へんけい
10・11
少し修正
数分前に遡る。
「キース、回避特化のお前ならあの動きに付いていけるか? 」
エンキスが、隣に立っていたキースへと問いかける。
「……正直厳しいところだが、出来ないというわけではないな。だが、一発当たっただけで俺の防御力だとアウトだ。多少の時間稼ぎにしかならんぞ? 」
「そうか。……それでいい。お前の命を俺にくれ」
「……貸すだけだ。必ず返してもらうぞっ! 」
キースはそう言うや否や、ガランを吹き飛ばしなおもマールの腕を齧り続ける影へと走り出した。
エンキスが、倒れたマールのそばへ近よって何かを飲ませているのが横目で見えた。
肉体強化をとにかく素早さへとつぎ込んできたキースは、風のように影の横を通り過ぎる。
ザクっという鈍い音が聞こえたと思うと、キースの握っていた短剣が弾かれた。
「っく、やはり通らないか……。だが、十分だ! 来い化け物! 俺の動きに付いてこれるか!? 」
キースの刃が当たった瞬間、影の興味がキースへと移る。
影は食いかけのマールの腕を放り出すと、キースへ目がけて四つん這いになり3本足で走り出した。
「そうだ! 俺が相手だ!! 」
キースは影の繰り出す、ただの暴力を避け続ける。
ただ影は腕を振り回す、引っ掻く。それしか行ってこない。
……まるで癇癪を起した子どものようだ。
怒り狂い、ただ暴れる。
ギリギリの中キースが感じた影の印象だった。
チラリと周囲を確認する。
キースは盗賊だ。いついかなる時でも周囲の状況を把握し、冷静に一歩引いて考えることこそ自分の役割だと考えている。
限界ギリギリのこの状況ですら、キースは状況の把握に努めていた。
「ルル! 落ち着け! 思い出せ、破邪の矢は奴に効いていた!! お前の神聖魔法が頼りなんだ。ガランは無事だ! マールも腕が食われただけで生きている!! 目を開け! 俺たちが時間を稼いでる間に魔法を完成させるんだ!! 」
ルルは目をふさぎ、頭を押さえながらガタガタと震えていた。
この状況をどうにかできるのは彼女しかいない。
どうやら彼女へ声は届いたらしい。
ルルは再び作業の手を動かし始めた。
……よし、後は時間を稼ぐだけだ。確かにあの時破邪の矢は効果を発揮していた……。ということは、こいつはレイスじゃないにしてもそれに近い存在。中級神聖魔法を当てれば……!
ただやみくもに振り回される腕を見切りながら、キースが華麗なステップで避けていく。
だんだんといら立ちを募らせるかのように、影の動きはさらに乱雑になっていった。
影の動きが乱雑になればなるほど、キースが攻撃をかわすのはたやすくなる。
だが、それでも一発当たれば即死と言うプレッシャーはキースの精神力をゴリゴリと削っていった。
「っく! 無駄だ! いくらやってもお前の攻撃は俺には届かん! 」
そう煽っていた瞬間、キースは何かを踏みつけバランスを崩す。
一番周囲確認の大切さを知っていたはずのキースは、知らず知らずのうちに精神力と共に注意力まで削られていた。
踏んでいたのは、マールの腕。
あの影が放り出した食いかけの腕だった。
「――しまっ! 」
キースへと迫りくる影の暴力。
――ドォォン!
