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原初の地  作者: 竜胆
1章
51/144

しゅうえん


 50年も待ち焦がれた龍の気持ちを考えると多少心が痛むが、俺だってそんなこと言ってる場合じゃない。


 命のやり取りをやってんだ。綺麗、汚いで命が拾えるならいくらでもドブを攫ってやる。


 絡まる蛇のように苦しみ、うねり、転がりまわった龍の体は、全長の3分の2ほどが地面からずり落ち、辛うじて頭から前足にかけてが巨人の手のひらに乗っているといった状態だ。


 しばらく暴れまわっていた龍は、ようやくその動きをゆっくりと落ちつけていき体勢を低くした地に足をつけた。

 その金色の瞳は、封じられたままだ。


「グルルルルルルル……」

「さて……、最後の大仕事だ」


 龍のパニックが収まり、再び地面を掴もうとしたところで俺は槍を放り出した。

 ここにきて、槍で串刺しを狙うなんてことはしない。

 鱗をいまさら一枚一枚剥いでいくような悠長なことをしてたら再び再生されて、視力まで回復してしまうかも知れない。


 ペッペッと、両手につばを吐きかけ手をこすり合わせる。

 万が一のことを考え、俺はバッグの中からイガイガの付いた木の実を取り出し、袖に潜ませた。


 落ち着きを取り戻した龍は目を閉じたまま、俺の気配を探っているような動きをしている。

 いや、探してるのは俺ではなくメリルなのかもしれない。


「さっきの続きをしようぜ。今度こそ負けねぇ」


 自分のキャラがなんだかおかしなことになっている気がするが、テンションが上がってしまったためだろうか。

 こんな熱血キャラではなかったはずなんだけどな。


 そう小さくつぶやくと、俺は全力で龍に向かって走り出す。


 全力で走る俺とどっしり構えた龍がぶつかり、まるで車同士の事故が起きた時のような、重いもの同士がぶつかるときの鈍い音が周囲に響き渡る。

 一瞬、一瞬だけ龍が怯み体が後ろへとずれ込む。


 ――いけるっ!


 だが、動きがあったのはその一瞬だけだ。

 龍は素早く地面に爪を立てると、体勢を整え俺との力比べを開始する。


 目が見えていないはずなのに、一瞬で何が起こったのか理解したらしい。

 夢ユリの花粉で、意識が混乱しているはずなのになんて精神力だ。


「ぐううううおおおおおおおおおおお!!」


 再び足の傷口から血が噴き出る。

 重い。なんて重さだ。これだけ、これだけ状況を作り上げてもこいつを押し出すことはできないのか。

 いやだ。負けたくない。


 龍が、その足にさらに力を込める。

 まだ……まだ本気じゃなかったってのか!?

 俺の足が地面を捉えきれず後ろへと下がり始めた。


「ぐ……ぐああああああああ負けるかああああーーー!」


 頭の血管がはち切れてしまうんじゃないかと思うほどの力を籠め、それを押し返す。


 だが、いくら力を籠めようとも踏ん張りの効かない足は地面をえぐりながら押し返されていく。


 いやだ……いやだいやだいやだ!!!!!

 これがダメだったらもう本当に手が無い!!

 死にたくない死にたくない死にたくない。


 刹那、俺に悪魔のささやきが聞こえた気がした。


 俺は藁をもつかむ思いで、声を絞り出す。

 血と汗まみれの体に全力を籠めたまま、それでも喉だけは必死に力を抜いて、細く高く声を紡いでいく。 


「ジョセフィーヌ、私よ。ずっと探していたのよ? さぁ、おうちに帰りましょう」


 その瞬間だった。

 龍の体から、殺気が消える。   


「グ……グルルルル……」


 龍は、メリルに会えたのだろうか。

 一瞬、厳めしい龍の表情が和らいだような気がした。


「うおおおおおおおおおおおーーーーーーー!!!!」


 すまん。

 俺は……生きなきゃならないんだ。


 龍の体がズリズリと後退する。

 そしてついに、龍の前足が掬い上げられた地面の縁を外れた。


「グルルル……ガッ!?」


 踏ん張る足が外れたことで、龍は顎から地面に激しく打ち付けられた。


 龍が、驚愕の表情でその瞳を開く。

 その時一瞬見えた金色の瞳は、針が無数に刺さったことで萎み、半分潰れていた。

 龍はその潰れた瞳で、何を見たのかわからない。


「わらっ……た?」


 龍の口元が少しだけ吊り上がり、笑ったような表情を見せた。

 首の力だけで全身を支えていた龍の体が、一瞬膨張する。


「グオオオオオオオオオーーーーーー!!!」


 龍は、一瞬だけ首の力で体を持ち上げた後――

 その姿は、空へと舞った。


 ――なっ!?


