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原初の地  作者: 竜胆
1章
59/144

いやしのちから

すみません。諸事情で遅くなりました。

 


「あぁもう! ここ間違えてる!! 修行じゃ一度も間違えたことないのに。早くしないとあの人たちが……! 」


 ルルは焦っていた。

 修行では完璧に魔法を成功させていた彼女も、こんな緊迫した状況下での準備は初めてであり凡ミスを何度も繰り返してしまう。

 再びミスに気付いた彼女は、金色に輝く記号を別の記号に書き換えた。


 魔力を込めた杖で地面へと金色に輝く幾何学模様のようなものをガリガリと書きなぐり、道具袋をぶちまけて触媒を並べていく。


 ……あと少し! あと少しで準備が完了する!!


 作業の手を速めるルルの周囲からは轟音と苦悶の声が響き渡り、戦いの激しさが見て取れた。

 だが、そっちが気になりながらも手を止め視線を向けるわけにはいかない。

 この少女は、何よりも術を完成させることが自分がやらなければならない仕事だということを理解していた。


「よし、魔法陣は完成したわ。あとは……ムケラの実とカムロの枝を並べて……できた!! 」


 図形の中央に立つルルは、下からのまばゆい光に照らされ、風も無いというのに洋服が下から吹き上げる風に巻き上げられるかのように揺らめいている。

 ルルの周囲に、半径2メートルほどの巨大な金色の魔法陣が完成していた。


「エンキス! 準備できたわ!! 合図をちょうだ―― 」


 顔を上げ、エンキスを見上げた少女が見たものは眩いばかりの光だった。


 



「ぐあああーーー!! 」


 ガランが、とうとう影のスピードに付いていけず鋭い爪の一撃を食らってしまった。

 大きく削り取られる鎧。5本に裂けた鎧の隙間からは、血が滴れ落ちている。


「こっちだ化け物! 」


 キースがガランをかばうように影の注意をひきつける。

 だが、キースも攻撃の直撃は無いものの、掠っただけで出来る深い切り傷が無数に生じ無事とはいいがたい。


 ……せめてガランの傷が回復する間だけでも一人で耐えて見せる!!


 そう考えて気合を入れなおしたとき、唐突にそれは起こる。


「グ……ガ……!? 」


 突如、影の動きが鈍り苦しみだした。

 

「……やっとか。まさかここまで効きが悪いとは思わなかったが……」


 キースがちらりとエンキスの方を見て、頷いた。 

 そして、傷ついたガランを支えながら、苦しむ影に追い打ちをかけるわけでもなく離れていく。


「ぐ……キース、てめぇあいつに何したんだ? 」

「あぁ、気付いていなかったのか。毒だ。一匙でワイバーンを昏睡状態に陥れると言われる、俺が手に入れられる中で最強の毒を短剣に塗らせてもらった。奴が攻撃を避けようとしないもんでな。非力な俺では傷つけることは難しかったが、ガランがつけた傷を狙って当てていたからな。かなり時間がかかったがようやく効いてくれたようだ」


 ガランがキースに肩を借りながら影にちらりと目をやると、小さく痙攣しながらその場でうずくまっているのが見えた。

 

「……ふん、俺様の傷のおかげか。これならアレを使うまでもねぇんじゃねぇか? 」

「いや、それは無理だろう……あれだけ長時間切り続けてようやく小さな痙攣をおこしているだけだ。おそらくアイツは動こうと思えば今も動けるはずだ。何をしているエンキス……時間がないぞ! 」

 

「わかっている! 初めて限定解放するせいで調整に手間取ったが完了した!! 行くぞ! 離れてろ!! 」


 エンキスが呪文の詠唱を始めた。

 エンキスが構える杖の先端には、先ほどまで付いていなかった深紅の宝石がはまり込んでいる。

 親指の爪ほどの大きさだろうか。


 「古にとらわれし不遇の民よ、呪詛を吐き出す魔の石よ、その慟哭を解き放ち、全てを焼き尽くす炎と化せ 」


 呪文を唱えるエンキスの周囲に赤いオーラが立ち上っていく。


「限定解放。死炎!」


 エンキスが杖を前に突きだすと同時に、真っ白な火の玉が、ゆっくりとしたスピードで杖の先端から解き放たれた。

 火の玉はふらふらと、小さな子どもが投げたくらいのスピードで影へと近づいていく。


「グ……ガ……! 」


 影がその炎に気付き、無理やり体を動かそうとするのと同時に影の体に炎がぶつかる。


「エンキス! 準備できたわ!! 合図をちょうだ――」


 ――ッカ!!


