落下
本日2話目です。
ご注意ください。
あー、一応。軽くグロ? 注意?
「あ……」
終わった。
そう、一瞬口から漏れた気がした。
まるで塔のように聳え立つ百足の体が、目の前でゆらゆらとゆれる。
何十本もの人の腕が、本物の百足の足のように規則正しく波打つようにして虚空を掻いている。
少しずつ、少しずつ手の指から体の芯に向かって震えが進む。
すぐに、足ががくがくと震え今にも倒れこみそうになった。
死が、目の前に立っていた。
「……?」
おかしい。
手に入れたバッグを抱え、百足の動きに備えているのにまったく百足に動きがない。
ただ、今までと同じくゆらゆらと揺れているだけ。
に……逃げるチャンスだ。
そう思っているのに、俺は百足の視線の先が気になり、一瞬目を向けた。
そして、見てしまった。
上から、何かが落下してくる。
何か羽虫のようなものが、羽をばたつかせながら――
否。
「あ……あぁ……!」
それは、人だった。
悲鳴を上げながら、虚空をもがき落下する人。
それも、一人じゃなかった。
赤い霧でぼやける視界の奥に、うっすらと光が差している。
その中から、次々とまるで星屑のように人が降ってくる。
人!? 何で人が!? まさか、助け――
――っ!!
刹那、周囲に轟音が轟く。
耳をつんざくような、百足人間の咆哮だった。
百足の全ての腕が天を仰ぎ、天からの恵みに祈りを捧げているようにも見えた。
その轟音を耳にした俺は一瞬身を縮こまらせたが、すぐに状況の拙さに気づく。
近くから、遠くから、まるで狼の遠吠えのように各所から化物たちの咆哮が鳴り響く。
「グオォォォォ!!!」
慌てて振り向けば、ゾンビのような化け物が奇怪で、なおかつとてつもない速さで沼へと走ってきている所だった。
目の前では、百足が地面を這い駆け抜ける。
この地獄の各所から、天からの恵みに釣られた化け物が集まっている。
歓喜に震える化け物の声が、近づいてくる。
――なんだ!? 何が起こって居る!?
混乱しながらも、俺は一つの答えにたどり着いた。
これは、助けでも、救いでもない――
エサ箱に入れられたエサに、地獄が震えた。
「ぎゃああああああーーーー!!!」
悲鳴を上げながら落下してきた人々が血の沼へと着水し、水しぶきが上がる。
それが、地獄の宴の始まりだった。
人が現れたことへの喜びよりも何よりも、危機感が先に反応し水の中に沈んだ俺のそばを、化物が駆け抜ける。
「グルァァァァァ!!」
目から涙を流し、至福の表情で叫び、化物たちが猛る。
最初に落下してきた男が水面から立ち上がり、何かを叫びながら周囲を見渡した後その顔色を絶望に染める。
迫りくる化物の姿に気づいた男がどこかへと逃げようと動くが、すでに手遅れだった。
――後ろだ!!
そう叫ぼうとした瞬間、振り向いた男の頭が宙を舞う。
何が起こったのか、分からなかった。
ただ、男の背後に右腕だけが異常に太い人型の化け物が立っていただけだ。
気が付けば、男は血の噴水を吹き上げながら沼へと倒れ込んだ。
息をのみ、立ち上がりかけていた俺の体が沼の中へと無意識に沈んでいく。
そこから見える光景は、まさに地獄絵図。
次々と人が空から降ってくる。
そして、立ち上がった瞬間にその命が終わりを迎える。
「ぎゃあああ!」
「いや! いやぁぁ!」
ゾンビや人型の化け物が群がり、人を食う。
生きたまま腕を、頭を、腹部へと噛みつかれ、引きちぎられる。
木に似た化け物が、枝葉に該当する大量の腕で人を掴み丸めると、その肉の種から芽がでて化け物へと変わりさらに人を襲う。
立ち上がり運よく逃げ出した男が、腕の花に触れた瞬間地面へと引きずり込まれた。
逆に女は、空から虫の翅のようなものが生えたゾンビに攫われた。
さらに腕女が、人を間引き連れ去る。
人が食われ、捻じられ、引きちぎられ、爆ぜる。
それでも、すぐに死んでいった者たちはまだ幸せだった。
化け物の中には、すぐに人を食らおうとせず、殺すことを明らかに楽しんでいる奴も多く居る。
ゆっくりと、生きたまま四肢を落とされる女性。
巨大な口の中に、頭以外を入れられ狂い笑う老人。
母を求めて泣き叫ぶ子どもは、すでに下半身が食われ、代わりに何か別の肉塊と合体している。
生きたまま触手をねじ込まれ、何人もの人が頭から尻に向かって串刺しにされて繋がっていく。
無理やり何かを飲まされた女が狂ったように笑ったかと思えば、口の中から女の形を保った血管だけが這い出てきて走っていった。
百足が人を落下前に捉え、胸部だけを引きちぎり自分の体へとつなげていく。
何故か首だけになっても生きたまま、化け物の体に取り込まれる者もいた。
選ばれたのか、何人かの者は、生きたまま新しい肉団子へと丸め込まれていく。
聞いたこともないような悲鳴が、鼓膜をゆする。
近くへ飛んできた生首が一度沈み浮かび上がると、その何も映さない瞳と目が合った。
俺は唯、血の中に全身を沈めて震えていることしかできなかった。
人の落下は、尚も終わらない。
すでに数十人の人が落ちてきたが、まだ上から降ってくる。
一体、上で何が起こっているというのだろうか。
誰もが絶望に包まれ、包囲された人々が互いに生贄を差し出そうと押し合っている。
全ての人が、神に助けを求め祈っていた。
事態に変化が起こったのは、そんな絶望の最中だ。
落ちてきた人の中には、家族らしきグループがいた。
父と母が、震える娘と幼い息子を庇っている。
着ている物も他の人々とは違う上品そうな物で、どこか異質なグループだった。
俺の視線は、自然とその家族へと向かった。
人々が半狂乱に陥る中、その家族の動きも異質だったのが俺の興味を引いたのかもしれない。
その家族は、冷静だった。
この阿鼻叫喚の地獄の中、素早く家族をまとめ家族を守るために行動を開始したのだ。
まるで、ここで何が起こっているのか最初から知っているかのような動き。
群衆の中に紛れ、パニックになって標的にされている人々を盾にして家族を守っていた。
よく見ると、家族の周囲を付き人のような人間が守りを固めている。
恐らく、位の高い人間だったのかもしれない。
人々が混乱で入り乱れる中、家族は腕をからませ最後の時を過ごしていた。
付き人達が身を挺して守っているが、すでにほとんどの付き人が化物のエサとなっている。
そんな中で、子どもたちが家族の輪から離された。
泣きながら、付き人によって両親と思しき人達から引き離される。
子どもたちに向かって、何かを叫ぶ両親。
次の瞬間だった。
「っ!?」
突然、巨大な爆発音と共に水柱が上がった。