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原初の地  作者: 竜胆
1章
31/144

じんるいのこんせき


「…………うそだろ…………」


 俺は洞窟の中で立ち尽くしていた。

 手に握ったヒカリゴケにぼんやりと照らされた先には、たき火の跡。


 間違いない。円形に組まれた石の竈の中に、放射状に設置された薪。中には火を燃やした跡がある。

 これがたき火じゃなくてなんだというのだろうか。


 さらに、その周囲には明らかに何者かが生活している痕跡があった。

 木のお皿のようなものや、調理器具、さらには寝床のようなものまである。


「だ……だれかーーーーーー!! いませんかーーーー!?」


 人だ! 誰かが住んでる!!


 震える声を振り絞り、洞窟の暗闇の中に呼びかけた。


「誰かー!! 居たら返事してくれーー!」


 だが、暗闇に響く俺の声は洞窟の中に吸い込まれていくだけで、それに答える声は帰ってこない。


 なんで!? なんで返事が返ってこないんだよ!! 誰かいるなら返事してくれっ!!


「おーーい!! 誰かーーー!!」


 ただただ、音を飲み込んでいく暗闇のなかへ必死に叫び続けた。

 この森に来てようやく見つけた人類の生活痕なのだ。とにかく叫ばずにはいられなかった。

 自分は一人きりじゃない。自分じゃない誰かがこの森にいる。


「だれか……返事してくれよぉ……。劉さん……」


 反響の音が消えるたびに何度も暗闇の中へと呼びかけ続けたが、とうとう俺は暗闇に向かって呼びかけるのを止めた。


 俺は気づいていたんだ。


 この暗闇の中で、たき火に火が点いていないというのがどう意味を持つのかってことを。


「はぁ……」


 呼びかけに返事がないとわかると、力なくたき火を囲むように置いてある石の上に座り込んだ。

 何気なく、座り込んだ石の上を手で撫でると、ジャリジャリとした塵や埃が積もっている感覚がした。


「もう……何年……何十年も前のものみたいだな……」


 たき火の周辺をヒカリゴケで照らしながら、力なくつぶやいた。

 よくよく見てみると、たき火の炭や器にも白っぽい埃のようなものが大量に降り積もっている。


 1年単位程度で降り積もるような量ではないことが見て取れてしまった。


「ココが……集落……。劉さんは、居ない……」

「きゅぅ……」


 頭を抱え、声を震わせながら落ち込む姿に、とげぞうが慰めるような声をかけてくれた。


「ごめんとげぞう、ちょっと一人にさせてくれ……。疲れちゃった……」


 とげぞうの気持ちはありがたいが、今はそういう気分じゃない。


 ぬか喜びなんてものじゃないだろ。

 なんだよこれ。ようやく今度こそ人を見つけたと思ったらこれかよ?

 何度人を絶望させれば気が済むんだよ。


 ……何度も何度も、夜中に目が覚めたんだ。この世界に、俺しかいない夢をみて。

 寝汗でビショビショになりながら、一人で泣きながら眠っては、もう一度同じ夢をみて目覚めるのは辛かった。


 いまでこそ夢を見る回数は減っているが、たまに見てしまうと心臓を鷲掴みにされたような恐怖が襲ってくる。


 そんな中発見したジョージ(仮)は、唯一の希望だった。それに、劉さんの石板。本当にあれが無かったら心が折れてただろう。


「大体の方角は、合ってるもんな……。全然川沿いじゃなかったけど」

 

 本当に、偶然の産物。

 こんな形で見つかるなんて思ってもみなかった。


 思っていた場所とは違ったが、間違いなくジョージの指さす場所は此処であり、劉さんが待っていると指定していた場所なんだろう。


 薄々感じてたんだ。

 何故、劉さんはあそこに書置きをしたまま会いに来てくれなかったのかと。

 俺だったら保険であの石板を残したうえで、何度もあそこの様子を見に行くはずだ。だけど、そんなことは無かった。


「とっくの昔に、劉さんは居なくなってたんだな……」


 置いてかれてしまったか。

 いや、それどころかもう死んでいるのかもしれない。


 もし仮に、劉さんが死んでいるとしたら……。

 やっぱり森を脱出して世界中探しても、人が居ないなんてこともありうる……?


 だめだ、ショックが大きくてネガティブな思考が出てきた。

 悪い兆候だ。こういう時は落ちるだけ落ちてしまいやすい。少しでも心の中に光を灯しておかないと、立ち上がれなくなる。


 もう一度情報を整理しよう。


「ジョージは此処を指差していた。そして、劉さんは此処を見つけてあの石板を書いた……」


 その時に、人は居たんだろうか?

 劉さんも、すでに廃墟となったここを見つけたのか?

 ……わからない。

 だが、わざわざ人に会えたのにあそこに戻るメリットは無いだろう。と考えると、最初から廃墟だったと考えるのが妥当か。


「ジョージはどうだ? ここの事を指さしてたとしよう。じゃあ……誰に指差してたんだ? 少なくとも一人だとそんなことするわけないよな?」


 劉さんの石板の書き方だと、劉さんは石化したジョージを後から見つけているはずだ。だったら、誰に指差していたんだ?


