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原初の地  作者: 竜胆
1章
44/144

ふぁいなるあんさー



「死んだか……?」


 俺の足元に転がるのは、一匹の死体。

 俺の背丈よりも巨大なハエで、図鑑にはベルフュートと名づけられていた奴だ。


 ついさっきまで巨大な羽音を立てながら森の中を縦横無尽に飛び回り、俺が作ったバンブーハウスを壊そうとしてきやがった。


 俺に向かってカマイタチのような真空の刃を飛ばしていたベルフュートだったが、槍に串刺しにされて絶命した今では足を丸めて地面に転がっている。


 俺はベルフュートの体に突き刺さった槍を引き抜くと、ブンッと槍を横に振った。

 槍に付いていた謎の体液が地面に飛び散ちる。


「っつ……」


 槍を振った腕がズキンと痛んだ。

 どうやらベルフュートのカマイタチが二の腕を掠っていたようだ。

 俺はボディバッグに入っていた薬草を患部に発布し手当をすると、崖沿いの道へと向かって歩き始めた。


 今貼ったバナナの葉によく似た薬草は日記に載っていた物だが、効果が半端じゃない。あっという間に擦り傷程度なら癒してしまい、深い傷でも鎮痛効果で痛みをすぐに消してくれる。正に薬草オブ薬草だ。


 あまりに深い傷には直接体内に取り入れるといいらしいが、あまりの気持ちよさに常習性が強いらしくお勧めできないようだ。中毒になってもこまるし、出来ることならそんな深い傷も負いたくないな。


 バンブーハウスは、檻のように森の周囲に立ち並ぶ大木の内側に建てているため、大木を一本超えるとすぐに崖沿いの道へと出られる。


 とは言っても、その大木が規格外の大きさのため1メートル間隔程度しか開いてない隙間を超えるためには太い根が何本も絡みついた巨大な根の壁ともいえる物を股越さなければならない。俺は巨木の根をよじ登るようにして乗り越えると、恐る恐る木々の隙間から空を見上げた。


 おぉ、居やがる居やがる……。

 空を見上げると、オレンジ色に染まった夕暮れの空を怪鳥たちの黒い影が飛び交っている。


 ギャーギャーと気味の悪い声を上げながら飛びながらも、あいつらは一切俺のことを襲おうとはしない。


「よかった……まだ許容範囲内みたいだな……」


 どうやらベルフュートを倒した時に吸収した銀の煙では、呪いの段階を引き上げられることは無かったようだ。


 俺はもう一度森へ少しだけ戻ると、勢いをつけて走り出し、木の根の壁を踏み台にして森から飛び出した。


「だりゃああーーーーー!!」


 森から出た途端勢い良くジャンプすると、体がグンと空中に持ち上がり、思った以上に高く揚がる。


 予想外の高さにバランスを崩しかけながら着地した場所は、道を挟んだ反対側の崖にもう少しでタッチできるというところだった。


 これは……想像以上だな。まるで自分の体じゃないみたいだ。

 ベルフュートと戦った時も感じていたんだが、突然強くなるってのはこういうことなのか。全然感覚が付いていかない。


 脳のリミッターが外れた今、俺の肉体は超人的とも言える力を得ていた。


 何を隠そう、この崖沿いの道幅はおよそ12メートル。歩道を含めた二車線の道路をジャンプで飛び越えられたようなものだ。

 さらに、ベルフュートとの戦いでは明らかな動体視力の向上や、反射神経の強化が見られた。


 怪物たちの動きが見え、反応できるのだ。かなりの肉体レベルがアップしているらしい。

 ただし、それに自分の今までの感覚が付いていかないため違和感が半端じゃない。


 しかも……。


 俺はチラリと崖へと目をやった。


「もうちょっと……か。でもこれ以上は無理だな。危険すぎるし、時間がない。行こうかとげぞう」


 空はオレンジ色に染まり、もう数刻もすれば周囲はすっかり暗闇に包まれてしまうだろう。

 そうなってから移動しているのでは遅い。


 家を壊されないように守る作業もこれまでだ。あとは移動中に壊されないよう天に祈るしかない。

 俺は事前にまとめておいた荷物を抱えると、移動を開始する。






 移動を終え、目的の場所にやってくるころには日がすっかり落ちてしまっていた。

 だが、周囲は思ったほど暗くはない。

 太陽の代わりに上ってきた月が周囲を異様に明るく照らしている。


 今日は、満月。月齢で、最も夜が明るくなる日……なのだが……。


「なんなんだこの明るさ……日記に書いてあって知ってはいたけど、昨日までの明るさの倍くらいあるんじゃないか……?」


 青い月と黄色い月が真円を描く時、森はその相乗効果で白夜のように明るくなると日記には書いてあった……が、これは想像以上だ。


 確かに周囲はまるで昼のように明るく、空を見上げなければ夜だとは気づかないほどだ。


 昨日までのちょっとだけ満月に足りない、欠けた月ではそんなこと起こらなかったんだけどな。これもこの世界の不思議現象の一つってことか。

 だが、これだけ明るいということはうれしい誤算だ。俺の計画に追い風が来ている気がする。


 明るく照らされた森は歩きやすいが、時間が分かりにくい。

 俺が今いる場所は、いつも昼食や休憩を取っていた崖上の道、滝の真上……から少し離れた場所だ。


 この場所は滝の真上に比べたらそう広くない場所だが、多少拓けていて見通しが良い。崖際は総じて木が生えてないため道として活用できているのだが、この場所は丁度森が奥まっているため広場のようになっているのだ。


