よもつへぐい
「ここは……現実と、夢の境目みたいな……ものなのかな? ごめん、僕もよく分かってないんだ。気づいたら僕はここに居たし、僕はずっとここから元希のことを見ていただけだから……」
「は?」
何を言っているんだこいつは?
「な……何言ってんだ? それじゃ何の答えにもなってないじゃないか!」
「待って待って! まだ話は終わりじゃないから! 」
晶は掴みかかろうとする俺を制止すると、質問を投げかけてきた。
「元希だって突然あの森に居て、何が何だかわからないんでしょ? 説明しろって言われてもわからないものは説明できないでしょ?」
むぅ……それは……確かに。とするとなんだ? こいつもまさかわけのわからない状況に放り込まれたとか言い出さないだろうな?
「あ……あぁ。でも……」
質問に答えられずどもっていると、最後まで聞かずに晶は話を続けた。
「僕だってそうなんだ。突然この真っ白な空間に放り出されて、最初は戸惑ったよ。でも、突然テレビみたいに画面が出てきて、そこから元希の姿が見えたんだ。驚いたよ。パニックになった僕は、何度も画面に映る元希に助けを求め続けた。……でも、声は届かなかった。僕は元希の遭難生活をただ見ているだけしかできなかったんだ。僕もここに閉じ込められてたんだよ……。そのうちだんだん、元希の境遇のほうが過酷になっていって……ずっと応援してたんだよ? 不思議なことに、この世界ではお腹もすかないし眠くもならないみたいで、僕はひたすら元希の応援を続けてた。そんな中、声が……声が聞こえたんだ」
「声……?」
晶はとても嘘をついているような態度ではなく、うまく表現できないことを一生懸命伝えようとしているようだ。
やはり晶も何かに巻き込まれた……?
「うん……それは、不思議な声だった。迫力はあるんだけど、どこかやさしくて……高いのか低いのかわからない不思議な声。その声が、僕に伝えてくれたんだ。5回だけ、元希を助けてやるって。僕の声を借りて、導いてやるって」
「お前……そんな怪しい誘いに、乗っちゃったの?」
最後まで話を遮るまいと思っていたけど、思わず聞き返してしまった。
それは……怪しすぎるだろ。それが本当だとしたら、明らかにそいつがお前を閉じ込めた犯人じゃないのか?
「うん。僕はすぐにお願いしたよ。だって、元希が目の前で苦しんでいたんだ……何かできないかって画面の前で思ってた。だから、元希を助けて! ってお願いしたら、元希が本当にピンチの時に、僕の声で何かが導いてくれるようになったんだ。それが……元希が聞いた僕の声の……正体だよ。あっ!」
晶が突然何かを思い出したかのように大声を上げた。
「その声がね……、元希が森から出れたら、僕もこの白い空間から出られるとだけ伝えてきたんだ……何がどうなってそういうことを言われたのかわからないんだけど、他には何も言ってくれなくて、何度も話しかけたんだけどそれ以降声は聞こえてこなかったから……あとは何も知らないんだ。ごめん……」
「ばっ!!」
一瞬大きな声を出してしまい、晶がビクリとおびえた表情を見せた。
晶の謝罪を聞いて、思い切り怒鳴りつけようとしたが、俺にはそんな資格がなかった。
「……かやろぉ……」
言葉が尻すぼみに消えていく。
「はぁー……。なんでそんな大事なこと早く言わないんだよ! なんだそれ? 絶対そいつが俺たちをこんなところへ連れてきた犯人じゃないか! おい! 誰か見てんのか!? どういうつもりだよこんなところに閉じ込めやがって! 出てこい!!」
俺は真っ白な空間に向かって大声で叫ぶが、声は反響すらすることなく白い空間に吸い込まれていった。
「無駄だよ……僕も何度も話しかけたけど、一回も答えてくれたことないんだ……」
「くそっ! それで? 俺が森から脱出すれば出れるってのは、日本にか? それとも俺のいる森になのか?」
意味が分からん。一体声の主は何がしたいんだ?
