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原初の地  作者: 竜胆
1章
53/144

ひとのこころ

長くなりましたが、龍視点はここまで。


 今はヘリ豆が飛ぶ時期ではない。

 龍は一気に活気づいた。

 あれは人為的に飛ばされた豆だ。


 あれを撃ち落とせば、メリルは私のことを思い出してくれるかもしれない。

 そうだ、姿形の変わった私をメリルは気づけなかっただけだ。

 あの豆さえ落として見せれば、またあの柔らかい笑顔を見せてくれるに違いない。


 そう思い慌てて追いかけようとするが、すでに豆は空の彼方へ飛んで行ってしまっている。

 龍は待つことにした。 

 メリルなら再びヘリ豆を空へ飛ばすに違いない。

 あれはメリルからの私への合図のはずだ。


 そう思い、空を見続けた。


 やがて満月の夜。空にヘリ豆が飛ぶ。

 いつ飛んでも素早く対応できるように待ち続けた龍は、すぐさま豆へ水を飛ばした。

 何百、何千と繰り返してきたその動作に一分の狂いもなく、龍の放った水は豆を捉える。


 さぁメリル! 私だ! 気づいてくれ!!


 だが、様子がおかしい。 

 撃ち落としたはずの豆が、落ちてこない。


 回転を止めて萎びたようにだらりとしたまま空高く上昇していく。


 まて! 待ってくれ! 


 龍はこの不可解な現象に慌てる。

 今までにこんなことを経験したことは無かった。

 慌てた龍は、上昇していく豆を追いかけた。


 無我夢中で大木を駆け上り、豆を追いかける。

 だが、そんな龍を置いて豆はどんどん上昇していく。


 とうとう豆は、龍が昇っている木よりも高く上昇してしまった。

 だが、無我夢中の龍はスピードを緩めない。


 それは、メリルに会いたいという一心、そして今までメリルの飛ばした豆に水を当てておいて、一度たりともキャッチし損ねたことは無いというプライドからの事だった。


 龍は木の頂上までいくと、その身を宙へと投げ出す。

 着地の事なんて考えてもいなかった。

 とにかく今なら届くはず。


 そう考えて空を舞い――

 小さな大地に顔が引っかかった。


 龍は混乱していた。

 豆を追いかけていたはずが、突然空に大地が現れた。

 これは一体どういうことだろうか。


 地面をよじ登り、周囲を見渡して驚いた。

 ここは、巨人の上だ。


 さらにその巨人の手のひらに、探し求めたものを発見する。

 影が、小さな大地の中央に立ち尽くしていた。


 こんなところにいたのか。ようやく見つけた。

 50年、50年も待った。姿は違ってしまったが私だよ。


 感極まり、顔をスリよせ近づこうとした瞬間だった。 


「ふざけんな!!」


 メリルが、今までメリルだと思っていた物が、低い声で激昂した。


 ……ちがう。

 これは……メリルじゃない。


 龍が恋い焦がれ、探し続けていた物は別物だった。

 さらにその影は自分に向かって槍を構え、戦闘態勢を取っている。


 龍は鼻で笑った。


 こいつは私にかなうつもりなのか。

 以前メリルの巣にいた奴もそうだった。

 ひ弱な影が粋がるなよ。


 私をたばかったことを後悔させてやろう。


 だが、その影が一度攻撃を始めると、龍の顔色は変わる。

 絶対に破られるはずがないと思っていた、自らの鱗をはぎ取られた。


 龍は考えを改める。

 そこからは、まさに死闘。


 所々で奇策を放ってくる影に、龍は翻弄された。

 焦っているそぶりを見せるが、こいつにはまだ手があるのではないか。

 そう思わせる戦いぶりだった。


 さらに、影が持つその槍。

 あれは、何かすさまじい力を感じた。

 今はまだその力を発揮できていないようだが、あれを解放されたら大変なことになる。

 お互いに決め手のないまま、戦いは激化していった。


 そしてその時は訪れる。


 思わず、影が落とした豆を反射的に撃ち落としてしまったのち、影の動きが変わった。

 何かを狙っている。


 そう思わせぶりな戦いに、龍は警戒心を最大に引き上げていた。


「あっちむいてえええええ!!!」


 影が叫ぶ。


 これか。これを狙っていたのか。

 愚かな、すでにこの技は破って見せたではないか。

 いいだろう、この技をやり過ごしてから貴様を食いちぎってやる。


 龍はこれまで同様、どっしりと地面に踏ん張ると口と目を閉じて衝撃に備えた。

 その瞬間。


「ハァイ、ジョセフィーヌ」


 信じられなかった。

 聞きたくて聞きたくて仕方なかったあの声が、凛としたあの声が龍の耳に鳴り響く。


 メリル!!! 