もうだめかと諦めかけた瞬間、影に向かって爆炎が放たれた。
一瞬目をやると、構えたエンキスの杖から細い煙が上がっていた。
爆発で一瞬影の動きが止まったのを利用して、キースが体勢を整える。
「くそがーーーーー!!! 俺はまだ負けてねぇぇぇぇ!! 」
さらに今の爆発音で、気絶していたガランが目を覚ました。
「ぐるるるるる……」
陣形を整え、守りを固めた3人の姿を見て影の動きが止まった。
低いうなり声を上げながら、3本の足を地面に付け姿勢を低くしている。
「すまねぇ! ついカッとなっちまって無駄に突っ込んじまった! 大丈夫か!? 」
ガランが先頭で巨大な盾を構えながら、二人に謝る。
「いや、大丈夫だ。お前が起きてくれて助かった。一つ気付いたことがある。よく聞いてくれ。あいつはレイスじゃないのはハッキリしているが、霊的存在であることは間違いない。だが、レイスと決定的に違う点がある」
「それは……? 」
「奴には質量がある」
キースが早口で捲し立てる。
「……どういうことだ? 」
「ガランの攻撃が通じるってことか! 」
キースの言葉に、ガランが質問を返しエンキスが反応した。
その言葉を聞いたガランが、慌てて大きく頷く。
「お、おう。俺も気づいてたぜ! あいつは俺を殴って吹き飛ばしやがった! レイスなんかのアンデッド族、ゴーストタイプは物を媒介してでしか物理攻撃を行えないからな。素手で殴ってきたってことはあいつは肉体があるぜ! 」
「あぁ、そういうことだ。ってことで今からガランには死ぬほど働いてもらうからな。ポーション飲んで体力を回復しておけ」
キースはポーチから小瓶を取り出すと、ガランに飲ませた。
「うげぇ、相変わらずあまったるい味だぜ。っぺ、ところであいつは何やってんだ? 」
ガランが顎で影を差す。
影はその場にうずくまり丸まっていた。
「さて……少なくとも、降参ってわけじゃ――来るぞ!! 」
地面にうずくまっていた影が、突然その場で回転を始める。
凄まじい勢いで縦に回転しだした影は、数秒間地面の上を空転したあとガッチリと地面を捉えものすごい速さで3人へと向かいだした。
体を丸めただけのボコボコだった球は、あまりに高速のため真球になっている。
「手の内を変えてきやがった!! 面白れぇかかって来やがれ! 」
ガランががっちりと盾を構え、黒の球を正面からとらえる。
――ギャリギャリギャリギャリ!!
鉄同士がこすれ合うような不快な高音が周囲に響き渡り、盾からは火花が飛び散る。
「ぐ……ぐおおおお!! なんてパワーだ!! 盾が持たねぇ!!! 」
ズリズリと後ろに押されていくガラン。
たまらずガランは盾を横に動かし、球を横に受け流した。
ものすごい勢いで横へ逸れた黒球は、大きく草原を回り込みながら再度ガランたちへと突っ込んでくる。
キースが放った矢はことごとく弾かれ、エンキスの炎の球はその素早い動きに追いつけない。
ガランは大きく削り取られへこんだ盾を投げ捨てると、背負っていたロングソードを手に取り地面に突き刺した。
「盾でダメならこれでどうだ!! 自分の回転で真っ二つになりやがれ!! 」
後ろからキースとエンキスが、ガランの体を支える。
――ギャーーーーーーーーン!!!!
