坩堝にて蠢くは死の気配
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「……っぶはっ!!」
トンネルの先は死肉に覆われていたが、両手で無理やり押してやればなんとか突き破ることが出来た。
何故か左腕が熱くなり分厚い肉の膜をぶち抜いた後、その穴を広げながら無理やり頭をねじ込んでいき一気に突き抜けるのに成功した。
周囲は霧で真っ赤だが、見える範囲には何も居ないように感じる。
「はぁ……はぁ……やったぞ」
脱出成功だ。
血や粘液がヌルヌルと全身に絡まっているが、そんなことを気にしている場合じゃない。
すぐに安全の確保を――
「……え?」
――だが、俺は顔を上げ、見える世界に絶句した。
俺は、この期に及んでまだこの世界を、この状況を甘く見ていたようだ。
そこは見渡す限り、赤い世界。
薄く、だが重く赤い霧が広がっていた。
「な……なんだここは?」
全く見渡せない程ではない、もやと言うに近いレベルの霧の向こうを見ようと目を凝らす。
その真っ赤に染まった視界に、黒っぽい謎の長方形の立方体が立ち並んでいた。
黒っぽいのは、恐らく死肉に覆われているからだろう。
大きさ的には全てバラバラで、1階から10階建てのアパート程度の大きさのものが乱立している。
そこには、吐き気を催すほどの凶悪な臭気が充満している。
あのすべてが、死肉に覆われている……。
不気味な光景。
まるで外に感じない。
無機質な光景に有機物が混ざり込んだような、ちぐはぐとした光景。
「……」
俺は、呆然とする。
そこは、巨大な空間だった。
外に出れば少なくとも空が見えるだろうと思っていたが、上を見上げれば覆いかぶさるようにして上空に死肉の天井がある。
もっとも、霧に視界が阻まれてほとんど霞んで見えるが百メートルじゃきかないくらいの高さはある空間になっているんだろう。
……外じゃない。
俺はようやく、自分が居る場所のある程度の全貌を把握した。
黒い柱の立ち並ぶ広大な死肉のドーム。
そんな中に、俺は居るらしい。
――ギェアアアアアエエエエエエアアアアアアハハハハ
「ひっ」
そして何より、俺を絶望に陥れた物。
そこには、蠢くものが居た。
巨大な百足が、地面を走る。
……違う。百足に見える、人型の何かだ。
悲鳴のような声を上げながら、何人分もの胸部と腕だけがつながったような気味の悪い生き物が地面を這っている。
そのすぐ傍には、丸い物が転がっている。
目を凝らせば、何人、何十人もの人を無理やり押し固めたような肉団子。
飛び出した手足がバタバタと動き回っている。
「なんて長さだよ……」
遠くから走る、紐のような物。
それは、俺の足元の方へと伸びている。
今なお、俺を探し続けるあの腕だった。
今居る建物の縁から下をこっそりと覗き込めば、足元には俺と大きさの変わらないような人型の何かがうろうろとしているのが見えた。
全裸でどこか形のおかしな魑魅魍魎たち。
少し離れて見える、長方形のビルのような物にしがみ付いている何かが動く。
遠くてよく見えないが、ろくでもない姿をしているのだろうと容易に想像がついた。
樹木に似たもの、首だけの化け物、空を飛ぶゾンビ。
何だかわからない不気味で奇妙な化物が、大量に跋扈している。
そのすべてが、あの腕の化け物と同じような異様な死の気配を纏っている。
気付けば、手足がガクガクと震え力が入らない。
現実離れしすぎた光景に、吐き気がする。
今居る家の入口から右手側は、何も建っておらず真っ赤な沼地になっている。
先ほどの百足もどきの化け物が走っていたのもその沼のほとりだ。
沼地は広大で何かの肉片が浮いており、そのほとりには腕の花が咲いている。
「地獄……」
男がそう呼んだ意味が、よくわかる。
ここは地獄だ。
どうやら俺は、本当に地獄の底に落とされてしまったらしい。
見渡す限りの全てに、赤い霧と同じ量の絶望が充満していた。
「し……死んでたまるか!!」
自然と、声を押し殺すようにして叫んでいた。
何のためにあの森を生き抜いたと思っているんだ。
何のために、転生までしてこの体になったと思っているんだ。
諦めて折れそうな心を叱責する。
晶に助けられたこの命、俺の代わりに死んだアイツを……助ける術はあるんだ。
あのばぁさんが言っていた、アイツの助け方を聞き出すまで俺は死ぬわけには行かないんだ!
