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原初の地  作者: 竜胆
1章
55/144

のろいはつづく

すみません遅くなりました。




「さて……と、ここから俺はどうすりゃいいんだ……? 」


 正直、森から脱出することしか考えていなかった。

 とにかく森から脱出さえすれば、もしかしたら街とかあるんじゃないかと思ったんだが……。


「そんな気配全くないな……」


 見える限りに、文明っぽいものは何もない。

 ただどこまでも草原が広がり、所々にピンクっぽい色をした湖なのか池なのかよくわからないものが点在している。

 草原を割るようにして流れる川は、崖の上から落ちてくる滝に繋がっているので森の川がずっと続いているのだろう。


 正直血が全然足りなくて、思考力も低下している。

 これからどうしたらいいのかが全くまとまらない。

 誰かに相談したいところだが、頼りのとげぞうはといえば満腹になるとすぐに俺のボロボロのフードの中へもぐりこんで寝息を立てている。

 俺はふと、後ろの崖に目をやった。


 太古の森にあった崖と同じ岩質でできているその崖は、はるか高く垂直にそびえ立ちとてもじゃないが登れるような高さじゃない。


「……進むしかないよな」


 もうあの森に戻ることは無いだろう。

 もしかしたら、晶があの白い空間を脱出して太古の森に放り出されてるのではという考えが一瞬よぎったが、不確かなものをここで待ち続けるわけにもいかない。


 もしそうだとしたら、俺が脱出したことも晶は知っているはずだ。アイツも自力で脱出してくれることを祈るしかない。


 となると、ここにいつまでもいたってどうしようもないわけだ。

 それに、今見えているモンスターたちにいつ襲われるかわからない。

 

 遠くでは、巨大バッファローを平らげたワイバーンが再び大空へと飛び立ち、気持ちよさそうに旋回している。


 俺は土に埋もれた槍を拾い出し、土にまみれた熊の毛皮の一部を切り取りボロボロの洋服に巻き付けて補修をした。

 なんだかすげぇファンキーなマタギのようになってしまったが、ボロボロのままよりはマシだろう。


 左手が無いというのは思ってた以上に不便だ。

 何度も無くなった左手を使おうとして、腕が空を切った。

 左腕はかなり傷むが、丸薬のおかげだろうか。我慢できないというほどではない。


 新しい格好で軽く動いてみると、着心地は悪くない。思ったより暑くもないし、毛皮の癖になんだか風がよく通っている気がする。

 ゆっくりと時間をかけて準備を終えると、俺は瓦礫の山を後にした。


 草原に降り立つと、若草の瑞々しいにおいが俺の鼻をくすぐり、まるで北海道なんかの牧場にでもいるようなのどかな気分になった。

 周囲を見渡しても、モンスターたちは確かに弱肉強食の生命の営みを繰り広げているのだが、それもどこかのんびりしたもので殺伐とした雰囲気を感じない。

 

 そんなのんびりとした雰囲気の中を俺は歩き続けていた。

 ボロボロの体は悲鳴を上げ、杖を突いて歩くのがやっとだ。


「っく……。はぁ……、はぁ……」


 左腕が激しく痛み、丸薬を飲みなおす。

 これが無かったら歩くことどころか立ち上がることすらできなかったかもしれない。


 丸薬を飲んでいてもこれだけ痛むってことはこれが無くなったら……


 早いこと人が居る場所を探さなければいけない。

 だが、草原はどこまでも広がっており、ひざ下程度の丈しかない草が俺の足を取る。

 木や低木は所々に生えている物の、人が居る気配を感じない。


 森さえ抜ければすぐに人里が見つかるくらいにしか思ってなかったからな……。 

 

 正直見通しが甘かった。

 ただ助かったことに、森と違って草原の生き物は比較的穏やかなやつが多いらしい。


 時々俺のことを遠くから見つけて、じっと見つめている動物やモンスターもいたが、俺に近づいてくることも無く拍子抜けしてしまった。

 あの森の命のやり取りと比べると、ここはまるで天国だ。


「っていうか……なんか怯えられてる……?」


 俺の進む半径数十メートルは、常に生物が居ない。

 試しに他の動物に近寄ってみようとすると、俺の方を一瞬見た後自然と離れていくのだ。

 どでかい亀ですら、俺が近寄ってきたのを察知してカメらしかぬ素早い動きで離れて行ってしまった。

 そのうえで毛づくろいをしていたハーピーなんて、慌てて飛び立ったと思ったら俺の上に糞を落としていきやがった。

 

「なんなんだ……? 森の奴らが俺をしかとしたとおもったら、今度は草原の奴らは俺を避けるのか。まるでいじめにでもあってるみたいだな……」

 

 ふと、灰色の中学時代を思い出し陰鬱な気分になりかけた。

 

 いかんいかん、ただでさえ体がぼろぼろだってのに心まで疲れてきちゃったかな?