黒球はそのまま正面からロングソードへとぶつかり、先ほどよりも高い音を発しながら回転し続ける。
「ぐううううう!! 効いてんのか!? 剣の方が折れちまいそうだ!! 」
全員が力を込めるが、徐々に押し返された剣がガランの体へと近づいていく。
徐々に徐々に、地面を切り裂きながら進んだ剣は、いつしかガランの股の下までやってきていた。
キースとエンキスは焦っていた。
このまま押し続けていたらガランの体にロングソードが食い込んでいってしまう。
だが、2人が力を緩めた瞬間、やはり黒球の押す力に負けて一瞬で剣がガランの体を真っ二つにするだろう。
「ぐうううううう!!! てめぇら!! 離せ!! 一緒に真っ二つになっちまうぞ!! 」
「俺たちが離したら、お前は一瞬で死んでしまうだろうが!! 諦めるんじゃない!! 」
「くそ……くそおおおおとまれえええええええーーーーー!!!! 」
祈るように、ガランが天に向かって大声で叫ぶ。
事態が硬直すること数分、何時間にも感じるほどの長い数分を耐え続け、皆の力に限界が訪れようとしていた時だった。
――ギャーーーーーギィーーーン……
ガランの股に剣が掛かると同時に、黒球と剣が擦れ合う音に変化が起こった。
ゆっくりと鈍い音へと変わっていき、とうとう黒球の回転が止まる。
「……ブハァ!!! くらえぇ!! 」
へたりこむ後ろの二人をかばうように、ガランが地面から抜いた歪に変形した剣で動きの止まった黒球を打ち返した。
うっすらと縦にラインの入った黒球は、地面をバウンドしながら転がり、バッと四肢を広げ地面にへばりつく。
「ぐるるるるる」
再び黒い影の動きが留まり、低いうなり声を上げた。
「ルルーーーーー!! 準備はまだか!? 」
地面にへたり込むエンキスが、ルルに呼びかける。
「待って! もう少しで陣が完成するから! あと少しだけ稼いで!! 」
ルルは焦りながら地面に幾何学模様を書き込んでいた。
神聖魔法は普通の魔法とは違い、呪文の詠唱だけでは成り立たない。
威力を上げれば上げるほど、複雑な手順と、準備が必要だった。
「っち! あと少しだってよ! もうちょい踏ん張るぞてめぇら! 」
キースとエンキスも、飲み干したポーションの空瓶を投げ捨てながら立ち上がる。
「しょうがないな……。こんなところで俺たちは躓くわけにはいかない。ヒューマンの地位向上のためにも、何としてでも龍種の素材を手に入れて帰らなきゃならないんだ。こんな奴に負けるくらいじゃ龍種討伐なんて夢のまた夢だ。アレを使うぞ。」
「お、おい! アレは……」
エンキスの言葉に、ガランが動揺する。
「心配するな。使うと言っても全開放まではしない。多少小さくなるかもしれないが、魔痕が残るほどではないはずだ」
「……致し方ないな。現状、それ以外に手がない。凱旋パレードは数年間のお預けだ」
「っち! しょうがねぇな! タイミングはお前が決めろ! 俺とキースで気を引いておく!! 」
そう言い放ち、キースとガランが影へと特攻する。
影を挟むようにして攻撃をする二人。
「なんだぁ!? こいつ形が変わらなかったか!? 」
攻撃を開始して初めて気づいた影の変化に、ガランが驚きの声を上げた。
影の口が、ハサミのように変形している。さらに腕には、太くて鋭い爪が伸びていた。
「あの顎に挟まれたらやっかいだぞ。気合で避けろ! 」
影はギチギチと気味の悪い音を立てながら、周囲を3本足とは思えない速さで駆け巡り、噛みつこうとして来る。
だが、キースとガランは絶妙のコンビネーションでお互いをサポートし合いながら交互に攻撃を引きつけ、後ろからの攻撃を決めていった。
――ガィン!
ガランが予備の剣で繰り出した一撃が、鈍い音を発しながら弾かれる。
「くそっ防御力が高すぎて俺たちの攻撃なんて屁とも思ってやがらねぇ! 」
影は二人の攻撃をまるで意識してないかのごとく、攻撃を繰り出してくる。
鋭い爪が繰り出す引っ掻きを、ごつい顎が繰り出す噛みつきを紙一重で避けながら、キースがガランを窘める。
「……落ち着け。好都合だ、このまま攻撃を続けるぞ! 」
「好都合ったってよぉ! こう硬くちゃ……えぇい、くそっ! 」
キースは多少の焦りを顔に浮かべている物の、安全マージンを十分にとりながら影の背中に短剣を突き立てつづけた。
その姿は、まるで何かを狙っている猛禽類のようだ。
「頼むぞキース……かならず、あの様子なら必ずその時が来るはずだ……」
ひたすらエンキスは待ち続ける。
自らの攻撃が最大限の効果を発揮できるそのタイミングを。