ひとのけはい
大改稿中
「すっげー……」
森の中を進み続けた俺は、やがて妙な場所にたどり着いた。一面が灰色の湖だ。
いや、一歩踏み入れてわかったが、これは湖ではなくヘドロのような物のようだ。テレビで見た、どこかの温泉にある坊主池地獄という奴に似ていた。
「靴がドロドロだ……さすがにここは渡れそうにないなぁ」
ガタスキーみたいな板があれば渡れるか? いや、途中で身動き取れなくなったらシャレにならんな。
しばらく探索してみたけど、特に目新しい発見も無い。そろそろ一度拠点に帰るべきかな?
彫刻家が居るとすれば、少し離れた地面のしっかりした場所だろうし。
……ん? なんだありゃ?
キラキラと太陽を反射した湖の、中央付近が泡立っている。
俺が目を凝らしてよく湖のほうをみていると、泡立っている周辺の湖面が突然大きく膨れ上がった。
「な、なんだ!?」
やがて限界まで膨らんだ泥入道が、突然大きくはじけ飛びやがった。
まるで噴火のように飛び散る泥飛沫。その中心に、巨大な何かが居る。
「でかいっ!!!」
泥の中から姿を現したのはなんと、泥を纏った巨大なワニのような生き物だった。上半身しか見えていないが、全長は10メートル。いや、20メートルちかくあるのではないだろうか。
とんでもない迫力だ。
すげぇ、すげぇよ異世界!
泥入道の中から飛び出し、天高くその巨体を持ち上げた巨大ワニは、そのままお腹から湖面へ倒れこむようにダイブする。泥のような湖面が大きく波打ち、飛沫が飛びちるのが見えた。
「な……なっ!!」
すげぇぇ……なんて化物だよ……。
灰色の鰐? 鯨? いや、でか過ぎだろ……ってあれ?
「……――っ!」
俺は感動もつかの間、一瞬で我に返ると後ろに向きをかえ、全力疾走を始めた。
ワニが怖かったわけではない。あまりのデカさに茫然としたが、まだ距離はあったし見つかったわけではなかった。
「うおおおおお!」
問題はワニの行動だ。20メートル近い巨体が、湖面を跳ねたのだ。その衝撃たるや、ものすごい物だったのだろう。
今、全力疾走する俺の真後ろに、灰色の壁が迫ってきていた。
「ひぃぃ!! ほぉあぁ!」
――ドドドドドドドドド……!
木に抱き着き、必死に上り詰めると足元を灰色の濁流がものすごい勢いで流れて行った。
◇
「お……収まったか?」
数時間して、ようやく泥の引いた森を帰っていた。
あんな場所に居れば、もう一度津波が来た時に逃げられる保障なんてない。
とんでもない場所だった。二度と近づくかあんなところ。彫刻家が居るところはもう少し離れた場所だろうか。とても人が住める場所じゃない。
「なんか足が進まないと思ったら、靴の泥が凄いな。鉛が付いたみたいに重たい」
灰色の泥が脛の周辺までべったりとこびりつき、靴の重みを増していた。泥団子を履いているかのようだ。
「やっと落ちたか? だいぶ軽くなったけど……なんだこれ? 靴が……いや、脛まで固まってる?」
あらかたの泥を落とし終えると、靴やデニム、その中の脛あたりにまでうっすらと泥が残り、固まって灰色になっている。
時間がたちすぎて泥が固まり出したのだろうかと思って水筒の水で洗ってみたが、柔らかい泥は流れても固まったところはそのままだ。
試しに爪で弾いてみると、コンコンと乾いた音がした。
「やばくねこれ? 脛の感覚がなくなってきてるから今まで気づかなかったけど、なんか石像みたいに固まって……」
――ぞくっ。
嫌な予感がした。
自分の体も心配だ。だが、それ以上の恐ろしい予感が、俺の中に渦巻いていやがる。
「ははは……まさか……な?」
胃の辺りがぐるぐるとして気持ち悪い。変な汗が体中から噴き出てきた。
俺は足を一旦そのままに、周囲を見渡す。
「あった……」
そこにあったのは、湖から少し離れたことで数の減った石像。
これは何の動物だろうか? 四本足で毛むくじゃらの石像は、少なくとも俺が見知った動物がモチーフではない。
恐る恐る俺はその石像を棒で叩き割った。
やはり、中は空洞だ。
「頼む、杞憂であってくれ……」
俺は祈るような気持ちで、空いた穴から石像の中に手を突っ込んだ。
そして、石像の底にたまった屑を握り出した。たった今割った石像の破片、そして白い粉状のもの。
俺はその白いものを見て、愕然とした。目の前が真っ暗になるような感覚に陥り、手が大きく震える。