 襲われるより全然マシなんだ、今はこの平和を楽しもう。

 

 草原に点在しているピンク色の場所は、近寄ってみるとなにやらピンク色の細かい結晶のようなものが大量に集まった場所だった。

 俺はその結晶にピンとくるものがあり、指で少しだけ掬い取って舐めてみる。


「しょっぱい……塩だ。塩だ!!! 」


 口の中に広がる久しぶりの塩味で、俺の口の中は唾液の洪水を起こしていた。

 

 何度も指で塩を掬っては口の中へ運ぶ。

 一か月振りのその刺激は、まさに麻薬のような快楽を口の中へと生み出し舐めるのが止まらない。

 夢中で指をなめまわしていると、バッグの中に入れてある熊肉の干し肉を思い出した。


 今度は熊肉に塩をまぶしていただく。

 

「うま……。うまああああーーーーーーー!!!! 」


 熊肉の油と、塩の辛味が抜群に絡み合いマイルドで絶妙なハーモニーを醸し出す。

 ただ獣臭かった熊の干し肉から、塩味が甘みを引き出す。

 噛めば噛むほど食欲を増していくその風味はただ塩をまぶしただけの干し肉とは思えないほど濃厚だ。


「ぷはぁ……味があるってなんて素晴らしいんだ……。脳みそに電撃が走った気がしたよ……」


 塩分で渇いたのどを、水筒の水で潤しながら一息ついた。

 まだまだ食べたりない熊肉だが、持ってこれた数に限りがあるため食べきるわけにはいかない。

 とは言っても、あまりのそのうまさに想定より食べ過ぎてしまった。


「まだまだ先は長いかもしれないんだから温存しておかないとな……」


 この先食料を手に入れることが出来るのかわからないため、無計画に消費するわけにはいかない。

 狩りで肉の補給を出来ればいいのだが、正直呪いの件もあるためむやみに狩るというわけにもいかなかった。


 ……ただ、この呪いは森を出ても健在なのかどうかってことだよな……。日記では森が呪われてるってことで森のせいみたいになってたけど……森を抜けた今、俺は呪いが解けたのか? それとも呪われたままなのか?


 草原のモンスターや動物たちは、呪い特有の恨みを持ったかのように襲ってくるということをしてこない。

 やはり森特有のものなのかというと、そういうわけでもない気がする。なぜなら今も俺の心の奥底に何か熱いものが蠢いており、気を許すといきなり暴れ出してしまいそうになるのだ。正気を保っているために常に気を張っている必要がある。


「とにかく、呪われてるのか不確かな今、むやみに狩りを行わない方が賢明だろうな……」


 俺は食事をそこそこに、バッグの中に入るだけ塩を詰め込み立ち上がった。


 

「あ……まずい……」


 草原を歩き続けていた何気ない一瞬だった。

 突然意識が遠のいていく。


 ――ドクン。


 そして訪れるのは煮えたぎるマグマのような感情。血液が沸騰していく。

 赤いドロドロとしたものが俺の心を満たした瞬間、頭が真っ白になり俺の体が暴走を始める。


「ぐ……グガアアアアアアアア!!! 」


 天に向かって咆哮を放った俺は、地面すれすれに体勢を低くしたままものすごい勢いで走り出す。


 俺の頭の中は、この世の全てに対する憎しみで一杯だった。


 すべての視界が赤く染まり、激しく顔を振り回したように視界が乱れて物を認識できない。

 やがて俺は、ただ一つの事しか考えられなくなった。

 

 コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス……!!

 



「ゲホッ! ゲホッ!! 」

 

 突然正気に戻り、口の中に入ったままの肉を吐き出す。

 血の匂いがひどく、臓物のような臭みが口いっぱいに広がっている。


 気が付いたら俺は、顔を真っ赤にして肉の塊に頭を突っ込んでいた。

  

 発作が起こった瞬間から、今までの記憶はある。

 ただ、ずっと起こっていた出来事を見ていたというわけではない。

 意識を取り戻した瞬間、行ってきた記憶が入ってきたといった感じだろうか。


 記憶の中の俺は、猛烈な勢いで走り出し一瞬で食事中のワイバーンから獲物を奪ってしまった。

 人間とは思えない動きをしていた気がする。


 食事中だったワイバーンの喉笛に食らいつき、噛み千切ろうとした瞬間振り落された。ワイバーンはそのまま飛び去り、そのままワイバーンが食いかけていた巨大鹿の死体に頭を突っ込むと、無理やり樹液ゼリーに口を押し付けられたカブトムシのように内臓を食い散らかしていった。


「ひどい……」


 血を拭いながら改めて死体を見てみると、内臓のほとんどを食い散らかされあばら骨がむき出しになっている。


 だんだん症状がひどくなっている気がした。

 以前の発作は、意識がブレた後もずっとリアルタイムで自分がしていることを認識できていた。

 今回は完全に後になって記憶があるという状態だ。


 つまり、発作が起こっている最中は正気の欠片もない。

 

 これは危険な症状だ。

 今でこそワイバーンが反撃せずに逃げてくれたからよかったものの、他のもっと危険な生物に突っ込んでって返り討ちに遭うという危険性もある。


「町の中で発症なんかしたら……殺戮ショーが開催されちゃうんじゃないのか……? 」


 さらに最悪なのは、ようやく発見した町で暴れる可能性。

 下手したら大量殺人犯になってしまうこともあり得る。


「どうすればいいんだ……」

 

「きゅう……」


 俺が頭を抱えていると、少し離れた場所からとげぞうがトコトコと走ってきた。

 どうやら俺の言いつけを守って、俺が暴走した瞬間遠くへ離れていたらしい。眠っていたはずなのに敏感なやつだ。

 俺は不安な心をごまかすようにとげぞうを抱き上げると、そのまましばらくとげぞうの頭を親指で優しくなでつづけた。

 


 その日、結局俺はもう一度発作に襲われ、合計3回の発作に襲われた。

 そしてその3回目の発作で、運命が大きく動き出すことになる。




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