ほしくずのて
10・11修正。
最後のワンシーン、バッサリ展開が抜けてました。
突然シーンが飛んで混乱した方、申し訳ありません。
「ハァ! ハァ! ハァ! 」
意識が飛んでしまいそうだ。
苦しい。
でももう少しだ。だんだんオレンジ色の光が強くなっていく。
遠目では数人の影のようなものも見えている。
人だ。
あのシルエットは間違いなく人だ!!
人だとわかった瞬間、俺の感情が爆発した。
目から涙が溢れ出し、まともに呼吸ができない。
思わず足が止まりそうになるが、無理やり動かす。
本当に人がいたっ……! もう一人は嫌だ。
極限状態で、誰もいない状況になって気づいたことがある。
ひきこもって人とのかかわりを絶ったくらいでは気付けなかったこと。
大好きだ!! 人間が大好きだっ!!
俺はこんなにも人間が大好きだったんだ!
待ってろとげぞう、もう少しの辛抱だ。人さえいればちゃんとした薬とか獣医とかいるはずだ。
俺は絶対にお前を助ける!
人間はすごいんだぞ。いろんなものを作り出して、いろんな病気を治して、いろんな人と助け合って……
あぁ、人間ってなんて素晴らしいんだ。
なんで俺はこんなことに気付けなかったんだ。
見てろよとげぞう、どれだけ人間が素晴らしいものなのかを。
お前に助けてもらってばっかりじゃなくて、お前を助けて見せる!!
今度こそ……もらったものを返せるように……。
「もらったもの……? 」
俺は今、何を考えていたんだ……?
息が苦しくて意識がもうろうとしながら何かを考えていた。
もらった物ってなんだ?
いや、確かにとげぞうにはいろいろなものを貰ったけど……。
一瞬なにか妙な感覚に陥るが、今はそれどころではない。
もう、炎の揺らめきが遠目で確認できるほどの距離に来ていた。
「助けてくれーーーー!! お願いします!! 助けてくださいーーー!! 」
息も途絶えとだえになりながら、俺は大声を振り絞る。
言葉が通じるのかわからないが、こんな夜中に誰かが走ってきたら警戒されるかもしれない。
なによりもまずは穏便に近づいてとげぞうを診てもらうんだ。
「おーーい!! 」
だんだんと影が大きくなっていく。
……なんだ……?
あの影は……。
俺が近づいていく炎の脇には、影が4つ。
いや、5つ?
しゃがみこんでいる影が1つあるようだ。
たき火を背にしているため、表情が見えない。
ただ、その影の様子がおかしい。
どうも身構えているような様子だ。
それはそうか、こんな夜中に誰か来たら警戒くらいするだろう。
とにかくここは出会いが大事だ。
助けを求めているということを一番に出さなきゃならない。
槍はいったんここへおいて、何も持っていないことをアピールして近づくべきだ。
俺は槍を地面に置くと、両腕を上に向けながら近づいていく。
「怪しいものじゃありません! 連れが病気で死にそうなんです助けてください! おねがいしま――」
あぁ、これで俺のサバイバル生活は終了するんだ。
地球に戻れるかどうかわからないけど、とにかく安心できる場所に行ければもうなんでもいい。
村に着いたらなにをしよう……とげぞうと一緒に住める家を手に入れて……美味しい料理を振る舞ってやろう。
見知らぬ場所で辛いことも一杯あるかもしれない、でもとげぞうとなら何でも乗り越えられる気がする。
そのうち晶が村までやってきて、みんなで一緒に暮らすんだ。
そうだ、畑を作ろう。何かを育てて、自分の力で出来ることを確かめよう。
それで、出来た野菜を村の人と交換して、色々なつながりが出来て、助け合っていけば何でも出来るじゃないか。
俺の頭の中は、すでに村にたどり着いた後のことで一杯だった。
だから、俺は忘れていたんだ。
人間っていう生き物の二面性を。
刹那、銀色に輝く何かが俺の肩を貫いた。
「ギャアあああ!!? 」
熱い熱い熱い!!
