にっき2
……一歩間違えてたら俺もこうなってたってことだよな。
この森の生き物は尋常じゃない強さだからな……木の棒で殴ったくらいじゃほんとに蚊に刺されたくらいの衝撃しか受けてないんじゃないかってくらい平然としてやがるから恐ろしい。
文中にでてくるマックスとは、船の乗組員で荒くれ者のようだ。力にものを言わせて集団を仕切ろうとしているらしい。船長も止められないようで、どんどん調子に乗っている様子が怒り交じりに描かれていた。ミケルソンはその部下で、腰ぎんちゃく的な存在だったみたいだ。
この事件をきっかけに、マックス達強硬派と、著者をリーダーとした学者たち慎重派の対立が深まっていく。
表では協力し合いながらも、お互いの不信感がどんどん募っていく様子が書かれていた。
この森特有のわけのわからない現象も、不信感を煽る原因の一つとなっていたようだ。
メンバーの一人が火起こしを成功させるも、他の人が火の管理をしようとしたら何度も消してしまったり、著者の持っていたライトや時計を貸したらすべて壊されてしまうなど、小さないざこざが絶えず起こり、ピリピリした状況になっているのが見て取れる。
いよいよメモは三日目の日付へと変わっていった。
◇
『くそっ、マックスの奴だんだん調子に乗ってきている。
朝から全員を呼び出したと思ったら、今日から生き抜くために行動を開始するなんて宣言して来た。
メンバーを3班に分けて、食糧調達チーム、周囲探索チーム、居住区開発チームを作るらしい。
こんな異常な森で別々に行動するなんてどうかしている。大人しく待っていれば救助が来るかもしれないというのに……。
だが、食料は確かに問題だ。マックスの指示に従うというのが気に食わないが、ここは私が大人になっておくとしよう。
私は周囲探索チームで、エマは居住区開発チームだ。離れ離れになるが、無事でいてほしい。
~中略~
最悪だ。
この森は異常すぎる。
一日中森の中を動き回らせられた。幸いマックスは食糧調達班のリーダーとなって陣頭指揮を行っていたため、一緒に行動することは無かったが、奴の右腕であるバッソンが探索チームのリーダーに名乗り出たおかげで最悪の探索だった。
結果から言おう。探索チームは、半壊した。
我々はこの森を舐めていた。
まずはじめに向かった崖の上にも、大木の森が続いていた。
そこで初めて、我々はこの森の動物に襲われたのだ。
山のように巨大な猪が、突然ものすごい勢いで突っ込んできた。
一瞬何が起こったのかわからなかった。私の後ろを歩いていた2人が木葉のように宙を舞ったと思うと、糸の切れた人形のように動かなくなった。
パニックになった探索隊はバラバラに逃げ惑いはぐれてしまった。何の因果か気が付くと私はバッソン、カレブと共に、森の終わりに居た。
崖の上、森の南側には広大な草原地帯が広がっていたのだ。』
「……この日記はどこのことを書いるんだ……? 」
崖の上に大木の森? 南側に広大な草原地帯? なんだそれ?
崖の上は、俺が暮らしていた広葉樹の森が広がっているし、その南側には密林が広がっていたはずだ。
俺はそんな森、知らない。
たった50年で森の様子が様変わりした……?
◇
『草原の遠く向こう側は、山の尾根が続いているようだ。恐らくだが、現在我々が居る場所はロッキー山脈のような巨大な山の中腹なのだろう。拠点から西側が山頂になっているようだが、あまりにも山が巨大すぎるのと、巨大な木々で視界が遮られてしまい、頂が見えない。
とにかく調査隊がバラバラになってしまった今、すぐにでも拠点へと戻るべきだった。
だが、バッソンがそれを良しとしない。どうやら調査隊壊滅に焦り、少しでも手柄で埋め合わせをしないとマックスに殺されると思っているのだろうか。私は戻るべきだと主張したが、隠し持っていた銃で脅され草原の探索を続けることになった。
道中、バッソンは我々に自慢げに大量の植物の種子を見せてきた。少しでも我々のやる気を出させようとしたのと、今後の主導権を握るためのものなのだろう。もし助けが来なかった場合、この種子を蒔いて食糧を得るつもりなのだそうだ。何年この森に居るつもりなのだ。
しかも、それらの種子は我々が植生調査でバハマ諸島や、近隣の街で買ったフルーツから集めていたものだ。何故ただの船員であるこいつが我々の大事なサンプルを持っていたのだろうか。問いただしても知らぬ存ぜぬの一点張りで、懐に仕舞ってしまった。
まぁそれらは所詮サンプルであり、一応ということで保管していたごく一般的なものだ。
大事なものは各研究員が厳重に管理しているため、流石にそれらに手を出していることは無いだろう。
~中略~
ジーザス。
なんなんだあれは?
