死と婆と少女と思惑:閑話
以前のプロローグをこちらに閑話として挿入してます。
本日もう一話更新予定です。
石造りの、とある一室。
部屋には煙や蒸気が立ち込め、至る所に火にかけられた鍋やフラスコのようなものが並んでいる。
机には雑然と資料が積み上げられ、まるで整理が追い付いていないようだ。
そんな部屋の主である老婆は、目の前にある暖炉にかけられた陶器の窯を混ぜる手を休めて一息ついた。
「おばぁさま、そんなに根を詰めては体に毒です」
丁度いいタイミングで扉の開く音が聞こえ、同時にこう苦言を呈してきた人物へと視線を向けると、そこには老婆の孫である銀髪の少女の姿。
思考に疲れた老婆にとって、その自分を心配しているであろう眉を寄せたような表情はどんな甘いお菓子よりも自らへと力を与えてくれるようだった。
老婆の許しを得て部屋の中へと歩みを進めた少女は、部屋のある一点を見つめる。
隅にあるその床には、奇妙な模様があった。
ぼんやりと光る円形の模様は、魔法陣でありその周囲にはなにやら黒い靄のようなものが溢れ出ている。
そして魔法陣の中央には、ぼんやりと人の形に輝く光があった。
その光る物の正体は、過去に少女が魔境と呼ばれる山で拾った化け物だった。
「……かなり分離がすすんでいるようですね」
「村から連れてこられたせいで、会話も途中のまま意識が霧散しおったがな。……こやつの体は本当におもしろい。魂は存在しておるくせに、その魂が入れ物に入っておる」
「入れ物……ですか? 前にも同じようなことをおっしゃっていましたよね?」
「うむ、ワシらの体は目に見えない『つなぎ』によって形を形成しておるのは前に説明したと思うが、こやつの体はその『つなぎ』が入れ物のように形作られその中に魂が入っておる」
「……つまり、根本的に肉体の在り方が違うと?」
「うむ、ワシらの体をハーフマテリアルボディと呼ぶとするならば、彼の体はアストラルボディとも呼べるやもしれんな。しかし面白いのは、人体を構成する成分と呼ぶべき材料自体は全くワシらと変わらんという事じゃ」
もしも世界が違えば、それは逆の呼び方をされたことであろう。
それほど、今魔法陣の上で眠っている存在と彼女らとは成り立ちの在り方が違っていた。
しばらく情報を頭の中で整理していた少女は、老婆に問いかける。
「……では、やはり粘筋も同じアストラルボディということで間違いはなさそうですか?」
「うむ……。どうやら間違いないようじゃ。まさかこんなところに昔諦めた研究の答えが転がっておるとはな……」
老婆は野心という物をむき出しにしたような笑い方で孫娘へと笑って見せた。
そんな表情に何とも言えない顔をした少女は、コホンと一つ咳払いをする。
「それで、彼を本当に……?」
「んむ、時間はかかるがこやつに働いてもらうとしよう。あの世界新山の塩原を単独で生き抜いてきた化け物じゃ、アウラは相当量残っておるし必ず役に立つじゃろう」
「協力……してくれるでしょうか?」
「ひょほほ。協力させればいいんじゃよ。そのためにも、記憶の転移を急がねばな。それに、転生がうまくいかず暴走してたとしても中であれが暴れればそれ相応の効果はがあるはずじゃ」
「そう……ですね」
老婆は懐から小さな緑色の宝石を取り出すと、コトンと机の上に置いて笑った。
それをみた少女は、表情を曇らせながらも小さく肯定する。
「まさか……国が変わったと思っとたんにこんなことになるだなんて……。この国はどうなってしまうんでしょうか?」
「……わかっておろう? 何もしなければ、全てが亡ぶ。仮に封印が成功したとしても、ワシらの村ごとほぼこの平原全域がなくなるよ。かつて大陸を一つ飲み込んだほどの厄災なんだからね」
老婆が淡々と答える驚愕の被害予想に、少女は唇をグッと噛みしめた。
そんな孫娘を気遣い、一度老婆は話題を変える。
「街の方はどうじゃ? うまく取り入れそうか?」
「……粘筋は確実に王城から広まっています。ただ、これでもエンキ――いえ、王の命令で動いてますので、まだ動きやすいです。ギルドにも依頼をだしましたし、少しずつ人は集まってます」
「ひぇひぇひぇ、それは結構。それで、お前の方こそ順調なのかい?」
「え?」
「お前は真面目すぎるからねぇ……人前でうまく喋れてるのかい?」
「そ……それはまぁ、なんとか……」
少女が目を反らしながら答えるが、嘘をついているのが目に見えて明らかだ。
以前に起こった事件以来、孫娘が自分に素直になってくれたことを喜ぶ老婆ではあったが、その反面気真面目すぎる性格までもがさらに拍車をかけてしまっている。
その性格のせいで、彼女は大勢の前で自分の言葉をしゃべるのが苦手だった。
「そんなあがり症のお前に一つ、手助けをしてやろう」
「手助け?」
そんな少女を心配した老婆は一つ道具を取り出した。
それは、小さな羽根の形をしたブローチだった。
「これはまじないの道具さ。これを使えばまるで人が変わったかのように心が動じ無くなる。ただし、あまりそれに頼りすぎるんじゃないよ。それに慣れると反動もひどいものになるからね……。アホの孫なんてわたしゃ見たくないよ」
「ふふ、おばぁさまったら。私はこう見えて心は強いのよ? そんなものに頼らなくても立派にやってみせるわ」
そういうと、孫娘である少女は部屋を後にした。
少しだけ力の戻った孫娘の後ろ姿に、老婆は微笑みを送ると再び研究へと向かうのだった。
それから数週間後。
銀髪の少女は、雨の降る街の中を駆け抜けていた。
「はっ! はっ! すみません! どいてください!! 通してください!」
「……エレナ様の関係者ですか?」
そこに居た衛兵に声を掛けられた少女は、小さくハイと返事をする。
無言で衛兵は少女を人混みの中から連れ出していく。
「そんな……おばぁさま……! なんで!!」
「今朝、通行人の者が発見した時にはもう……」
そこに倒れ、雨水に晒されていたのは最愛の祖母だった。




