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原初の地  作者: 竜胆
1章
46/144

ぼすせん

 


「ガフッ!!」


 体のバランスを崩し、俺はそのまま背中から手のひらの中へと落下した。


「ぐっ……」


 い……息がっ!


 背中を強打したため、苦しくて息ができない。

 いったい何が……。


「ゲホッ! ゲホッ!」


 体を包み込むほどの巨大な液体が、凄い速さで俺にぶつかってきた感触がしたが、いったい何だったんだ。

 俺の体はビショビショに濡れている。


 落下地点がずれたせいで、まじで死にかけた。

 万が一のために熊の毛皮を敷いててよかった……。


 背中を強打したことと、体中がびしょ濡れになっている以外は変わったことはなさそうだ。


 何が起こったのかよくわからんが……。


 落下の衝撃から回復した俺は、慌てて周囲を見渡した。

 水玉はアレ一発だけだったようで、他に飛んでくる気配はない。


 それよりも、だ。


 大地が、動いている。

 まるでエレベーターに乗っているような感覚だ。


 そこは、直径10メートルほどの小さな大地。

 縁には8本の巨人の指が飛び出ており、その周囲には大木の枝葉が下に流れているのが見える。今もなお上に向かって上昇し続けているようだ。

 上を見上げると、巨大な顔が俺を見下ろしていた。


「やった……。おっしゃあああああーーーー!!!」


 それを見た瞬間、俺の口から歓喜の声が上がっていた。 

 成功したっ! 計画の一番の難関を乗り越えたっ!

 俺はやり遂げたんだ!!


 まじで生きた心地がしなかった。

 なんせ、わからない法則だらけなんだ。


 なんだよ、森の中で巨人が見えないって。

 物理的に考えてあり得ないだろ。正直この情報を知ってから、俺は常識を捨てて物事を考えるようにした。


 まだ、意味が分からないことが多いこの世界だが、本当に決定的に理解できない事と言うことはそれまで起こっていなかった。

 意味を説明しろと言われたら答えられないけど、まだ理解の範疇だった。


 意味が分からないまま使ってるものなんて沢山ある。テレビだって、車だってなんで動いてるのかなんてぼんやりとしかわからない。


 それでもなんとなく想像がつくようなことがあるからこそ、それで何も考えずに受け入れられていたのだが、あれだけ巨大なものが見えない、気づけないってのは意味が分からない。


 そこでようやく、俺はあり得ないと思えるような推理にまで手を伸ばすことができた。

 つまり……森の外から見る時間軸と、中にいるときの時間軸が違う、もしくは次元が違う……そういうことだと推理した。


 俺の頭じゃそれくらいしか思い浮かばなかったのだが、時間、もしくは次元が違う場所で行われていることが、いずれかのタイミングで森の中に反映されてるんだとしたら、いくら森の中からアプローチしても無駄だ。


