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原初の地  作者: 竜胆
1章
32/144

でぃありー



「ふぅ……。どうしよう、とげぞう?」

「ふしゅ……」


 困った。

 やっと洞窟を抜けたと思ったら、太古の森だなんて。

 とげぞうもビビってしまったようで、寝ころぶ俺の懐へ戻って来ると威嚇しながら針を立てている。


 こんな森、歩いて出れる自信ないぞ。

 穴の外からは、奇妙な鳴き声やうなり声が絶えず鳴り響いている。

 不思議なことに、夜中のはずなのに巨人の足音が聞こえない。なんでだろうか。


 下手したら、巨人に踏みつぶされることも覚悟しなきゃいけないと思ったけど今のところその心配はないらしい。


 どうしたものか……ん? 


 穴の中でこれからのことについて考えていると、穴の入り口周辺に青い月明かりが射しこんでいることに気が付いた。

 この世界の夜は巨大な青い月のおかげで、雲が出ていない限り毎晩が満月の夜のようにそこそこの明るさがある。


 木々の隙間から漏れた光が、ちょうど穴の中へ降り注いでいた。


「そうだ、この月明かりの下でならこの本が読めるんじゃないか?」


 俺はショルダーバッグの中から熊肉ジャーキーと本を取り出すと、とげぞうにジャーキーを与えながら、まずは本の表紙をじっくりと眺めてみた。


 黒革張りの表紙には金色の文字で≪Diary≫と書かれている。


「でぃあ……だいあり……ダイアリーか。ってことは……日記?」


 これは……!

 すごい発見かも知れない。

 これがあの白骨死体の日記かもしれないってことは、この洞窟で何があったのか、ここがどこなのか、どうやってここに来たのか。

 そんな様々な疑問の答えが載っているかもしれない。


 俺はちょっとした興奮を覚えながら、震える手でその日記の表紙をめくった。


 そこには――



『この森は呪われている!』



 硬い皮張りの表紙の裏側、普段なら真っ白な紙が貼ってあるページに、大きな文字でそう書き殴られていた。 


 ――パタン。 


 俺はその文字の衝撃に驚いて、思わず一度本を閉じてしまった。

 心臓が早鐘を打ち、ドキドキとうるさい。


「すぅ……はぁ……。すぅ……はぁ……」


 一度落ち着こう。

 どういうことだこれは?


 表紙をめくると、そこにはページいっぱいに大きな文字が書いてあった。

 そこまでは良しとしよう。

 その内容は、衝撃的だった。いきなり呪われているって。


 だが、それも良しとしよう。呪われてるか呪われていないかと言われると呪われてるような気もするしな。この森は。


 問題はそこじゃない。

 書かれていた文字は、英語だったんだ。これが問題だ。


 思いっきり横文字で、英語が書いてあった。

 それの何が問題かって?

 ……俺はDiaryも読めなかった男だぞ?


 それがページをめくってぱっと見た一瞬だけで、そこに書かれた文字が読めてしまったのだ。

 いや、読めたんじゃない。


 文字にダブって、まるで翻訳されたような文字が浮き出て見えるのだ。

 これは、石板の時と同じだ。

 石板の時も、やはりこれと同じく中国語らしき文字の上に日本語が浮き出て来た。


 なんなんだこれは? 

 表紙のDiaryは普通に英語が見えている。決して『日記』という文字は見えていない。


 俺は恐る恐るもう一度ページをめくってみた。


『この森は呪われている!』


 そこにはやはり、英語と共に、浮き出た日本語がかぶって見えた。

 なんなんだこの日記は。

 石板もそうだ。あの時はそれどころじゃなくて考えないように後回しにしていたが、日記までこんな風に翻訳されるとは、何がどうなってるんだろうか。


 この世界は、文字が翻訳されるのか?

 だったらダイアリーは何故翻訳されない?


