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原初の地  作者: 竜胆
1章
50/144

なりすまし


 龍はその小さな豆をしばらく咀嚼していたが、やがてそれをごくりと飲み込むと再び俺の方をにらみつけた。


 まだ持ってんだろってか……?

 残念だったな。大好物の豆は残り一個だ。

 お前にくれてやる分は残ってないんだよ。


 俺は再び龍に槍を構え、臨戦態勢に入った。

 とにかくいつまでも睨み合っていたって埒が明かない。

 俺にできるのは動き回って引っ掻き回して、隙をついて龍を押し出していくことだ。


 龍は自分の傷の具合を確かめるかのように、回復した鱗の場所を長い首を回して舐める。

 やがて傷が塞がっていることを確認した龍が、巨大な咆哮を上げる。


 ――グオオオオオオオオ!!


 ビリビリと空気が震え、思わず俺の体がすくみ上った。

 いくら体力が強化されたといっても、この咆哮を耐えることはできないらしい。


 俺の体が固まり、動きが留まった瞬間龍が動き出す。

 豆をよこす気が無い俺ごとかみ砕くつもりだろうか。

 さっきよりも激しい動きで、龍が俺に迫ってくる。


 間一髪体の自由を取り戻した俺は、転がりながら龍に向かって槍を振るう。

 相手を見ずにむやみやたらに振り回した槍は、虚空を切り――


 ――ギャオオオオオオオ


 突然、龍が苦しんだ。


 なんだかわからないがチャンスだ!

 その隙に俺は龍の前足を掴むと、一気に縁へと引っ張り戻していく。

 俺は全力で足を踏ん張り、引っ張っていく。

 ズルズルと少しずつ押し出されていく龍は、捕まれた足の爪を俺の足に突き立てた。


「ぐあああああ」


 ブシュっという嫌な音がなり、太ももから血があふれ出る。

 俺は慌てて離れると、龍の顔の正面に陣取る。


 龍の顔に生えていた、2本のナマズのような髭の片方が切れて地面に落ちていた。

 どうやら先ほどのむちゃくちゃに振り回した槍が当たっていたらしい。

 俺は、怒り狂い向かってくる龍に向けて指を差した。


「あっちむいてえええええ」


 その瞬間、龍は目を閉じどっしりと構える。


「ほ……」


 ……こいつ、もう学習してやがるっ!

 このままじゃ顔に当たっても碌にダメージが通らない……くそっ。


 だが、出した技は止まらない。


「……いっ!」


 その瞬間、俺の頭に登っていたとげぞうから無数の針が放たれる。

 龍の顔に直撃した針は、鼻や瞼の一部に刺さりながらも、大多数が鱗に弾かれた。

 龍は少しだけ表情をしかめただけで、技の終わりを確認すると再び目を開けて突っ込んでくる。


「うおおおおおおおおーーーー!!」


 俺は槍を放り出し、迫ってくる龍の口が開ききる前に距離を詰め、龍の鼻先をがっちりと両腕でつかむ。

 避けきれる間合いじゃないと判断しての事だった。


 龍の息吹が俺の胸へとかかる。

 すぐ目の前に龍の額に生える赤い結晶が光っており、その両脇の金色の瞳と目が合った。


 ……力比べってか。やってやろうじゃないか。


 俺は思い切り足に力を込める。先ほど爪を立てられた傷から血が噴き出すがお構いなしだ。

 ここで力負けしたら巨人の指に押し付けられて圧殺されてしまう。


 龍と俺の力は拮抗していた。

 龍は後ろ足2本を空中にぶら下げたままなのだから、力は五分程度しか出せていないのだろう。

 それでも俺の全力でやっと抑え込める程のものだ。本来ならあっという間に吹き飛ばされてしまっていたはずだ。


 俺は全身の血管が浮き出てるんじゃないかと言うくらい力を込める。

 ミキミキと筋肉が軋むような音が聞こえた気がした。


 最初は拮抗していた力も、持久力の差でだんだんと俺の体が押されていく。

 地面には俺がズレてできた2本の線が伸びていく。


 ……だめだっこのままじゃっ!


「う……打ち上げ!!」


 肩ごと龍に向かって押し込みながら、俺は大声を発する。

 声を出したことで抜けた力により、一気に体が押し込まれ線が伸びていく。


「花火いいいぃぃぃぃ!!!」


 俺は体を押し込まれながらも、なりふり構わず声を上げた。

 その瞬間、頭上に居たとげぞうから八方に針がまきちらされる。


 俺ととげぞうの連携技その2、≪打ち上げ花火≫だ!