 そこで俺は、何度かバンブーハウスを作成して崖際まで巨人をおびき寄せた。

 これは日記にヒントがあったのですぐに思いついたことだ。エマとメリルが探索中に発見した習性だ。


 試しに巨人が掬い上げた地面に向かって石を投げると、石は地面の上に転がりそのまま巨人は地面ごと石を運んでいった。


 次元が違っても、森の外からなら……巨人が見えている太古の森の外からならアプローチが可能かもしれないという予想だった。

 俺の巨人に対する推理が正しいかどうかはわからない。だけど、石が乗ったという事実が大事だ。


 石が乗ったなら俺も乗れるはず。

 どうやってその地面に乗るのかはいろいろ必死に考えたが、結局ジャンプして飛び乗るという方法しか思い浮かばなかった。


 それでも、余った時間を使って必死に成功率を上げる方法を考えた。

 まず最初に確認したのは、自分の飛べる距離。

 全く届かない距離だとどうしようもない。


 森の縁、とにかくギリギリまで崖に近づけて作ろうと思ったらおよそ15メートルの距離が限界だった。

 一番森が出張っている場所が、今日バンブーハウスを建てたあの場所だったのだ。


 普通に平らな地面で跳べる距離を試してみた結果、走り幅跳びでおよそ10メートルほどのジャンプができた。

 一流アスリートの世界記録でも確か9メートル弱くらいだったはずだから、スポーツも何もしてない俺からしたら脅威の距離だ。


 だが、それでも崖から森までの距離には3メートル以上足りない。100メートルの高さを換算しても、ギリギリ距離が足りなかった。

 そこで俺は本番ギリギリになってから少し大きめのモンスターを一匹倒した。


 銀の煙を吸うことで肉体が強化されることに賭けたんだ。

 それがベルフュート。


 なぜ本番ギリギリになってしまったのかというのも、理由がある。

 怪鳥だ。時間に余裕があるうちに銀の煙をため込み、もしも呪いの段階が上がってしまった場合、怪鳥をそれまでやり過ごすことができない。


 万が一煙を吸って呪いが強化されてしまっても、本番ギリギリだったら運が良ければ一気に巨人に飛び乗って森の外まで逃げ出せるんじゃないかと言うことだったんだが……冷静に考えると普通に無謀な作戦だった気もする。


 ベルフュートを倒すことで、目論見通り地面の上での走り幅跳びがおよそ12メートルになった。

 正直ギリギリだったが、それでもまだ俺には勝算があった。


 それが、このタケコ○ターのような豆。

 ヘリ豆と俺が名付けたその豆は、暗い場所では発芽しない。


 光りに当てて衝撃を受けた途端に発芽するこの豆を使うことで、飛距離を稼ぎ、なおかつ落下の衝撃を和らげるつもりだった。


 だが、この光の量と言うのが厄介で、薄暗い程度の光量では発芽しきれない。

 巨人がメインのこの計画上、どうしても夜に決行する必要があったこの計画でこの豆を使うことは当初不可能かと考えていたのだが、満月の夜を選ぶことでその問題もクリアした。


 面白いようにパズルがハマっていき、導かれるように計画が進んでいった。

 必要なピースを本当に全部そろえることが出来ていたんじゃないかと思えるほどだ。


 一応念のためと思って敷いていた熊の毛皮ですら、不測の事態に役に立ってくれた。


 ただ、計画の中核を担うほど重要視していた豆の存在だったのだが、いざ本番になると頭が真っ白になって存在を忘れてしまっていた。

 緊張とパニックってのはこんなに我を忘れさせるものなんだな。


 晶があそこで助けてくれなかったらと思うとゾッとする。


 なんにせよ、数々の障害をなんとかクリアしてここまでたどり着いた。

 あとは、巨人が勝手に森の向こう側へと俺を運んでくれる。


 森の向こう側がどうなっているのかわからないため、これ以上の計画が立てれなかったが、出たとこ勝負だ。


「くはぁぁぁ……疲れたぁ……。おい、とげぞうそろそろ出てきて――」


 ――グルァァァァァァ!!


「っ!?」


 極度の緊張から解放され、ゆっくりと上昇する大地から地上の様子を覗き見ようとした時だった。

 眼下から、突如として巨大な咆哮が上がる。


「なんだ!?」


 俺は慌てて舞台のそでまで駆け寄ると、巨大な指の隙間から地面を見下ろした。


 ――グルアァァァァァ!!


 眼下の巨木の幹を、何かが駆け上がってくる。

 金色の小さな光を携えたそれが、恐ろしいスピードで近づいてきているのが見えた。


「お……おい!! 巨人! さっさと上昇しろ!!」


 慌てて巨人に向かって叫ぶ。

 急げ。早く腕を上げてくれ。


「はやくしろおおおおおお!!!」


 ゆっくりと上昇し続ける巨人の手のすぐ真下に、あの青い龍が迫っていた。







 龍は、ものすごい勢いで木の幹をよじ登ってくる。


 なんてやつだ。

 奴は4本の足をしっかりと幹に食い込ませ、真上に走っている。


 やばいヤバいやばい。

 なんであいつが登ってくるんだよ!


