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原初の地  作者: 竜胆
2章:手血肉燐の都
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出口は日記の中に

お盆の連休最終日。

ということで、二話投稿します。


 1日目。


 生きるために必要なことは、とにかく食べる事。

 森で学んだ俺の胃袋は、スイーツを前にしたOLをも上回る自己主張力を手に入れたのだ。


 そこで俺は、とても素晴らしいことに気が付いた。

 この小屋には何もない。

 存在するものは、石と水と空気のみ。


 だが、逆に言えば食べ物さえあれば生きることには困らない場所であることに気づいたのだ。

 そこで目を付けたのが、死肉。

 それこそ腐るほど扉の外に存在する肉さえ食っていれば食べ物に困らなさそうだ。

 幸いにも、この左手さえあれば死肉を引きはがすことが出来る。

 とにかくこれで命をつなぐことでなんとか脱出できるための方針を立てて行こう。 



 ……何の肉だよこれ。


 意を決して少しだけ扉を開き、相変わらず不気味な赤い世界から死肉を左手で抉り取る。

 手に持ってもうぞうぞと脈打つ紫色の死肉の肉片を、さらに左手で握りしめれば枯れ果てたかのように萎びて動きを止めた。


 全く食欲のわかない謎の塊はビーフジャーキーのようで、口に入れて見れば無味のゴムと言った感じだった。

 一応食えないことは……多分ない。

 ただ、飲み込んだ後から来るドブのような匂いが最悪だ。

 数時間たっても腹痛や体の変調が訪れないあたり、なんとか賭けに勝ったと言えるだろう。

 いつまでも、口臭が気になる。



 2日目。


 焦った。

 今日も飯の調達をしようとあのゲンナリとするような死肉の匂いを思い出しながら扉を開ければ、扉を開いた先に化け物が居やがった。

 剣を刺して遊ぶ黒ひげの玩具の最終段階のように、全身からくまなく剣ではなく手が生えてる化物だ。

 小学生が千手観音像を作ろうとして失敗したらああなるかもしれない。


 扉を開いた出会い頭にワシャワシャとすべての手を奇妙に動かしながら迫ってきた時は死ぬかと思った。

 何とか扉を閉めるのが間に合ったが、あの狂ったような顔が目に焼き付いて離れない。

 どうやらここには、人を改造というか無理やり合成実験したような化け物しかいないらしい。

 彷獄獣のことをヒトモドキと名づけることにした。


 ……外からずっと気配がする。意味が分かるようでわからない叫び声が聞こえる。

 今日は飯抜きだろう。



 3日目。


 何もない部屋で、何もできないのがこれほど辛いとは思っていないかった。

 気が狂いそうになる中で、何かできることが無いかと考えた結果身体をコントロールする練習をすることにした。

 具体的に言えば、筋トレやらちょっとした体の動きの修正と言ったところだ。

 なんとなく、太極拳っぽい動きになってるな。


 今日の食事もおっさんの歯間のような味だった。


 暇のある時間に、太古の森から持ち帰った多様な種の整理もしておこう。

 何だかわからないまま持ち帰った種もあれば、危険で使い道がなかったけど使い熟せば役に立ちそうなもの、地雷栗は無くなったが最後のヘリ豆を増やす方法も考えたいところだ。


 血に触れたら一瞬で発芽し絡みつく茨の種なんて、使い方次第で役に立ちそうなんだがなぁ。


 なにせ、普段血に触れさせるタイミングが無くて困ってたのに、此処じゃ逆に血に触れさせずに持ち歩くのに苦労する。極端な使いにくさだ。土系の素材が手に入れば土で包んで投げるとかアリかもしれない。


 この他にももしかしたら、脱出に役立つものが見つかるかもしれない。


 4日目。


 うぅ、とげぞうに会いたい。

 一人でいるって相変わらず寂しい。

 なんで俺、こんなことになってるんだろうか。

 大丈夫、この世界はゲームなんだと思え……この静寂だって楽しむんだ。


 むりだ、マジでイライラしてきた。

 なんだよこのクソゲー、BGMすらないバグ部屋かよ。

 大体この干しシイタケみたいな肉、何の肉だよ。

 

 げろ……まず……。


 5日目。


 昨日変なこと書いたからだろうか、胃の辺りが何だか熱い。

 やっぱりこの肉はダメだったのか?

 そういえば、しばらくうんこしてないな。便秘かよ。


 いつまでこうしていればいいのかわからない。

 とにかく、何かしなければと思っている。手始めに手元にある種を地下水に浸してみる。

 これで芽が出てくれれば食料の助けになるかもしれない。


 

 7日目。


 とげぞうー、マイラーブ。

 初めてであったころから、君はチャーミングだった。

 体はトゲトゲだけど心はあったか。

 ボタンのようなつぶらな瞳は何を映しているんだい?

 あぁ君に会いたい。君に夢中――――


 『ぐちゃぐちゃに塗りつぶされている』


 

 8日目。


 昨日はどうかしてた。

 ページを破り捨てたいのに、紙を無駄にできない。

 読めないよね? 多分見えないはず。

 相当精神的に参ってきているようだ、早めにどうにかしないと。


 何度も行った開け閉めのせいで死肉の浸食が扉に始まったことも、精神の摩耗に繋がっているんだと思う。

 今のところ湧いて来た肉を左手でこそぎ落とせば一日は持っているが、これ以上浸食スピードが進まないことを祈るしかない。

 

 何も進歩が無く部屋に居るわけではない。

 ただ、その他のピースがそろわない。

 何よりもあの化物と戦うための下地が作れない。

 このなんちゃって太極拳じゃ強くはなれないだろうな。


 左手について色々試しているのだけど、一向に何も進展がない。

 唯一判明していることは、左手が死肉を枯らすことが出来るという事だけ。

 あぁ、一つだけそれに関して分かってきたことがある。

 死肉を枯らした時の腕の熱だが、酷くなりすぎると黒ずんで痛みを伴う。

 しばらくすると熱も黒ずみも収まるのだが、もしかしたら枯らせる肉の量に制限があるのかもしれない。



 13日目。


 しばらく日記をさぼってしまった。

 言っておくけど、絶望したりやる気を失っていたわけではない。

 むしろその逆だ。


 今俺は、めちゃくちゃテンションが上がっている。

 何というんだろうか、なんちゃって太極拳で体のコントロールをしようと自分の内側に意識を集中させていると蠢くような何かを感じる。

 まさか、コレが魔力という奴なんじゃないだろうか。とうとう俺は、この世界で魔法を使うための基礎を手に入れてしまったんじゃないだろうか。

 僕、契約して魔法使いになっちゃうんじゃないの!


 ってことでこの魔力? を動かすのに夢中になりすぎて日記を忘れていた。

 今は胃の辺りをグルグルと意のままに動かしているが、そのうち全身を循環させるのがきっと王道だろう。

 ちなみに胃と意を掛けたわけではない。


 今日はなんだか、本当にテンションが高くて良い。

 最近ふさぎ込みがちだったから、このまま楽しく過ごしたいな。


 水に浸していた種から、芽が出ている。

 このまま成長してくれたら、食糧問題も解決だ。


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