のろい
最初、この考察の意味が分からなかった。
力の残滓? 赤い傷?
だが、日記やメモを隅々まで読み込んでいくことで少しずつ理解できてきた。
これはすごいことだ。
いろいろ難しい考察や、それを発見するまでの細かいやり取りが記載されているが、それらを自分なりに整理して結論付けた。
それは、レベルアップ。
つまり、この森で生き物を殺すと――
肉体が強化される。
◇
パワーアップするのだ。煙を吸い込むごとに力が上がり、体力が増える。
最初に気付いたのは、やはり食糧調達チームだったようだ。
初日の狩りで銀の煙を大量に吸い込み、著しい身体強化が行われたらしい。
まじかよ。本当にゲームみたいだ。レベルアップとでもいうんだろうか?
この事実が判明してから、傷の大きなものが主立って狩りを行うことになっていく。
最初は蹂躙されるだけだった食糧調達チームが、どんどんハンターとしての力を蓄えていった。
どうやら俺がこのことに気付かなかったのは、急激な肉体の変化ではなく、徐々に強化が進んでいったかららしい。
この森の生き物が放出する力の残滓(経験値)は、強さや大きさによってまちまちで、本当にゲームでいうレベルアップのような強化のされ方をする。
この食糧調達チームは、いきなり5メートル級の化け物を倒したことで一気に経験値を得ることが出来たというわけだ。
レベル1でボスを倒してしまい、ファンファーレが20くらい鳴り響いたような状態といえばわかりやすいだろうか。
その点俺は、思い返すと最初に銀の煙を見たのは大蛇と戦った時のダンゴムシ、アリの巣で羽化したてのアリを殺して2回目、それくらいか?
虫を殺した時は銀の煙を見た記憶がないが、あれは煙の量が少なすぎたのだろうか? 目の前でサルやウサギが死ぬこともあったが、それらは銀の煙を放出することは無かった。どうやら自分が何かしらの手を下して殺すという行為が必要らしい。
熊は……倒した時は気絶をしていたのでよくわからないが、多分煙は出ていたんじゃないだろうか?
ダンゴムシ、羽化したてのアリと順を追って雑魚(森の中では)を倒してきたから、強化がゆっくりと行われていったようだ。
確かに体力が上がったかな? っていう感じはしてたんだが……まさかそんなことになってるなんて夢にも思わなかった。
数値として目に見えるわけではないところが実際のゲームとは違うところで、自分の力が上がっているだなんて、トレーニングをしているアスリートですら体力測定をしないとわからないものだ。
さらに、煙の吸収時は本人にしか見えていないらしい。日記の中で他人に銀の煙を説明しようとして苦労する姿が描かれていた。
……すげぇ!
ゲームっぽい世界でもあると思ってたけど、まさかレベルアップの要素があるだなんて夢にも思わなかった。
まじかよ、つまりこのままこの森で狩りをすればするほどどんどん強くなれるってことだよな?
正直レベル1の状況でボスレベルのモンスターが跋扈する森の中に放り込まれたってのは絶望的だ。
最初からムリゲー過ぎたんだ。始まりの森が、一気に大量レベルアップ出来る程のモンスターのいる場所だったってどんなくそげーだよ。
ゲームだったらハードモード……いや、ナイトメアモードとか選択した状態だぞ。しかも初プレイ時から解放で。
だけど今は状況が違う。ちょっとずつだけど肉体強化もしてきたし、熊を倒したことで結構なパワーアップが出来ているんじゃないか?
意識してなかったせいで、全力を出してるつもりで居ても脳が無意識にリミッターをかけており、本当の力を出し切れていなかったんだろう。
俺には眠っている力がある……いや、気づいていなかった力があるといった方が正しいか。
このことに気付いたことで、俺の脳のリミッターはおそらく外れた。どこまで体力が上がっているのか測ってみる必要がありそうだ。
運よく、本当に運よく最初のナイトメアモードを潜り抜けることに成功したわけだ。
まぁ、最初はモンスターに見つからないやら、ちょっとしたチートっぽい状況でもあったわけだが……。
ボーナスでステルスモードが搭載されていたと言ったところか?