 本来なら敵に囲まれた時に使うはずだったこの技は、俺の「打ち上げ」の呼び声でとげぞうがスタンバる。

 そして体を丸め、「花火」の掛け声で無差別に周囲三百六十度、ドーム状に針が打ち出されるものだ。


 本来なら一方向に発射するはずのとげぞうの針を、全方位にまき散らすため威力は下がる代わりに方向の指示の必要もなく、さらに複数の敵を相手出来る優れものだ。


 龍は突然の攻撃に驚き、俺を押し込む力を緩めた。


「悪いな! 力比べはお前の勝ちだ! だけどこれ、そういう勝負じゃねぇから!」


 俺は押しの弱まった龍の体をかわすと、龍の長い体の下半身へと向かう。

 頭から押し付けて落とせないのなら、下半身を引っ張り落とす!


 だが、龍の体へと抱き付き押し込もうとするも、龍は頭を自らの腹部の方へと向けて俺に噛みつこうとしてくる。

 拡散した針は、龍を驚かせはしたもののダメージを与えるには至らなかったらしい。

 慌てて避けると、龍が自分の腹に頭突きを入れてダメージを食らっていた。


「……馬鹿か?」


 漫画でよくある自爆技をこの目で初めて見た。

 戦いに夢中になってると周囲が見えないもんなんだな。


 ……見えない? そうか、もしかして……。


 それを見た俺の頭に、電気が走った。

 これだ。

 これしかない。


 今のやりとりで、龍の体はかなり上まで登っていた。

 いまだ後ろ足は舞台の上まで登っていないが、巨人の手の側面に引っかかり踏ん張っているらしい。


 これ以上登られたらまずい。両足がしっかり地に着いてしまったらもはや落とすすべはなくなってしまう。

 これが最後のチャンスだ。

 体力的にも、もはや限界だった。


 丸薬は傷を治してくれても、失った体力までをは回復してくれない。むしろ副作用で脱力感まで感じるほどだ。

 これが失敗したら、もう後は……。


 だめだ、失敗した時の事なんて考えるな。

 今やれることを全力でやるだけだ。


 俺は覚悟を決めると、ポケットに入っていた包みを破り、槍を拾いなおした。

 包みから黄色い粉が風に舞い、龍を包み込む。だが龍は何の反応も示さない。


「やっぱ浅いか……」


 龍は自分の腹に突っ込み受けたダメージを振り払うように頭を振ると、一瞬俺を探した後に、俺に向かって水球マシンガンを放った。

 俺はそれらを槍で切り飛ばしながら前へと前進する。


 戦いのさなか、俺の感覚は自分の体のスペックに追いついていた。

 見えても反射的に動けない。止まろうとすると行き過ぎてしまう。

 そんな感覚のずれが、超人的な肉体を得たとわかってからさっきまでずっと続いていた。


 それでも感覚は常人の数倍に跳ね上がり、信じられない動きが出来ていたのだが、本来のスペック100%を出せていたかと言うとそういうわけではなかった。

 常に違和感があり、体と心のずれが生じていた。

 それが今になり、繋がった。


 走って避けるので必死だったマシンガンの軌道が見える。それに合わせて体が動く。

 頭で考えた理想の動きが、そのまま俺の体に伝わっていた。


「おらおらおらおらおらああああああああ!!!」


 次々と飛んでくる水の玉を槍の穂先に当てると、二つに割れた球が後ろへ逸れる。

 信じられない速さで俺は手を動かしながら、少しずつ少しずつ龍との距離を縮めていった。


 距離が近づくほど、龍から飛んでくる水球の速さはスピードを増す。


「ぐっ!」


 捌ききれなかった一発が、俺の肩を掠めた。

 だが俺は痛みを耐え、集中を切らすことは無い。


 ……痛くない痛くない痛くない痛くない!


 自分に暗示をかける。

 これが最後だと思え、一瞬にすべての力を注ぎ込むつもりで行くんだ。


 やがて俺は、龍の目と鼻の先までやってきた。

 これ以上は前に進みようがない。俺は立ち止まりその場で槍を振るい続けた。


 数十秒後、ようやく龍の息が切れマシンガンが止まった。

 龍は焦る表情で次の攻撃へ移ろうと、俺に向かって口を大きく広げる。


「とらえたぞ」


 俺は龍の顔の目の前で、小さくつぶやいた。

 俺の顔に大きく口を開けた龍の顔が迫る。


「あっちむいてえええええ!!!」


 龍の顔が迫る瞬間、俺は龍を指さし腹の底から声を出す。

 龍の口の中に、俺の手が入っているんじゃないかと言うほどの近さだ。

 その距離、2メートル。


 さぁ……食らえ!!


 それを聞いたとたん、龍が口を閉じ、目を閉じ、防御の体勢に入る。

 まるでそれを読んでいたと言わんばかりの、素早い反応だ。


 俺はそれを見た瞬間、ほくそ笑んだ。

 そして俺の吊り上がった口から、歪な声がこぼれる。


「ハァイ、ジョセフィーヌ」


 限りなく声を高く絞り、俺は小さな声で龍に向かって呼びかけた。

 龍が、驚愕に目を開く。


「ほい!!」


 その瞬間だった。

 俺の指鉄砲の撃鉄が降ろされる。


 ――ギャアアアアアアアアアアア!!!


