いしのぬま
大改稿中
石板の出現など動機などが少し変わっていますが、物語の基本的な流れは変わっていません。
『
これを見ている漂流者へ。
この石像を見て絶望するな。
生き延びなさい。
此処は、神々の御座す場所。
人の住むべき場所ではない。
この石像は、先駆者だ。
彼の差す方角に、漂流者の集落が存在する。
私はそこで、いつまでも待っている。
もし会えなかった時は、森を抜けなさい。そこにきっと救いはある。
いつか、あなたが追いついてくれることを願って此処に記す。
劉 依然
』
それは、偶然見つけた石板に書かれた希望だった。
生きる希望って奴だ。
◇
時は遡る。
……遭難4日目、午前。
今日で、遭難4日目だ。
3日目はどうしたのかって? まぁ今から説明するから落ち着いてくれ。
右も左もわからない、異世界らしき森の中。
一体何をすればいいのか、どうしたらここから脱出できるのかすらわからない。
ひとまずの目標が、とにかく生きる事になるのは当然の事だった。
とにかく、生きるためには食べ物と水が必要だった。
なんせ、手元には何もないし辺りの生き物も見たことのない物ばかりなのだ。何が食べれて、何が毒なのかすらわからない。
食料を求めて森を彷徨えば、気づいたらいつの間にか植生はジャングルのようになっており、大量の化け物に襲われた。
酸を飛ばす大蛇に、巨大なダンゴムシ、歩く吸血樹に、人食い猿の群れ。生きているのが不思議なほど危険なジャングルだ。
俺はとにかく、息を潜めて逃げ出すだけで必死だった。
危険なのは生き物だけじゃない。
毒ガスの出る洞窟に、ピアノ線のような危険な糸の張り巡らされた森など、一歩間違えれば命を落としかねないポイントも沢山あった。
結果、碌に食べ物も見つからず、泥水を洋服で濾して飲んで飢えをしのいだ。
火を起こそうとしてもダメだし、何もできなかった。
なんで俺が、こんな目に合わなきゃいけないんだ。
俺が何をしたっていうんだ。
よく生き延びてるな俺。
ようやく見つけた安全そうなキャンプ地で、飢えた腹を抱えながら寝たのが昨日の話。
◇
そして、今日。
「やった! 捕まえました。いいぞ、これは貴重なタンパク源になる!」
熊のような体型をした白人のおっさんが、うれしそうに捕まえた芋虫をこちらに見せてくる。
見せなくていい、やめろ。そのウネウネしているものを、こっちに向けるな。
おっさんは満面の笑みのまま、芋虫を口に放り込んだ。
「うーん……ちょっと泥臭いけど、悪くない。これで栄養補給ができました」
栄養補給が出来ましたじゃねぇよ。前歯で噛んでから食べるから、口元に芋虫の体液垂れてるじゃねぇか。
せめて火を通せ火を 。
「さぁ、ゲンキ! 君もこれを食べるんだ! そうすればゲンキは元気! ベリーデリシャス!」
おっさんは、ニコニコと笑いながら俺の顔に芋虫を近づけてくる。
「やめろ! そいつを俺に近づけるんじゃない! ダジャレ言いながらニコニコと近寄ってくるな! やめろ! せめてその口元の体液を拭ってから来い! やめろーーーーっ」
ビクッ!
芋虫が俺の口に触れようとした瞬間、体がジャーキングを起こし目が覚めた。
……遭難4日目、開始だ。
「あ、あぶねぇ。夢か……」
目覚めた俺の体は、木の枝から半分ずり落ちていた。
そうか、木の上で寝てたんだった。
もう一回でも寝返りを打っていたら、そのまま落下していただろう。
「朝か……。変な夢を見たな。あれは俺が昔見てた、サバイバルDVDに出てたおっさんだな。こんな状況に陥ってるから夢に見ちゃったのかね?……いい加減覚悟を決めろってことか」
周囲は太陽が昇り始め、結構明るくなっている。途中、何度か目が覚めた気がするが、ほとんど一晩中眠り続けていたらしい。
俺は滑りおちないように、ゴツゴツとした木の幹に足をかけながら地面に降りると、大きく背伸びをした。
「喉がカラッカラだ……水が飲みたい。今日こそ絶対に、水と食料の確保が必要だなぁ。昨日は南の方だったし、今日は北の方に向かってみるか」
あちゃー、昨日拾った棒はピアノ線に切られてて使い物にならないな。それにしても……。
「はぁ……人に会いたい……。この世界に、人はいないのか………?」
今まで考えないようにして来たことが、不意に口から洩れた。
うぅ、泣きそうだ。
だめだ、考えないようにしよう。
俺は代わりに広場に落ちていた別の棒を拾うと、杖代わりにしながら森の北側に向かって出発したのだった。
◇
休憩をはさみながら、しばらく森を北に進むこと2時間程。謎の生き物に襲われることも無く順調に距離を稼ぐことができていた。
今日は運が良いらしい。偶に奇妙な鳥や小動物が目の前を横切ることがあるが、俺を見るとすぐに逃げ出してしまう。
「うげぇ! にっが!」
