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原初の地  作者: 竜胆
2章:手血肉燐の都
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また訪れる唐突な目覚め

流れは、以前とかわらないよ。





 水に映り込んだ、自分の顔をペタペタと撫でる。


 黒い髪に黒い瞳。

 少し細めの眉に少し鋭い目つきと、高くなった鼻。

 その顔を触れる手は、か細く白っぽい。


 これが、転生した自分だ。


 気が付けば、ゲンの意識は前世の自分の体を基にしたらしい新しい体の中に居た。

 前世の自分の面影は確かにある。

 だが、明らかに前世よりも若々しく、それでいて日本人らしい顔の特徴は消えていた。



 これを転生なんて呼んでいいのかわからないが、他にどう呼べばいいのかわからないからそういう事にしておくしかなかった。

 今現在、この状況で分かっているのはこれだけ。

 それ以外の、全てがわからない。


 ……何故俺は、こんなことになってしまったんだ――


 ゲンは薄暗い部屋の中、水に映る自分から視線を外す。

 未だ冷たい汗で湿る体を包み込むように、座ったまま抱き込んだ。


「転生……、石の小部屋、見知らぬ男、地獄、化け物……閉じ込められた?」


 多くのキーワードが口の中からこぼれ出た。


 ……落ち着け。

 もう一度、最初から思い出そう。 


 思考は、今から十数分前に遡る。


 ……あ? ここは――


 唐突に視界が開け、ゲンは今まで自分が何をしていたのかわからず立っていた。

 バタンと言う音が聞こえ、目の前に男が入ってきた瞬間の様子からいきなりテレビに映像が流れだしたかのように。

 そして、気づいたら衝撃と共にゲンは倒れていたのだ。

 それが、始まりだった。




 

 訳が分からないまま、しばらく地面に横になっていた。

 

 石畳から伝う冷気が、熱を持った頬と頭を少しずつ冷やしていく。

 おかげで、こうやって少しだけ思考が戻ってきたのは僥倖というべきだろうか。


 体を起こしながらゆっくりと、確かめるように自分の顔に手を添えた。


 ……くそ。冷えたとは言え、まだ頬が痛む。


「どうだ? 落ち着いたか? ……えぇと、坊主」

「……ゲン……だ……」

「ふん。自分の立場はわかったみたいだな」 

 

 目の前に力なく座る男が、しわがれた声で話しかけてきた。

 男は40代くらいだろうか。皮で出来た鎧のようなものを身に着け、全身血まみれと言う異様な状態だ。

 項垂れたように下げた頭には、濡れそぼったウェーブのかかった長髪が垂れ下がっている。


 ……誰だこの男は。


 今、ゲンが居るのは薄暗い部屋の中だ。

 何故この部屋に自分が居るのかも、分からない。

 男は、突然この部屋へと入って来て、慌てるゲンを殴りつけたあと力尽きるようにして座り込んだ。


 男の体臭は、元々の部屋の匂いも相まってひどく臭い。

 男からは敗戦の騎士や落ち武者……いや、山賊とでもいうよな雰囲気が漂っている。


 ……いや、それよりもこの状況は……?


 自分の立場何て、分かっていない。

 ただ、身の危険を感じて騒ぐのを辞めただけだった。


 ……そうだ、とげぞうは!?

 居ない……。


 ゲンは男に気づかれないように見渡した後、落胆した。

 そうだ、とげぞうは治療に託したのだった。

 ……誰に? 

 まだ、頭がしっかりとしない。


 ただ、この男は危険だ。

 それだけは、はっきりとわかった。


 直近でゲンの意識がはっきりとしたのは、男が扉を開いた瞬間からだ。

 それ以前のことはよくわからないが、転生のために眠りにつかされていたのだと記憶していた。

 目が覚めた瞬間と表現していいのかわからないが、意識が唐突に戻った瞬間が、この男が入ってきた扉を閉めた瞬間であった。


 男が部屋へと入ってきたと同時に、ゲンは男を見失った。

 全く、動きが見えなかったのだ。

 殴られたと気づいたのは、そのあと床に転がって数秒してからの事。


 ゲンは、この男へ恐怖を抱いていた。あの動きは、もはや人の動きを超越していた。

 間違いなく今は、逆らうべきではないだろうと考える。


「そう睨むな。お互い折角ここに逃げ込めたんだ、仲良くやろうぜ」

「……」

「お前も、ここに捨てられた口か? ……見覚えが無いって事は、睡眠組か。目が覚めたのは運がよかったな。……そうでもないか」


 ……逃げ込めた? 捨てられた……?

