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原初の地  作者: 竜胆
1章
54/144

ふこうちょう


 黒い影が、くるくると回り踊っている。


「あはは! すごいわジョセフィーヌ! こんなにくるくる回る豆を落とせるなんて。とってもいい子ね」

 

 その声を聴くと、荒れた気持ちが和らいだ。

 あぁ、なんて幸せなんだろうか。

 こんな日がいつまでも続けば……。


 突如、黒い影が薄くなり、姿を消した。

 どこだ、どこへ行ったんだ。

 俺を置いていかないでくれ。


 いくら見渡しても、黒い影はどこにもいない。

 泣き、叫び、走り回っていると目の前に黒い影が現れた。

 そこにいたのか、探したんだよ。


 だが、ようやく見つけたと思った黒い影は、槍を持ち襲ってきた。


 槍に貫かれた俺は、黒い影の頬を一舐めすると世界は暗転した。




 ……。

 …………。


「……今のは……夢? 」


 気絶していたのは一瞬だったらしい。

 銀の煙が流れ込んできた瞬間、体の中に入ってきたのは力だけではなかった。

 

「龍の……記憶? 頭が……」


 思い出そうとするが、激しく頭が痛み思考がまとまらない。

 頭を押さえながら俺は立ち上がった。


 頭がガンガンする……くそ、一体何だってんだ。

 無性にイライラが止まらない。

 かと思えば、龍のことを思うと悲しさが込み上げて来て泣きそうになる。

 

「きゅー……? 」


 とげぞうが、フードの中で心配そうに鳴いた。

 

「大丈夫だ……大丈夫……。そうか、俺たちは……生き残ったんだよな? 」


 漸く考えがまとまり出した。

 そうだ、俺は生き残ったんだ。

 龍との死闘を潜り抜けて、ようやく俺は……森の外へと向かえるんだ。


 大地の縁に立ち、はるか下に見える森をのぞき込む。

 巨人が、森の中をものすごい速さで移動している様子しか見えない。

 龍が落ちた場所からは、すでにかなり遠くに離れてしまったようだ。

 

 龍のことを考えると正直手放しに喜べる気分ではない。

 後味の悪い勝利になってしまった。


「だけど……」


 あえて、これはあえてそういう気持ちじゃなくてもやらせてもらおう。

 感傷に浸ってる場合じゃない。

 卑劣なことをしても、心を弄んででも、とにかく生きたいという欲求を優先して、そして勝ち取った。


「うおおおおおおお!!! 勝ったああああああ!!!」


 痛む体を思い切り伸ばし、両腕を上げて叫ぶ。

 魂の咆哮。

 俺は、やり遂げたんだ。


「フシュ!! 」


 刹那、とげぞうが祝砲のように宙に向かって針を飛ばした。


 ――ザンッ!


「…………あ? 」


 黒いものが俺の視界を横切り、鈍い衝撃を感じた腕に目をやった。

 俺の左腕が、肘から先が無くなっていた。


「は……はへ……? 」


 間抜けな声が口から洩れる。


 な……なんだ?

 なんで俺の腕が無いんだ?

 この噴き出している赤いのは何だ?

 

「ぎ……ぎゃああああああああああ!!! 腕が!! 俺の腕が!!!! 」


 腕がないと認識した瞬間、激痛が走り腕を押さえながら転げまわる。

 無くなった腕をひたすら巨大な金槌で殴られ続けるような、地獄のような痛みで何も考えられない。


「ひぃぃぃぃ!! うでがぁぁぁぁぁ!!! 俺の腕がぁぁぁぁぁ」


 みっともなく叫びまわり、傷口を砂だらけにしながら転げまわる。

 

「フシュ!! 」


「ギャア!! 」


 突然、とげぞうの威嚇音と共に太ももに更なる激痛が走った。

 鋭いもので貫かれたような痛み。


 痛みが分散されたことで無理やり頭をハッキリとさせられた俺は、自分の太ももに何が起こったのかを理解した。

 とげぞうが、俺の太ももに針を飛ばしていた。


「な……何を……」


 痛みでボロボロ涙を流しながらとげぞうを見ると、とげぞうは俺の方なんて見ずにはるか上空に顔を向けている。

 ここでようやく、俺は自分の身の危うさに気付いた。


 巨人の周囲に、大量の怪鳥たちが集まっていた。

 ギャアギャアと不気味な声を上げながら、空を飛び回る黒い影。

 

