ぼっしゅーと
「そうか……俺は……死んでたのか……」
冷静に考えると、鼻にツンとしたものが走り、視界がゆがむ。
泣くつもりはないんだが、あの苦労はなんだったのだろうかと思うと自然と涙目になってしまった。
「違う違う。そうじゃなくて!」
「え?」
晶が慌てたように訂正する。
「僕の言い方が悪かったけど、元希は死んでないよ。よもつへぐいって言うのは、そういう概念を理解してもらうための例えであって、別にここが死者の国だなんてことを言ってるわけじゃないんだ」
どうやら、俺の早とちりだったらしい。
なんだよ驚かせるなよ……。マジで死後の世界とかそういう奴かと思って焦っちゃったじゃないか。
それもそうか、俺が死んでたなら森を脱出できれば晶が外に出れるなんて話も、おかしなことになるもんな。
「そ……そうか、俺は生きてるのか……それじゃ何だったんだ? あの赤い木の実が何か問題があったのか?」
あれを食べた途端具合が悪くなり、そのあと目が覚めたら変なおっさんに襲われたり、イソコマとか巨人、妖精が現れたんだった。
俺は夜になったから夜行性の生き物が増えたのかと思ってたけど……そういうわけでもないのか?
まさかあれのせいで幻覚見てて、全部夢でしたとか言わないよな?
「うーん、ここから先は、元希の生活を第三者の視点で見てて気づいたことなんだけど、赤い木の実がどうこうっていうんじゃなくて、食べ物を口にしたことで……世界に馴染んだっていうか……だんだん森の生き物が増えていったのは、元希が世界に馴染んでいっている証拠なんじゃないかなって思うんだよね。だから、元希のことをまるで見えてないように過ごしてる生き物は……本当に見えてないんじゃないかな?」
なんだかもっとわけのわからないことを言い出したでござる。
もうハッキリ言ってくれないと意味が分からん。
「全然意味が分からんからハッキリ言ってくれ。ここはどこだと思うんだ?」
「ご、ごめん。ここは……どこか別の世界……それも、次元が違うとか、法則が違うとかそういう異世界……で間違いないと思う」
「そ……そうか」
散々引っ張っといてそれか……。まぁ妥当なところだよな。
「それは俺も考えてた。異世界なのかなーってのは……。まぁ理屈は考えてなかったけどな」
「うん、薄々気づいてるとは思ってたけど、まださっきの口振りからすると、ゲームの世界の中だとか色々考えてたみたいだから……。神話とかお伽噺でも、そういう事例って結構あった気がするんだよね。食べ物がきっかけで見えないものが見えるようになったりとか、存在が定着するようなことって。だからここは異世界なんじゃないかなっていうのを、きちんと説明したかったんだ。そうじゃないと……」
あー、そういえばこういう奴だった。
言い方が回りくどくて最初何を言いたいのかわからないんだよな。
確かにそういわれると、生活している時間が長くなっていく毎によくわからない生き物が増えていった気がする。
「そうじゃないと?」
「……元希、死のうとしちゃうでしょ?」
「………………」
正直、何も言い返せなかった。
実は何度も、死んでしまえば目が覚めるんじゃないかとか、ゲームの世界から抜け出せるんじゃないかって考えていた。
どうやらそんな考えを、晶は見抜いていたらしい。
俺が死んじゃったら晶もここから出られないもんな。それは一大事だ。
まぁ死ぬ勇気自体が持てなかったんですがね。
「ここはきっと現実……だよ。何故だかわからないけど、そう思う。だから、元希は絶対に死んじゃだめだからね。死んだら日本に戻れるとか思ったら絶対だめだからね!」
「あ、あぁ。さすがに俺も試しに死んでみるなんて勇気はないし、死ぬ気はない……と思う。正直死んだ方が楽になるんじゃないかって何回も思ったんだけどな……死ぬのが怖くて死にきれなかったよ」
俺がハハハと笑うと、晶は悲しそうな顔をした。
「お願いだから……元希は死なないでね」
「まぁ……俺も死にたくはないな……。ってアレ? 俺の存在が仮に晶の言う通り、この世界に馴染んでるものだとしたら……俺って地球に戻れないとか……ないよな?」
嫌な考えが頭をよぎった。
さっきの晶のよもつへぐいの説明では、死者の国の住人になって戻れなくなるみたいな話だったぞ……?
「それは……ごめん、僕にも分らないや。さっきのはあくまでたとえの話だから僕の考えが合ってるとも限らないし……。でもお伽噺とかでも異世界から帰ってきた人の話って結構あるし……大丈夫だと……思う……」
晶の声は尻すぼみに小さくなっていった。
おいおい、まじかよしっかりしてくださいよ先生。
必死に生き抜いた結果元の世界に戻れませんでしたとかマジでシャレにならんのだが。
「それから、この異世界は……多分ファンタジー世界……なのかなぁ?
これもハッキリとはわからないけど、ファンタジーな生き物はいたよね! 僕、妖精なんて見たの初めてだよ!! アレ絶対魔法だと思うんだよ!! エルフとかドワーフとか居ないのかな!?
