らうんどわん
ま……マジかよ。
無理やりよじ登って来やがった……。
なんでだよ……計画は順調に進んでたじゃないか。
なんでこんなことになるんだよ。
何が何でも俺をこの森からだしたくないってか……?
「ふざけんな!!」
俺はこんなところで死ぬわけにはいかないんだ。
なんだか無性に腹が立ってきた。
いい加減にしろよ? 俺が何したっていうんだ。生きたいと思って必死にあがいてるだけじゃないか。
それを何度も何度も何度も何度もこの森は邪魔してきやがる。
馬鹿にするのもいい加減にしろよ。こんな状況に放り込まれて弄ばれるように翻弄されて、いい加減我慢の限界だ。
今までの俺だったらここで心が折れてたかもしれないけど、今の俺はそういうわけにはいかないんだよ。
何としてでも生き延びて、俺が巻き込んでしまったかもしれない晶を助けなきゃならない。
それに、ここにはとげぞうも一緒にいる。
地上でならとげぞうを逃がすこともできたが、ここで俺が死んだらこいつも死んでしまう。
いいだろう。今までの俺だと思うなよ……。
力を得た俺を舐めてかかった報いを受けさせてやる。
昔の俺とは違う、超人的ながある今ならと思うと、今まで蛇ににらまれた蛙のように委縮していた俺の体は自由を取り戻していた。
ゆっくりと背負っていた槍を構える。
龍は、俺の動きをじっと見据えている。
いま、俺のこの森での最後になるであろう戦いが幕を切ろうとしていた。
◇
最初に動いたのは俺だった。
舞台の半分を蛇行して占めるその体は、残りの半分が空中にぶら下がったままだ。
つまり、前足で体を支えており、自由なのは頭だけだということ。
そう考えるとその巨大な体は、隙だらけに見えた。
俺は一気に距離を詰め、龍の頭から遠い部分の体に向かって槍を突き立てる。
「だりゃーーーー!」
――ギャリッ!
硬い。
突き立てた槍の穂先が、金属を引っ掻いたような音を立てる。
覚悟はしていたが、やはりこの槍でもこの鱗を突き破るのはたやすいことではないらしい。
だが――
「ガアアアアーーーー!!」
龍がその長い身をよじらせる。
俺はバックステップで龍との距離を取り直した。
ふと目線をやると龍が身をよじり動いたその場には、青くて薄いものが落ちている。
俺の槍が、龍の鱗を一枚削り取っていた。
「いける……半端じゃなく硬いけど……全く通用しないってことは無い。強化された体と、この槍さえあれば戦える……!」
手ごたえはあった。
戦えないということは無い。これだけ硬い相手を倒せるかどうかはわからないが、とにかくこれ以上龍をこの狭い台地に登らせないこと、あの水のレーザーを受けないことが最優先だ。最低でもなんとか森の終わりにたどり着くまで耐える必要がある。
俺が龍を殺すか、それとも俺が殺されるのかはわからないが、とにかく龍の表情はここで決着をつけるつもりのようだ。
俺としては、巨人が森の終わりに着くまで耐えればいいわけだから、龍が必死なのも当然か。
たどり着きさえすれば俺はなりふり構わず逃げることが出来る。とにかく今は先の事よりも積極的に攻め込もう。守りに入ったら龍に這い上がる隙を与えてしまう。
苦痛に身をよじらせていた龍が、俺に向かって口を開いた。
その口の中には、以前見た大きな水玉ではなく、無数のピンポン玉くらいの大きさの水が無数に浮いている。
今から何が起こるのか想像がついた俺がその場を走り出す。
狭い台地の上を、俺はノンストップで左右に走りまわった。
龍の口からは、俺の想像通り小さな水玉たちが次々とものすごい速さで打ち出されていく。
まるで水のマシンガンのようだ。
