はんごんじゅにく
もうちょっと。
「……俺も、キースも下半身がな……動かねぇんだ」
「おそらく……もう、長くない。エンキス、後は頼んだ」
寝ころんだまま、冷静に二人がしゃべる言葉の意味が皆理解できなかった。
「お……おい、何を言っているんだ? 冗談はやめろよ」
震える手で、エンキスがキースとガランに触れる。
「……こういうことだ」
エンキスが触れたガランの腕が、ゴロリと地面を転がる。
繋がって見えていたのは薄皮一枚だけで、内部はまったく繋がっていなかった。
さらに、キースの腰部分も薄い皮膜を破って出血が始まっていた。
「そ……そんな……ルル!! あんた手を抜いたんでしょ!! 今すぐこいつらに魔法をかけなおして!! 」
「……ごめんなさい。私の魔法は、成功してます……。エンキスさんが回復したことで分かりますよね……?」
「マール、やめろ。そいつはよくやったよ。足りなかったのは俺らの気合いだ。そいつを責めんじゃねぇ」
「だ……だって! いや、嫌よ!! 私は認めない!! だってみんなで……みんなで冒険者として名を挙げて、ヒューマンでも……幸せになれるんだって!! なってやるんだって頑張ってたんじゃない!! あと少しだったのよ!! あと少しで私たちの国が……!!! 」
ガランが虚空を見つめたまま、泣き叫ぶマールを窘める。
「辛かったなぁ……子どもの頃からヒューマンってだけで蔑まれて……そこからだんだん冒険者として名を上げるごとに周囲の目が変わっていって……ようやくこのミッションで、世間の目がひっくり返るところだったのにな……」
ガランの言葉に、キースが目を閉じて思い出に浸るかのようにうなづいた。
「エンキス、我々は途中でリタイアする。あとはお前たちと……お前らの子どもで俺たちの夢を背負ってくれ。私に後悔はない……ルル、気に病む必要はない。お前はよくやったよ。生存者がいることを……誇りに……」
だんだんと声がかすれていく。
「ま……待て! ダメだ! 俺を置いていくな!! いつも一緒だって! 一蓮托生だって孤児院で誓ったじゃないか! 」
大粒の涙を流しながら、エンキスがガランの体を抱きかかえた。
胴体の薄皮がブチぶちと千切れ、下半身が地面に取り残される。
「ウオオオオオーーーーー!!!! 」
ガランを強く抱きしめ、エンキスが虚空に吠えた。
その姿を見ながら、マールは地面にへたり込んでいた。
……嘘……嘘よこんなの……。絶対に誰も欠けることなく幸せになるって……そう誓ったじゃない。なんで、なんでこんなことに……。
マールは、まるで現実味のない目の前の光景が信じられず、ただただ呆然と見つめ続ける。
「全部……全部あいつのせい……? あいつが来てからすべてが狂った……そうだ。あいつは死神なんだ。あいつを、あいつを殺せば!! 」
「マールさん!? 」
突如、焦点の合わない目で茫然としていたマールが立ち上がり、走り出す。
「お前が! お前さえ!! 」
マールが走りだしたその先に転がっているのは、横たわる黒い影。
吹き飛ばされたのち、いまだピクリとも動かない影に、マールが追い打ちをかける。
――ゴッ
マールが勢いをつけて蹴り飛ばした体は、ゴロンと地面を転がりうつぶせになった。
晴眼を持つマールにも、黒い皮膜が取れて上半身が人になった姿が見えていたのだ。
ボロボロの男に、マールは尚も杖で殴り続ける。
「死ね!! 死ね!!! あいつらを! 私たちの夢を返して!! お願いだから! 」
ガンガンと、弾き返される杖に業を煮やしたマールが、呪文を唱え出した。
「エアーボム!! 」
マールの手のひらから打ち出されたのは小さな空気の爆弾。
高密度に圧縮された空気が、男の背中に当たり洋服を吹き飛ばす。
「エアーボム! エアーボム! エアーボム!! 」
それでも男には傷一つつけられない。
圧倒的な力の差が、マールと男の間にあった。
「なんでよ……それだけの力がありながら、なんで……」
崩れ落ち、泣き叫ぶ。
そんな彼女の姿を見つめ続けていたルルが、神妙な口調で声をかけた。
「マールさん……辛いでしょうけど……、2人の……最後を看取ってあげませんか……? 」
「い……いや、あいつらが死ぬわけない!! こいつを! こいつさえ殺せばあいつらは生き返るのよ!! 」
完全に錯乱しているマールを慰めるように、ルルは優しく抱きしめた。
「この人を殺しても……2人が回復することはありません……。私は……両親を目の前で殺されました。怯えて……最後に両親に差し出された手を、握ることが出来ませんでした。それは今でも夢に見ます。あの時、少しでも動ける勇気があれば……だから! マールさん、あなたは2人の最期を――」
ルルの説得が、突然途中で途切れた。
「なんで……! 」
「ヒック……ヒック……。……ルル? 」
大きく目を見開いた視線の先に転がっているのは、ねじれた棒状の物。
ルルがふらふらとその地面に転がる物に吸い寄せられていく。
「これ……まさか……いや、でもなんでこんなところに……? 」
ぼそぼそと呟くルルの言葉を、マールは聞き取ることが出来なかった。
震える手でその棒状のものを手に取ったルルが、勢いよく走り出しマールの横をすり抜けていく。
「な……なに……? なんなのよ……」
フラフラとマールは何も考えずにルルの後を追っていった。
もはや彼女は何も考えられないくらい憔悴しきっていた。
ルルは棒状のものを握りしめたまま、ぶちまけていた道具袋の中身を漁った。
……これがあれなら、出来る! 今の私でもあれを使えるはず……!
