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原初の地  作者: 竜胆
1章
56/144

ひと


 草原にやってきて初めての夜を迎えていた。


 火を起すことが出来ないため、何の準備もできずに夜を迎えてしまった。

 満月フィーバーは終わりを迎えたらしく、今日はいつも通りの青白い光がうっすらと辺りを照らしている状態だ。


 俺は発見した低木の茂みに身を潜めていた。

 昼間は何も襲ってこなかったが、夜になると凶暴になる生物なんかもいるかもしれないので念には念を入れて安全を確保する。

 

 今のところ、月明かりで見える範囲にいる動物たちの黒い影は、ゆっくりと歩いているくらいで俺を襲ってくるような気配はない。

 まるで影絵劇のワンシーンを見ているかのような幻想的な光景だ。


 一日中ボロボロのまま動き回ったためか、疲労困憊で食欲がない。

 俺は残り少ない水で丸薬を飲むと、低木に力なくもたれかかった。


「……丸薬も残りが少なくなってきた」


 薬の昂揚感でなんとかここまで動いてきたけど、正直このまま寝込んでしまいたい。

 だが、薬が切れるまでになんとか人里を見つけないと身動きが取れなくなる。

 でも一体どこまで歩けば人里があるんだ……。


 見えない未来への不安が常に付きまとってくる。

 歩いているときはまだいい。一度座ってしまったらとめどなく不安が押し寄せ、さらに疲労感と痛みから全く動きたくなくなってしまった。

 

 俺は不安に押しつぶされそうになりながらも、思考を切り替えようととげぞうの食事を用意することにした。

 とげぞうに塩味の熊肉を振る舞う。

 小動物に塩分はあまりよくない気もするが、少しだけこの感動を分け合いたかった。

 

 だが、匂いをフンフンと嗅いでいたとげぞうはプイッと肉から顔をそむけるとその場に丸まってしまう。

 

 やっぱ、あんまり塩分はよくなかったかな? 

 

 とげぞうが食べなかった肉を拾い上げ、食欲は無かったがもったいないので、自分で食べようとした時にとげぞうの異変に気が付いた。

 呼吸が荒く、丸まっているのではなく倒れこんでいる。


「お、おい! とげぞう!? 」

「きゅー……」


 とげぞうは苦しそうに一鳴きしたあとそのまま目を閉じた。


「具合悪いのか!? とげぞう、大丈夫か!? 」


 俺は慌てて薬草を取り出しすりつぶしてとげぞうに与えるが、一向に回復する様子がない。


 まじかよ、一体どうしたってんだ!? また病気の再発? でも、あの木も無いし今回調子が悪いのはとげぞうだけだぞ!?

 ってことは……本当の病気?? やばい、どうすればいいんだ!!


 俺は森からの脱出前から、とげぞうの様子がおかしかったことを思い出した。


 そういえば以前から食欲が落ちていた……。すぐに巣に籠りっぱなしになってたし……。

 くそっ! 気づいてたのに何もしてやれなかった!!  


 とにかく焦るだけで何もできないまま時間が過ぎていく。

 とげぞうの症状はだんだんと悪くなる一方で、目を閉じたまま苦しがっているが手の施しようがない。


 やがて、とげぞうの呼吸がだんだんと弱くなっていく。


 自分の疲労のことも忘れて、俺はパニックになった。

 俺はとげぞうをバッグの中へとそっと入れると、慌てて走り出す。


 自分でもどこへ向かっているのかわからない。

 ついさっきまで全身に力が入らずに二度と動きたくないと思っていたのに、とげぞうが危ないと思った瞬間心臓が爆発を起こしそうなほど回転数を上げ、むやみやたらに俺の体を動かした。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 何か、何かないのか!?

 

「とげぞうが死にそうなんだ! 頼む、誰か助けてくれ!! 」


 俺は泣きながら暗闇に向かって叫び続ける。


 もう俺は二度と大事なものを失いたくないんだ!

 血でも肉でも、俺がやれるものなら何でもくれてやる!

 頼む!! とげぞうだけは俺から取り上げないでくれ神様!!