道中、あまりの空腹から食べられそうな草を口に入れたが、野菜と違って苦味が凄すぎた。とてもじゃないが、腹を満たすほどの量を食べられないし、舌がピリピリする気がする。
竹のような植物を見つけてタケノコを期待したりもしたが、時期が違うのか生えていなかった。やはりあの手しかないようだ。
「……みつかっちゃったか」
今俺の目の前には、得体のしれない幼虫が蠢いている。腐った倒木を穿り返したら出てきたのだ。
今朝、あの夢を見てからずっと考えていた。何故あの夢に出たおっさんは、芋虫なんて食べていたのだろう? と。
きっとそうせざるを得なかったんだ。昨日一日でわかったことだけど、食べる物の確保というのはそれほどまでに難しいことだった。
動物は素早く逃げるため、素手で捕まえるなんてとてもじゃないが、よっぽど運がよくないと無理だろう。罠を作ろうにも、一般人は罠の作り方なんてそうそう知らない。
木の実があれば最高だが、時期の問題というものもあるし、見つからない場合だってあるだろう。
「……頭では分かっているんだけどなぁ。ほんとに食うのこれ?」
俺の目の前でウネウネと蠢いているそいつは、カブトムシの幼虫よりも小ぶりで細長い。色は黄色っぽい色をしているが、うっすらと体に生えた毛が、俺の食欲を失わせてくれる。
「幼虫は、実はクリーミーでおいしいと聞いたこともある。見た目グロテスクでも、食べてみたら案外おいしいなんてことは世の中には沢山ある。もうこれしかないんだ。デッドorイート」
俺は暗示のように、自分に言い聞かせていく。
とうとう俺は、意を決して口の中に幼虫を放り込んだ。
「う”ぉ”ぇ”ぇ”ぇ”-------ゲホッ! ゲホッ!」
無理やり飲み込んだ後、極度の吐き気を押さえきれず咽るが、空っぽの胃からは何も出てこない。もちろん出すつもりもないのだが、代わりに涙があふれ出てきた。
「はぁ……はぁ……」
拷問だった。やっぱり火を通さないとこれは厳しいようだ。今は緊急事態だったからしかたないとしても、今後は拠点に持ち帰って火に通さないと、何度もこれを繰り返すのはごめんだ。
とにかくこれで少しは栄養補給ができたと思うと、多少は気持ちが楽になった。全然量は足りないが、もう少しだけ先に進める気がする。
◇
そうやって進んだ先では、森の雰囲気が変わり始めていた。
森全体に湿気が増え始め、木々にはコケやカビなどが付き全体的に陰湿な雰囲気に変わりだしたのだ。
「み……水だぁぁぁっ! うまっ! うまぁ!?」
そこでようやく小さな小川を発見し、涙を流しながら水をがぶ飲みした。さらに、道中に見つけた竹に水を汲んだ。これでようやく水を持ち運びが出来るぞ。
竹、最高過ぎる。
さらに進めば、森の湿地化が進み足を取られることが多くなってきたわけだが、そこで見つけた物がとんでもない物だった。
「動物……だよな? 石像?」
ぬかるんだ地面に、何かの小動物の石像らしきものが半分埋もれるように倒れていた。
俺はその石像を泥から起こそうと、石像の前足を握り力を込める。だが、石像は案外もろく簡単に壊れてしまった。どうやら中は空洞のようだ。作った時の石膏だろうか。白いものが少しだけ底にたまっているのが見えた。
心臓がドクドクとうるさい。俺は、ある予感に心が震えていた。
「石像があるってことは……人がいるってことだよな!? 少なくともこんな精巧な石像を作れるほどの文明があるはずだよな!!」
そう、この森に来て初めて、文明の気配を感じていた。
人がいるかもしれない。その可能性は俺の心を大いに勇気づけてくれた。
ここは未知の惑星でも、前人未到の秘境でもなんでもない。探せば必ず人に会えるはずだ。
だが――
そこらかしこに転がっているのは、動物の石像ばかり。
ストイックな彫刻家でも住んでいたのかわからないが、人の気配は一切感じられなかった。
もう、心が折れそうだった俺はそれでも必死に探し続けた。そいつが現れたのは、そんな時だ。
「うわああああ!?」
人の代わりに現れたのは、石像に擬態した悪魔のような生き物。
ついさっきまで石像だと思っていたそれの目が、黄色に輝き俺を見下ろしていた。さらに、石のようなその肌が滑らかに動き出す。
まさに、動く石像だった。
「な、な!?」
驚く俺を横目に、石像はゆっくりと俺の方に体の向きをかえ迫ってくる。全高3メートル以上の石像がゆっくりと近づいてくる様は、恐怖以外の何物でもなかった。
俺はその石像の動きが遅いことに気付くと、慌てて立ち上がり逃げ出した。
ぬかるみに足を取られながらも必死に走り、途中で一度振り向くと、どうやら石像はすぐに俺を追うことをあきらめて再び石像のフリを始めたようだ。
「まじでビビった……なんだよあいつ、まさかガーゴイルとか言わないだろうな? 完全にファンタジーの世界じゃないか」
そんな命の危険にさらされながらも、俺は人を求めて先に進んだ。きっとこの先に、世捨て人の彫刻家が居る。そんな希望を胸に抱いて。