 

 気が付いたらゲンは、男とこの部屋に居た。

 この世界に来たことは覚えている。

 覚えてはいるが、それは今はどうでもよかった。

 問題は、何故今こんなところに居るかという事だ。


 本当に唐突に、いきなり此処に座っていた。

 まるで頭が追い付かない。

 意味が分からな過ぎて、吐き気が来そうなくらいだった。

 突然ビデオを途中から再生したような、そんな唐突感。


 転生をしていたはずなのに、その時の記憶が途中から無い。 


 ……男の言う通り、俺は捨てられたという事なのだろうか。

 誰に……?

 男が入ってきた前後の記憶が無いのは、捨てられた衝撃で頭でも打ったのか?

 俺は、意識を失っていた?


 色々と思考が巡っているうちに、男がとんでもないことを口にしだした。


「ここは、地獄の底だ」

「地獄の……底……」

「あぁそうだ。王都が飲み込まれて数年、この悪夢からまともに出られた奴はほとんど居ない。本当に……地獄だ……」


 正直、男が話していることの半分も理解できなかった。

 ……王都が飲み込まれ……地獄……?

 だが、部屋の様子を見る限り男が冗談や嘘を言っているという風にも見えない。

 疲れた様子の男は、ゲンに話しかけるというよりもむしろ自分の状況を再度確認しているといった口調だ。


 男は、その後もゲンの事なんて無視して部屋にある井戸のような物から水を飲み、苛立つようにしてうろうろと部屋の中を歩き回ったあと項垂れて座り込むを繰り返していた。

 憔悴しきっているらしく、喋りかけては危険な雰囲気を放っている。


 部屋の中には、目立って特に何があるというわけではない。

 ただ、部屋の隅には人骨ようなものが転がっているが怖くて確認が取れない。


 とにかくゲンは、男の様子をうかがいながらもどうすればいいのかを考えていた。


 やがて、男が入ってきた入口へと目を向ける。

 

 ……なんだこれは。


 部屋は、全て石造りでそれほど広くない。

 その中に机や椅子などの家具がいくつか置かれ、床には謎の模様、片隅には骨がある。

 そして、問題の入口。


 木で出来た扉だった――はずだった。

 少なくとも、つい先ほど男に殴られる前までは木の扉がしっかりと閉まっていた。

 それが今では、肉のような物に浸食されている。

 

 ジワリとしみこむようにして、扉の裏から紫色の肉へと現在進行形で浸食されていっている。

 血管の浮き出た奇妙な肉は、時折痙攣するように動きながらその範囲を広げていた。


 気味が悪い。


 外は、一体どうなっているんだろうか。

 明らかに、この紫色の肉は外から染み込んできていた。

 まさか、本当にここは……地獄?

 そんな考えが、ゲンの頭をよぎった。

  

「っち、ココもダメか……」


 男はその扉を見て頭を抱えるようにした後、ぼそりと呟き顔を上げた。

 

「おい。お前の荷物を寄越せ。抵抗すれば……殺す」


 男は、ゆっくりと腰にさしていた剣をゲンへと向けた。

 刀身は金属ではない何かで出来ているようで、真っ赤な血が付いたままだ。

 ゲンは特に抵抗もすることなく、男へと身に着けていた赤いボディバッグを渡した。

 

 男がゲンの荷物を物色している間に、彼は必死にこの状況を考えていた。


 ……状況が、全くわからない。

 なんだこの、出来の悪い映画を見ているような意味の分からなさは。   

 とにかくわかっているのは、これは夢ではなくて何やら異常事態にあるということだけ。

 この男が何者なのかわからないが、勝手にしゃべってくれていたし危ない雰囲気だったので大人しくしてきたが、どうやら俺を置いていくつもりのようだ。


 男がゲンのバッグに入っていた、塩漬けの肉を頬張っている。

 貴重な食糧が奪われることに若干の抵抗を感じたが、現時点で刃物を向けられている以上アレは諦めたほうが良いだろう。

 