 心臓が爆発しそうになり、肺がねじれそうなほどの痛みを発しながらも俺は走る足を止めない。

 いや、止まれない。

 止まったら、二度と走れない。

 気力だけで動かせる体の許容量を、オーバーしつつあった。


 俺の祈りは、初めて神に通じたのかもしれない。

 ひたすら薄暗い中を走り続けた視線の先、黒と紺色の地平線の真ん中にオレンジ色の光が見えた。


 かなり遠く暗く続く草原の向こうに明かりが灯っている。

 

「火だ……火の光だ! 」


 距離はかなりあるが、あれは間違いなく火を焚いたときの光だ。


 もしかしたら、あそこに人が居るかもしれない!


 俺は限界を超えていく体に鞭を打ち、走り続ける。

 











「ふぅ……」


 ルル・オーディナルは、その日何度目かのため息をついていた。

 少し離れた場所では、臨時のパーティメンバーであるスターダストフィンガーズの面々が下品な笑い声を上げながらたき火に当たっている。

 

「おぉい、ルルもこっち来て一杯やらねぇか? そんなところで一人ふてくされてたって今更戻れねぇんだから、親睦を深めようぜ親睦をよぉ! 」

「…………」


「おい、返事ぐらいしたらどうなんだ? せっかく声かけてやってんじゃねーか! 」


 だが、彼女はそんな誘いに返事もせずに星空を眺めつづけている。


「おい、彼女にかまってやるな。我々が無理やり連れてきてしまったんだからほっといてやれ」


「っち。へいへい、まったくリーダーは相変わらずお堅いんだからよぉ」


 ルルはそんなやり取りにも全く反応せず、彼らから距離を取り続けていた。

 いま彼女に絡んできた大柄の粗忽そうな男の名はガラン。パーティの盾役を務める戦士だ。そしてそれをたしなめたのが、パーティのリーダー役で炎の魔法使い、名をエンキス。華奢な体つきだが顔はきりっとしており、単発の赤毛が特徴的な男だ。


「しかしエンキス、ガランの言うことも一理あると思うぞ。確かに無理やり連れて来てしまったのは悪かったがここは危険な場所なんだ。いくら簡易結界を張ってあるとはいえ離れているのは危険だし、親睦を深めることは悪いことではないと思うのだが? 」


「そうねぇ……私もキースとガランの意見に賛成かな? ルルちゃんもそろそろ機嫌を直してこっちにいらっしゃいよ」


 エンキスのおかげでそっとしといてもらえると安心した矢先、思わぬガランへの援護射撃が割り込んできた。

 彼らもスターダストフィンガーズのメンバーである。先に硬い口調で発言したのが盗賊のキース。そしてパーティの紅一点、妖艶な紫色の髪をした風の魔法使いマール。


 彼ら4人が本来のスターダストフィンガーズのメンバーである。

 

「遠慮します。自分の身は自分で守りますし、自分の仕事はしっかりこなしますので私にかかわらないでください」


 ここでようやくルルが重い口を開いた。

 このまま黙っていてもめんどくさいお誘いが続くだけだと判断したためだ。


「っち、勝手にしやがれ! お子様なんかと飲んだってこっちだってつまんねーんだよ! 」


 ルルの冷たい返事に、ガランがふてくされてしまった。


「おい、いい加減にしろ。明日も早いんだ、そろそろ寝るぞ。なんてったってこのエリアは俺たち冒険者には年に一度しか解放されないんだ。多少無茶してでも明日は先に進むから覚悟しろよ」


 呆れたエンキスが立ち上がりながら、皆に声をかけた。


「へいへい、おら、キースお前が最初の見張りだろ? 居眠りすんじゃねぇぞ」

「私は誰かさんと違ってそんなへまはしない。ガランこそしっかり自分の番になったらすぐ目を覚ましてくれよ。起こしに行く度に寝ぼけて抱き付かれてたんじゃいくら体があっても持たないぞ」


「いやーん! ガランったらそんな趣味だったのー? おねぇさん身の危険をか・ん・じ・ちゃ・う! 」


「黙れ! ばば――」


 いつも通りの騒がしいやり取りが始まろうとした瞬間、エンキスがそれを遮ぎる。


「いい加減にしないか! さっきも言ったがこのエリアはそうそう気軽に来れないんだ! ただでさえ今日しか入れなかったはずの場所を無理やりキャンプを張って延長しているんだぞ。我々に失敗は許されないんだ、規律を破った我々が来年もここへ入れるとは限らない。気を引き締めろ! 」

 

 エンキスたちは、期間限定で冒険者へと解放されるこの危険区域、≪世界新山≫第一階層「塩原」へとやってきていた。

 本来このエリアは、神聖な場所とされて麓の村の住民しか入ることを許されていない。

 だが近年、資源の独占と管理不足をギルドや近隣諸国から指摘されたことにより、年に一度だけ選ばれた複数グループの冒険者だけが村のお付け目役を同伴することで入山を許可されるようになった。