 耳をつんざく悲鳴が、上空数百メートルに響いた。 

 龍は目を貫かれた痛みで、暴れ狂う。


 俺はそれに巻き込まれないように慌てて距離を取ると、龍の様子を見据えた。


 狙い通りだ。

 すべてが繋がった。


 俺は苦しみ悶える龍を見ながら小さくガッツポーズをとる。

 すこしずつ、少しずつ龍の体がズレ落ちていた。


 ……奴の名前は、ジョセフィーヌ。

 調査団に同行した少女、メリルが飼っていた青いトカゲだ。


 恐らくこの50年の間に、ここまで大きく成長したのだろう。

 メリルの死後、奴はこの森で一匹で生き抜いてきたんだ。


 それに気づけたのは、奴がこの巨人の手の中へとやってきた時。

 あの時、俺は妙に何かが引っかかった。 

 正確には、あの瞬間はそれがなんだかわからず、結局そのまま龍と戦い始めてしまっていた。


 ずれたままの歯車は、戦闘中も俺にずっと違和感を与えていた。

 それらがようやくカチリとかみ合ったのは、俺が腐ったヘリ豆を投げた時だ。

 あいつは俺よりもヘリ豆に反応して、最優先で食らいついた。


 その時に思い出したんだ。日記に、メリルと共にヘリ豆を水球で落としてキャッチする遊びをしていた青いトカゲが描かれていたことを。

 歯車はカチリとかみ合った。

 水球だけでも、青いトカゲだけでも、歯車はかみ合うことは無かっただろう。


 その二つが揃ってヘリ豆を落としたという事実が、歯車の欠けた部分を補った。


 50年前の当時はこいつが龍のような恰好をしていなかったのか、それとも西洋人が東洋の龍を知らずにただのトカゲだと考えていたのかはわからない。日記にはただ、青いトカゲとだけ書いてあった。だが、日記を読んでいた俺にとって、水を吐く青いトカゲと龍がイコールでつながるのは当然の結果だった。


 しかし、それを知ったからといってどうしようもない。

 俺を襲ってきた理由が分かった程度だ。


 恐らく、龍は最初俺じゃなくて豆を追ってきたんだ。

 メリルとの長い生活で、何度となく繰り返されてきたこの遊びは、龍の習性としてしっかりと刷り込まれていたんだろう。


 そこにまんまと俺が豆を使って浮かぼうとしたため、龍は水球を使って反射的に撃ち落としたのだ。


 久しぶりに撃ち落とした大好物。メリルとの思い出もあるのだろう。いや、もしかしたら落下地点にメリルが居るかもしれないとまで思っていたのかもしれない。見事水球を当て、食べることが出来ると思ったことだろう。


 だが、豆は龍の意に反して上空へと上がっていく。

 それを追って木を登ってきたんだ。


「恐るべし刷り込み……」


 これがおそらく、こいつが俺を襲ってきた原因だ。

 本来なら俺を別に襲うつもりもなかったのかもしれない。

 ただ豆を食いに来ただけだったのかもしれないが、今となっては確かめようがない。


 やがてその事実を頭の片隅に置いていた俺は、ある作戦を思いつく。

 龍が自分の体に向かって体当たりをした時だ。

 それは、龍にとってあまりにも残酷な作戦だった。


 目を閉じた龍に向かって、メリルのふりをして驚かせるというものだ。

 見えないときに突然待ち焦がれた声が聞こえたら、絶対に目を開けざるを得ないはずだ。


 声に出してみれば、至極単純で間抜けな作戦だ。

 だが、少なくとも龍がメリルを忘れていないということが、50年たった今でもヘリ豆を狙うことからひしひしと伝わってきた。


 作戦はおそらく成功する。

 そう確信した俺は、その成功率を上げるためにもう一手打つことにした。

 それは、俺がポケットから取り出した包み。

 破ると黄色い粉が舞ったその包みに入っていたのは、夢ユリの花粉だ。


 強い幻覚作用のあるこの花粉を俺は風上から飛ばし、龍に吸わせた。

 これを使うこと自体は、最初から頭の中にはあった。

 だが、龍が幻覚なんかをみるかどうか、見たからと言って次の手が思い浮かばず使用をためらっていた。


 事実、龍は花粉を吸っても大した反応を見せず、平然としていた。

 それでも、俺にとっては多少でも龍の判断力を鈍らせることさえできればよかったのだ。


 結果、龍は俺の野太い声を変えた作り声に騙され、反応した。

 奴には俺の気持ちの悪い作り声が、かわいいかわいい10歳の少女の声に聞こえていたことだろう。



 これが俺の行った作戦の全貌だった。

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