とべ! げんき!
……ゴゴゴゴゴゴゴ。
気が付くと、地鳴りのような音を鳴らしながら森の中央に巨大な土煙の柱が出現していた。
「始まるのか……。うまく……いくよな……?」
ゴクリと生唾を飲み込む。
震える声が、無意識に俺の口から洩れた。
くそっ、不安で手まで震えてきやがった。
心臓が自分のモノじゃないぐらいうるさくて、全身の血管が脈打ってるのがはっきりとわかる。
ヤバい、何も考えられない。頭が真っ白になりそうだ。
落ち着け……冷静になれ……。
無理やり心を落ち着けようとするが、一向に鼓動が収まらない。
簡単に巨人に乗るとは言っても、少し考えただけでも乗り越えなければならない障害がいくつもあった。
それらを一つ一つ自分で考えながら取り除いていって、導き出した答えに自信はある。
だが、それでも不安はぬぐえない。
出した答え自体が間違いと言うこともあるし、誰にも相談できない以上思わぬ落とし穴があるかもしれない。
何よりも、答えに自信があっても自分自身に自信がない。俺が導き出した答えだということが、一番の不安要素だ。
「今更うじうじ言ってても仕方ないか……。想定は完璧、今日を逃したらあとはまた次の満月を待たなきゃならなくなる。神様……に祈るのはやめとこう。晶、見守っててくれよ。お前を絶対そこから出してやるからな」
こんなところへ連れて来て、運命を弄ぶ神なんかに祈る気分にはなれない。
自分自身も信じることはできないが、それ以上に神様を信用できない。
結局のところ、自信があろうがなかろうが、自分が決めて自分が選ばないと先に進むことはできないんだ。
覚悟を決めろ、死んだら晶に土下座しよう。
◇
巨人が土煙の中から姿を現し、腹の底に響くような轟音が周囲に響き渡る。
ゆっくりと煙の中から姿を現した巨人が、土煙が引くと同時に俺の方を見た。
俺を見ているんじゃないとわかっても、一瞬ドキッとしてしまう。
その、のっぺりとした岩の頭を俺の方へと向けた巨人は、ゆっくりと方向転換をし、顔を向けた先へと歩き出した。
……よしっ。第一段階は突破だ。
思わずガッツポーズをとってしまった。
何度も試験運転を行い、大丈夫だとわかっていても本番で万が一躓いてしまったら話にならない。
巨人はゆっくりとした動きで、だがスピードは恐るべき速さで俺の方へと歩いてくる。
あまりにも巨大すぎて動きがゆっくりに見えているだけだ。おそらくこいつの歩くスピードは、時速数十……いや、数百キロにもなるだろう。
つまり、ものの数分で奴はここまでたどり着く。
そうこうしている間に巨人はどんどん大きくなっていき、あっという間に俺の視界に納まりきれないほどの大きさになってしまった。
何度見てもこの姿は圧巻だ。
だが、そんな巨人の姿に見とれている場合じゃない。
俺は今からこいつに乗り込まなければならないのだ。
それを成し遂げるためにまず考えた障害、それはどうやってこいつに乗るのか? と言うことだった。
森の中を自由気ままに動き回っているこの巨人に乗り込むにはどうしたらいい?
これが難問だった。
足元からよじ登れば……とも考えた。
だが、巨人は森の中にいると見えない、触れない。
「……結局これしか思い浮かばなかったんだよな……」
巨人はすでに目の前まで迫っていた。
俺の目の前までやってきた巨人は、もはやただの茶色い壁としか言いようがないほど俺の視界を覆ってしまっている。
その巨人が、その場にしゃがみこみ、俺に向かって頭を垂れた。
ゴツゴツとした石の卵のような頭が、俺の目の高さまで降りてくる。
巨人はそのまま、地面に向かって手を伸ばし、何かを掬い上げるような手を作り上げた。
そこは、まさについさっきまで俺が戦っていた場所。
そう、バンブーハウスが建っていた場所だ。
巨人は、自分の森に作られた建物を許さない。
俺はバンブーハウスを餌に、巨人を呼び寄せたのだ。
これが、第一段階。
「すぅー……はぁ……」
俺は目を閉じ、大きく一度だけ深呼吸をした。
新鮮な空気が肺へと送られ、血液が全身に酸素を送る。
いい感じだ、緊張感と相まって程よい感じにテンションが上がってきた。
俺はカッと目を見開くと、全力で地面を蹴る。
目の前には巨人の頭。
「だあああああああああああーーーーーーーー!!!!!」
強化された体が、地面を踏み抜く。きっと俺の後ろには、漫画のように砂煙が上がっていただろう。
俺は崖に向かって全力で走り出していた。
一瞬でトップスピードまで上がり、視界の全てが後ろへとすごい速さで流れていく。
やがてそれらの色が混ざり、俺の視界は崖の縁以外すべてが白くなった。
――ダンッ!
