしながら、ヒトモドキは死んでいるわけではない。
「……やっぱり、だいたい再出現までに15分てところか」
死肉のマットが広がらないように引きはがしながらしばらくそのまま放置していれば、死肉の中から蠢くようにして蜘蛛臓がその姿を現した。
蜘蛛臓は死んだわけではなく、死肉の中で再生を行っていたわけだ。
なんと、ヒトモドキは死肉がある限り不死身という事だ。
そして何より最悪なことに、こいつらは死んでも銀の煙……アウラを放出しない。
メモに在った、アウラを得ることが出来ないってのはこういう事なんだろう。
これには相当絶望した。
生き物を殺して強くなれる世界なんじゃなかったのかよ。
かなり期待していた、少しずつでも強くなってどうにかこの場を脱出する計画が台無しじゃねぇか。
戦う術は、肉弾戦か残留物を使用した武器による攻撃。
魔法は試せていないが、まともに戦う術がそれしかない上に、それで行動不能に陥っても数十分後には復活しているという理不尽さだ。
「こりゃ……確かに唐突にこんな化物に襲われたら手の打ちようがないよな……」
まず、こいつらの生態を知らなければ一方的にやられるしかないという理不尽さがそこにはあった。
恐らく武器を携えて返り討ちにしようとした兵士達はことごとく無力に終わっただろう。
武器で戦っても水を相手にしているようなものなんだから訳が分からなかったに違いない。
「さて、こいつも何も落とさなかったし用済みかな」
残念ながら残留物を残す可能性があるのは最初に溶けた場合のみらしい。
何度再生を待って殺してを繰り返しても、落とさない奴は一向に何も落とすことは無かったのは実験済み。
最初は、これで大量生産した武装で戦えるんじゃね!? とか思ったけど、流石にそんな都合のいいことはなかった。
これから何匹も生み出せばいいのかもしれないけど、流石に一匹生み出すのに数日かかるこいつらを殺し続けるのは効率が悪すぎる。
「これ以上は調べようがないな。こいつらの事より、畑のほうを手入れするか」
安全確保のため、俺は死肉の座布団の端を握りしめた。このまま忍術畳返し的な要領で、蜘蛛臓ごとひっくり返してやれば地面に投げ出された蜘蛛臓はジュッと良い音を立てて消滅する。
こいつらは、死肉の上では不死身な代わりに死肉から完全に切り離されると存在することが出来なくなるわけだ。
ある意味で、唯一の殺す手段なのかもしれないけど死肉に覆われたこの場所では何の意味もない。
「……んー?」
グイッと一発やってやろうと思ったところで、一つ不意に思いついてしまった。
本当に唐突になんだが、そう言えばヒトモドキに対して左腕を使ったことがない。
「そういえば、死肉から生まれてくるんだから左手で干からびるんじゃね? そしたら残留物がまるまる残らないかな?」
これが仮にうまくいけば、それこそ死体が残るんじゃないだろうか。
そうなれば、こんな小さな槍ではなくちゃんとした武器を作れるかもしれない。
死肉の上を逃げ回る蜘蛛臓を、無理やりグイッと押し付けるようにして握りしめてやる。
うへぇ、心臓は鼓動を刻むわ、指はカリカリ俺の手を押しどけようとしてくるわで気持ち悪い。
「……そううまくいくもんでもないか」
しばらく握っても、何やら死肉を握った時のような熱い感覚が来ることも無くただただ時間が過ぎて行った。
やっぱり死肉とヒトモドキでは違いがありすぎるかと諦めようとしたところで、物は試しにと再び蜘蛛臓を槍で殺す。
さらに、死体が死肉に溶けてしまう前に左手で握ってみた。
通常なら、手に持っていてもドロドロに溶けてしまうはずだが――
「お……おぉ? あっつ! あつっ!!」
左手が熱を持ち、溶け始めたヒトモドキがそのまま干からびていくじゃないか。
実験は成功か? ただ、干からびながらも溶けていくその体が残っていく感じはしない。
このままでは、ドロドロに溶けた後干からびた繁華街で昼まで放置されたゲ○のようなものが出来上がるだけだ。
「あー……やっぱり無理かぁ?」
ドロドロカリカリになったそれは、まさしく溶けて固まった放置ゲ○だ。
どうしようもない産廃にしかみえないそれだったが、それは思わぬ副次的効果を生み出した。
それから、数十分後。
「あれ? 復活しないな?」
あれからしばらく待ってみても、蜘蛛臓は復活することなくいつまでもゲロはこびり付いたままだった。
どうやら俺は、不死であるはずのヒトモドキの殺し方を見つけてしまったらしい。
「お……おぉぉ! なんだよ、一応不死身ってわけじゃないんじゃないか。あー、でもどっちにしろ俺には関係ない事か」
思わずテンションが上がって喜んでしまったけど、よくよく考えると外の化け物たちは行動不能になんて出来ないわ。
殺し方が分かっても実践できないのじゃどうしようもない。
しかも、完全に殺せたというのにやっぱりアウラの放出は見られない。
「何なんだろうなこの手? ……もしかして、コレが彷獄獣の核を壊せる手って奴……?」
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\/O88O)/
/\((心臓)/\ キシャー
/\(ノニニ|)/\
/(ニニノ\
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