 

 そして、今年の入山許可を勝ち取ったのがこのスターダストフィンガーズであり、村のお付け目役がルルというわけだ。

 入山許可を得た冒険者が行えることは、その日1日限りにおいて許可される塩の採取、周辺のモンスター討伐である。


 その日得たものは丸まる冒険者たちのものになるため、希望者が後を絶たないが、「塩原」は奥へ進めば進むほど凶悪なモンスターが増えることで大変危険な地とされており、その難易度は10段階に分けられた4段階目に位置する。ちなみに村人たちは比較的安全な一番浅い場所で塩の採掘を行っている。そこだけなら危険難易度は1程度のものだ。


 そんな場所でキャンプをしている。それはつまり、一日限定という規律を破っているということ、そして決してこの場所が安全な場所ではないことを意味している。

 それでもこうやって、酒を酌み交わし馬鹿騒ぎ出来るのには理由がある。

 キャンプ周辺に円を描くように突き立てられた杖、これは危険区域でのキャンプを可能にするための簡易結界だ。

 使い捨てで一日しか持たないが、よっぽどのことがない限りモンスターたちは中に入ることが出来ない。


「……ふぅ」


 ルルはエンキスたちのやり取りを見ながら再び深いため息を吐いた。

 彼女は今年始めてお付け目役の大任を任されたばかりなのに、とんでもないトラブルに巻き込まれてしまっていた。


 村の相談役の孫であるルルの見た目は、14歳くらいだろうか。

 綺麗な銀色の髪をした、どこにでもいそうな少女である。

 

 そんな彼女は、代々村で受け継がれてきた「塩原」の知識を叩きこまれておりこの若さでのお付け目役就任は村にとっても快挙であった。

 ルル本人としても、将来的には村を出ていくつもりだったが周囲にほめたたえられるのは悪い気のするものではなくつい調子に乗ってその役目を引き受けてしまった。


 午前中はうまくいった。

 スターダストフィンガーズのメンバーは、さすがは入山許可を勝ち取っただけはありしっかりとした実力を持っていた。

 普段村人が塩を採取する場所に生息する程度のモンスターはすぐに討伐してしまい、どんどん奥へと歩みを進める。


 そのサクサクと順調に進む姿にルルは油断してしまったのだ。

 気づいた時には、その日に村へ戻れるような時間では無くなってしまっていた。

 そこで初めて、ルルはこのメンバーがもともと一日で下山するつもりがないことを知ったのだ。


「今すぐ下山します! 何を考えてるんですかあなた達は! 村に戻ったらすべてのことを報告させてもらいますからね」


「あぁ、村に戻ったらすべて私たちの責任にしてくれ。だが、ここから君ひとりでは戻れないはずだ。そして我々はまだ下山するつもりはない。君は我々に付いてくるしかないんだ。我々には君の知識と、魔法が必要だ。無理やりになって申し訳ないがどうか協力してもらえないだろうか」


 そう言うエンキスの口調は紳士的なものだったが、その内容は完全に脅しだった。

 協力しろ、さもないとこの危険な区域に放り出すぞ。と、そう言っているわけだ。

 生き抜くすべをある程度叩き込まれているとはいえ、14歳の少女がこんな場所に放り出されて生きていけるわけがない。


 結局ルルはこの要求を断ることが出来ず、今に至る。


 ルルは自分の迂闊さを呪っていた。

 村でちやほやされて調子に乗っていたことから始まり、パーティの強さにも安心しきってしまっていた。

 

「……ふぅ」


 何度目かわからないルルの溜息は、薄暗い闇夜の中へと消えていった。



 深夜、ルルは強烈な悪寒で目を覚ます。


 ――何!? 何かが来る……とてつもなく禍々しいなにかが……!


