ふりだしに
「くそっ! 硬い!」
ルールを強制変更させられてから数分、俺は龍に攻めあぐねていた。
やはり龍は硬い。鱗までは何とかはがせるものの、その先の肉まで穂先が辿り着かない。
何度も鱗の剥げた場所を狙ってみるが、狙いが小さすぎて当たらないのだ。
止まっている的ですら、思い切り力んでいたら狙いが逸れるんだ。脈を打つように動いている的に正確に当てるのは至難の業だ。
当てに行っただけの手打ちの攻撃では、簡単にはじき返されてしまう。
それに、今までは制限時間があるからと思って短時間を生き延びるためにいきなりトップギアで動き続けていたが、制限時間が無くなった今、この小さな体で全力で動き回るのにも問題があった。
龍はどっしりと構え、体力をさほど使っていない。それに対して、俺は常に全力で走り回っているのだ。制限時間があるならそれを見越してエネルギーを使えばいいのだが、そうではない今、戦いが長引けば長引くほど俺は不利になっていっていた。
気持ちばかりが焦っていく。
「きゅー……」
フードの中に隠れているとげぞうが、心配そうに鳴いた声が妙に耳に響いた。
状況は、どんどん絶望的なものへと変わっていく。
「うぉりゃああああーーーー!!」
それでも俺は必死に攻撃を続け、龍の体の一点で、ちらほらと鱗の剥げた点が目立つようになってきた。
いまだピンポイントショットが決まっていないが、この分ならもう少し頑張ればこの鱗を貫けるかもしれない。
戦いの合間を見ながら、俺は丸薬を飲み込む。
ギリギリでクリーンヒットだけは防いでるとはいえ、すべての攻撃を避けきるのは難しい。
小さなダメージが蓄積して、少しずつ少しずつ体の動きが鈍りつつあった。
洋服のいたるところがはじけ飛び、体は擦り傷とみみず腫れでボロボロだ。
小さな傷を治療している暇がない。
多用すべきではないとわかっていながらも、丸薬を飲み込んで傷を回復するしかなかった。
「ふぅぅぅ……」
傷を回復し終え、龍に対峙しなおす。
そろそろしっかりとした手ごたえがほしい……。いい加減精神的な疲れがヤバい。
俺は、龍の鱗の剥げた部分へ向かって突撃を続ける。
3回ほど槍を突き立てた時だった。
今までとは違う感触が俺の手を伝わる。
今まではギンッという弾き返されるような硬い手ごたえだったのが、今の一撃は手の芯に何か重いものが残るような感触だった。
そのまま無理やり押し込もうとするも、龍が激しく身じろぎしたため押し戻される。
「なんだ……? 今の手ごたえは……?」
距離を取り、たった今槍で突いた龍の横腹を見ると、龍の体に小さな亀裂が入っていた。
小さな小さなひび割れのようなものが見える。
もしかしたら龍は、表面をうろこで覆われ、その中を何か固い皮膜のようなもので包まれた二層構造になっているんじゃないだろうか。
その中の皮膜に今、俺の槍が到達した……?
突破口が見えた気がした。
皮膜に入ったヒビは、周囲の鱗の固定力がなくなったらしく、辺りの鱗がぽろぽろと剥げ落ちている。
遠目からでも小さなひびが見えたのは、そういうことだ。
あのヒビを大きくしていけば、あの硬い鱗を排除できる。
「よし……よしよしよし!! いけるぞ!!」
手ごたえを感じ、テンションの俺が再びひび割れに向かって槍を向けた。
……なんだ? 龍の様子がおかしい。
龍の体が淡く光る。
体全体を覆っていた淡い緑色の光はやがて、龍の鱗の剥げ落ちた部分へと集まっていく。
……ヤバい、何かまずいことが起こってる気がする。
ボーっとしている場合じゃない!
俺は慌てて龍に向かって走り出す。
龍はまったく動こうとせず、まるで瞑想するかのようにその瞳を閉じていた。
「おらああーーーーーー!!」
まったく動こうとしない的に、狙いを定めるのは簡単だった。
俺の槍がきれいに龍の鱗の剥げ落ちていた部分に突き立てられる。
串刺しになりやがれ!!
――ギィィィィィン……
っ!?