短い滑走路を走り抜けるのは、一瞬だった。
白に囲まれた視界が開ける瞬間、俺は持てるすべての力を足に込めて地面を押しやる。
グンッと俺の体が持ち上がり、視界はスローモーションに変わっていった。
ゆっくり、ゆっくりと目の前の茶色い壁が近づいてくる。
地面までの高さ、およそ100メートル。
俺は今、空を飛んでいる。
そう思えるほどの高さを、ジャンプしたのだ。
ゆっくりと視界が流れる。
俺の体はまっすぐに巨人の頭へと向かっていた。
あと少し、あと少しで手が掛かる。
今の俺の握力なら、指さえ岩肌に掛かればよじ登れるはずだ。
このまま……このまま……!
「ああぁぁぁぁぁぁ……!」
順調に進んでいた俺の体は、失速した。
重力に引き寄せられ、見る見るうちに茶色い壁が遠ざかっていく。
俺の手は、巨人の頭へと届くことは無かった。
◇
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁっ! くそっ! 次だ!!!」
俺はバランスの崩れた体を無理やり整える。
まだだ!
これもまだ想定の範囲内だ。
まだ次の手を考えてある。
いや、むしろ頭に届けばというのはよく合わばと言う程度のものだ。
本命はむしろこっち!
俺は足から落下しながらも、素早く下を見据えた。
そこには、空中に浮いた大地。いや、巨人が掬い上げた地面があった。
激しく踏みつけられ、見るも無残に潰されてしまったバンブーハウスの残骸が見える。
あそこだ。あそこに着地できれば……!
「くそっ!!! 遠いっ……!」
はるか下に見える巨人が掬い上げた地面は、巨人が掬い上げている最中のため俺の方へと近づいてきている。
そのため斜めに落下している俺と交わるはずだった点が想定よりずれてしまっている。
さらに、普段より巨人が掬い上げた場所が遠かったせいでこのままでは巨人の手をすり抜けて俺は地面に落下してしまう。
「とどけ……届けえええええええ!!!! 何のために無理やり銀の煙を吸ったと思ってんだあぁぁぁぁぁ!!」
俺は必死に手足を動かし、少しでも前に行こうと空中でもがき続けた。
巨人の手が、俺のすぐ目の前まで迫っている。
ダメだッ! 距離が……足りない!!
『元希! 種だ!!』
明らかに距離が足りないとわかりパニックになったその時、俺の頭の中に声が響いた。
「っ!!」
俺は慌ててポケットに手を突っ込むと、中に入っていた物を取り出す。
そしてそれを手に持ったまま両手をパンと合わせた。
――ブブブブ……ブゥゥゥゥーーーン!
その瞬間、俺の手の中で何かが暴れ出し、慌てて握りを変えたその手から植物の芽が姿を見せる。
途端に俺の落下し続ける体が一瞬フワリと持ち上がり、緩やかに落下を始めた。
「やった……! 今ので余裕ができた!!」
フワリと浮いた体は、浮力だけでなく、さらに前に進む推進力まで得ることが出来た。
そのわずかな推進力が、俺と巨人の手との距離を埋めた。
俺のすぐ真下に、巨人の丸めた手が添えられている。
「いける! これで確実に着地を出来……ウブッ!」
体の落下していく放物線が明らかに軌道を変え、その落下先に巨人の手が見えて安心した瞬間だった。
突然巨大な液体の塊が俺に突っ込んできた。
斜め下から突然打ち込まれたそれが当たった衝撃で、俺の体はさらに軌道を変える。