 ルルがテントから這いだすと、見張りのマールが緊張した面持ちでこちらを見た。


「ルルちゃん、あなたも気づいた? ってことはあなたも晴眼の持ち主なのね……。いったいこの気配はなに? こんな気配感じたことがない。まるで怨念の塊のような気配がこちらに近づいているわ」


 ルルが気配を感じた方向へと目を向ける。

 マールは他のメンバーを起こしにテントの中へと入っていった。


 ルルの目は特別製だ。人類の中にまれに生まれる、晴眼という普通の人とは違う目をもって生まれた。この目は夜目が効き、人とは違うものが見える。今ルルの頭上に浮かんでいる物もその一つだ。巨大な青い月。


 これはどうやら普通の人には見えていないらしい。そしてこの巨大な月がみえるおかげで、月の光が周囲を照らし、普通の人よりも夜目が効くのだ。


 その巨大な月に照らされた、薄暗い草原の彼方をじっとルルは見つめる。 

 悪寒が止まらない。


 やがて起きてきた他のメンバーも異変を感じたらしく緊張した面持ちでルルに話しかけてきた。


「おいルル、一体何が起こっている? なんだか妙だぞ。周囲に全くモンスターの気配が無くなった。静かすぎる。どういう状況なんだ? 」


 エンキスに問いかけられるが、ルルとしても何と答えればいいのかがわからない。


「わかりません、こんなことは初めて……。言い伝えでもこんなことは聞いたことが無い……これは高位の……レイス? 」


 その言葉を聞いたメンバーの間に、戦慄が走る。


 レイス、それは怨念をもってこの世を彷徨い、生きとし生けるものを憎む存在。

 霊体であるその体は並大抵の剣では傷つけることができず、その高い魔法耐性から通常の魔法も碌に通用しない。

 ある特殊な戦い方ができる特化PTでなければ、中級PT程度の実力ではとてもじゃないが相手にするのは難しい。


「おいおい! マジかよ!? レイス相手なんて聞いてねぇぜ!! そもそもレイスってのは人や亜人なんかの怨念が集まって出来るモンスターだろ!? なんでこんな何もない平原に現れるんだよ? レイス相手じゃ俺は手も足も出せねーぞ!! 」


 あの豪快なガランが、顔を真っ青にして騒いでいることからもどれだけレイスと言う存在が恐ろしいものなのかが伝わってくる。

 

「……ルル、お前神聖魔法が使えたはずだよな? どの程度いける? 治癒魔法がほしくて無理やり連れてきたから戦闘にまで駆り出すつもりはなかったんだが、今は使えるものは何でも使わせてもらう。それでいいよなエンキス? 」


 キースがそう冷たく言い放った。

 それに対して、苦い顔をしながらもエンキスがうなづく。

 

「我々に撤退はない……」


 そう一言だけ言い放ち、エンキスは黙って暗闇を見つめている。

 ルルはどうしようか一瞬迷いながらも、このまま何もしなければ全員の命が危ないという結論に達した。


「中級の神聖魔法までは何とか可能です。おばぁ様に叩き込まれましたので。ですが圧倒的に魔力が足りません。放てるのは一発か……二発。おそらくこの気配相手に初級程度の魔法では効果が無いでしょう」


 それを聞いた一同は驚きの表情を浮かべる。


「なんと……、神童だとは聞いていたが中級まで習得済みだとは思わなかった。そうか、一発……了解した。その一発は我々の合図を待ってくれ。出来る限り我々だけで何とか弱らせてみる。その一発が最大限に引き出せるように準備だけしていてくれ」


 エンキスがそう指示を出すと同時に、ガランがルルの前へと進んで来た。


「準備中のガード役は任せろ。俺の剣はレイスには届かない。だったら本来の役割、肉壁をやってやろうじゃねぇか。さっさと準備しろよ。俺はあいつらの盾もやらなきゃならないんだからな」


 ぶっきらぼうにそう言い放ち、ガランは盾を構えてルルの前に立った。

 

「……ありがとうございます。先ほどは偉そうに自分の身を守れるなんてすみませんでした」

「ふん。俺も悪かったな」

  

 ガランは一度もルルを見ることなく、荒っぽく返事をした。

 その姿をみたルルに、一瞬だけ笑顔が浮かんだ。

 

「――くるよ!! 」


 晴眼で平原を見つめ続けていたマールが叫んだ。

 ガランの陰で準備を進めていたルルが隙間から覗きこむと、草原の先からものすごい速さで黒いものが近づいてくる。


 ――あれは……なに!? いや、怖い……怒りが、怒りそのものがやってくる……!


「打て! キース!! 」


 その瞬間、キースが構えた弓から光り輝く矢が放たれる。

 

 こうして、開戦の火蓋が切って落とされた。


スターダストフィンガーズ、以降SDF

元希のいた世界新山の危険難易度

塩原難易度1~4。太古の森7~測定不能


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