だっしゅつにむけて
……遭難18日目。
外の様子をうかがいながら、恐る恐る洞窟の周辺を調べてみる。
巨大なトンボが無音で同じルートを飛んでいるが、ノンアクのようだからほっとこう。
洞窟のあるこの小さな丘の上には畑の名残があった。
丘には大木が生えていないため、深い森の中でも太陽光が射しこみ作物が育っていたようだ。
さすがに50年も昔の畑だったためか、ほとんど原形をとどめていないその畑跡には、小さなジャングルのように色々な種類の植物が生い茂っている。太古の森では珍しく日光が射しこむため、雑草が絡み合ってひどい状況だ。
「いくつか作物も実ってるみたいだな。これは……豆?」
目の前に生っていた大きめの豆を突いてみると、突然豆が発芽し、ブーンという音と共に空高く飛んで行ってしまった。
「び……びっくりしたぁ……。これが日記に書いてあった奴か……優しく取って暗闇に入れると発芽しないんだっけ……?」
メリルが発見したという豆だ。
しまったな。時期が悪いのか数個しか生っていなかった豆をそっとボディバッグにしまい込む。
よくよく見てみると図鑑に描いてある奴がいくつも生えている。持ち前の生命力の高さでその場に根付いた奴が沢山あったんだろう。
見つからない奴もいくつもあったが、食べれるものが判明するだけでもありがたい。
◇
……遭難20日目。
お腹の調子が悪い。
心当たりがあるから大事になることは無いと思うが、すごく気持ち悪いなこれ。
お腹の中を何かがウネウネと動いているようだ。
◇
……遭難23日目。
空には二つの月。大地には巨人。
相変わらず巨大な青い満月と、最も満月に近づいた、だが真円にはなり切れない黄色い月が暗闇に浮かんでいる。
そして、その二つの月がもたらす淡い光に照らされた巨人が、黒く染まった森を踏み分ける。
俺は今、崖の上から巨人の動向を探りに来ていた。
「相変わらず糞でけぇな……」
崖の上に立っているにもかかわらず、さらに上を見上げなければ巨人の表情のない顔を見ることはできない。
その巨人は、つい今しがたあの変形を終え、土煙の中から現れたばかりだ。
巨人は土煙から抜け出すと、真っ先に俺のいる崖の方へと向かって一直線に歩き出した。
数キロはあった距離をあっという間に詰めた巨人は、崖の上から見ていた俺の目の前で止まるとしゃがみ込む。
まるで、俺に跪くかのようだ。
そう、俺は巨人を屈服させた――わけではない。
巨人はそのまま、地面の土を大きく掬い上げると、遠く森の向こう側へと歩いていった。
「ふむ……これで3日連続か……。例外は無いみたいだな。帰ろうかとげぞう」
「きゅ!」
俺は、足元で虫を追いかけていたとげぞうがフードに潜り込んだのを確認すると、崖の上を後にした。
◇
「ふぅ、やっと帰ってきた……ってちょっとまてとげぞう!」
拠点へ帰ってくると、即座に俺のフードから飛び出し巣穴へ戻ろうとするとげぞうを呼び止めた。
「……お前なんか最近おかしくないか? すぐに巣穴に戻るし、出かけてもちっとも自分で歩こうとしない……のは前からか。それにしても最近干し肉も残してるみたいだけど大丈夫か?」
竈を囲っている石の椅子に座り、とげぞうを膝にのせて話しかけるがとげぞうはずっとそっぽを向いたままだ。
黙ったままのとげぞうを横目に、俺は竈に薪を追加する。
パチパチと音を立てながら、竈の火が踊った。
先ほどは虫を相手に遊んでいたが、最近とげぞうは食欲もないようだしいまいち元気がない。
この洞窟へ来た時くらいからだろうか。以前の体調不良の時と違って、場所が変わっても体調が変わらないようなので本格的に病気の心配があるが、とげぞうが頑なにこの話題になるとスルーしようとするのだ。
「……大丈夫なんだな? 信じるぞ? きつくなったらちゃんと言えよな?」
「……きゅ」
とげぞうは短く返事をした。
ったく、こっちは心配して声かけてるのに。
まぁ大丈夫と言うなら信用するしかない。
「まぁそれはそれとして、今日は別にもう一つ話があるんだ。ちゃんと聞いてくれよ?」
「きゅ?」
話題が変わると、とげぞうは俺の方を向いて首を傾げた。
「実はな、俺は近いうちにこの森を出る……予定だ。俺はもともとこの森の住人じゃないのは、ずっと森を脱出しようと動いてたんだから知ってるよな? 実は、そのメドが立ちそうなんだ」
「きゅぅ?」
とげぞうが、何が言いたいの? と言った感じに首を傾げてくる。
「道が……見えたんだ」
森の外へと続く道が。
俺は、正解を導き出せた……はずだ。
「異常な事態が続きすぎて難しく考えすぎてたんだろうな……。それで……な? 俺の出した答えは結構シンプルなものに落ち着いたんだけど……シンプルなだけに危険で、正解かどうかがわからないんだ。だから……これに失敗したら俺は死ぬだろう。そして、正解だったらそのまま俺は森を出ることになる」
「きゅー……」
一瞬訪れた静寂の中、竈の火が一際大きくパチンと弾けた。
とげぞうには難しい話だったようだ。理解するのを諦めたように小さく鳴くと、後ろ足で体を掻きはじめた。
「んー、そうだな……死ぬかもしれないし、森に戻ってこれなくなるけどお前はどうする? ってことだ」
色々すっとばしてシンプルに質問した。
とげぞうはこの森の住人だ。故郷に居るのが一番かもしれない。
だから、脱出を決める前にとげぞうの意思を確認しておくべきだと思ったんだ。
「きゅ!? きゅー! きゅー!」
すると、突然とげぞうは顔を上げて俺に向かってプンプンと怒り出した。
何を言っているのかよくわからないが、今更そんなこときくんじゃねぇよべらぼーめぇってかんじだろうか? べらんめえ口調なのはただの気分だ。
「ん……そうか。それなら別にいいんだけど……」
あまりにプンプン怒っちゃうからそれ以上確認が出来なかった。いったい何でこんな俺に着いてくる気になったんだ……?
まぁ俺としては着いてきてほしいと思って聞いたんだから、この反応はうれしいとしか言いようがないんだけども。
「それならちゃんと今後のことについて話すべきだな。前も言ったけど、俺たちにはきちんとした連携が必要だ。ルールをちゃんと決めようぜ」
「きゅ!」
その話ならノッた! と言わんばかりにとげぞうはうなづいた。
「それでだな……。……漫画のだな……。いやいや、だからそれはだめだって……」
この後、俺ととげぞうは深夜になるまで二人で話の通じない会議を続け、親睦を深め、連携を強化した……気になった。
効果のほどは、実戦で見てみるしかないだろう。
◇
……遭難24日目。
いよいよ今日、俺はこの森を脱出する。