「う……、俺の腕を食いちぎったのは……こいつら? 」


 必死に傷口を押さえながら上を見上げると、奴らは巨人の周囲を飛び回り俺のことをにらみつけている。

 巨人の腕に留まった怪鳥は俺のことを見つめながら、腹で笑っていた。


 この怪鳥たちの名前は、腹口鳥。

 図鑑によると、頭に付いたくちばしとは別に腹部に口がある鳥だ。

 足でとらえた獲物をすぐに体内へと取り入れるためにもう一つの口が発達したのではという推測が書いてあった記憶がある。

 

 奴らは普段、森の周囲を飛び回り、開けた場所に出てくる生き物をとにかく何でも食らおうとする。

 そのまま持ち運べる大きさなら一瞬で空へと連れ去り、空中で捕食する。

 持ち運べないほど巨大な相手なら、空から急降下したのち、その腹部に開いた巨大な口で着地と同時に肉を齧り取って再び空へと舞いあがる。

 これを何十匹、何百匹と言う群れで行うのだ。

 まさに森の死神。


 奴らに狙われた生き物は、すべからく不幸になる不幸鳥。


 ただし、奴らにも弱点がある。

 奴らは、目があまりよくない。

 いや、頭がよくないというべきだろうか。


 見える獲物にしか襲い掛からない。


「とげぞう!! 」


 ここまで思い出した俺が、とげぞうを呼び走り出す。

 腕がないとか足が痛いとか言ってる場合じゃない。


 とげぞうが飛ばした針を警戒している今のうちに動かなければ、この機会を逃せば一瞬で骨になる。


 俺は全力で手のひらの中央へと駆け寄ると、熊の毛皮の中へと潜り込んだ。

 俺が少しでも衝撃を和らげるために敷いていたあの緑の毛皮だ。


 姿を隠せる場所と言ったらあそこしかないっ!


 奴らは姿が見えなくなれば、諦めるはず。

 日記に書いてあったことを信じるなら、これで奴らは俺を見失ってくれるはずだ。


「はぁ……はぁ……」

 

 正直ほかにどうしようもなかった。

 目の前で毛皮を被ったぐらいであいつらが本当に諦めるかどうかすら怪しい。


 俺は毛皮の中へもぐりこむと、布団の中で怖がる子供のように丸まった。

 失血からなのか、恐怖からくるものなのか、体がガタガタと震える。


 頼む……!

  

 外の様子が気になるが、まずはそんな場合ではない。この血を止めなけりゃ、食われる前に失血死だ。

 急いでバッグの中から布きれを取り出すと傷口を縛り上げる。

 傷に近い場所で布をかた結びすると、その上に棒をはさみ、再びかた結びをする。

 この場合は、遭難時に持っていた万年筆を使う。

 その棒を捻るようにして布を巻き上げると、止血の完了だ。


 昔本で見た、緊急時の応急処置のやり方だった。

 これは使えると思ってことあるごとに遊びで縛り上げていたのが役に立った。

 とめどなく流れていた血が、止まる。

 

 俺はそれを確認すると、さらにバッグの中から薬草を取り出し傷口に発布する。

 その上からもう一度比較的清潔な布でぐるぐる巻きにした。

 最後に丸薬を飲み込んで治療は完了した。


 この間およそ1分。

 綺麗に手当てが出来ていないが、今はとにかく血を止めることが先決だったので仕方がない。

 すでにかなりの血を失ってしまって、頭がクラクラし始めていた。

 本来ならこれは10分ごとくらいにほどいてやって血の流れを作ってやらないと患部が腐るらしいが、あくまでもそれは病院でちゃんとした手当てが出来るという前提でのものだ。

 病院に行けない今、これをどうすればいいのか正直分からない。

 マニュアル通り10分ごとに一度ほどいてやるほうだいいのだろうか、それとも出血しないことを第一と考えてほどかない方がいいんだろうか。


 一瞬迷ってしまうが、頭を振って切り替える。

 それどころじゃない。今は先のことを考えるよりも今のことを考えるべきだ。


 俺は毛皮の隙間から、外の様子を伺う。

 俺が外を見た瞬間。

 

