あたらしいいえ
新しい拠点、洞窟の中は3年もの間人が住んでいただけあって拠点としての実用性はかなり高かった。
何とか無事に荷物を回収し、持ってきた松明の火を竈に灯す。
ゆっくりと燃え移った炎が徐々に周囲を明るく照らしだし、洞窟内の全貌がはっきりとした。
竈の炎に照らされた洞窟の中は、大量の埃で真っ白になりながらも、当時の生活の様子が見て取れるほど保存状態は良好だった。おそらく崩落で入り口が崩れたことにより他の生き物に荒らされることも、風化することも無かったのだろう。
流石は、最盛期には20人が暮らしていた洞窟だ。一番広いところでは、二車線道路のトンネルくらいの広さがある。その中央に位置するのが、今火を灯したばかりの竈だ。石で丸く囲んだだけの竈の周囲には、椅子にしていただろう大きな石が円形に並び、近くには丸太をそのまま縦に割ったようなテーブルが鎮座している。
地面を見てみると、木でできた割れた器や折れたナイフの柄のようなものが転がり雑然として、壁際には草を敷いた寝床がいくつも並んでいた。
どれもこれも埃をかぶって真っ白だが、寝床は草を入れ替えれば使えるし、壊れていない器や手作りらしき農具も、壁を削って作った棚に並んでいる。
このままここで生活をしても何の支障もなさそうだ。
ただ、洞窟の奥にいくつも並んでいる十字架は当然アレだろうし、炭で書いたと思われる落書きが異様な雰囲気をか持ち出しているのが玉に瑕だ。
「まぁそのうち慣れるだろ……。とりあえず50年分の埃を払いますかね」
いつまで居ることになるかわからないが、こう埃っぽいと生活に支障がでそうだ。少なくとも寝藁の入れ替えと、掃除はするべきだろう。
寝藁を適当に放り出し、葉っぱのついた枝で埃を払っていく。
空気の流れがないため、払った埃が舞い散りとげぞうが何度もくしゃみをしては顔を洗っていた。
「まぁこんなもんか……?」
洞窟の中のため、いくら掃除しても見違えるようにとはさすがに言えないが、それでも十分綺麗になった気がする。
埃被っていた道具類は綺麗に木目が見え、寝床には新しい緑色の葉っぱが敷き詰められている。
とげぞうは俺の寝床のすぐ横に巣穴を掘ったようだ。洞窟の中だから穴を掘る必要なんかなさそうだが、狭いところじゃないと落ち着かないのだろう。
「さて……まずは死体を埋葬するか」
俺は壁に立てかかった木でできたクワを手に取ると、洞窟の奥に並んでいる十字架周辺に穴を掘っていく。
「50年も野ざらしにされたんだ……いい加減、罪も許されるだろ。っていうか、生活してる横で骸骨が寝てるのはこえぇんだよ……」
独り言を言いながら、洞窟の入り口側に横たわる白骨死体に目をやった。
そこに横たわっているのは、あの日記をポケットに突っこんでいた死体。
あの日記の著者だと思っていた死体だ。
実はあの日記、この白骨死体が書いたものではないことが最後まで読むことで判明した。
では、この白骨死体は一体だれなのか?