 周囲に閃光が走る。

 音は無く、丁度顔を上げたルルもろとも、世界はホワイトアウトした。




「ん……なに……? 」


 瞼を閉じていてもわかるほどのまばゆい光で目を覚ましたマールが、状況の確認をする。


 ……腕がない。そうか、あいつにやられたのね。手当は済んでいる。この眩しい光は……何? あいつは……?


 一瞬で状況判断を終え、影の様子を見るために光源へと目を移す。


「っな!? ルル!! 打ちなさい! 早く!! 」


「マールさん!? 目が! 目が見えないの!! 」


「っく!! 」


 慌てたマールが見たものは、劫火に包まれつつも、目が眩んだエンキスたちに向けて水球を浮かべている影の姿だった。

 急いでルルの方を見ると、準備の完了した輝く魔法陣の中に目を押さえうずくまっている。

 

「私が照準を合わせるから!! 」


 ルルの元へとマールが駆け付けた瞬間だった。


 ――チュン!


 短く、甲高い音が聞こえたと同時にエンキスたちの体が崩れ落ちる。

 ある者は手足を落とされ、ある者は胴体が分かれた。


「エンキスーーーーー!!! 」


 バラバラと崩れ落ちる3人を見て、マールがヒステリックな声を上げる。

 

「な……なに……? 」


 ようやく視力が戻ったルルが見た光景は、地獄だった。

 バラバラに崩れた3人の体が血の海に浮かんでいる。


「ひっ……! い……いや! 」


 影はレーザーをエンキスたちにはなった後、崩れ落ちる3人を無視してルルの方へと近づいてくる。

 痙攣しながらガクガクと近寄ってくるその影の恐怖に負けたルルは、腰が抜けへたり込んでしまった。


 じわじわと、影が迫ってくる。

 

「まだよ……まだ生きてる!! ルル! 神聖魔法を打ちなさい!! なんだかわからないけど奴は今素早く動けない!! 今が! 今しかないわ!! 」


「いや……怖い……。むりよ……おばぁさま助けて!! 」

「しっかりしなさい!! 」


 取り乱すルルに、マールが平手打ちをした。

 パンッと乾いた音が周囲に響く。


「マ……マールさん……」

「いい? まだエンキスたちは生きている! あなたしかいないの! 神聖魔法で動きを止めてあいつらを回復させられるのはあなただけなのよ! 」


 マールがルルの顔をそっとつかみ、目を見つめながら言い聞かせる。

 その目には、まだ何も諦めていない力強い意思が籠っているのをルルは感じた。

 

 ……生きている? そうだ、まだだ! 今ならまだ3人の蘇生が間に合うかもしれない!!


「……はぁ、はぁ。ふぅ……」


 気持ちを切り替えたルルが、目を閉じ深呼吸をする。


 ……お願い、効いて。私はもう、後悔するのは嫌!

 

「神よ! 力を! 」


 短い祝詞をルルが口ずさんだ。

 金色に輝き発動までのスタンバイを完了していた魔法陣から光が抜けていく。

 と同時に、ルルの足から体へ、腕から杖へと光が伝わっていった。


「メノスファーガーレクス アブ オレーム」


 抑揚のない声で呪文を唱え終えた瞬間、杖から光の帯が無数に放たれる。


「これは……」 

 

 そのあまりの神々しさに、思わず見入ってしまったマールの口から感嘆の声が漏れた。

 金色に輝く半透明の帯は、5本、10本と数を増やしていきウネウネと生き物の触手のように周囲を漂い始める。

 オーロラのように周囲を照らしていた光の帯だったが、やがてその数が20本を超えると影方向へとその先端を向け一斉に向かっていった。


「グ……ガ!? 」


 ゆっくりとルルたちの元へ向かっていた影へ、光の帯がフワリと巻き付く。


「ギャアアアアーーーーー!!! 」

 