巨人もすごかったよね!! 東京タワーとどっちが大きいかな?? 登場の仕方が凄いちょっとアレだったよねー。あ! 大きいと言えばドラゴン!! あの大きなトカゲはドラゴンじゃないよね!? あれがドラゴンだったら僕ちょっとがっかりだなー。もっとドラゴンって……」
お、おぉぅ。どうやら何かのスイッチが入ってしまったらしい。テンションの上がった晶が捲し立てるように喋り出した。
「……あ、ごめん。興奮しちゃって……」
晶は俺の表情に気付くと、喋るのを止めてシュンとしてしまった。
堪えようと思ったのに思わず顔に出てしまっていたようだ。
そうだ、こいつはこういう奴だったんだった。
俺が笑っている姿を、晶が不安そうに見ている。
「くっくっく。悪い悪い、思わず笑っちゃって。そういえばそうだったよなとおもってな。一番最初に、俺にファンタジー系のRPGとか教えてくれたのもお前だったもんな。俺よりよっぽどあの世界で暮らしていけたんじゃないか?」
「むむむ無理だよ! 僕はここで応援してるのが性に合ってるかな……」
晶は俺の言葉に驚いたような、寂しいようなよくわからない表情を浮かべた。
「いつもファンタジー世界に行きたい、冒険したいって言ってたのにな。なんか俺だけがこんな世界に行っちゃって、何の因果なんだろな。俺としてはこんな世界さっさとおさらばしたいところだけど……あ、そうか。俺が森を出ればもしかしたらお前もあっちにいけるかもしれないな? もし二人で地球に戻れなくなったら、思いっきり異世界ファンタジー生活を楽しんでやろうぜ! 俺たち二人で伝説つくってやるんだ!」
俺一人なら絶望だけど、こいつとなら異世界でもなんとかやっていけそうな気がする。頼りないけどその知識は結構なものがあるし、地味にメンタル面で俺を支えてくれる芯の強さを持ってるからな。
「いいねそれ! 最高だよ!! 僕も魔法使えるのかな!? 元希がナイトで僕を守ってくれたら僕が大魔法で魔王なんて一発だね!! 二人ならきっと無敵だよ! だって、元希の大冒険を見てすっごい興奮したもん! 槍を構えた元希、すっごくかっこよかったなー」
晶は目を輝かせながら俺の森での生活について、まるで野球選手にそのスポーツについて熱く語るサポーターのように話し出した。
晶は俺のことをずっと画面を通して見ていたわけだから、俺と同じものしか見ていないはずだが、第三者視点で落ち着いた状況で見るといろいろと見え方が違うようだ。
◇
「……と思うんだ。だから森での火は元希の技術の問題とはちょっと違うと思うんだよね。あ、あと出来ればあの龍に殺されたユニコーンの角! あれは拾いに行けたら拾いに行った方がいいかも! 確かユニコーンの角って万病の薬になるって言われてるんだよ。 それからそれから……」
「お……おう」
晶のファンタジー談議は晶が正気を取り戻すまで続き、俺は有益なのかそうでないのかよくわからない情報をいくつか得ることが出来た。とりあえず森に戻ったら角を拾いに行ってみよう。
こんなに人と喋ったのは久しぶりだ。もともと日本では喋りが得意な方じゃなかったんだが、人と喋るのってこんなに楽しかったんだな……。
ファンタジー談議から雑談へと移り、しばらく久方ぶりの会話を楽しんでいたらある疑問が浮かんできた。
「そういえば、晶はここに来る前は何してたんだ?」
「えっ!? ぼぼぼ、ぼく!?」
なんでそんなに驚くんだ? お前以外にはここに居ないだろうに。
俺は記憶の中ではアメリカに居たはずだが、晶は何故こんなところにいるんだろうか?
日本にいた晶との共通点なんてないし……やはり場所的関係ではなく、俺たち自身になにか原因が……?
晶はアワアワと慌てた様子を見せた後、口を開いた。
「ぼぼぼ僕は……そう! トイレ! トイレしてたら突然ここに! おっきいやつ!」
「…………」
「…………」
晶も大変だったんだな。
自分が慌てて何を言ったのか気付いた晶の顔が、見る見るうちに茹蛸のように赤くなっていく。
「……そうか。ごめん」
「ちっちが! 間違えた!」
間違えたってどういうことだよ。
「いや、悪い。言いたくなかったことってそれだったんだろ? 必死に隠してたみたいだったのに悪かったな」
「違う違う違う! 間違えたの!」
「いや良いって、聞かなかったことにするから」
「違うってば!!」
やけに食い下がるな。忘れるって言ってるのに。っていうか違うってなんだよ?
「……出した後だったの? 前だったの?」
出す前だったら大惨事だなーなんて軽い気持ちで思わず聞いてしまった。
あんまりにも必死に否定するからちょっとからかってみたくなったってのも否定できない。
すでに真っ赤だった晶の顔がさらに赤くなっていき、プルプルと震えている。湯気まで出てきそうだ。
……ふむ。
「……出ちゃったの?」
「元希のばかーーーー!!」
晶は突然耳が痛くなるほどの大声で叫んだかと思うと、いつの間に現れたのか、目の前にある赤いボタンを手のひらでバチンと叩いた。
……おい、何だよそのボタ――
「っ!?」
その瞬間だった、真っ白だった俺の足元に真っ暗な穴が現れ、俺はその穴の中に吸い込まれるように落ちてしまった。
「あぁぁぁぁ元希!! 元希ーーーーーー!!!」
穴をのぞき込みながら必死で俺の名前を叫ぶ晶の姿が、一瞬で遠くなっていく。
あぁぁぁ! じゃねぇよ。お前がボッシュートしたんじゃねぇか!
遠ざかっていく晶を見つめながら、心の中でつっこんでしまった。
◇
あ、謎の声について聞くの忘れた……。まぁまたいつか会えるだろ……。
そんなことを考えながら俺の姿は暗闇の中へと消えていくのだった。




