おばば
他視点はこれにて終了
「反対です! マールさんも見たらわかるでしょう!? この人はヒューマンです! 」
「……しかしだな、我々がこいつに殺されかけたことは事実だ。確かに今沈静化してるかもしれないが、いつ目覚めて暴走するかもわからないんだぞ? やはり今のうちに殺しておくべきだ」
全員が目覚め、ひとしきり生きていることへの喜びを分かち合ったあとのことだ。
いま、ルルとSDFのメンバーはあることを理由に揉めていた。
「……確かに今、こいつはただの奇妙な格好をした人……蛮族? よくわからないけど、人の形はしているわ……でも、それとこれとは話が別よ。ルル、確かにあなたにこいつが助けを求めたのかもしれない。でもこいつが目覚めて暴れ出したら今度こそ私たちは全滅よ。あなたはその責任が取れるというの? 」
「それは……」
マールの指摘に、ルルが言葉を詰まらせた。
今現在、彼らが揉めている理由。それはつまり、倒れたままピクリとも動かない黒い影の男を殺すかどうか。
SDFのメンバーは全員一致で殺すという答えを出している。反対しているのはルルだけだ。
「彼は……確かに私たちを殺そうとしました。だけど、私に助けを求めたんです! あのとき……最後は確実に自我を取り戻してました! 私はすべての命を救えるなんて己惚れてはいません……でも! 救えた命を見捨てることはできません!! 」
「……仕方ない」
エンキスが小さくため息交じりに呟いた。
「え! じゃ……じゃあ! 」
ルルの顔がぱっと明るくなる。
「残念だが、俺が君に恨まれよう。やはりこいつを生かすのは無理だ」
エンキスの無情な言葉に、ルルが落胆した。
「……しかし、問題はこいつをどうやって殺すかってことだ」
「そうだぜエンキス! 俺たちの中でまともに戦えるのは今じゃお前だけだ。悔しいが、俺様は反魂受肉のせいでアウラを肉体に変換しちまって、かなりの弱体化が進んじまってる。こいつらもそうだ。どうやってこいつを殺すんだ? 」
「あぁ……その事だがキース、お前の毒を借りようと思う。一応切り傷だけでも効果はあったんだ。寝ている間に直接致死量を飲ませれば、奴と言えど死んでくれるだろ。あれだけの大物を殺せば、大量のアウラが放出されるはずだ。それを使って肉体強化を進めれば、下手したら反魂前よりも強くなれるかもしれんぞ」
キースとガランの言葉に、エンキスがにやりと笑った。
「やっぱり……やっぱりそういうことだったのね!! あなた達はあんな目に遭いながらまだこの先に進むつもりなんですか!? 」
「おいおい、流石の俺たちでもそれは無理だ。この先、こいつクラスのモンスターがうじゃうじゃいる可能性だってある中をノコノコと進んでいくわけにはいかない。だが、俺たちはこれでもかなりのリスクを冒してここまで来たんだ。その結果が、弱体化だけってのはどうしても避けたい。せめてこいつのアウラをいただいて次につなげる何かは必要なんだ」
「だからって……こんなの間違えてます! 殺人ですよ!? あなたたちはそれでいいんですか!? 」
「そうは言ってもなぁ……こいつ、本当に人なのか? 俺たちにはいまだにただの黒い塊にしかみえないんだが……なぁ? 」
ガランが男を突きながら返事をした。
影が剥がれた本来の姿を見ることが出来ているのは、晴眼を持ったルルとマールだけだ。
「だから――」
「シッ! 静かに!! 何かが近づいてくる!! 」
ヒートアップしていくルルの言葉を遮って、キースが注意を促した。
遠くから、オレンジ色の光が大量に近づいてくる。
その数、20以上。
「……どうやら時間切れのようだ」
「え? 」
その光を見たキースが、その場に座り込んだ。
「ルルのお迎えだ。……それと我々の捕縛か。どうやら抽選に漏れた冒険者たち全員連れてここまでやってきたようだな。さすがにあの人数で来られたら今の我々ではお手上げだ」
「……失敗か。今毒を盛っても、捕縛された我々がこいつのアウラを吸える時間はないだろうな……」
そう言いながら、エンキスは手に持っていた小瓶の毒を影の口に流し込んだ。
「な!? 何をしているんですか!! 」
「……アウラうんぬんってのは、まぁ冗談ではなかったんだが、こいつはやはり殺しておかないとこのままだと村にまで災害を引き起こしかねない。こいつには死んでもらう」
「ガ……ガハァ!! 」
今までピクリとも動かなかった男が、突然苦しみだした。
「即死する毒じゃないから今から地獄を味わうことだろう。このまま放っておけば明け方には死ぬ」
「そんな……」
ルルはへたり込み、思い出したように地面に放り出したままだった鞄を開けた。
中には針に包まれた小動物が息も微かに横たわっている。
「……助けてほしかったのは……この子? 自分の事じゃなかった……? 」
遠くから、ルルを呼ぶ声が近づいていた。
「ルル――――!! お、おい! 居たぞ!! 貴様ら、スターダストフィンガーズだな!? 神妙にしろ!!」
「ルル! 無事か!? 」
「貴様らぁ! 冒険者の風上にも置けない屑どもめ!! だからヒューマンなんかをこの山に入れるのは反対だったんだ!! 」
助けに駆け付けた村人と、護衛の冒険者たちが周囲を取り囲みあっという間にSDFの面々を捕えた。
4人はまったく抵抗することなく捕縛されると、そのまま先行して熟練の冒険者たちに連れられて行った。
「馬鹿孫、無事だったかい」
「おばぁさま……ごめんなさい、ごめんなさい……」
ルルは村人の中にローブをまとった不遜な態度をした老婆の姿を見つけると、大粒の涙を流して謝り出した。
「まったく、これで懲りたじゃろ。ちょっと出来ると思ってすぐ有頂天になりおってからに、帰ったら精神力を鍛える修行から……」
「おばぁさま、小言はあとで聞きます! お願い! 見てほしい人が居るの!! 」
ルルは老婆の手を取り近くの茂みへと走り出した。
「この人を……助けたいの」
男は茂みの中で、汗をかきながら苦しんでいた。
「なんだってんだい。年寄りを走らせるんじゃないよ。大体――なんと……! 」
老婆は影を見た瞬間顔色を変え、斜視の瞳を大きく見開いた。
「……ふん、そういうことかね。ダストン! ダストンこっちへ!! すぐにこの男を村へ! 」
「へーい。そ……相談役! 男って……この真っ黒の奴をかい!? 」
「つべこべいわんとさっさと運ばんか!! 」
「ひっ! わかったよ! おーい! みんな、相談役がこいつを村に運べってよ!! 」
影の男は、村の男たちに抱きかかえられて連れていかれた。
「おばぁさま……ありがとう、ありがとう! 」
「ルル、後でしっかり何があったか聞かせてもらうよ」
村人たちは、冒険者たちに囲まれながら村へと帰っていく。
こうして小さな村で起こった前代未聞の大事件は終息を迎えた。
――かに思われた。
その日、小さな村をモンスターの群れが襲った。