俺の槍は、龍に刺さることは無く、甲高い音を立てて弾かれた。
慌てて傷口を見た俺は、再び驚愕する。
鱗が、再生していた。
◇
「そ……そんな……」
体中のいたるところで、龍の鱗が再生している。
淡い光がひときわ強くまとわりついている場所から、ぽつぽつと小さな鱗が生え、あっという間に傷を覆ってしまった。
「再生能力持ちとか……冗談だろ? こんなの一体どうしろっていうんだよ……」
眩暈がした。
今までコツコツと積み上げてきたダメージが、一瞬で無に帰すとか悪い冗談にしか聞こえない。
ゲームの世界の主人公や、ライバルたちは毎回こんな絶望を味わっていたのかよ。
再生を終えたらしい龍の体を包む光が、萎んでいく。
瞑想を終え、龍が再び目を開いた。
龍の体は、憎たらしいほどつやつやと光沢を放っている。
こんなの倒せっこない……。
最初から俺の計画は失敗していたのか?
一つ崩れたらどんどん悪い方に転がっていく。
いつもそうだ。
うまくいくときはとんとん拍子に物事が進む癖に、一つ躓くとそれからどんどん悪い方に進んでしまう。
日本の時だって、小さなきっかけが積み重なって崩落し、俺はひきこもりになった……。
それから数年は地獄だった。
将来のことを考えるとすぐに死んでしまいたい衝動にかられ、何も考えないで居ようとすると頭が腐って言葉が出なくなっていった。
心の中に何かどす黒いものが降りてくる感じがした。
だめだ、あの頃と同じ失敗をするつもりか。
俺は頭を振り、どす黒いものを振り払う。
あの時俺は、悪いことが積み重なった小さな不幸ラッシュから逃げたんだ。
悪いことがいろいろ起こった結果ひきこもらざるを得なかったんじゃない。自分で逃げ込んでしまったんだ。
俺は知っているはずだ。
嫌なことが続くことが地獄じゃない、逃げた先に本当の地獄が待ってるんだってことを。
ここで諦めたらあの時と変わらない。
生まれ変わるんだろ。諦めるな。
まだだ。龍を殺せないならここから突き落としてしまえばいい。
この高さから落ちれば、きっとこいつと言えどここへは戻ってこれないはずだ。
「よっしゃ!」
折れそうになる心を無理やり奮い立たせる。
顔をパンパンと叩き、自分に気合を入れる姿を見て、龍が驚いたように少し目を見開いた。
とはいえ……。
この巨体を落とすにはどうしたらいい?
今の力なら全力で押し込めば動かせないということは無い。
前足二本しか地面に掛かってない今の状態だからこそという条件付きで、なおかつまったく相手が攻撃をしてこないというあり得ない状況でだ。
何か……何かないか?
今の俺だけでは手詰まりだ。
何でもいい。何か突破口が……。
少しでも気をそらせたり、動きを止めることが出来るものは……。
俺は龍と対峙しながらバッグの中に手を突っ込み、何かないか探った。
鞄の中にはダンゴムシプロテクターが敷き詰めてある。
とげぞうが落下の衝撃に耐えれるように敷き詰めたものだ。
それらを手探りで避けて適当に探る。
回復用の丸薬も、予備を取り出してすぐに使えるようにしておかなければならない。
龍はいまだ回復の余波なのか何なのか、動き出そうとしない。好都合だ。
……ん?
鞄の中を漁っていた俺の手に、何か小さなものが当たった。
「なんだ……?」
龍を刺激しないようにゆっくりとそれを取り出してみると、それは腐りかけたヘリ豆だった。
いくつか畑跡に残っていたヘリ豆の一つで、腐りかけていたから本番で間違って使わないように鞄に分けておいたものだ。
探してたのはこれじゃない。
俺は豆を地面に捨てて別のものを探そうとバッグを再びあさりだす。
――ブ……ブブブブゥゥゥン
地面へ捨てた豆が、歪ながらも発芽し力なく空を舞った。
腐ってても一応生きていたようだ。
その豆は、空へと上がり――
撃ち落とされた。
龍が豆の動きに素早く反応し、水球を吐き出したのだ。
恐らく俺を撃ち落とした時と同じ奴だろう。密度のない、ただの水の玉が豆に当たる。
大量の水に包まれ、浮力を失い落下する豆を、龍が華麗に口でキャッチした。
……そうか。
そういうことだったのか。
俺の中で、歯車がカチリとかみ合った気がした。