ひっさつわざ?
――ゴッ
一瞬、ほんの一瞬自分の中に諦めが芽生えた瞬間、俺の腹部が消し飛んだ。
視界が猛スピードでブレ、自分が吹き飛ばされたというのに気付けなかった。
俺の体が地面をすべり、巨人の指に当たってようやく止まった。
「ガ……ガハッ」
呼吸ができない。
息が止まりながらも、俺は自分の腹部をさする。
お……俺の腹は…………ある。
よ、よかった。消し飛んだと思ったのは錯覚だったらしい。
「クヒュウウウウウ」
腹部の無事を知った瞬間、肺が機能を取り戻し一気に空気を吸い込む。
「ゲホッゲホッ」
それと同時に、地獄のような苦しみが俺の腹部を襲う。
一瞬で腹が消された方が幸せだったんじゃないかと思うほどの痛みだ。
脂汗が俺の額から噴き出て、地面をのたうち回ろうとするが、そんな暇はなかった。
龍が体を押し上げ、口を開けながら俺の方へと迫ってくる。
「と……とげぞおおおおおおお!!」
それを見た瞬間、おれはとげぞうの名前を呼んだ。
思い切り力んでしまったため、腹部に激痛が走る。
錯乱していたわけじゃない。
これは、合図だ。
名前を呼ばれたとげぞうが、半分ジッパーの開いたバッグの中から飛び出す。
そして、俺の頭へと駆け上った。
……準備は良いな……? いくぞ、とげぞう。
練習の成果を見せる時だ。
くらえ!! 俺たちの連携必殺技!!
俺は腹の底から声を絞り出す。
「あっちむいてぇぇぇ!」
その掛け声とともに、俺は龍を指さした。
かっこつけて鉄砲の形を作った指が、龍の顔を捉える。
「ほい!」
その瞬間、口を開けて近づいていた龍の動きが止まる。
そして、俺の指さした方向とは別の方向へ苦しみながら顔をそむけた。
残念!
だが、作戦は成功だ。
同時に立ち上がった俺は、バッグから取り出した丸薬を飲み込み、目を閉じ顔をそむける龍に向かって全力で体当たりを決める。
「うおおおおおおおーーーー!!!」
そのまま龍を掴み、一気に押し込む。
龍の体をズリズリと押し切り、元の場所へと戻すことに成功した。
――シュッ!
そのまま一気に押し込もうとするが、再び龍の尻尾が俺を弾き飛ばそうと迫る。
だが、龍は目を閉じたままで、狙いはめちゃくちゃだ。
こんなものに当たるわけがない。
それでもむちゃくちゃに振り回す尾を警戒して俺は龍から距離を取った。
バシンバシンと龍の尻尾が舞台の上を暴れまわり、至る所を弾き飛ばしている。
口の中の異物を取ろうと、おっさんがタンを吐き出すような音を出しながら苦しむ龍の姿を見て、俺はとげぞうに声をかける。
「やったぞとげぞう!」
「きゅーー!!」
俺のフードに潜り込んだとげぞうが得意げに鳴いた。
見たか! これが俺たちの連携技! ≪あっちむいてほい≫だ!!
連携が必要だと実感した俺たちが、二人で相談しながら作り出したこの技は、俺の「あっちむいて」の掛け声で、とげぞうが俺の指さした方を向く。そして、「ほい!」の声でその方向へ針を発射する技だ。
会話ができない俺たちは、戦闘中だとなおさら意思の疎通が難しくなる。瞬時の判断が必要な戦闘中に合図を決めておくことで、瞬時に連携が取れると考えたのだ。なぜ「あっちむいてほい」なのかと言うと、とげぞうが敵の顔に向かって針を飛ばすため、敵が顔を背けてあっちむいてほいをしているようにみえたからというだけだ。
……正直、掛け声はもっと短い方がいい気がするがまぁなんだか気に入っちゃったのでとりあえず使っておこうと思っている。
ちなみにあっち向いてほいで、指の方向に顔が向いてもそれは特に何もない。今後の技の進化に期待と言うことにしておこう。
他にもいくつか連携のパターンを用意してはいるが、それはおいおい使っていくことになると思う。
「おっと」
暴れまわる龍の尻尾が俺の頭上をかすめた。
まだ龍は顔に当たった針に驚き暴れているらしい。
大部分は開いていた口に刺さったようだが、うまく目に針が刺さって視力を奪えていればいいんだが……。
「……だよな。そうそううまくいくわけはないか」
鞭の嵐が止み、龍が金色の眼を開く。