肩が焼ける!!
何!?
撃たれた!?
薬で遮断されているはずの痛覚を無理やり呼び起される。
あまりの激痛に地面を転がりまわり、ようやく何が起きたのか周囲を確認しようとした瞬間にそれが起こった。
パニックになったまま見上げた人影の方向から飛んでくる、大量の火の玉。
ものすごい勢いでオレンジ色の光が近づいてきたかと思うと、その光は俺の視界全てをオレンジ色に染め上げた。
激しく轟く爆音、そして舞い上がる土煙。
その中で俺は――意識を保っていた。
……なんでだ?
なんでこうなる。
俺はただ、助けを求めただけじゃないか。
人って助け合って生きている生き物じゃなかったのか?
出会っていきなり銃で撃たれて火炎放射?
武器も手放して、片腕も無くて、助けを求めて来た相手への仕打ちがこれ?
なんなんだこれは?
これだけの爆炎の中だが、不思議とさっきの銃弾より痛くない。
パンパンと何かが弾けるような衝撃が俺の肌を伝わってくるのみだ。
ただ、明らかな敵意が火の玉に込められている。
――ギリ……
噛みしめた歯が、音を鳴らした。不思議と爆音の中でもその音がはっきりと聞こえた。
だから……だから俺はお前らが嫌いだったんだ……
利己的で排他的……お前らが優しいのは身内にだけ……。
仲間じゃないと判断したとたん、お前らは突然攻撃的になる。
……小癪な。
この程度の……
この程度の力で私を傷つけようというのか……
この私を……!!
……わた……し?
なんだ?
爆炎の中、意識がぐらつく。
心の底から溢れ出す怒気が、体を満たしていく。
心が……引っ張られる。
まずい、発作だ。
しかも、今までで一番でかい波が……俺の怒りを呼び水のようにして心の奥から……
「ぐ……ぐぎ……」
ダメだダメだダメだ! ここで怒りにゆだねねねねねたたたたたたたたた。
まずい、おお抑えがきかない。人を――殺したく……殺殺殺殺殺す。
「グガアアアアアア!!! 」
俺の体が、暴走を始める。
全身の筋肉が盛り上がり、一気に地面を踏み込んだ。
ボッという鈍い音を立て、爆炎が歪に変形する。
一瞬で爆炎の中を突き抜けた俺が最後に見たのは、驚き動揺する4人の姿だった。
「オラオラオラオラーーー!!! 」
詠唱が終わったエンキスの掌から、無数の炎の玉が放たれる。
それらは黒い影へと着弾した瞬間、眩い光を放ちながら大爆発を起こした。
「す……すごい! 」
ルルは神聖魔法を使う準備をしながら、横目でその光景を見て驚いた。
SDFのメンバーに、ある程度の実力があることはわかっていたが、正直これほどの大魔法を唱えられるとは思っていなかった。
これだけの爆発を引き起こせる魔法なら、上級に分類されるだろう。
間違いなくこれが、炎の魔術師エンキスの最大魔法だ。そう確信できるほどのすさまじさだった。
「すげぇだろ、これがあいつの切り札だ。タネは明かせねぇけど、あれでも中級魔法なんだぜ? ある特殊な条件が必要だが、俺たちが編み出したあれを食らって平気なやつは居ねぇ! 」
「あ……あれで中級…… 」
ガランの自慢げな言葉に、ルルは再度爆炎に目をやった。
爆発を起こした地点はもうもうと黒煙が立ち上り、勢いよく燃え盛る炎が周囲を明るく照らしている。
魔法のランク付けは、使用者によって威力が変わるため大雑把にしか決まっていない。
一般的に言われているのは中級魔法一つ使える魔法使いが入っているパーティなら、ベテランかそれに準ずる評価を受けることが出来る。
つまり、中級魔法が使えるということが、一人前かそうでないかのパーティの基準となっているのだ。