 何が何でも俺をこの森から逃がさないつもりとでもいうのか?

 なんでよりによってお前なんだ! お前は俺と何の関係もないじゃないか!


 早く、早く上昇してくれ。

 あと少し上がってくれれば森の木よりも高くなる。そうなれば追ってこれないはずだ。


 いかに龍が早いと言えど、今のままのスピードで上昇すればなんとかぎりぎりで木の高さを超えれる……か?


 ぐんぐんと龍が近づいてくる。


 あと少し……頼む、あと少しなんだ……!

 龍の爪が幹に刺さるメキメキという音が、枝葉をかき分ける音に変わった。

 枝葉の生い茂る中へと突入しても、龍のスピードは衰えない。


 バキバキと言う枝を折る音を響かせながら、茂みの中を移動しているのがわかる。


 はやく……早く!!


 俺は巨人に対して祈ることしかできなかった。

 すでに、すぐ真上に木の頂点が見えている。

 焦る俺の額を一筋の汗が流れ、地面にシミを作る。


「水……?」


 あの水は……こいつが放った水だったのか?

 そうだ、こいつは水龍……水のレーザーが打てるなら、水の塊を放つことなんてわけないはずだ。


 豆を使い、浮き上がった瞬間飛んできたあの水は、俺を落とすためにこいつが地上から放った水球だったんだろう。

 どれだけ俺を逃がしたくないんだこいつは。


 しかし……。


「俺のことは、見えてなかったはずなのに……」


 以前出会ったときは、俺ではなくとげぞうを見ていたはずだ。

 だからこそ以前であったときは、なんとか生き延びることが出来た。


 それが今、明らかに龍は俺を追ってきている。とげぞうは鞄に入って隠れたままだ。

 考えられる原因は一つ。


「ベルフュート……か?」


 あいつの煙を吸ったことで、水龍の視界入るようになってしまったのかもしれない。


 それにしても、こんなに無茶して追ってくるほど俺はこいつに恨まれた記憶がない。これが恨みの第二段階だというならまだしも、怪鳥が反応していない以上そういうわけではないはずだ。


 なにかがひっかかる。

 何かはわからないが、俺の頭の片隅にすっきりしないものが残っている。


 だが、それが何なのかはっきりと答えを出せず考え込もうとした瞬間、


「森が……!」


 巨人の手が、木々の背を抜いた。

 突然周囲の視界が晴れ、紺色の空が視界いっぱいに広がる。


「は……ははは……」


 間に合った!


 木々が無ければ龍は追ってこれない。

 ぎりぎりだった。


「残念だったな!! こんなところで捕まるわけにはいかないんだよ! 追えるもんなら追ってきてみやがれ!」


 ――ザンッ


「っ!?」


 逃げ切ったと分かりテンションの上がった俺が、捨て台詞と共に悔しがっているであろう龍の姿を見下ろすのと同時だった。


 一際大きな枝葉をかき分けるような音が聞こえたと思うと、木の頂上まで走り続けた龍が、そのまま勢いを殺すことなく空を飛んだ。


 龍が天に昇る。


 龍の体は一直線に伸び、その頭が巨人の手の縁に引っかかった。


「う……うわあああああ!!」


 慌てて俺は舞台の反対側まで後ずさりをして距離をとる。

 こいつ……飛び乗って来やがった……!

 本当に追ってきてんじゃねぇよ!!


 龍は何度も落ちそうになりながら体をうねらせ、その長い体を無理やり上へと引き上げていく。


「グルルル……」


 やがて龍は体を安定させる。

 巨大すぎて体が半分ほど空中にデロりと垂れ下がったまま、龍は俺をにらみつけた。


 奴の息吹が、俺の頬を撫でる。


 上空数百メートル。直径たった10メートルの舞台の上で、俺と龍は対峙していた。





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