これで……脱出の糸口がみえた。
少しずつ、少しずつ経験値を積みながらこの森で自己強化を図っていけば。この森の生態系ピラミッド頂点に立ってしまえば、脱出なんて簡単じゃないか。これが分かっていれば焦る必要なんてない。
無理をする必要もない。小動物から始めて、ゆっくり成長していこう。
この森を抜けるころには、俺は世界最強になってしまってるかもしれないな!
「行ける! いけるぞこれは!! テンション上がってきたー! 見てろよ晶、ここから始まる俺の快進撃を!!」
◇
……なんて。
そんなことを考えていた時期が、俺にもありました。
俺は忘れていたんだ。
この日記、最初のページに書かれていた文字を。
◇
世の中には、都合のいいことなんてそうそうないらしい。
宝くじが当たったと思ったら組違いだったとか、財布を拾ったら、すでにその財布の中身は抜き取られた後だったとか。
ギリギリセーフでトイレに飛び込んだと思ったら紙が無かったりな。
ぬか喜びって奴はこの世界にあふれかえっている。
きっとあれは、暇な神様が人をおもちゃにして弄んでるんだろう。
そして今日、神様のお気に入りのおもちゃは俺だったらしい。
『ここまでの記録を読んだものへ。
ここまで読んで、我々の身に起こった出来事をある程度把握できたことだろう。
紙に限界があるため、メモをそのままの引用になったことを許してほしい。出来る限りの整理を行ったが、こういう形が精いっぱいだったのだ。
この記録を書く上で私は、我々と同じ状況に陥った何者かがこの記録を読んでいるものとして記録している。
そして、この森の状況と、我々の生活をある程度把握してくれたという前提で言わせてもらう。
この森の生き物を、殺すな。
銀の煙は、祝福などではない。
これは……呪いだ。
無償で、身体を強化してくれるものなどではない。
力を得る代わりに、呪われる。
この事実に我々が気づいた時には、すでに手遅れだった。
物事には代償が必要なのだ。
力を得た我々は、呪われてしまった。
これを読んでいるだろう者には、我々と同じ過ちを繰り返さず正解を探し出してほしい。
我々は……失敗したのだ。』
「呪い……」
呪いとは、一体何なんだ……?
失敗した?
意味が分からない。
日記には続きがある。
『前兆はあった。
少しずつ、少しずつハンターチームで小動物を狩り続けた。
順調に身体の強化は進んでいった。私の一撃は小動物を気絶させ、マックスの槍が心臓を突く。
あの硬い動物たちに、私たちの攻撃が通用するようになっていった。
だが、そうやって強くなっていく度に、森の生き物はその数を増していった。
どういう理屈かわからないが、どうやら我々の強さに比例して生き物が増えているらしい。
そして銀の煙が、呪いたる所以。
それは、銀の煙をため込むほど、森に恨まれるというものだ。
最初は我々のことを無視し、ごく一部の生き物だけが我々に反応を示していた。
それがだんだん我々に反応するものが増えていき……。
ある一点を超えた瞬間、森全体が我々に殺意を向けた。
まるで家族の仇のごとく、恋人を殺されたかのごとく、森の生き物たちがなりふり構わず我々を襲ってくるのだ。
こうなったら、もはや手遅れだ。
どんなにコソコソと小動物を狩ろうとしても、後から後から動物が湧き出してきて我々に襲い掛かってくる。
正に呪いと言うに相応しいものだった。
いかに我々が強くなったからと言って、多勢に無勢。コソコソ不意打ち気味に狩るのとはわけが違った。
だが、これは呪いの完成形ではない。
呪いには、症状が発動するまでに3つの段階が存在する。
今述べたのは、まだ症状の第二段階目だ。
ページに限りがあるため、書き直しが出来無いことを申し訳なく思う。私自身何から伝えればいいのかわからない状況なのだ。
改めて順を追って説明していこう。
最初に症状が現れたのは、初期の食糧調達チームメンバー3人だった。
マックス、ミルズ、イーライの3人は赤い傷が大きかったことからそのまま狩りを最前線で続けていた。
この3人を、あからさまに獣たちが狙いだしたのだ。
これが、第一段階。