 しかも、丁度真下の辺りには俺が昼に建てたバンブーハウスがある。


 俺は眼下に広がる太古の森を見渡した。青白い光に照らされた森は、鬱蒼としており、シンと静まり返っている。

 もう少しだけ時間がありそうだ。


「とげぞう、作戦は覚えてるな? もうちょっと時間があるから確認しておくけど、絶対その中から出てくるなよ?」

「きゅ」


 背中に回しているボディバッグの中から、くぐもったような声でとげぞうが返事をした。

 よしよし、とりあえず意思疎通はできている……はずだ。


 俺は森の様子を見つめながら、今日の昼の出来事を思い出していた。








「いいかとげぞう、今から話すのはとても大事なことだ。難しくてわからないと思うから詳細は省くけど、俺が何をするのかの簡単な意味だけは知っていてくれ」

「きゅっきゅー!」


 とげぞうは、まかせとけ! と言った感じで元気に返事をした。

 これは昼の洞窟でのとげぞうとのやり取り。


 俺は、とげぞうに一世一代の大脱出計画、その概要を説明していた。


「いいかとげぞう、俺たちは今から家を建てる。これは数日前から何度もやってきたからわかるよな? 家を建て終わったら、俺たちはその家を死守しなきゃならない。まぁこれは今までの感じだと滅多に壊される心配もないし、嫌だったら夕暮れ前に建てればいいんだけどな」

「きゅぅ?」


 とげぞうが俺の話を聞きながら首を傾げた。


「んじゃ夕方に建てろって? それがな、今日はちょっともう一つしなきゃならないことがあるし、本番をそんなギリギリのスケジュールで動くわけにはいかないからな。んで、そのもう一つしなきゃいけない事っていうのがもう少し銀の煙を蓄えなきゃいけないことなんだ。つまり、もう1匹か2匹……小動物だったらもう少しかな。狩りをしなきゃならない。今のままの体力じゃとてもじゃないけど俺の計画はすすまないからな……だから、お前は昨日立てたルールをしっかり守るんだぞ? 俺とお前がしっかり連携を取れれば、戦える……はずだからな」

「きゅっきゅきゅきゅー!」







 ……ここまではうまくいった。限りなく作戦通りだ。

 とげぞうとの連携もうまくいって、大きな被害を出すことなくベルフュートを狩ることが出来た。


 出来ることならもう一匹狩りたかったが、手ごろなやつが現れることが無かったから仕方ないだろう。


 銀の煙を吸うことに若干の抵抗はあったが、これはどうしても必要な強化だった。

 呪いの段階を引き上げてしまう危険性はあったが、冷静に考えると小動物ばかりだったとは言え、マックスたちが狩りを続けて一年くらいかかってようやく段階が引き上げられたのを、俺が一週間や二週間で貯めれるわけがなかったからな。


 とは言ってもよくわからない以上は出来るだけ貯めない方がいいことは明確だ。


 とにかくこれで最低限必要な強化ができた……はずだ。

 この後の計画は、とげぞうには伝えていない。

 とげぞうには、この後激しい移動があるから俺の鞄に入っておけとだけ伝えてある。


 ここから先は、正直一つのミスが命取りになる。

 一緒に来てくれるとげぞうの気持ちはありがたいが、命を懸けるのは俺だけでいい。


 とげぞうの入っているバッグにはダンゴムシプロテクタ―や、クッション材などをいれて出来る限り安全なようにしてある。

 これで俺に万が一のことがあっても……衝撃に耐えられるはずだ。 


 そうこうして思考の海に潜り込んでいた時だった、ぼーっと虚空を見ていた俺の視界に、光が入ってきた。


 森の真ん中に、光の玉が浮いている。


「うおっ! 来てたのか!」


 俺は慌てて立ち上がると身構えた。

 ……巨人の登場だ。


 周囲が明るかったため、光のドームに気付かなかったのだろう。

 気づいた時にはすでに光は収束し終わって森の中へと沈んでいる最中だった。


 光りの玉が沈んだ場所から、山が競り上がっていく。

 変身が完了するまでもう少し……か。今のうちに計画の最終確認をしておこう。


 俺は、巨人の変身を見ながらも意識を自分の思考へと向けていく。






 俺の脱出計画は、かなりシンプルだ。

 こんな事態に陥っていたからだろうか、難しく考えすぎていたのかもしれない。

 答えは、人間が100年以上前からやってきていたことだ。


 つまり……自分でいけない場所なら、乗り物に乗ればいい。


 なにも、自力で森を脱出する必要なんてなかったんだ。

 すべてのカギは、今までの遭難生活の中にちりばめられていた。


 俺はそれらを、知らず知らずのうちに拾い集め、そして日記という最後のカギを得たことで答えへの道が開いた。


 簡潔に答えを述べよう。


「俺は今から、巨人と言う乗り物に乗って森を抜ける」


 これが俺が必死に考えてようやく導き出した答えだった。








  

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