どこまでもしろいくうかんで
「赤い部屋……結晶……俺の胸の傷も……これと同じ? 俺もこの人らと同じようにこの世界に来た……?」
頭が痛い。
何かを思い出しそうで思い出せない。
思い出したい、でも思い出したくない。
胸を締め付けるような不安が、押し寄せてくる。
動悸と共に、頭痛が激しくなっていく。
ズキンズキンという痛みに耐えかねて、俺はそのまま目を閉じた。
◇
そこは、一面が真っ赤な部屋。
「戻れ……もどれ……」
俺は必死に何かをかき集めては、目の前にある穴にそれを詰め込んでいた。
……俺は……何を?
突然意識が鮮明になり、自分のしていることに疑問が浮かぶ。
なんで俺はこんなことをしているんだ? 暗くて見えないけど俺は何をして……。
「うぁ……」
手がぬるりと滑り、自分の手を見て驚いた。
手は真っ赤に染まっている。
ち……血!? 何をしていたんだ俺は!?
慌てて自分が何かを押し込んでいた穴、そして押し込んでいた物へ目をやる。
「ひっ……!」
俺はようやく、自分が何をしていたのかを理解した。
俺は――
穴の開いた死体に、臓物を詰め込んでいた。
「ああああああああぁぁぁ!!」
世界がぐにゃりと曲がり、俺は血だらけの手で自分のゆがむ顔を押さえていた。
気が狂いそうになり、視点が定まらないまま叫び続ける。
「あアアアアあああああああアアァァああああ!!!」
肺の中の空気を全部出しきっても叫び続けた。
世界が回る。
「ああああああああ……あ……あぁ……」
どれだけ叫び続けただろうか。
気が付くと、俺は真っ白な世界に居た。
全身についてしまった血は、消えている。
「帰ってきてしまったんだね……」
悲しそうな声が、どこからともなく聞こえた。
「おかえり……元希」
それは、聞き覚えのある声だった。
振り向くと、そこには一人の男が立っていた。
中性的な顔をした、その茶髪の男を見て、俺の口から言葉が漏れる。
「晶……」
俺の……幼馴染の名前だった。
◇
日本では、友人と呼べる人がほとんど居なかった俺だが、数少ない友人の中に、幼馴染が居た。
両親が友人同士で、近所に住んでいたため幼いころからちょくちょく顔を合わせていた。
そいつの名前は、村田 晶。
気弱な性格で、小学生の頃は俺の後ろをうろちょろしていた記憶がある。何故かわからないが、やたら慕われていた。
線が細く、幼いころから女の子とよく間違われ、3つ上の姉たちに着せ替え人形にされていたような奴だ。
正直俺も、小学校の途中まで本気で女の子だと思っていた。
小学校を卒業するまでは仲の良かった記憶があるが、あいつは私立の中学に進学してしまい、一度はほとんど会うことが無くなった。
再び交友が始まったのは、俺が引きこもりになって1年か2年がたってからだ。
あいつは学校の帰りに俺の様子を見に来たりと、頻繁にうちを訪れるようになった。
どうやら両親から俺の現状を聞き、ひきこもり解消のために通ってくれていたようだ。
結局晶は、引きこもり脱却するまでの数年間、俺の相手をし続けてくれた。
気恥ずかしくて面と向かって言えなかったが、俺はあいつにかなり感謝している。
………………。
…………。
……どういうことだ?
正直、こいつの存在を今まで忘れていた……。
俺の人生で、こいつと過ごした時間はかなりの時間だったはずだ。
確かにひきこもりから脱却してからのこの1年弱は、お互いの環境が忙しくなって以前のように頻繁に遊ぶようなことは無かったが、それでも1年くらいのものだ。普通なら忘れてしまうような時間じゃない。
それなのに、今の今まで、晶のことなんてまるで存在しなかったかのように忘れてしまっていた。
これはあり得ないことだ。家族を忘れてしまうのと同じくらいあり得ない。
いや、一緒に過ごした時間で言ったら家族より長い時間だったんじゃないか? そんな奴を普通忘れるだろうか?
頭を打った衝撃?
それとも何か別の要因?