俺はすべての水球を避けきると、再び息を吸い込もうとしていた龍の懐に潜り込み、槍を突き立てる。
ギャリっという音を立てながら、再び龍の鱗が3枚ほどはげ落ちた。
「グルルルルル……」
今度は龍は、苦痛の声を上げることも無く俺の方を見据える。
すでに巨人は立ち上がり終わり、歩き出していた。
景色が巨人の歩幅に合わせてゆっくりと上下する。
「はぁ……はぁ……」
一気にトップスピードで攻め込んだため、呼吸が荒い。
今のうちに呼吸を整えよう。攻撃を食らったらどれだけのダメージがあるかわからない。
攻めることよりも回避に重点を置いた戦い方をするべきだろう。
「はぁ……はぁ……。はぁぁぁぁぁ…………」
俺は肺の中が空っぽになるまで空気を吐き出す。
苦しくて苦しくて倒れそうになる限界まで吐き出し、ゆっくりと息を吸う。
「すぅぅぅぅぅ……。ふぅ」
よし、呼吸が戻った。
これは漫画で見た呼吸の整え方だが、案外これがうまくいく。
呼吸が苦しいときに吐き出すと二酸化炭素がどうたらこうたらってやつだろう。
「よし」
自分の体に意識を集中し、異常がないか確かめる。
……うん、どうやら大丈夫そうだ。
戦いはこれからだ。恐らく龍は、予想外の攻撃を受けて俺の実力を測りなおしてたんだろう。
今もじっと見据えてるのはそういうことだと思う。
となると、ここからが本番だ。
恐らく龍も、本気を出してくるだろう……。
今までは様子見かつ、体制を整えようとしていたような仕草だった。
もう一度、俺がやらなければならないことをしっかりと整理しよう。
俺は、攻撃を避けながらかつ、攻撃を加えて、龍が体を全てこの舞台に上げてしまうのを阻止しなければならない。
体が半分宙に浮いてる今ですら、この狭い舞台を半分ほど占領しているんだ。これ以上登られたらさらに俺の動ける範囲は狭くなる。
そうなると龍の独壇場だろう。絞殺されるのか、かみ殺されるのか、レーザーで打ち抜かれるのかわからないが、そう明るくない未来だということだけはハッキリしている。
にしても……。
どうしたものだろうか。
一度暴れたおかげで頭がスッキリしてきた。
一応攻撃がきくとはいえ、この鱗の硬さは半端じゃない。
全力で打ち込んでようやく1、2枚が捲れるといった程度だ。
「それでもやるしかないか」
どうやら、龍の方も準備が整ったらしい。
ごちゃごちゃと難しいことを考える余裕はなさそうだ。
とりあえず今出来ることを一つだけ準備しておこう。
俺は龍を刺激しないようにゆっくりとボディバックのジッパーへ手を伸ばす。
「っち!」
その動きを見た龍が、動き出した。
上体を起こし、鎌首をもたげて俺をにらみつけた龍が、頭ごと突っ込んでくる。
俺は動きを中断されジッパーを半分開けたまま、横に転がるように飛びながらそれを回避した。
慌てて起き上がり、そのまま龍の首へと槍を突きだす。
ここで体制を整えさせたら奴の体が上がってしまう。
一度体勢を崩させて押し戻さなければ。
槍が龍の鱗に弾かれ、火花が飛び散る。
体勢が崩れていたため、槍が滑った。
「っくぅ! かってぇ! だけどなぁ! 槍だけじゃないんだよ!!」
俺はそのまま槍を滑らせ、体ごと龍に体当たりをした。
ゴッと鈍い衝撃が俺の肩を伝わり、龍の体が少しだけズレる。
俺の頭まで軽く揺さぶられ、頭がくらくらしたまま俺は後ろに飛びのいた。
その場所を、龍が頭ごと上半身を振って薙ぎ払う。
間一髪それを避け、再び龍の体へと潜り込む。
首がダメなら足だ。
踏ん張っている足を狙えばもしかしたらそのままずり落ちてくれるかもしれない。
そう思い、思いっきり踏み込む。
――ダンッ!