「あきらめない……そうだ! 絶対あきらめない! 人間をなめんなよ!」
俺は涙目になりながらも、震える手を握りしめて赤い霧を睨みつけていた。
化け物がなんぼのもんだ。
人間様は、諦めが悪いから地球に蔓延ってきたんだ。
伊達に自称、万物の霊長名乗ってねぇんだよ。
だがそれでも、威勢だけでどうにかなるもんじゃない。
結局何もできないまま、俺は死肉の上で周囲の様子をうかがい続けていた。
「重機かよ……」
遠くにみえる黒い柱の向こう側を、巨大な芋虫のようなものが這いずり回っている。
その大きさは、20メートルを優に超えるかもしれない。
もう、あんなもん怪獣だろ……。
まだ遠くに居るから慌てずにいられるものの、あれが近くによって来たら今居る家なんて簡単につぶされてしまうだろう。
改めて、現実味の無い世界だ。諦めないって決めてても絶望したくなる。
そんな気持ちに鞭うって、死肉にへばりつきながら周囲を見続ける。
そういつまでもこんなところでぼやぼやしているわけにはいかないんだ。
今でこそ周囲に何もいないが、当然ここもいつかは見つかってしまうだろう。
死肉のある場所は、危険だ。
あの化物に見つかれば、それこそ一瞬で死ぬ自信がある。
万物の霊長様は儚いんだよ。
とは言え、ここまで周囲を観察してきて見えてきた、絶望以外の明るい材料もある。
死肉がある場所が危険だからといってもすぐに化物に位置を察知されるわけではないらしい。
死肉のある場所に居たら化物に場所がばれるとかそういうものがあれば速攻でアウトだった。
さらに、ここら辺をうろついていた化け物たちの密度が減ったことも俺の気力を何とか保たせてくれる一つの要因だった。
「またさっきより減った……」
どうやら奴らは、一連の騒ぎを聞きつけて寄ってきていたのかそれとも何か別の理由があって此処に居たのかはわからないが、普段はそこまで密集して生活しているわけではないようだ。
残されたのは、百足の化け物と人間肉団子、それに数匹のゾンビのような魑魅魍魎たち。
あとは、いまだに俺を探してるのかそれとも何もないときはこうして固まっているのかわからない、部屋の中に手を突っ込んでいる腕女。
「……今しかないか」
俺はじっと、血の沼のほとりを見る。
そこにあるのは、頭と四肢のいくつかが欠損したボロボロの死体。
その死体は、つい先ほど百足によって人間肉団子へと合体させられたものだ。
あれはどうやら、化け物ではなくその犠牲者の残骸とでも言える物のようだ。
一番表面部分にあるその遺体に、見覚えのあるボディバッグが見えていた。
これが、様子をうかがい続けて得た一番の収穫かもしれない。
男に奪われた俺の荷物が、あそこにある。
男にとってはたいして役に立ちそうなものはなかったかもしれないが、俺にとってはそうじゃない。
ちらっと男が物色しているときに見た感じ、俺の荷物はほとんどそのまま手付かずだったようだし、此処から先、あれらは必ず役に立つはずだ。
地球から持ってきたものはもちろん、地雷栗や、残りのヘリ豆、夢幻花粉などの太古の森産の特殊な植物たち。
それらが、いつどのように役に立つかはわからないが使えないことはないはずだ。
さらに、どうしても確認しておかなければならないものがある。
「メモに、何か残してあるかもしれない……」
なぜこうなったのか。
もしかしたら、その何かが分かるメモが手帳に残っている可能性がある。
あの謎の白骨死体からのメッセージの可能性だってあるだろう。発狂する前に何か残してるかもしれない。
何もない状況で、突然置手紙もなくこんな状況に放り込まれる意味が分からない。
転生する前の記憶の最後で、俺は殺されかけた。
確かに俺を助ける殺すで揉めていたはずだ。
その結果此処に捨てられたというのなら、何も残されていないかもしれない。
だが、そうじゃなかったら……。
「あそこに、俺が生き残るための手がかりがあるはずだ」
ポイントが1枚……
ポイントが2枚……
ポイントが3枚…………
…………
………………
ポイントが9枚……………
ポイントが1枚足りないのぉぉぉぉぉぉぉぉ!
キィィィェァァァァァ