 その瞬間、俺の右腕に何かが絡みつき強烈な勢いで引っ張られる。

 腕がちぎれるかと思うほどのその強烈な力に、俺の体は簡単にバランスを崩し、舞台から転落した。


 視界がブレた瞬間、ヤバいと思い地面のヘリを掴もうとするも、一瞬の出来事で手が届かない。

 辛うじて振り上げた左手が、巨人の掬い上げてできた崖のような側面に触れるのがやっとだった。


「頼む!!」


 俺の手が崖の側面に触れた途端、激痛と共に体の落下が止まった。 

 突然ガクンという衝撃と共に、ものすごい力で引っ張り合いが行われ、俺の両腕がちぎれそうになる。


 下を見ると俺の腕に龍がぶら下がり、さらにその遥か下には深い森とそれをかき分けるようにして進む巨人の足が動いているのが見えた。


 巨大な龍の体重が、俺の腕にすべてかかっている。一瞬で腕がちぎれてしまわなかったのは肉体強化のおかげだろうか。


 地上約300メートルを、俺は宙吊りになっている。


「うあああああああーーーーー!! とげぞう!! とげぞうたのむ!!!」


 とげぞうがその声を最後まで聴く前に、フードの中から俺の腕に絡みついている物へと針を飛ばす。


 今の一言でとげぞうはすべてを理解してくれていた。

 お前は最高のパートナーだ。


 俺の手に絡みついていた物、それは龍の髭。

 片方を俺に切られ、残ったもう一本の髭を自在に使い俺の手に絡みつかせていたのだ。


 ギチギチと俺の腕を締め上げ、今にも両腕がもげてしまいそうだ。

 とげぞうの針が数本、その細い髭に突き刺さる。


 腕が引きちぎれそうなほどの苦痛に顔をゆがめながら下を見ると、龍は低いうなり声を上げながら俺のことをじっと見ていた。


 目が潰れて見えていないはずなのに、じっと俺のことを見続けている。

 いいものを見せてもらった俺に、空の旅をプレゼントってか?


 それとも、心を弄びやがって許さねぇってか?


 プツプツと、針が刺さってできた穴が龍の自重で広がっていく。

 無数の小さな穴は次第に大きくなっていき、すべてがつながる。


 いい加減、諦めろ。

 俺は何が何でも生き延びるんだ。

 50年、50年もの長い間この森で一匹でずっと待ち続けたお前を尊敬する。


 苦しいこともあっただろう。気が狂いそうにもなっただろう。

 そんな50年目にやってきたのがお前の心を弄ぶような糞野郎だったことを申し訳なく思う。


 だから、せめて最後には夢を見たまま死んでくれ。


「もういいのよ、ジョセフィーヌ。50年も待たせてごめんなさい」


 ――プツッ! 


 髭が切れるのと、龍の力が抜けるのはどちらが先だったのだろうか。

 俺の体は、重みから解放される。


 だらりと脱力したまま下を見ると、龍が俺のことをじっと見たまますごいスピードで小さくなっていった。

 奴は、最後の最後、森の中へとその姿を消すまで一度たりとも俺の方から目をそらすことは無かった。


 ――クオオオオオオオオン……


 龍の姿が森の中へと消えるころ、どこか悲しい誰かを呼ぶような鳴き声が耳に届いた。


 終わった……。

 これでやっと……すべてが終わったんだ。


 宙づりになったままの体を、腕の力で無理やり引き上げる。

 俺の左手は、壁に張り付いたままだ。

 強化された体を、自分の力で引き上げるのは容易かった。

 何とか右手で大地のヘリを掴むと、そのまま足を掛け、ズリズリと這い上がる。


 体を何とか地面の上まで上げると、今度は左腕だ。

 崖に張り付いたままの左腕を引き離せなければずっとこのままの体勢で居なきゃならない。


 俺は自由になった未だ締め付け跡の残る右腕を、必死に伸ばして槍を手に取った。


 その槍で、ゆっくりゆっくりと大地に縫い付けられた腕を引っぺがしていく。

 ブチブチという音を立て、穂先を入れた場所から手が剥がれていった。


 俺を土壇場で地面に縫い付けたこれは、マインマロン。

 日記に書いてあった、踏んだ相手に瞬時に根を張り、死ぬまで貼り付けにして養分にしてしまうという恐ろしい栗のような木の実だ。


 俺と、龍の体重を支えられるほどの強い根を引き離すのは容易ではない。

 きっとこの槍が無かったら、俺もこの場に死ぬまで縫い付けられていたかもしれない。


 龍を押し出したはずみで万が一落ちるということも考えて用意していたんだが……これが無かったらと思うとゾッとする。


 ブチブチと引きはがした腕や手には、切り離された根が毛のように肉から生えていた。

 瞬時に血管に潜り込み、腕と地面を縫い付けていたんだろう。


 最後の一本の根を切り終わり、上半身を起そうとした時だった。

 はるか下、森の中から何か白っぽいものが上がってきているのが見えた。


 月光に反射してキラキラと輝きながらどんどん上がってくるそれは、銀の煙。

 龍が絶命した証だった。


「あいつ……死んだのか……。すげぇ痛い……」


 腕も痛いが、心も痛んだ。

 ようやく体の全てを引き上げ終わると、俺は地面にへたり込む。


 達成感も、勝利の余韻も糞もない。

 ただ、全身が痛み、龍の気持ちを考えると心が痛んだ。


 その時だ、銀色の煙がもくもくと下から上がってきた。煙はあっという間に周囲を包み込み、俺の胸へと吸い込まれていく。

 凄まじい量の煙だった。龍の力を考えるとこれくらいの量が妥当なのだろうか。


 やがてすべての煙が俺の胸へと吸い込まれる頃、極度の疲労からだろうか、俺は意識を失った。




 

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