もう少し情報が欲しい。
「わからない……ほんとにそれしか言われなかったんだ……」
晶はうつむきながら泣きそうな声でそう答えた。
あ、泣きそうな時の晶の声だ。
「そう……か。まじかよ……全然意味が分からねぇ……」
「う……うん。ごめん……」
一瞬、晶の目が泳いだ気がしたが、晶がこう言っている以上話を信じるほかになさそうだ。
「なら……お前は何も悪くないじゃないか……。謝らなくていいだろ……。その話が本当なら、むしろお前の方が俺に巻き込まれた可能性だってあるもんな……。俺の方こそ、疑ってごめん」
「うぅん! そんな謝らないで! 元希がどれだけ酷い目に遭ったか知ってるから……」
「ハァーー……」
「元希! 大丈夫!?」
俺の体から、力が抜けてへたり込んでしまった。
まじかよ、そんなのありかよ。結局なにもわかってないじゃないか……。
「じゃぁ……なんで俺はこんな白いところに連れてこられたんだ……? 俺は太古の森で、日記を読んでたよな? 晶も見てたなら知ってるだろ?」
「うん……元希は確かに日記を読んでたよ。でも……多分、もう少ししたら元希はここから出られるんじゃないかな……? なんとなくだけど、わかるんだ。何かの事情があって、元希は一度ここに呼ばれたみたいだけどそれはもう済んだみたい」
また何かわけのわからないことを言い出したぞこいつは……。やっぱり何か知ってるんじゃないか?
「あ! これは何か知ってるわけじゃないよ! なんとなくここにいたらわかるようになっただけなんだ!」
俺がそんなことを思っていると、晶が俺の考えを見透かしたかのように慌てて付け加えた。
意味が分かんねぇ……。何か知ってるけど喋れない理由でもあるとか? それとも本当に何も知らないんだろうか……。
ちょっと質問を変えてみるか。
「なぁ晶、お前が何も知らないっていうなら、あの森のことはどう思ってるんだ? ずっと閉じ込められて見てたんだろ? 現実だと思うか? 夢だと思うか? 地球? 異世界? 電子世界? どう思ってるんだ?」
「うーん……。そうだね」
晶はしばらく考え込んだ後、ゆっくりと顔を上げ、俺の目を見て話し出した。
「元希は……≪よもつへぐい≫って知ってる?」
「よもつ……?」
電波か? 電波なのか? まともな答えが返ってこないんだが。質問に質問で返したら0点だって誰か言ってた気がするぞ?
「うん、これは日本神話にある話なんだけどね……」
怪訝な顔をする俺をよそに、晶は真剣な顔つきでよもつへぐいについて説明を始めた。
なんでもよもつへぐいってのは、死者の国の食べ物を食べてしまったら死者の国の住人になってしまう。っていう話らしい。
ぐいってのは食いってことか……?
「それと俺の質問に何の関係があるんだ?」
なんで日本神話の話なんか突然話し出したんだよ。お母さんもうこの子のことわからないわ。
「落ち着いて聞いてほしいんだけど、元希が初めて森の中で変な生き物を見た日のこと覚えてる?」
「最初の変な生き物……」
いつだっけ? えーっと……。
「確か初日に森を彷徨って……岩の隙間で……」
「その前に、赤い木の実を食べたよね?」
「あぁ……そうだったな。それで体調が悪くなって……」
「…………」
え? なにその深刻な顔?
「え? まじで?」
「うん……多分、あれで……」
ま……マジ? 俺あんなに頑張ったのに……あの時すでに?
俺の体から、汗が噴き出て来た。
「おおおおおれ、ししししんじゃったの!?」
「ちがっ! ちょっ落ち着いて!」
衝撃の事実に足がガクガクと震えて、視界に物が入らない。
「あばばばばばばば! おおおおお俺しんでたのかよ! 」
「落ち着いて! 違うんだってば! 元希! 元希!」
「俺まだやりたいこといっぱいあったのに! おおお女の子とチューもしてないんだぜ! 女は嫌いだけど、憎んでるフリしてたけど、いつかそれを忘れられる優しい彼女と出会ったりイチャコラしたり、チューしたり!! チューってどんな感触なの!? 俺もうチューできないの!? 晶! 晶こうなったら男と――がッ!?」
錯乱する俺の頭に突然衝撃が走り、視界が暗くなっていった。
◇
「……いてえ…………」
目を開くと、俺はまだ真っ白な世界に居た。
ずきずきと痛む頭部を押さえながら上体を起こすと、冷ややかな目をした晶が俺を見下ろしている。
「あ、目冷めた? 大丈夫?」
晶は俺が目覚めたのに気付くと、冷ややかな目から一転して心配そうに声をかけてきた。
「あ……あぁ……。ごめん、なんか取り乱しちゃったみたいで……」
いまいち気絶する以前の記憶があやふやだ。衝撃を受けたショックだろうか。
「俺、どうなったんだ? 突然意識が飛んだ気がするんだが……混乱してなんか口走ってた?」
「うぅん、大丈夫だよ。突然実は死んでたなんて言われたら混乱するもんね、僕の言い方が悪かったから気にしなくていいよ」
晶はそう言いながらにっこりとほほ笑んだ。なんか笑顔が怖い気もするが気のせいだろう。
そういえばそうだったな……俺は……。
「そうか……俺は……死んでたのか……」