「思い出しちゃったんだね……。僕の事なんて、忘れてしまってよかったのに」
頭を押さえ考え込む俺の疑問に答えるかのように、それまで黙って俺の様子を見ていた晶が、悲しそうな顔で口を開いた。
俺は立ち上がり、ぽつんと立っている晶と面と向かった。
世界は見渡す限り真っ白で、俺と晶しか存在しない。
「ど……どういうことだよ!? 俺はお前のことを忘れてなんか……」
動揺して思わず声が上ずる。忘れてなんかいない。そう言いたいのに続きが出ない。
「いいんだよ。元希が僕のことを忘れてしまっていたのは、僕が望んだことなんだから……元希が動揺する必要なんてないんだよ」
望んでいた? 言ってる意味がよくわからない。
「何言ってるんだ……? っていうかここはどこだよ。お前はこんなところで何してんだよ!?」
そうだ、そんな些細なことを気にしている場合じゃない。ここはどこだ? 俺は穴の中で本を読んでたはずだ。
それが突然赤い部屋に……あれ? 赤い部屋が……なんだっけ?
頭に霧がかかったように思考がぼやける。
「思い出さなくていいんだよ元希。ごめん。ごめんね……」
「お、おい、突然なんで泣きだすんだよ!? 意味が全然わかんねぇよ!」
突然晶の目から大粒の涙がこぼれ出し、俺に謝り始めた。
話がかみ合わな過ぎて全然わからない。
こいつは何を謝っているんだ? 突然白い空間に連れてこられて、さらに晶が現れたってだけでこっちは意味が分からないっていうのに。
大体ここはなんなんだ? 最初は夢かと思ったけど、夢にしてはハッキリしすぎている。
感触もあるし、夢だとはとても思えない。
俺は森の中で遭難してたはずなんだ。たった一人で2週間以上、異常な森の中で……。
あれ? そういえばこの声どこかで……。
たった一人というキーワード、そして森の生活を思い出す中で、頭の隅に引っかかる疑問。
……まさか?
ふと俺の口から、自分でも馬鹿馬鹿しくてとても大声では言えない疑問が漏れる。
「……なぁ、晶……。お前……俺のことをずっと見ていたのか……?」
「え……?」
俺の言葉を聞き、それまでシクシクと泣いていた晶の動きが、突然止まった。
そうだ、2週間以上暮らしてきたあの森の中で、何度となく聞こえてきたあの謎の声。
俺がピンチになると頭の中に響いたあの声は、晶の声だった。
今まで気づかなかったけど、思い返してみるとあれは晶の声だった。間違いない。
こいつ……何か俺に後ろめたいことがあるから謝り続けてるんじゃないのか……?
「俺が森の中で生活している姿を、お前ずっと監視してなかったか……? 何度も話しかけてきたのはお前だよな? 一体どういうことだ? あの森は何なんだ!? なんですぐに助けてくれなかったんだよ!」
「そ……それは……」
晶は明らかに俺の質問に狼狽えている。
何と返事したらいいのかわからないといった感じだ。間違いない。こいつは何かを知っている。
今まで俺は、この世界はファンタジーな異世界で、超常現象的な何かに巻き込まれて連れてこられたのだと思っていた。
だが、こうやって知り合いが現れてしまったら超常現象などではなく、人為的な意図が介入しているように思えてきた。
記憶を操作されて、頭にマイクロチップみたいなのを入れられ、そこから話しかけられていた? ここは巨大な実験場?
それとも、バーチャルな世界に放り込まれて、晶はリアルの世界から俺を監視している?
アニメや映画で見たような設定が、どんどん頭の中に浮かんでくる。
「どういうことなんだよ!! この場所は何なんだ? さっきまで俺が居た森はどこなんだよ!? ここは現実なのか? それともバーチャルな世界なのか!? まさか……まさかお前が俺を……!?」
「ちがう! 僕じゃない! 僕はなにも……」
「嘘つくな!! お前は何か知ってるはずだ! 知ってることを全部話せ! ここは何なんだ!?」
まごつく晶に向かって責め立てる。
こいつは何かを知っている。今この機会を逃すわけにはいかない。
全ての答えが今、目の前にいる。
「わかったよ。僕が知ってることは全部話すから……落ち着いて」
「落ち着いてられるかよ!! 早く話せ! ここはどこなんだ!?」
「ここは……」
晶は深呼吸をすると、ゆっくりと話し始めた。