そういう意味で、SDFのメンバーは間違いなくベテランに分類される部類のパーティであった。
それだけのレベルである中級魔法を「あれで」呼ばわりするほど、今の魔法の威力はすごかった。
おそらくガランの言う、ある特殊な条件と言う奴のせいで、中級に分類されているのだろう。
「あの魔法の前に放った矢は……もしかして破邪の矢……? 」
「……よく知ってんな」
ガランが少し驚いた表情で、ルルをちらりと見た。
キースが放った銀色に輝く矢に、ルルは見覚えがあった。
いや神聖魔法の修行中、本で似たような挿絵を見たことがあった。
あれはたしか、処女の経血を混ぜた銀を霊山で1年間月光のみに当てて作られる、魔を射抜くと言われる矢だ。
あの矢も、相当珍しいもののはずだ。
そうそう持てるものではない。
ルルは、もしかしたらこのパーティの実力を過小評価しすぎていたかもしれないと考えた。
希少な破邪アイテムに、上級にも劣らない魔法、さらにそれらを惜しげなく開幕で使用する決断力。
このパーティなら、もしかしたら――
そう思った瞬間だった。
――ッボ!
布を叩くような鈍い音が聞こえたと思ったら、爆炎の中から黒い影が飛び出してきた。
「――っな!? 」
全員が驚愕の表情を浮かべる。
「む……無傷だと!? いや、むしろ禍々しさがさらに増した!? 何だこいつは! レイスじゃない!! こいつは別物だ! 」
焦った表情でエンキスが叫んだ。
黒い影は一瞬で距離を詰めると、マールへ体当たりをして吹き飛ばす。
「きゃっ! 」
一瞬で後方へ飛ばされたマールを追いかけ、黒い影が結界へとぶつかった。
ガラスを砕いたような音がして、一瞬で結界が砕けてしまった。
「きさまああああ! 」
慌てて追いかけるエンキスとキース。
だが、振り向いた影を見てその動きが止まった。
人型に近い、深淵の闇のような影が口に咥えていたのは、綺麗な紫色のマニキュアが輝く女性の腕だった。
影はまるで、骨付き肉を食べるかのようにムシャムシャとマールの肉を食いちぎっていく。
「てめぇぇぇぇ何やってやがる!! 死にさらせえええええ!! 」
「ま、待てガラン!! 」
エンキスの制止を振り切り怒号を響かせながら、その巨体からは信じられない速さでガランが影へと迫る。
――ッゴ!
その姿を見た影の口が、大きく横に裂けニタァと気持ち悪い笑みを浮かべる。
ネットリとした笑みを浮かべたまま、ガランを適当に振り回した手で吹き飛ばした。
「ぐおおおお!! 」
土煙を上げながら転がっていくガランの姿を見て、ルルは身動きが取れなかった。
……何!? 何なのこれは!?
やだ……怖い。あんなのに敵いっこない……!
私にしか多分見えていない……あの黒い影の奥底にあるのは何?
泣き叫ぶ人の顔……? 怖い怖い怖い怖い。
嫌だ、もう何も見たくないっ!
頼れると思ったPTが一瞬で半壊した。
その衝撃はルルを恐怖のどん底へと陥れ、頭が真っ白になっていた。
「ルル! 落ち着け! 思い出せ、破邪の矢は奴に効いていた!! お前の神聖魔法が頼りなんだ。ガランは無事だ! マールも腕が食われただけで生きている!! 目を開け! 俺たちが時間を稼いでる間に魔法を完成させるんだ!! 」
キースが影の攻撃を避けながら、ルルに叫んだ。
――そうだ、私しかいないんだ。呆けている場合じゃない。何も出来なかったらこのままみんな死んでしまう!
おばぁさま! お願い私に力を貸して――
SDFのメンバーが影に見えていたのは、単純に炎を背にしていたからってだけです。