「どいて!! 今から絶対に私に話しかけないで! 一刻を争います! 」
ルルは、何事かと話しかけようとしたエンキスを突き飛ばした。
相当慌てているのか、何度も物を取りこぼしながら作業を進めていく。
ガランとキースにちらりと目をやると、2人はすでに意識を失い顔色も土気色に変わり始めていた。
……時間がない! お願い、間に合って!! 何のためにおばぁ様の厳しい修行を受けてきたの!! この角さえ! このユニコーンの角さえあれば出来る!!!
ルルが拾ったのは、ユニコーンの角。
人が立ち入れない、森事態が迷宮と化すほど魔素の豊富な森でしか出会うことが出来ないと言われる幻のモンスター。
その角には、一時的な魔力の増幅と、さらに周囲の魔素のコントロールを可能にする力があるとされている。
何度も何度も、ルルが修行中に読んだ本に載っていた伝説のアイテム。
時の権力者が追い求め、何百、何千人と言うハンターたちを未開の森へと送り込んでも手に入らなかったとされるアイテムが今この場にある。
奇跡……いや、運命としか思えなかった。
……この人達は、まだここで死ぬべき人たちじゃない!
無我夢中で、ルルは儀式の準備を進めた。
角の一部を削り取り、粉状にする。
それを一気に飲み干すと、残った大部分に持っていたインクで模様を描いていく。
「……できた! お願い! 神様!! 」
奇怪な模様の描かれたユニコーンの角を、地面に突き立て両手を瀕死の二人に向ける。
「今から大秘術、反魂受肉を行います! マールさんも二人に並んでここへ! エンキスさんは私の後ろに離れていてください! 」
「は……反魂受肉だと!!! 馬鹿な! アレは教会でも特に上層部の司祭しか……! 」
エンキスがハッとした顔をして、ルルを見た。
「そうか……ルル・オーディナル……。君はあの、聖女ネイラ・オーディナルの……! 」
「おばぁ様より伝授だけされて、一度も成功したことのない反魂受肉ですが……これさえあれば! 」
「しかし!! 」
「話はあとです! 始めます!! 」
エンキスの話を振り切り、ルルが呪文の詠唱を開始する。
「オーゲー グァレスマハ ブル ターレス エディヒンビス オ ムーア ディリス……」
ルルの呪文に呼応して、突き立てたユニコーンの角が金色に輝きだす。
さらに3人の体から周囲に銀色の粒子が溢れ、マールたち3人の周囲を回り出した。
「ルル……お願い、こいつらを助けて……」
2人のそばで祈りながら、小さくマールがつぶやいた。
「全てを描きし現身の女神よ、世界に溶けし命の父との契約において、この者達の魂に刻まれた真の姿を取り戻したまえ」
銀色の粒子が回る速度を速めていく。
いつの間にか出来上がったのは、銀色の竜巻。
天高く巻き上がる銀の竜巻は、3人の姿を完全に隠してしまった。
「す……すごい、こんなに密度の濃いアウラを見たのは初めてだ……! 」
やがて銀色の竜巻の中から、金色の閃光が漏れ出す。
そびえ立つ塔の窓が夜中に開いていくかのごとく、漏れ出す光がその数を増していく。
「|現化≪マーラー≫! 」
銀の竜巻がすべて消えると、周囲を眩いばかりの光が包み込んだ。
「……っ。どうなった……? 」
チカチカと瞬く目を擦りながら、エンキスが周囲を見渡す。
金色の光はすべて消え去り、周囲には静けさが戻っていた。
「ルル! 大丈夫か!? 」
目の前に倒れていたルルを見つけ、様子を伺うが気絶しているだけらしい。
エンキスはルルをその場に寝かせたまま、マールたち三人の元へと近寄った。
「息が……。息が……ある」
目を閉じ、倒れたままの3人の胸の辺りがゆっくりと上下している。
さらに、ガランとエンキスの体からは血が止まり、マールの腕が再生している。
ガランに至っては、エンキスが触れて落ちた胴と腕が地面に転がったまま新しい下半身と腕が生えていた。
エンキスはガランの剥き出しの局部に布をかけてやると、その場に腰が抜けたように座り込んだ。
「は……ははは……。ははははは! 」
大きく笑い声をあげたエンキスの目からは、大粒の涙が溢れつづけていた。