 とにかく、今できることは自分の状況を理解し、身の安全を確保することだった。

 今は抵抗することなく、男が去ってから自分の行動を確立すべきだ。

 この男を頼るには、危険すぎる。

 背中がピリピリとして最大級の危険信号を発していた。


 ゲンは、じっと男が荷物を改めているのを待ち続けた。

 様々な種や糸、メモやペンなどの雑貨をバッグから取り出していった男は使えそうなものが少ないことに落胆した様子だったが、最後に見つけた緑色の宝石にはあからさまに目の色を変え探るようにして弄り回していた。

 ゲンの視線に気づくと「何が入っている?」と聞いた後、質問の意味が分からず答えられなかったゲンから隠すようにして、宝石を自分の懐へと仕舞ってしまった。

 相当貴重な物だったのだろうか。


 物色を終えた男が、ゆっくりと立ち上がった。

 部屋を出ていくつもりらしい。

 自らの装備を確かめた後、男は大部分が肉に覆われつつある扉へと手をかざした。


「……どこかに、ここのように浸食されてない場所があるらしいって噂だ。あくまで噂だけどな。死にたくないならいつまでも小部屋に閉じこもってないでそこを目指せ。奴らは死肉のある場所ならどこにでも現れるから、すぐにここも安全じゃなくなるぞ」


 物資を奪っていくことに関して、男なりに罪悪感があったのだろうか。

 最後に男はそう言い残して、扉を開いた。


 赤い霧のようなものが扉の奥に充満している。

 その先の地面は、やはり死肉で覆われているようだ。


「生き残れば、俺達は自由だ。じゃあな――」

「まっ――」


 やっぱり、一緒に連れてってもらった方がよかったんじゃないのだろうか。

 男の強さと、今のやり取りを聞いてゲンは声を掛けようとした。

 だが、言葉が続くことは無かった。


 男が、扉の外へと足を一歩踏み出した瞬間だった。

 ゲンは、ようやく自分が置かれている状況を理解する。


「あ……ぺゃ」


 突如、男が口から奇妙な音を残しながら、間引かれた(・・・・・)


「……は?」


 一瞬見えた男の姿は、まるで乱暴に振り回された人形のように背中が仰け反り、手足が伸びきって脱力して見えた。

 ものすごい力で引っ張られたようにして、男が消えたのだ。


 男に当たった扉が一度全開になったあと、壁にぶつかって再び反動でバタンと閉じる。


「……な」


 それ以外、声が出なかった。


「ギャアアアアア!!」


 扉の閉まる大きな音が鳴った後、外から悲鳴が鳴り響く。


 その後の部屋は、静かな物だった。

 それは、自分の荒い呼吸音がさらに大きく聞こえるかのように感じるほど。

 だが、薄暗い部屋の中には、重低音が響いているかのような重い空気が流れていた。


 ……なんだよ、この状況。

 目の前で、人がありえない動きをして消えた。

 それだけでも意味が分からないというのに、外の世界は不気味な肉に覆われた真っ赤な世界。


 チラリと、閉じたドアへと目を向ける。

 相変わらず扉には、ウジュウジュと気持ち悪い音を立てながら紫色の肉が染み込み続けている。

 扉を開いたせいだろうか、扉だけじゃなく石壁や石畳の床にまで入口から肉の浸食が始まっていた。


「お、落ち着け……落ち着け」


 ゲンは自分に言い聞かせながら、体の震えを何とか止める。

 思わず叫びだしたくなるほどの恐怖が体中を満たしているが、グッと堪えた。

 全身から汗が吹き出し、触った肌が冷たい。


「はー……はー……。わけわかんねぇ……あいつ、死んだだろ」


 男が居なくなったことで、ゲンは閉じていた口を動かし出す。

 口に出して言葉にしないと、恐怖に押しつぶされそうだった。


 ……あれはどう見ても、自分で動いた動きじゃなかった。

 何かに、攫われたんだ。

 あの、化け物じみた気配を持つ男が簡単に死んだ……。


 一瞬見えたアレは――手?


 ……頭が混乱する。

 何なんだこの世界は………。

 なんで俺は、こんなところに居るんだ。


 震える手で、水を汲む。


「はー……はー……。…………?」


 水面に、見知らぬ少年が映っていた。

 こうしてゲンは、カラカラに乾いた喉を潤すために初めて水を覗き込んだのだった。 











   

ひひ……ひょうか……

ひょうかを……

あはっ

きもちぃぃぃぃぃぃ

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