 それが影の体に触れた瞬間、耳をつんざくような悲鳴が周囲に響き渡った。 

 金色の帯に包まれた影の体表が、ボロボロと崩れ落ちていく。凄まじい苦痛なのだろうピンッと体が伸びあがり、まるで電撃でも食らった動物のようだ。


「やった……やったよマールさん! 効いてる! 私の魔法が効いてる!! 」


 その姿を見たルルが、杖を構えたまま歓喜の声を上げマールに振り返った。


「マール……さん? 」


 だが、マールは険しい表情のまま影から目を離さずに、じっと見つめ続けている。

 その額には汗が浮かび、心なしか呼吸が荒い。


「なに……? ひっ! 」


 再びルルが視線を向けたその先に、金色の帯が全身に巻き付いたまま、それでもなお前進を続ける影の姿があった。


「そ……そんな……」

 

 影の体は今もボロボロと崩れていき、金色の光の中で黒い皮膜が消滅している。

 しかし、影は前進を止めない。

 ガクガクと、壊れたおもちゃのような動きをしながらゆっくりとルルの方へと近づいてくる。


「ガ……ダ……ズ……」

「大人しく!! 消滅してなさい!! 」


 恐怖で動けないルルの脇を、紫色の風が吹き抜けた。

 マールが呪文を唱えながら、緑の光を帯びた杖を突きだし駆け抜ける。


「エア・インパクトーーー!! 」


 ここに来る道中にも一度だけ見た、マールの最強魔法だった。

 杖にまとった真空の塊を、ゼロ距離で相手へと直接ぶつける中級魔法。

 

 真空の塊に触れた相手はカマイタチに粉々に切り刻まれ、真空が消える衝撃ではじけ飛ぶ。

 道中でこれを食らった魔物はただのミンチと化していた。


 ――ボッ!!


「ガアァァァァァ!! 」


 真空空間が破裂したのと同時に、影が咆哮を上げる。

 その瞬間、咆哮ででた衝撃波とマールの衝撃波がぶつかり増幅した衝撃波がマールを襲う。


「きゃっ!! 」


 マールが吹き飛び、土煙を上げながらルルの隣を転がっていった。


「そ……そんな……」

 

 ルルはその場を動けない。

 自分が今、恐怖に負けてしまったら神聖魔法が中断されてしまう。

 そうなると、自由になった影に一瞬で首を跳ね飛ばされてしまうだろう。


「い……いや、こないで!! やだ……やだ! 」


 とうとう影は、魔法陣を踏み越えルルの目の前までやってきた。

 糞尿や汗、腐った肉のような異様な匂いがルルの鼻を突き、血生臭い吐息が髪を揺らす。

 影は、ルルの目の前に立ち腕を大きく振りかぶった。


「嫌ーーーー!! 」


 ルルがすべてを諦め、目を閉じようとした瞬間だった。


「ダジ……ダズゲ……」


 ボロボロと崩れていく、黒い皮膜の奥から人の顔が覗いていた。

 目の周囲だけ、ボロボロと崩れた場所から肌色の皮膚が見えている。


「ひっ! 」

 

「ドゲ……ゲデ……ダズゲデェェェ……」


 男はボロボロと涙を流し、歯を食いしばるようにしてゆっくりと振りかぶっていた手を差し出す。


「な……何……」


 黒い影がいつの間にか持っていた物は、黒い塊。


「こ……これを……取る……の? 」

「ア……ガ……」 


 影と同じく真っ黒になったそれを恐る恐る受け取ると、光りの帯に黒い皮膜が浄化され剥がれていく。

 ベリベリと皮のむけたそれは、小さな赤いバッグだった。


「な……何なの? これをどうしろっていうのよ……」


 恐怖に顔をひきつらせながら、ルルは何とかコミュニケーションを取ろうと試みていた。

 今ここで、こいつの機嫌を損ねたら一瞬で首を飛ばされてしまうだろう。 

 だが、何かの言葉を発しているように聞こえるが、それが何なのかわからない。聞き取れない。


「なに? なんて……言ってるんですか……? お願い、聞き取れないの」

  

「ダズ……だズげでぐだざイ!  」

「たすけて……助けてって言っているのね!? あなた、意思があるのね!? 」


 今度こそ、はっきりと聞こえた。

 この男は、助けを求めている。


「エアブラストーーーー!! 」

 

 ボロボロと顔の半分まで影が剥がれ落ちた男が、さらに何か答えようと口を開いた瞬間だった。

 後ろから飛んできた透明の塊が、男にぶつかった。


 ――ッゴ!