「手書きだから……? んー、わけがわからない……」


 とにかくわけのわからないことは横に置いておいて、先のページを読んでみることにした。

 右のページには、


『この森の生き物に決して手を出すな!』


 そう書き殴ってあった。





 ……手遅れです。


 凶悪な生き物が多いから気をつけろってことなんだろうけど、すでに……あれ、よく考えたらあんまり生き物を殺してないな。

 虫はそこそこ捕まえたけど、食ったのは基本的にとげぞうだしな。


 実は2週間以上も森で暮らしてて、ダンゴムシに、虫数匹と、アリと熊くらいしか殺してないかもしれない。

 ダンゴムシは蛇の酸の盾にしただけだが、一般人の俺が、化け物のようなアリと熊を倒してるってだけでもすごいことか。


 やはりこのページの文字も、翻訳付だ。

 次のページをめくってみる。


 ここからが、ちゃんとした文章が始まっているようだ。




『我々がこの森に来て、3年がたった。とうとう残っているのは私だけになってしまった。

 最近、気づいたら見知らぬ場所にいることがある。気が狂いそうだ。自分が別人のようになっていくようで怖い。


 自分の意識がはっきりしているうちに、これまでのこと、そしてこれからのことをここに書き残しておこうと思う。

 これは私が、そして仲間たちがこの世界で生きたという証。


 この手記が誰かに読まれることがあるのならば、我々と同じ過ちを犯さないで欲しい。これがその教訓となれば死んでいった仲間たちの死が無駄にならずに済むだろうから』 


 ……よかった。

 内容は置いておくとして、ちゃんと文章が書いてある。

 ずっと書きなぐりの格言みたいなのが続いてたらどうしようかと思った。


 どうやらこれが前書き的なもののようだ。

 恐らくあの白骨死体が、気が狂う前に書き記したものなのだろう。


 やはりこの洞窟には複数人の居住者がいたらしい。

 しかもどうやら全滅してしまったようだ。


 心臓が……痛い。やはりこの世界には俺しか……いや、まだ絶望するには早い。

 まだまだ手記には続きがある。


 俺は黙って手を動かしていく。




『1967年12月、我々は長期に渡るバハマ諸島での植生調査を終え、マイアミの港へと向かっていた。


 今回の調査では、数々の新種の植物を発見することができ、これでスポンサーからの援助金を打ち切られる心配がなくなった。

 まさに大成功と言えるものだった。


 そのため調査の終了を祝して、帰港前日に船上にて最後のパーティが披かれることになった。

 パーティは盛大に行われ、残っていた食糧は全て振る舞われた。

 あんなに煌びやかなパーティは、思えば人生で最初で最後だった。


 その日の深夜、我々調査団40名の乗る船、ウィッチクラフト号は、マイアミから数マイル沖に停泊中に突如濃い霧に襲われた。


 パーティも終盤に差し掛かかり、各々が船室へ戻って飲みなおしたり、片づけを行っている時にそれは起こった。

 私も恋人であるエマと共に甲板で夜風に当たっていた時だった。


 まるで雲の中にでも入ったかのように突然視界が奪われたのだ。


 多少のパニックになりながらも、私はエマにその場で待つように伝え、船員と共に声を掛け合いながら即座に操舵室へと向かった。

 長い航海の間に、多少のトラブルにも対処できるだけの自信も連携も出来上がっていたのだ。 


 すぐにパニックから立ち直り、落ち着いて行動が出来ていたと思う。


 ――あの瞬間までは。


 霧から抜けようか、それともこのまま待機して霧が晴れるのを待つべきか船長のマックと話し合っていた時だった。

 突然、空へ投げ出されたのだ。

 それまで触れていたものがすべてなくなり、上に向かって落ちる感覚だった。


 私はそのまま、気を失ってしまった。


 そして目が覚めると、あの赤い部屋にいたのだ。』







「1967年……今から50年くらい昔じゃないか」


 どうやら、やはりこの手記の著者も俺と同じく地球からやってきたことで間違いないようだ。

 アメリカ人なのだろうか? 植生調査ということは、学者か、それに準ずる探検家とかそういう人たち?


 40人も乗っていたということは、結構大々的な調査だったのだろうか?

 著者は船長とも相談できるほどそこそこの役職についていた人物のようだ。


「赤い……部屋?」


 後半からは、突然の展開すぎて意味が分からない。

 先を読めば何かわかるのだろうか。


 手記は続いていく。






『その広大な空間には一面に、真っ赤な水晶のような大小さまざまな大きさの結晶がそびえ立っており、持っていたライトの明かりに照らされて、周囲がすべて真っ赤に見えた。


 辺りからはうめき声や、叫び声が聞こえ、ライトの明かりを頼りに周囲を探索すると、調査団のメンバーがパニックになっていた。

 どうやらライトを持っていたのは私だけだったらしく、私の明かりを頼りに皆が集まってきた。


 落下の衝撃で、体に結晶が刺さってしまったと喚いてるメンバーが何人もいて、かくいう私にも結晶が刺さったような傷跡があった。

 刺さりっぱなしの結晶はどうやっても抜くことができずそのままにしておくしかなかった。まるで皮膚と結晶が融合してしまったような傷跡だ。


 思えばこの結晶が呪いの正体につながっていたのかもしれないが、今となっては調べようがない。


 運悪く、大きな結晶に串刺しになり死んでしまった奴も大勢いた。

 お調子者のケビン、みんなの母親役のマリア、私と親交の深かったメンバーが何人も死んでしまった。


 みな、パニックになりながらもその死を悼んだが、ここで死んだあいつらはもしかしたら幸せだったのかもしれない。

 その後の地獄を体験することが無かったのだから。


 幸か不幸か、恋人のエマや船長のマックは、結晶が刺さりながらも無事だった。


 彼らに刺さった結晶は小さく、不思議なことに抜けない結晶は一本だけで、他に刺さった結晶はすんなりと抜けた。

 後々分かったことだが、結晶が刺さった全員が同じ症状で、結晶はなぜか一本だけ体内に残る性質があるという結論になった。


 なぜそうなるのか、この結晶が何なのかは結局最後まで判明することはなかったが。


 結局、調査団、船員、ガイドを合わせた40名のうち15名ほどが結晶が刺さったり落下の衝撃で死んでしまった。


 残ったのは確か25人。内、調査団メンバーが10人だったというのだけは覚えている。

 もう3年も昔のことで、あまり細かいことは覚えていないのだ。


 冷たい奴だと思われるかもしれないが、この森で生き抜くために必死だった。


 その後もどんどん人数は変化していく。


 ようやく落ち着いた我々は、ここがどこかと言う話になったのだが、結局答えが出ることは無かった。


 赤い部屋を隅々まで探索しても、出口らしきものは無く、はるか上空には我々が落ちてきたらしい丸い穴が開いているのが見えた。


 ただ、誰のものかはわからない古い遺体が大量に見つかった。あれは我々と同じくして迷い込んだ者たちの末路だったのだろうか。


 他に部屋の中で見つけたのは、地面にある割れ目。そしてその底を流れる地下水脈のようなものだった。


 我々は迷った。

 地下水脈が外に通じているという保証はないが、他に出口は無く、一人また一人と水脈へと飛び込んでいった。

 結局私もエマと共に水脈へと飛び込み、この森へと出ることに成功したのだ。


 滝壺で目を覚まし、周囲を見渡した時には、我々は20人までその数を減らしていた。

 3名が滝壺で溺れ死に、2名が結局水脈へ飛び込まずに残ったらしい。


 これが、すべての始まりだった。』




 

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