「……ひっ」


 腹口鳥と目が合った。

 カラスの濡れ羽色をした漆黒の体。翼には羽が生えておらず、蝙蝠のような皮膜があるだけ。

 プテラノドンのような巨大な嘴とトサカを持ち、その脇に焦点の合わない怪しく銀色に光る瞳。

 俺は慌てて隙間を閉めると、目を閉じ見つかっていないことを祈った。

 

 奴らは俺が消えた、巨人の手のひらへと舞い降りていた。

 突然消えた俺を探すかのように、ウロウロと動き回っているのが一瞬だが見えた。


 暗闇の中、10秒、20秒と時間が過ぎる。

 ギャアギャアという、耳障りな鳴き声だけが鳴り響いていた。


「大丈夫……か? 」


「きゅー……」


 ……どうやら見つかっていなかったようだ。

 それとも見つかったけどまた見失ったんだろうか。

 

 どちらなのかわからないが、とにかく日記に書いてあった通り腹口鳥は俺を見失ったようだ。

 何度か、毛皮の上に重みを感じて心臓が飛び出そうになるが、どうやら奴らが毛皮の上を歩いているだけだったらしい。

 

 ……これからどうしよう。

 

 まだ、巨人の動きも確認できていないってのに……。

 結局龍が死んだことで、巨人の動きは正常に戻ったんだろうか……?

 

 それとも俺がまだ乗ったままだから動きはおかしいまま?

 そうだとしたら、一体どうすればいいんだよ。


 マジで意識が朦朧とする。

 なのになんだか無性にイライラが止まらない。

 心の奥に寂しさと怒りがごちゃ混ぜになり、意識が持っていかれそうになる。

 気を抜いたら、突然毛皮を抜け出し暴れ出しそうだ。


「フーッ、フーッ……」


 自然と呼吸が荒くなっていた。


 そうか……これが第二段階の症状なのか……。

 怪鳥に襲われた今、俺の呪いの症状は第二段階へと進行したことは疑う余地がなかった。


 それはそうか、あれだけ巨大な龍から出た煙を吸ったんだ。小動物数十匹と言わないくらいの量の煙はあったんじゃないだろうか。

 登ってきていた煙は、まるで雲のようだった。


「ヤバい……血を……流しすぎた……」


 呼吸が荒い。

 吐き気が襲い、意識を保っているのがやっとだ。

 腕を失う以前から多量の出血をしていたのだから血が足りなくなるのは当然か。


 眠くなってきた。

 目が覚めたら、地球に戻っているなんてことは無いんだろうか。


 晶が俺のうちまで遊びに来て、夜中になるまで一緒に格ゲーして……

 100連敗くらいしたあたりで俺が半泣きになってゲームを変える。


 そんな日々に……。




 

  





 男は困惑していた。

 こんな事態は初めてだ。


 数百年、数千年と行ってきたいつもの作業。

 森の中に偶に作られる、異物を排除する仕事。


 それをいつものように済ませて、さっさと森の管理を行うはずだった。

 退屈な、いつものルーチンワーク。


 だが、今日その作業に異変が起こる。

 絶対に巻き込むはずのない生物が、掬い上げた地面の中に混ざっている。

 どうしたものだろうか。


 このまま捨てたら主に叱られてしまうのだろうか。

 長い年月同じ事だけを繰り返していた男は、自分で判断をする力を失っていた。


 結果、とりあえず後回しにするという選択肢を取った。

 勝手に落下してくれることを待つことにしたのだ。

 ただ、むやみに歩き回り時間が過ぎるのを待つ。


 やがて、生物は勝手に落下をする。

 男は思った。

 やはり私の判断は正しかったと。


 男の腐り果てた思考はそこで終わり、何故数百年起きなかったイレギュラーが今起こったのか、何故生き物が落下したのかを考えることは無かった。

 やがて男は、無人になった地面をいつもの場所へ破棄し、周囲を飛び回る黒い羽虫たちを追い払いながらいつもの作業へと戻っていった。 

 

 

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