 慌てて目を見開いた龍が最後に見たのは、猛スピードで向ってくる針だった。





 ……暗い。

 何も見えない暗闇の中に龍は居た。


 苦痛に身をゆだね、暴れまわり気が付いたら暗闇の中にいた。

 メリル、メリルはどこへ行ったのだろう。


 あの声は確かにメリルの声だった。

 やはりメリルはあの場にいたのだ。

 あの影か。


 あの槍を持った影が、私のメリルを隠していたのか。

 影どもはいつも私からメリルを奪っていく。許さん、絶対に許さんぞ。


 龍の中に、消えかかっていた怒りが戻ってきていた。


 突如、龍の体に衝撃が走る。

 何か重いものが、龍の体に当たってきた。

 影が、龍を押し出そうと体当たりをしていた。


 もちろんそれは、龍には見えていない。

 だが、龍は見えないながらもそれを体で感じ取り、影を押し返す。


 気が付くと、龍は体の大半が空中にずり落ちていた。

 まずは体勢を整え、こいつを殺してからメリルを救い出そう。


 そう考えた龍は、全力を込めて影を押し戻す。

 力だけならまだこの影に負けることは無い。


 影が苦しそうな声を上げた。


 悔しいか……? 

 私はお前の何倍も苦しい思いをして、メリルを待っていたのだ。

 突然現れたお前にメリルを渡すわけにはいかない。

 たとえメリルがお前を選ぼうとも、私はあきらめるわけにはいかないのだ。 


 そう心の中で、龍が呟く。


「ジョセフィーヌ、私よ。ずっと探していたのよ? さぁ、おうちに帰りましょう」


 直後、心地よい声が再び龍の耳に鳴り響いた。


 あ……あぁ……メリル。

 やはりお前は私を探してくれていたのか。


 あぁ、そうだな。帰ろう、私たちの巣へ。

 毎日また豆を飛ばしておくれ。


 龍はすでに、正常な判断を下すことが出来なかった。

 正気と妄想が入り混じり、一瞬で妄想に入り込んだと思うと、すぐに正気に戻る。


 妄想から我に返ったのは、顎に強い衝撃が走った瞬間だった。

 脚が地面から外れ、強烈に顎を打ち付けたらしい。


 衝撃に驚き、見えるはずのない目を見開く。

 そこに立っていたのは、在りし日のメリル。


 アぁメリルようやくミツケタ。


 見えるはずのないメリルを見つけ、龍の顔がゆるむ。

 だが、その幸せな瞬間は一瞬で終わり、再び正気に戻った瞬間、最後の力を振り絞り影に向かって髭を動かす。


 どこからが夢で、どこからが現実なのか龍はもはや自分で判断が付いていなかった。 


 貴様にだけはメリルは渡さん!


 落下する瞬間、そこにいるはずの影に向かって髭を伸ばし、影に巻き付ける。


 ついに、全身が宙を舞い落下する。

 その髭の先には、影がしっかりと捉えられていた。


 ……メリル、最後にお前の声が聞けて私は幸せだった。

 私のわがままでこの影を道連れにすることを許してほしい。

 50年、50年も待ったのだから、これくらいのわがままを許してくれてもいいだろう?


 龍は、影がメリルを隠しているのだと本気で思い込んでいた。

 だからこそ、龍にはこの影にメリルを奪われるのが我慢ならなかった。


「もういいのよ、ジョセフィーヌ。50年も待たせてごめんなさい」


 そして、その声が聞こえた瞬間、龍は理解した。


 自分は、メリルに恋をしていたのだと。


 待ち焦がれ、怒りに狂い、嫉妬する。

 まるで、ずっと見続けてきた影たちと変わらない自分の心を知ってしまった。


 同時に、怒り狂いメリルを殺しかけたあの時の自分を思い出し、嫉妬に狂った今の自分と照らし合わせる。


 あぁ、私はまた同じ過ちを繰り返すところだったのか。

 龍は、髭に入れていた力を抜いた。





 落下していく中で、龍は夢を見ていた。


 それは幸せな夢。


 メリルにもらった暖かいものを、今度は龍がメリルに与える夢。


「メリル、幸せにおなり」





 

龍はすでに狂ってしまっていました。

人の心を手に入れたためです。

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