俺の手に乗っていたその白いものは――
風化して粉々になった骨の欠片だったのだから。
「はは……は……」
俺の口から乾いた笑いが漏れる。そのまま俺の膝は折れ、湿地にしゃがみこんだ。
「石化ってか……」
振り絞って出した声は震えて、自分の声じゃないようだ。
確定した。この石像群は、彫刻なんかじゃない。本物だ。
普通ならこんな考えバカバカしくて思いつきもしなかっただろう。だが、この森なら何でもありだと思ってしまう。
まるで、石化の魔法。
誰かが作ったものじゃない。あの湖の灰色の泥に固められ、石化した生き物たちの成れの果てがこれだ。
「これを作った人は……いない……」
奈落に落とされたような気分だった。心の中に射した一筋の光明が、かき消されていく。
「やっと、人が居ると思ったのに……」
この世界には、人は居ないんじゃないか? そんなことばかりが頭の中を駆け巡っていき、意識の神経がショートしてしまったかのようにボーっとしだした。
何も考えられない。
俺はふらふらと立ち上がると、森の中を夢遊病患者のように彷徨いだした。どこに向かっているのか自分でもわからない。
とにかくじっとしていると頭がおかしくなりそうだった。いや、もしかしたらすでにおかしくなっていたのかもしれない。
『あっちだよ。ちがうちがう、こっちこっち』
朦朧とする意識の中、何かに導かれるように俺は歩き続けた。
どれくらい歩き続けていたのだろうか。どういうルートを通って歩いたのかもほとんど記憶にない。
とにかく頭に響く謎の声に導かれるようにして、歩き続けた。
◇
「ここは……?」
気が付くと、湿地帯を抜けるか抜けないかの辺りまで戻ってきていた。
頭の中で再びあの謎の声が聞こえたような気がするが、よく覚えていない。
目の前には、木漏れ日に照らされるようにして、一体の苔むした石像が立っていた。
その石像は大部分が苔に覆われた上に、蔦が蔓延り元の形もわからないほどだ。
「また……石像か。もういいよ……」
ヤケになった俺は、持っていた棒でその石像を壊そうとした。
――その時だ。
「ん……?」
一瞬、何かが気になった。
これを壊したら一生後悔しそうな、そんな予感がして手が止まる。
俺はそのまま何も考えずに、その苔むした石像の表面を覆う蔦をむしり取った。
「これは……! 人!?」
だんだんと姿を現していくその石像の全貌。
お、おいうそだろ? 人の石像ってことはまさか……!
俺は半ばパニックのようになりながら慌てて蔦をむしり取っていった。
「はぁ、はぁ、人だ……本当に人の石像だ!!」
その石像は、右手を付き出し指さすようにポーズをとったまま固まっている。白人の石像だろうか? 掘りが深いその顔は、まるで大声で怒鳴っているかのような鬼気迫る表情だ。
人だ……石化してるってことは、俺みたいな人がいたってことか!?
俺はその石像の苔を丁寧に落としながら、穴が開くほど見つめていた。
この白人の格好はどうとるべきだろうか? ポケットの沢山あいた洋服を着ている。この洋服は明らかに地球のものだろう。まるで探検家が着るようなあれだ。
他に……ほかに何かないのか!?
「あった……。漂流者へ……」
その足元に在ったのは、割った石を使った石板だった。
『
これを見ている漂流者へ。
この石像を見て絶望するな。
生き延びなさい。
此処は、神々の御座す場所。
人の住むべき場所ではない。
この石像は、先駆者だ。
彼の差す方角に、漂流者の集落が存在する。
私はそこで、いつまでも待っている。
もし会えなかった時は、森を抜けなさい。そこにきっと救いはある。
いつか、あなたが追いついてくれることを願って此処に記す。
劉 依然
』
「は……はは! 俺以外にも、人が居る……! この先に、俺を待ってる人が居るかもしれない!!」
中国人なのかとか、中国語なのになんで読めるのかとか、色んな疑問が浮かんで来たが、今はそんなことはどうでもよかった。
人がいる。俺を、待っている。
この日から、俺の目標はこの指の差す方角、そして森の脱出へと明確に動き出したのだった。
現在の装備
頭:なし
胴:薄手のパーカー
脚:デニムの長ズボン
足:ジョーダン1
手:なし
指1:赤い指輪
首:なし
武器:落ちていた木の棒
サブ:なし
その他:ボディバッグ
竹水筒