その答えは、森を最初に脱出しようとして右足を失った男カレブだ。
カレブは――著者に殺されたのだ。
◇
日記の2年目後半。突然日付が飛び、一か月ぶりに書かれた日記には狂気が渦巻いていた。
ここから先は読んでいて気持ちのいいものではなかったので、さくっとまとめてしまおう。
まず生き残った5人の中で最初に死んだのは、恋人のエマだった。
2年以上のサバイバル生活で、これまでこういうことが起こらない方が不思議だったくらいだったんだろう。
密かに思いを寄せていたデヴィットが、強姦未遂の末にエマを刺し殺してしまったのだ。
治療の甲斐なく、「あなたは生きて」と著者に言い残し死んでしまうエマ。
怒り狂い、報復を行う著者。
一度生じた綻びは、すべてを狂わせていく。
デヴィットへの報復を終えた著者はその後抜け殻のようになり、再び日記を書かなくなった。
そして気が付くと、メリルが消えていたそうだ。
原因は、右足を失った男カレブ。
脚を失い不自由になった身を案じて、世話を焼いてくれていた少女に、劣情を催したのだ。
そのころ毎日のように、一人で森の中に何かを作っていたメリルに強引に言い寄ったらしい。
身の危険を感じたメリルは、誰にも何も言わずにジョセフィーヌと共に森へと消えていったそうだ。
恐らく自ら死を選んだのだろうという考察があった。
そして、その事実を知った著者がエマのことを思い出し再びその手を狂気に染める。
10歳という幼い少女を手籠めにしようとしたカレブを殺してしまったのだ。
残った著者は、そのまま数週間生き延び……最後に日記を纏めると、最後に森へ向かうとだけ書き残してあった。
……これがこの調査団遭難の顛末だ。
この後、著者がどこへ消えたのかはわからない。結局最後まで自分の名前を書かれてなくて、著者の名前が判明しなかったな。
恐らく彼は森を彷徨い獣に殺されてしまったか、呪いを蓄えて森の住人となってしまったんだろう。
エマの最後の言葉が、逆に著者を苦しめてしまったんだろうか。生きてと言われてもこんな森に一人残される方はたまったものじゃないな……。
◇
そうこうしているうちに、穴を掘り終えた俺は死体の骨を丁寧に拾い埋めていく。
「なんまいだーなんまいだー……お願いだからスケルトンなんかにならないでください」
アメリカ人に手を合わせるのも何か違う気がするが、とりあえず気持ちだけでもお経をあげておこう。
この人達が居たから、俺はまだ希望を持っていられる。この人達が果たせなかった脱出をすることが一番の供養だろう。
きちんと先住者達に挨拶をし終わったら、今度こそ洞窟内の探索だ。
まずは石版を探すとしよう。
とにかく自分の目で確かめないとな。もうぬか喜びなんてしたくない。
「えーっと……どこかな……」
少し洞窟の中を探してみると、石版はすぐに見つかった。
壁に掘られた棚に、大事に飾ってあったので一目瞭然だ。
俺は埃被った石版を手に取ると、息をふっと吹きかけ埃を飛ばす。
「ゲホッゲホッ」
変なところに埃が入って咽てしまった。
手に取った石版は、薄いクリーム色をした本くらいのサイズだ。
そこには、紐につながれた巨大な狼のような獣と、紐を引っ張り屈服させようとする人々の姿が描かれている。
「うーん、石版見ても何もわからんな……。とりあえず人が描かれているってのは間違いないんだから、人が居る証拠……だよな? 紀元前なんかの壁画くらいのディティールだから何もわからん」
せいぜいわかったのは、遺跡はかなり古いものなのかな? くらいだ。
他にもいろいろ見つけなきゃいけないものがあるのだが、案外物が多いため目移りしてしまって探索が捗らない。
表面がさびているが、研げばまだ使えそうなナイフに皮で出来た袋、壊れた懐中時計やコンパスに、ライトまである。
あ、これは狩りに使ってた武器か? 牙や骨でできた剣や槍、棍棒のようなものが大事そうに飾ってあるがどれもボロボロに風化してしまっている。
まじで森に来て最初にここを発見できていれば、道具も豊富で快適なサバイバル生活を送れたんじゃないだろうか。
あとからうじうじ言っても仕方ないとは思うが、世の中都合のいいことが無さ過ぎて無性に腹が立ってきた。
使えそうなものを見つけるたびに理不尽さにイラつきながら、探索を進めていった。
◇
「あった……これか……」
――ゴクリ。
これがうまくいけば……。
洞窟の奥まった場所から、脱出のための鍵だと最初に目星をつけたものを発見した。