 考えを纏めるため、一つ一つ口に出しながら考えていく。


 何も気にしていなかったが、よくよく考えてみると、誰もいないのに指を差すというのもおかしな話だ。


 石化する直前に一人で、あっちが俺の来た道だぞ! なんて指をさすだろうか? 

 その場にいた誰かに、引き返せ! なり言いながら指差していたと考えるのが普通だろう。


 そうなると、この洞窟には複数人が暮らしていた可能性がある。

 ジョージ(仮)以外の人が居た可能性。

 その人たちはどこへいったのだろうか?


 引っ越した? 地球へ帰った? 森を出た? 全滅した? 劉さんと合流した?

 わからない。情報が無さ過ぎる。 


 だが、心の中に何か光がともったような気がした。

 もし、彼らが全滅以外のゴールにたどり着けていたとしたら……。それに、この森の外に文明が無いと決まったわけでもない。 


 落ち込んでいる場合じゃない。

 俺はもう一度、この洞窟をしっかり調べなおす必要がある。


 人に会えるかもしれないという希望から一転、居ませんでしたという落差が激しくて絶望してしまったが、これは悪いことではない。 


 希望が絶たれたわけじゃないんだ。

 しっかりしろ俺。


「きゅ!! きゅ!!」

「ん?」


 自分を鼓舞してその場から立ち上がろうすると、洞窟の奥からとげぞうの鳴き声が聞こえた。

 一人にしてくれとは言ったけど、あいつ奥まで進んでたのか。大丈夫か?


 とりあえずとげぞうと合流してから、じっくりとこの辺りを調べよう。もしかしたら地球に戻る方法や、ここに住んでた人たちがどこに向かったのかわかるかもしれない。


「おーい、とげぞう。どこいったー?」

「きゅーー!!」


 とげぞうは、たき火からほんの少し奥へ向かった場所にいた。

 暗がりの中、必死に俺に何かを伝えようと鳴きつづけている。


「ここに居たのかとげぞう。勝手に進んだら危ないだろ。なにをそんなに騒いで――っ!?」


 俺を呼び続けるとげぞうの脇には――


「し……死体!?」


 白骨化した、人の死体が横たわっていた。










 ヒカリゴケの淡い光に照らされたのは、頭蓋骨。

 さらに明かりを下に向けていくと、洋服を着たままの胴体が繋がっている。


 着ている洋服はやはりポケットが沢山ついている、探検家のような服装だ。

 間違いなく、ジョージと同じ格好だ。


「何年前の死体だよ……? 風化が始まっててボロボロじゃないか……」


 骨はいたるところがひび割れ、今にも崩れてしまいそうだ。

 数年じゃこうはならないだろう。かなり古いもののようだ。


 俺は恐る恐る白骨死体を調べていく――が、わかることが何もない。


 白骨死体を見て、これは○○年前に死亡した男性で――なんてわかるのは、専門の医者か、漫画の万能主人公くらいのものだ。

 俺のような一般人にはこの死体が男なのか女なのかすらわからない。


 ただ片足の骨が、風化しているのか、それとも最初からなかったのかわからないが欠けている。


「……結局この本だけが頼りか」


 大量に付いているポケットの中には、古びた皮張りの本が一冊入っているのみだった。

 中身を見ようと思ったが、暗すぎて読めない。


 かすかにヒカリゴケの明かりで浮かび上がったのは英語のような文字だった。


 ポケットにずっと入っていたためか、読めないほどボロボロになっているわけではなさそうだ。

 とにかくこの本に、希望を託すしかないだろう。


「この洞窟を調べようと思ったけど……やっぱり暗すぎるな。ヒカリゴケだけじゃよく調べるのは無理だ。先に出口を探そうか」


 いくらヒカリゴケの明かりがあるといっても、数メートルさきも見えないくらいのほのかな明かりでは見落としてしまうものもありそうだ。


 先に出口の確保をしてから探索しても遅くないし、出口がそう遠くなければ拠点から火を持ってくればかなり明るくなって探索も捗るはずだ。


 俺はとげぞうを連れて先へと進んだ。

 洞窟の先は、落盤で塞がってしまっており、道が通じていない。


 どうしたものかと途方に暮れかけた俺だったが、ここでまたとげぞうが活躍してくれた。


 俺のフードから突然飛び出したとげぞうが、落盤した小石の山を駆け上がっていくと、頂上付近にある穴へと入っていったのだ。

 慌てて後を追いかけると、その穴から風が吹いており、周囲の岩をどけていくと先へと繋がっていた。


「でかしたぞとげぞう!!」

「きゅー!」


 狭い穴の中を這いつくばって進んでいると、目の前に薄っすらと光が射しこんできた。


 焦った俺は四つん這いのままガツガツと先へ進み、穴の中から顔を出すことに成功した。


「外だー……」


 頭だけ穴から出し、歓声を上げようとして周囲を見渡した俺は、その光景を見て固まってしまう。


「まじかよ……」


 長い暗闇の中を抜け、這い出た先は巨大な木々の生える太古の森の中だった。


 少し離れた場所を、頭にマインローラーのようなものがついた超大型の昆虫が爆走している。

 俺はその光景を見た瞬間、そっと穴の中に頭を引っ込めた。





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