上体を低くし、龍の頭を掻い潜って足元へと潜り込む。
そのまま横薙ぎに槍を放った。
「転べええええ!!」
だが、深く潜り込みすぎた俺の足払いは、穂先ではなく柄の部分が当たる。
ガンっと鈍い音を立て、槍が弾かれた。
……だめかっ。
龍の体が上から降ってくる。
転んだわけではない。
潜り込んだ俺を押しつぶす気かっ!
慌てて後ろへ下がると、龍と距離を取った。
ドシンと地面に這いつくばった龍が、唸るような声を上げる。
くそっ失敗した。
今のは足を狙うよりも鱗に覆われていない腹を狙うべきだった。
柔らかそうというわけではないが、白い腹ならもしかしたら通ったかもしれないのに……。
よりによってせっかくもぐりこんだのに棒の部分で殴ってしまった。
龍は蛇腹を隠したまま、こちらを見据えている。
龍としても腹を狙われるのを警戒しているのかもしれない。
とすると、今の選択ミスはでかい。今後警戒されてしまう。
龍はそのまま微動だにせず、腹を隠し続けている。
どうしたものか……。
それにしても、どういうつもりだこいつは?
その体勢だと、確かに腹は守れるが俺に攻撃する手段も限られてくると思うんだが……。
地面に這いつくばった体勢だと、口から水を出すしか出来ないはずだ。来るとわかっていれば、たとえレーザーだろうと今の俺なら避けることはたやすい。
まぁいい、好都合だ。そのままじっとしてくれているならその硬い鱗を一枚一枚ゆっくりと剥ぎ飛ばしていくだけだ。
俺は槍を構えなおすと、龍に向かって走り出す。
瞬間、影が俺の顔を横切った。
何ということは無い、一瞬暗くなったかな? と思ったくらいのことだ。
だがその一瞬がなぜか気になり、俺は急ブレーキをかけ槍を横にして守りを固めた。
直後、槍にものすごい衝撃が走る。
「ぐっ……!?」
まるで鉄塊に殴られたような重さだった。
両腕でしっかり握っていなければ、確実に槍を飛ばされていただろう。
何が起こったのかと上を見て理解した。
俺の頭上を、龍の尻尾が鞭のようにうねっていた。
龍は体の半分を空中に出したまま。まるでサソリのように尾を持ち上げ、ヒュンヒュンと尻尾を空中で振っている。
まさかこんな攻撃があっただなんて……。
危なかった、完全に尻尾は意識の外だった。
まだ槍を持つ手がしびれている。
強化された動体視力でギリギリ軌道が見える程度の龍の尻尾は、まるで鞭のように自在に空中を動き回る。
ヒュンヒュンと空中を舞っていた尾が、一際大きく動いた。
「くそっ!」
早すぎてほとんど見えない。
辛うじて身をかがめた俺のすぐ真上を、龍の尾が掠める。
これは拙い。
攻撃なんて気にしている場合じゃなさそうだ。
俺はしっかりを腰を落とすと、尾の動きに集中する。
尾のスピードはますます速くなっていき、鞭ようにしなりながら俺に向かってくる。
俺は両手でしっかり握りしめた槍で、おぼろげに見えるその影を弾き返していく。
右、右、左、右、上、上はフェイント! 左、右、右。
キンキンという激しい音が周囲に鳴り響き、周りで空気が破裂する。
尾の猛攻はさらにスピードを上げる。
ヤバい、処理が追いつかなくなってきた。
振り遅れてギリギリ弾き返すも、ヒットポイントがずれた打撃の衝撃が俺の手に蓄積する。
だんだん握力が無くなってきた。
「があああああああーーーー!!」
俺は声とともに気力を振り絞り、それでも何とか弾き返す。
キンキンという高い音は、ガンガンという芯を外した鈍い音へと変わっていた。
……駄目だ……捌ききれない……!
――ゴッ
一瞬、ほんの一瞬自分の中に諦めが芽生えた瞬間、俺の腹部が消し飛んだ。