残りの初期メンバーであるデヴィットは、赤い傷が爪の先ほどの大きさしかなく、身体強化の効果がないとわかると狩りから外されることが増えたため、呪いの蓄積が遅かったようだ。
さらに、呪いにはもう一つの効果がある。
性格や嗜好に変化が起こるのだ。
凶暴性が増したり、臆病になったり、寝相や癖などに変化が訪れる。
これは人によって様々であるが、徐々に変化していった性格は、やがて……主人格をも浸食し始める。
第一段階で起こる変化としては、情緒の不安定化、無意識の癖の変化などがあげられる。
一度話を戻そう。
マックス、ミルズ、イーライの3人は、おかしいと思いながらも狩りを続けた。
もはや力こそがすべてとなった我々の間では、狩りを続けることが権力の維持にもつながっていたから必死だった。
その間も症状は進んでいく。
ある日、森を移動し崖沿いの道に出た瞬間、ミルズとイーライが怪鳥に襲われた。
突然空から襲ってきたあいつらは、一瞬で二人を大空へと連れ去り……やがて空から戻ってきた二人は、小さな肉塊へと姿を変えていた。
今まで我々に全く見向きもしなかったあの怪鳥たちが、3人に対して敵対行動を起こしたのだ。
奴らが拓けた場所に出てくる獣を処理してくれていたからこそ、安全に歩けていたあの崖沿いの道は、この森で最も危険な道となってしまった。
これが、第二段階に突入の目安。
このころになると、ほぼすべての森の生き物が敵意をむき出しにしてくる。
先ほど述べた、森全体に恨まれた状態だ。生き物を見かけたら、まず敵だと考えなければならない。
二人を犠牲にして間一髪逃げ帰ったマックスは、それでも力を求めた。
片腕ながらも最前線に立ち続け、洞窟の周囲で狩りを続けたマックスは、もはや人とはいいがたい何かへと変貌しつつあった。
日中はひたすら襲ってくる獣を返り討ちにし、血みどろになりながら強化された体で暴れまわる姿はどちらが獣かわからない程だ。
そして夜になると、生肉を齧りながら物に当たり散らし、ぶつぶつを独り言をいう。
まるで見えない何かと戦っているかのようだった。
ギョロリと半分飛び出しているのではないかと思えるほど見開いたその瞳に映っていたのは、狂気だった。
やがて至るのは、最終段階。
ひたすら狩りを続けたマックスは、ある日とうとう狩りから戻らなかった。
このころになると、我々は奴の狩りに付いていけず一人で狩りを行っていたのだ。
必死にマックスを探し回るも、結局奴を見つけることはできなかった。
後日、幽鬼のように森を彷徨うマックスの姿を、メリルが目撃したらしい。
その姿は、頭が極端に肥大化し、もはやマックスの面影はほぼ無かったそうだ。
呪いの最終段階は、自己の崩壊。
そして、森を荒らした代償として森の眷属となり一生彷徨い続ける。
これこそが、呪いの全貌。
ここまで来てようやく、我々が進んでいた道は、破滅への罠だったということに気が付いたのだ。
目の前にぶら下がった、力という目に見えない甘美な罠に食いつき身を滅ぼした。
言い訳をするわけではないが、恐らくこの罠に嵌らないものは居ないのではないだろうか。
力というものは、誰もが憧れる。
知力、権力、財力……世の中に様々な力と呼ばれるものがあるが、その中でももっとも純粋なる力。
多様化した現代社会で必要とされるものは、多様化された力となるが、この森では……純粋な力がすべてだ。
目の前にぶら下げられた力を、思わず手に入れたくなる仕組みがこの森にある。
だが、騙されるな。
警告する。何の代償も無しに得られる力など、この世にはない。
君がもし、この先なにかの力を得られるとしたら……その時は、大事な何かを失うときだろう。
記録の途中だが、最優先で伝えるべきことだと判断したこの内容を、挿入しておく。
この後も記録は続くが、くれぐれも我々と同じ過ちを犯さないでほしい。
この先の記録は、全て残しておく。我々は失敗したが、この記録をもとに正解を導き出してくれ。
もしかしたら……いや、先入観を与えるのは辞めておこう。答えは君が導き出してほしい。
君がもし、すでに森の生き物を殺してしまっていたとしたら……取り返しがつくのは、第二段階までだと考えていてほしい。
すなわち、怪鳥に襲われるようになったら、君はゲームオーバーだ。
幸運を祈る。』