その目は怒りを携え、眼光だけで気の弱い人ならトラウマになりそうだ。
「気合を入れろ……第二ラウンドだ」
俺は先ほどダメージを受けたお腹をさすりながら気合を入れなおす。
先ほど飲んだ丸薬が効いてきたらしく、痛みはさほどない。
初めて飲んだけど、薬草の直飲みは凄いな。戦闘中じゃなかったら確かに何度も飲みたくなるほどの気持ちよさがある。
体の芯がぽかぽかとしてきて、気持ちが落ち着く。
「ってそんな場合じゃないんだけど……なっ!」
そう言い終わるや否や、俺は槍を構えて走り出す。
守りに入って再び尻尾の鞭を繰り出されたら厄介だ。
一回やられて気付いたのだが尻尾の鞭は、エビぞりと言うかしゃちほこのような無理な体勢で繰り出されるため、繰り出すための体勢を整える必要があるようで貯めの時間が長い。
一度出されたら連続して鞭の嵐が吹き荒れるが、それなら体勢を整える前に潰すまでだ。
「オラァァァァ!!」
再び槍を構え特攻する。
噛みつこうと頭ごと突っ込んでくる龍を飛び越え、背中に飛び乗ると槍を突きさす。
だが、相変わらず固い鱗を貫くことはできず、身じろぎした龍に振り落された。
着地して距離を取ろうとバックステップした直後、水球がものすごいスピードで飛んでくる。
着地の瞬間を狙っていたらしい。
槍を使って着地点を無理やりずらした俺は、そのまま横に転がりながら体勢を整える。
一瞬の気のゆるみが、命取りになる。
俺は一息つく間もなく、両足が地面に着いた瞬間走り出した。
龍の口の中に、一際巨大な水球が発生していた。
……レーザーだっ!
俺は龍の目線に集中しながら、アクロバティックな動きで空中を跳ねまわる。
強化された三半規管が、俺が今どこを向いているのかをはっきりと伝えてくれる。
ムーンサルトのような動きをした俺のすぐ脇を、龍のレーザーが横薙ぎに払われた。
「……はぁ……はぁ……」
一瞬龍の猛攻が止み、俺は華麗に着地を決めて呼吸を整える。
……おかしい。
戦いに夢中になっていたため時間の感覚がないが、結構な時間戦っていた気がするのに今ちらっと眼下に崖が見えた。
巨人の歩く速度と、戦っていた時間を考えれば崖はとっくに遥かかなたに小さく見える程度のはずなのに、そこまで距離が離れていなかった。
不思議に思った俺が、改めて戦いの隙をつきながら周囲を見渡す。
「なっ……なんで……」
愕然とした。
巨人の歩く方向が、想定とまったく別の方向を向いている。
「っち!」
だが、それを見た瞬間も龍は攻撃の手を緩めず、再び尻尾の鞭を繰り出す体勢へと移ろうとしていた。
俺はそれを阻止するために龍に向かって突っ込む。
俺は攻撃の手を休めずに、意識を思考へと切り替えた。
……どういうことだ?
確かに飛び乗った後は普通に想定通りの動きをしていたはずだ。立ち上がって、いつもの方角へ歩きはじめていた……。
もしかして……。
「こいつか?」
俺は龍の噛みつきを避けながら、槍を突き立てた。
意識が思考へと逸れている俺の一撃は、龍の鱗一枚すら剥がすことなく弾かれてしまう。
こいつが乗ってから、巨人の動きが確かにおかしくなったような気がする。
心なしか、はるか上にある頭も、手の中をのぞき込むようにして下を向いてるような……。
もしかして、この手の中に生き物が乗るのは巨人にとっても想定外の出来事だったんじゃないか?
それで、どうしたらいいのかわからずうろついていると……?
ってそれじゃ、このまま森の終わりまで運んでもらう計画が失敗しちゃうじゃないか!
まずい、それだけは何とか阻止しないと……どうすればいい!?
体を激しく動かしながらも、嫌な考えが頭の中を埋め尽くす。
「がっ!?」
思考に集中しすぎていたようだ。龍の放った水球マシンガンが一発足を掠り、激痛が走った。
……駄目だ。戦いに集中しないと、計画どころじゃない。
もしかしたらこの龍さえここから落としてしまえば、巨人の動きも正常に戻るかもしれない。
まずは戦いに集中するんだ……。
どうやら、タイムアップは無くなったらしい。
殺すか殺されるか、龍との戦いはサドンデス方式へとルールを強制変更させられた。