巨大な赤いトカゲが草原を走り回っていたぞ?
しかもそれに追われていたのは、馬の体と人の体がくっついたような奴の群れだった。ケンタウロスとでもいえばいいのか?
お伽噺じゃあるまいし、勘弁してくれ。
結局我々は草原で出くわした巨大な羊に追いかけられ、森の中へと追い返されてしまった。
バッソンの奴羊に吹き飛ばされた時に、持っていた種をばらまいてしまったらしい。半泣きで狼狽えている姿は実に笑えた。
なんせ、手柄を得ようとして逆に切り札を失ってしまったんだからな。
拠点に戻り体を休めている間も、バッソンはマックスが帰ってくるのを恐れてびくびくしていた。
実に愉快だ。
拠点には先に、バラバラになった探索チームのメンバーの一人、ジョシュアが逃げかえっていた。
どうやら彼は森の北側へと逃げたらしい。声をかけたのだが、ジョシュアは酷く怯えていてろくに話が出来なかった。
そこも地獄だったようだ。
しばらくして落ち着いたジョシュアの話では北の森へたどり着いたのは、コナー、アヴァ、ライアン、そしてジョシュアの4人だったそうだ。
北の森は湿地帯が続いており、中央に巨大な灰色の湖があったそうだ。
そこは石像の森。
要領を得ないジョシュアの説明を纏めると、この言葉がぴったりな場所だった。
石像の森にたどり着いた4人は、探索することを諦めて拠点に戻ろうとしたらしいのだが、そこで探索チームに入っていた唯一の女性、アヴァが獣に攫われてしまったらしい。その時アヴァをかばおうとしてコナーが負傷。動けないコナーを置いて慌てて後を追った二人は、灰色の湖周辺でアヴァを見失ってしまったそうだ。
必死に探し回ったライアンはそこで湖に足を踏み入れてしまった。
その後、どうしても見つからないアヴァを諦め、一度コナーの元へ戻ろうとして……ライアンが石像になり始めていたことに気が付いたそうだ。
話を聞いてもにわかには信じがたい。だがジョシュアの恐怖におびえた顔を見ると、とても冗談を言っているようには思えなかった。
結局、石化が全身に進行してしまったライアンをそのままに、一人で逃げ帰ってきたということだった。
コナーは、元の場所をいくら探しても見つからなかったらしい。
……今日一日で5人が死んでしまった。
やはりむやみに動き回るべきではなかったのだ。
この探索チームの失敗で、マックスの失脚を狙えると思った私は奴が帰り次第、糾弾するつもりだった。
お前が混乱を招いたんだ、リーダー失格だ……と。
だが、結果としてそれは叶わなかった。
マックスが狩りに成功して戻ってきたのだ。全身ボロボロで、さらにマックスは右腕を失っており糾弾どころではなかった。
巨大な獣を引きずり仲間に肩で担がれ帰還する様は、我々を騒然とさせた。
帰還したマックスは、手当てを受けながら自慢話を延々と続けていた。
マックとボブがヤられ、マックスまで食われかけた瞬間隠し持っていた銃が暴発し、化け物の頭を吹き飛ばしたそうだ。
そのまま食われてしまえばよかったのに。すっかり糾弾するタイミングを逸してしまった。
巨大な獣は、ゾウの肌を持った5メートルはある……』
◇
怒涛の3日目だったようだ。
石化した男……。ジョージ(仮)の本名はライアンと言うらしい。
ライアンはたった3日目で石化してしまっていたのか……。なんとなく、心の中でライアンに手を合わせる。
……あなたの死は無駄になっていません。あなたのおかげで俺は今も生きています。
この後しばらく狩りを終えた後の様子が描かれていたが、結果的に食った、旨かった。いちゃついた。ってだけの話だったのでスルーしておこう。
興味深いのはその後のメモだ。
日記の中では、マックスの様子がおかしいことが書かれている。
右腕を失った割に、妙にハイテンションで気持ちが悪く、さらに食糧調達チームのメンバーとコソコソしながら、狩ってきた獣の爪や牙を使って武器を作り出したらしい。
◇
『食糧調達チームの生き残りであるミルズとイーライの会話を盗み聞きしてきた。
銀の煙? 力が溢れる?
単語しか聞き取れずよくわからない。』
◇
この文の意味がようやく分かるのは、数日後の日記の中だった。
その考察は、読んでいる俺の頭の中に雷を落としたかのような衝撃を与えるものだった。
一体なんで俺はこんな大事なことに気付かなかったんだ。
確かに思い返せば思い当たる節が沢山ある。
検証人数の差というのは、こんなにも得られるものが違うということなんだろうか。
『銀の煙は、殺した生き物の力の残滓。赤い傷は、それらを取り込む。
傷跡は大きくないと効果を発揮しないらしい。生き物によって力の残滓は量が変わるようだ』