「きゃっ! 」


 ものすごい突風が吹き荒れ、男が後方に吹き飛ばされる。

 子どもに投げ捨てられた人形のように力なく吹き飛んでいき、地面に転がったままピクリとも動かなくなった。


「やった……やったわ! 効いた!! ルル、時間が無い! 早くこっちに!! 」

「え? え? 何!? 」


 突然ルルの手を取り、走り出したのはマールだった。

 何が起こったのかわからず混乱するルルを連れて、血の海へと走っていく。


「今のうちに! あいつが吹き飛んで動けないうちに回復を! こいつらを助けて!! 」

「わ……わかりました! 」


 慌ててルルは回復呪文の準備を行う。

 

 ……ひどい。エンキスさんは両脚を、キースさんは腰骨を綺麗に切断されてしまっている……。一番ひどいのはガランさんだわ。完全にお腹が上下に切り離されてる上に、両腕まで……。でも、即死じゃない。まだ息がある!!


「マールさん! 3人の切断された部位を綺麗に並べてください!! 私の回復魔法じゃ欠損部位の再生はできません。良くて切断部分の癒着です! しっかりと押さえてください!! 」


 指示を受けたマールが、血だらけになりながら3人のバラバラになった肉体を、パズルのように組み合わせていく。


「出来た!! これで良い!? 」


 真っ赤に染まったマールが、ルルの顔を見る。

 コクリとうなづいたルルは、瓶の薬品を飲み干すともう一つ小瓶を取り出して、3人に振りまいた。


 「大地の女神の祝福は、全ての傷を癒す! 」


 呪文を唱え終えたルルの手から、光が注がれる。

 それに呼応したかのように3人の体がまばゆいばかりの光に包まれた。

 切断された部位は一際輝きを放ち、ミチミチと体組織が結びつく音が聞こえている。


「ふぅ……魔法は、成功しました。この塩原でアウラが溜まってて良かった。あとは3人の回復力に期待するだけ……。もし傷の大きさにアウラの肉体化が負けてしまったら……もう、私ではどうしようも……」


「お願い……みんな……! みんなでヒューマンの名誉を挽回するためにこんな辺境の地まで泥をかぶってやってきたのよ! このまま死んでしまったら……ただの禁忌を犯したヒューマンだって……やっぱりヒューマンはって言われるのよ!! みんなで笑って暮らせる世の中を作るんでしょ!? 起きなさいよ!! 」


 ボロボロと涙を流しながら、マールが3人に向かって叫ぶ。

 するとどうだろうか、ピクリとキースの体が反応を見せた。

 

「ぐ……あぁ……キーキーとやかましい女だな……」

「まったく……おちおち寝ていられない……」


 最初に声を上げたのは、いかにも生命力の溢れているガランだった。さらにキースが薄っすらと目を開いた。

 

「ガラン!! キースも!! 」

「よかった……! よかった……」


 重症だった二人が意識を取り戻したことで、ルルが涙を流しながらホッと息を吐いた。

 

「二人とも……すまなかった。我々が不甲斐ないせいで……」

「エンキスっ!! 」


 血の気の足りない真っ青な顔のまま、2人に謝りながら起き上がったエンキスにマールが抱き付く。


「馬鹿! バカバカ! 私にプロポーズしといて何勝手に死にかけてるのよ!! 」

「すまなかった……」


 エンキスの胸でぽろぽろと涙を流しながらポカポカと胸を叩くマールに、困ったような笑顔を見せながら頭をなでるエンキス。


 ルルはその二人の姿を見て、少しうらやましく思った。

 彼女もまだ少女とはいえ、年頃の女の子なのだ。だが、そんな自分に気付いた彼女はハッとなり顔を赤らめながら二人から目をそむけた。



「いい加減泣き止んでくれ、俺たちが倒れている間に何があったのか、大体はわかるんだが改めて説明してくれないか? 」

「ヒックヒック……えぇ、そうね。ごめんなさい。もう、キースもガランもいつまで寝ころんでるのよ! さっさと起きなさい! 」


 我に返ったマールが、自分の失態に気付き二人に当たり散らす。


「……すまん。そりゃ無理だ」

「え……? 」


 全員の、動きが止まった。


呪文関係は、後日変更する恐れがあります。

イマイチしっくりきてないので……。


じゅ、呪文が思いつかなかったから遅くなったとかそういうことじゃないんだからねっ!

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